居候人は冒険者で店員さん

ルド

序章

【プロローグ】

この世界の名はスティア。

魔力に満たれた世界である。


星がエネルギー源となり、酸素のように大気中に振り撒かれる魔力は草を生やし、木を育て、虫や動物などを誕生させ自然界を創り上げたと言われている。


そしてその星で生まれた人間にも魔力は影響を与えた。

文明が進み進化していった人間の体内には、大気中の魔力を貯めることができる魔力核と呼ばれる器が誕生した。


その魔力を宿している人間────人はその者をファーストと呼んでいる。


それによって人間の中にも魔力を扱えれる者が生まれて、やがて魔法の文化が定着していく中、例外も存在していた。


そして魔力を受け入れる器官がそもそも宿していない人間────ゼロと呼ばれている者達。


魔法が発達していく中でも、魔力を宿すことができない者。

理由は分からないが、魔力の器を作れる期間は10歳までとなっている。


成長過程で備わる物であるが、10歳を超えても魔力を宿すことができない場合はゼロと判断されてしまう。ただ、そのゼロと呼ばれる人間も実をいうと割と多く、あまり気にしている者も少ない。魔力のある無しで差別するなど馬鹿らしいというのが一般的な常識だった。


例外で伝統を重んじる貴族や特殊な一族の場合は残酷であった。

子に対して迫害的な暴力は当然あり、酷い場合は魔物の餌にでもと捨てる者までいた。


最もそれは本当に極一部の者達である。大半の魔力のないゼロの者達は極普通に生活を送っている。正直なところこうして『ファースト』や『ゼロ』などと分けられて呼ばれても、その単語はあまり広がっていない。書籍などで記載こそあるが、この世界の者たちは人が良いのか、それとも創造主が良かったのか……差別の色はそれほど濃くはなかった。


魔力の有る無しでは人は測れない。接してこそ初めて知れるのだ。

それは戦いの中でもそうであった。






『ゴアアアアアアアッ!!』

「───ぐぁ!?」


そんな世界で少年は例外側であるゼロとして生きていた。

魔力が欠片もない。ある意味、本当にただの人だった。


「ヴィットくんっ!」

「ヴィットお兄ちゃん!?」


月の照らされた夜、岩ばかりの平地で崖がすぐ側にある中、危なくも魔物のオーガと対峙しているヴィットと呼ばれる少年がいた。……近くでは心配そうに見守る2人の少女がいる。夜で見えにくいが涙目を流しており、自分の所為で泣かせていると思うと……死闘の中でも心の方は穏やかではなかった。


「く、骨が軋むな……」


しかし、構っている余裕などある筈もない。オーガが持つ岩の棍棒を受けて、血だらけでナイフを握っている。ダメージと出血で体がフラつくが、必死に立ち上がって両手でナイフを構える。


『ゴアッ!』


対するオーガも片方の目がナイフで切られて潰れているが、嵐のように棍棒を振り回して迫って来た。


「っ……!」


ヴィットも紙一重で躱して懐に入り込む。握り締めたナイフで足や腹を切るが、ナイフの切れ味が悪いのか、それともオーガの皮膚が硬過ぎるのか、少ししか切れておらず致命傷には程遠かった。


『ゴアアっ!』


疲労の所為でヴィットの動きが鈍っていくが、オーガがまだまだ全開ではない様子である。少しばかり振り回すスピードを上げただけで、少年の肩に棍棒がかすってしまった。


「がっ……!」


そのただかすっただけでの攻撃で、小さな体は大きく後方へ飛ばされてしまう。背後の岩の壁に回転するように激突して、苦悶の呻き声を漏らしながら口から血を吐いた。


俯いて倒れてしまい、根性で保っていた意識が朦朧とするが。


「ヴィットくん逃げてっ!」

「───ッ!」


少女の1人が声を上げて呼びかけた。と同時に見上げることもせず、体を横に跳ねるように飛ばした。


『ゴアッ!!』

「ぐっ」


すると彼が倒れていた位置に棍棒が振り下ろされる。地面の岩を砕き、飛び散った欠けらがヴィットに襲いかかる。追撃を辛うじて躱せれたが、オーガは振り下ろした棍棒を上げて横に避けたヴィットへと叩き込んだ。


不幸にもその一撃は脇腹に命中して、バキバキと肋骨が砕ける音が体に響いた。


「がぁぁぁ……!!」


崩れ落ちるように岩に叩き付けれたヴィット。意識が保ったのが奇跡に近いが、骨が砕けた左側を抑えて吐きそうになるのを堪える。


しかし、オーガは止まらず倒れているヴィットを背中から太い足で、石ころのように蹴り上げた。


「がはっ……! うっ……」


まるで石ころのように転がっていく。止まるとどうにか起き上がろうとするヴィット。朦朧とする意識の中、近付いてくるオーガを睨みつつ……側の深い崖をチラ見して、


一か八かの賭けに出ようとしていた。


(もうこうなったらアレを使うしないが、このオーガに効くか!? 気力体力も限界一杯だ! すべて振り絞っても倒し切れなかったら本当に終わりだぞ……!)


魔力を宿さないヴィットであったが、少しばかり他の者とは変わっていた。

魔力ではないが、彼にはある能力───を宿しており、それを経由してまったく別の力を扱えれるようになった。


それを大昔にあったと言われている───気のエネルギーの“煌気”だと理解するまでかなりの時間をかけた。しかし、誰にも扱えない忘れられた力と技法だと知った時は、自分だけの力なのだと少し喜んだりもした。


だが、今はそんな喜んでいた頃と違い、現実を見ている。このオーガ相手では本気で力を使うしかないが、力の方は有限である。出し過ぎればこちらが危うい上、最悪死ぬかもしれないのだ。


ヴィットは覚悟を持って己の力を振るった。


「これで決める!」

『ゴアアアアアアア!!』


全身ボロボロになっても立ち上がりオーガを睨むヴィットに対し、オーガも雄叫びを上げて棍棒を振り上げて迫ってくる。


(振り絞れっ! 気力の……最後の一滴までっ!)


オーガを捉えてヴィットは身体中の煌気を活性化させる。燃えるように体から光が溢れ出ると、その場で駆け出して向かって来るオーガへ逆に迫って行く。今まで見せたことのない速力で一気に懐に入り込むと、棍棒を振り上げた体勢のオーガに胴に飛び掛かって……。


「はああああああああっ!!」

「ダメェえええええっ!」

「お兄ちゃぁぁぁぁんっ!」


その背後にある深い崖めがけて、オーガごと飛び込んでみせた。

後ろから2人の少女の悲鳴が聞こえたが、ヴィットは一切構うことなく闇一色である崖の底へと突き進んだ。否、落ちて行った。


『ゴアっ!? ゴアアアアアアア!!』

「ぐっ!」


しかし、しがみ付いていたところでオーガが大きい手で彼の体を掴んで、力任せに振りほどいてみせる。その状態から握力で彼を潰そうとするが、光のオーラを放出している彼の体はいつの間にか頑丈になっており、オーガの握力でも潰せれなかった。


「ま、まだだ……!!」


彼を潰せず戸惑っているオーガに、ヴィットは掴んでいる手首の関節部を狙い、動かせれる膝に光を集めて、膝蹴りを食らわせて砕きにいった。


『ッゴ……!?』

「は、なせ……っ!」


手首の関節が壊れたことで力が弱まった。オーガから体を捻り腹に蹴りを入れて脱出する。

その蹴りで空中で距離を取ってみせると、落下した状態のまま体を安定させてオーガへと狙いを定めた。


「諦めてたまるかっ!」


崖の底まで残り数秒の間であるが、彼とオーガの体感時間は遅く感じていた。

蹴った所為もあってオーガよりも先に底へと落ちていく中、コンマ数秒の合間にヴィットは驚くほど冷静に打開策の手順を打っていた。死ぬかもしれない刹那に近い時間で……


(ターゲット───“ロックオン”!)


最初の時に能力を使って、この魔物の情報は頭の中に流していた。

脳裏に浮かぶ映像と視線が合わさり、オーガの急所部がハッキリと彼の目に映っていた。


(こいつの急所は首元と胸元の真ん中っ! 一点に集中すればいけるはず!)

『───ゴアッ!』


体から漏れ出す光は次第に彼の右腕に集まっていくと、凝縮されていく光に危機感を覚えたオーガが落下している体勢で体を捻り逆さになる。岩壁を強く蹴って一気に落下するヴィットに向かって降下して来た。


(勘付いたようだが……もう遅い!)


巨体な体は大気の反発も無視して一気に落ちて来る。まるでゆっくりと落下するヴィットに対し、崖の底を狙った砲丸のように豪速球で降ってきた。


『ゴアアアアアアア!!』


そしてオーガの棍棒の攻撃範囲に入ってしまい、棍棒が振り下ろされようとした時であった。


「トドメだ」


間近にまで迫っていたオーガに向かって彼は咆哮を上げた。


「はああああああああああっっ!!」

『ゴアアアアアアアアアアッッ!!』


ヴィットはオーガ目掛けて突きの如く、右腕を勢いよく解放させる。手から高出力のレーザーのような光線が放たれる。オーガの胸元と首元のちょうど中心を狙っていた。


(いけっ!!)


この距離と降下している状態なら、上下左右に逃げることもできず直撃は避けられない。確信した彼は渾身の力を込めるが……



オーガは寸前で機転を利かせてきた。



『ゴアアアアアアアアアアッ!!』

「────っ!!」


振り下ろそうとした棍棒を素早く引いて、ヴィットが放つレーザーに重ねるように棍棒で突きの構えを打ってきた。彼の攻撃で先から砕け始めているが、オーガの急所には届いてなかった。


「こ、この化け物がぁぁ……!!」

『ゴアアアアアアアアアアッ!!』


だが、もう退くわけには行かない。まもなく崖の底に激突する寸前であっても彼は逃げようとはしない。

残った煌気をすべて解放させて、棍棒を貫通させてオーガを穿とうとする。たとえ自分がどうなってもオーガだけは倒すと気力を吐き出す。


「間に合えぇぇぇぇっ!」


彼の攻撃によって少しずつ砕けていく棍棒は、ついに半分まで貫通されてしまいあと少しとなったが、その時にはヴィットとオーガの距離も……。


「クソッ!」

『ゴアアアッ!』


完全に棍棒が砕け散る。

その時であった。


「くっ!」

『ゴアアアッッ!!』


────お互いの放つ攻撃の距離がゼロとなった。


ヴィットが放ち続けた光の光線が渦となって、激しく暴れ出して2人を攻め立て巻き込んだ。


「あああああああああああ!!」

『ゴアアアアアアアアアア!!』


激しい爆発がその中心で巻き起こる。崖の底スレスレで凄まじい閃光が発生して爆音が響き渡り、その衝撃は上にいた2人の少女にも届いており……同時に理解してしまった。


慌てた様子で少女たちは崖の下を勢いよく覗き込んでいた。


「ヴィットくんっ!?」

「お兄ちゃんっ!?」


張り裂けるような悲鳴にも似た呼び声を上げたが、爆音と瓦礫が崩れる音によってかき消され、当然彼の耳に届くことはなかった。


【───!!】

【───!!】


(なんだ……?)


ただ、爆発に飲まれて消えていく意識の中───


【死なないで!!】

【死んではいけません!!】


少年の耳にはまったく別の女性の声が聞こえていた。

どちらも聞いたこともない声であったが、ヴィットはそれを認識するよりも先に思考の方が完全に閉じてしまった。

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