13:I AM NOT A HERO
「キャハハハッ!バッカじゃないの!クッサ!何言っちゃってんの!本当の、だって!キャハハハッ!」
呆然とする僕を尻目に、リコさんは馬鹿みたいに笑い続けた。
「キャハハハ!キャハッ、フフッ、キャハハハハッ!フフフッ、本当の姿?バカじゃないの?」
リコさんがようやく馬鹿笑いをやめて、僕に向き直った。
「懐かしー、この写真。まだ、真奈子と遊んでた頃だ。こんなの、まだ持ってたんだ。ぷっ、マブダチって、バッカみたい。フフフッ」
「……え?」
「確かにね、この頃はリコもバカだったの。成りたい者に成りたくって、こんなバカみたいなカッコして、気取ってたの。真奈子みたいにね」
「ば、バカって……」
「バカでしょ、こんなカッコしてさ。何にも変わるわけないのに。さっき、本当の姿とかなんとか言ってたっけ。フフッ、カッコだけ変わったって、中身は変わんないままなんだよ?結局ね。真奈子がそうだったみたいに」
リコさんの笑顔が、醜く歪んでいく。
「いくら強がったってさ、人間、中身は変わんないまんまなの。いくらヤンキーぶったって、真奈子の中身は、臆病な小っちゃい女の子なの。パパに怯えて、死んだママのことをずっと引きずってる、バカな子なの、フフッ」
そう言うと、リコさんは写真をビリビリと破り、何枚もの小さな紙くずにした後、ピンと指先で弾くように捨てた。足元に、細切れになった二人の過去が散らばる。僕が希望を託した一枚が、呆気なくバラバラに―――。
「……そんな」
「隠してればよかったのにね。ちょっと構って仲良くなってやったら、何を勘違いしたのか、急にペラペラ話してくれちゃってさあ。おっかしかったぁ。あかるん、教えてあげようか?本当の姿なんてね、隠しておくものなの。みんなと同じカッコして、みんなと同じ色の服着てさ、同じ髪色にして、同じことを言ってればいいの。みんなと同じことしてればいいの。みんなと違うカッコして、イキがったって、浮くだけなの。いじめられるだけなの。スイミーって話、知ってる?一匹だけ、みんなと身体の色が違う魚が活躍するやつ。あんなのね、所詮、綺麗事なの。みんなと違うカッコしてたら、みんなから惨めにいじめられて終わりなの。だから、みんなと同じ色に合わせなきゃ、生きていけないのっ!」
リコさんはツインテールの髪を振り乱しながら、息つく間も無くまくしたてると、僕を挑発するように睨んだ。
「大体さぁ、あんたが陰キャだったなんて、そんなの分かってたし」
「……え?」
「分かるでしょ、フツー。顔も、仕草も、喋り方も、話す話題も、雰囲気も、どっからどう見たってド陰キャじゃん。隠せてるとでも思ってたわけ?バッカじゃないの?」
呆然としていると、リコさんがグイッと僕の首輪に続く鎖を引っ張った。
「うあっ!」
バランスを崩して、ひれ伏すように倒れ込むと、リコさんがベッドの上に立ち、目を剥いて僕を見下した。
「あんたみたいな陰キャ、見てると腹立つのよねぇ。あの三人もそう。みんな私よりずっと年上のくせに、情けない陰キャでさあ。ちょっと触ってやったり、あだ名付けてやったり、漫画だのアニメだの映画だのの名言やら名キャラクターやらの知識があるってアピールして構ってやったら、すぐ尻尾振ってついてくんの。チョロかったぁ。ネットで軽く調べただけなのに、仲間だと思ってホイホイ擦り寄ってきて。勘違いしちゃってさぁ。マジキモい」
突っ伏していると、今度は鎖を上に引っ張り上げられた。身体が吊り上げられ、首輪がギリギリと絞められていく。
「ぐぁっ……!」
「でもね、私、あんたみたいな陰キャ、大好きよ。傍に置いてるだけで、いい気分になるの。ああ、こんな惨めな奴に構ってやってる私って、なんて慈悲深いんだろ、って」
首輪に負荷がかからないように、必死に抑えていると、肩にドスッとヒールがめり込んだ。グリグリと押し付けられ、鎖骨がギシギシと悲鳴を上げる。
「うあああっ!」
「ねえ、幸せでしょ?私の傍に居られて、私みたいな上流階級の人間の傍に居られて、光栄でしょ?ねえっ、光栄でしょっ!?」
グイッと、鼻先まで顔を近付けられた。メイクで強調された大きな目が一層ひん剥かれ、血走っていく。
「大体、私と口を利けるだけでも、ありがたいと思いなさいよっ!あんたみたいな陰キャがさあっ!私の下僕じゃなかったら、何だっていうのよっ!生きる居場所も生きる価値も無い陰キャでしょっ!黙って上流階級の私の言う事聞いてりゃいいのよっ!あんたみたいなカスはさあっ!」
目の前で絶叫され、ビリビリと鼓膜が震えた。為す術無く硬直していると、ようやく気が済んだのか、リコさんはぜえぜえと肩で息をしながら僕を蹴飛ばし、鎖を手放した。
「うっ、うえっ、げほっ……、はあっ、はあっ……」
床にへたり込み、必死で息をした。
……やっぱり、無理だった。
悪魔はもう二度と、ただの女の子には戻らない。
後悔した。写真を見つけた時、僕はリコさんの本当の姿を見つけたと思った。もしかしたら、これを鍵に、リコさんを元に戻せるかもしれないと。サキナさんの親友だった、〝あの頃〟のリコさんに。
僕は、やっぱり馬鹿だった。
もう二人は、二人の関係は二度と———。
俯いていると、遠くの方からジャラジャラと鎖の音がした。同時に、ドタドタという足音と、呻き声が近付いて来る。
「あっ、おかえりー。見つけたんだぁ」
へたり込んだまま振り返ると、そこには、ゾンビたちに首を掴まれて引きずられるサキナさんの姿があった。
「……え?」
目の前まで来ると、ゾンビたちはサキナさんを打ち捨てるように放り出した。
「ヴあぁうあー」
「フフッ、ありがとぉ。やっぱり隠れてたんだぁ。そうだよねぇ、外に行ったって、ゾンビだらけだもんねぇ」
「ヴるふふぅ」
さっきまでの豹変ぶりはどこへやら、悪魔はいつもの調子に戻り、ニコニコとゾンビたちのご機嫌を取った。
「さっ、サキナさん!」
思わず駆け寄り、肩を揺すったが、サキナさんはピクリとも動かなかった。あの日の、あの時と同じ、下着姿のままだ。肌が冷たく、生気を感じない。まさか……。
慌てて肩を抱えて、身体を起こした。そんな、嫌だ、そんなこと、絶対に、嫌だ!
「サキナさんっ!サキナさんっ!」
……!
乱れた髪が、鼻先で微かに揺れた。息をしている……!
良かった。でも、随分と弱っているのは確かだ。呼吸が浅いし、唇が渇き切っている。まさか、あれからずっと飲まず食わずだったのだろうか。
「生きてるの?良かったあ、これでオモチャができたねぇ、みんな」
「ヴぁうるあっ」
「……オモチャ?」
「そ、オモチャ。こんなとこで、ずっと過ごすなんて、退屈でしょ?だから、遊ぶ為のオモチャを探してたの」
「……どういうことですか」
「だから、オモチャよ。毎日毎日、同じ場所で、変わり映えのしないもの食べて、同じもので遊んだって、つまんないでしょ?私ね、もっと刺激が欲しいの。生きてるって感じたいの!」
悪魔の顔が、また醜く歪んでいく。
「だから、真奈子をオモチャにして、傍に置いとくことにしたの。自分より惨めな奴を見てると、安心するでしょ?ああ、自分はこんなのよりマシだ、って。自分って、なんて素晴らしいんだろ、って。そしたら、実感できる気がするの。生きてる!って」
悪魔が、サキナさんの顔を覗き込んだ。
「ね、真奈子。また遊んでよ。昔みたいにさ。私、感謝してるんだよ?真奈子のことを売ったおかげで、学校のみんなと一緒になれたんだから。あの頃みたいに、感じさせてよ。自分より惨めな奴を蹴落として上流階級に加わる、あの悦びをさ。ねえ?聴こえてるの?キャハハハハッ!」
サキナさんは無反応だった。浅く息をするだけで、ずっと無表情のままだった。
でも、前髪の向こうに見え隠れするその眼は、悲愴に濡れて、泣いているように見えた。
「また無視するの?ひどーい。お仕置きしなくちゃねぇ。そしたらぁ、うーんとねぇ、最初は、この子たちの相手でもしてもらおうかなあ。ひとりひとり順番に。あかるんもしたい?だったら、一番最初にさせてあげよっか?キャハハッ!」
「……」
僕は目を閉じると、息を深く吸った。
身体が震えている。怖いからじゃない。
「……違う」
くすぶっていた決意に、火を着ける。
「あかるん?どうしたの?」
「真奈子、なんて名前じゃない」
「はぁ?」
「そんなの、知らない。そんな人、僕は知らないっ」
「何言ってんの?真奈子は——」
「違うっ!」
サキナさんの肩を抱えたまま、吠えるように叫んだ。
「僕はっ!僕にとってはっ!サキナさんだっ!」
啖呵を切ると、場の空気がピンと張り詰めた。
もう、僕も、元には戻れない。
「……ふぅん、私に、そんな口利くんだぁ」
悪魔が首を傾げ、ツインテールの髪をゆらりと揺らした。
「あかるん、一回教えてあげたのに、もう一回教えないと分かんないみたいだねぇ」
覚悟はできている。悪魔をただの女の子に戻す計画——プランAは失敗した。ならば、プランBを実行するまでだ。上手くいくかどうかは分からないが―――、
「リコのお願いを聞けない悪い子はぁ……」
「ヴうぅう」
ゾンビたちが空気を察したのか、呻き出す。
……やるぞ、反旗を翻すんだ。
「音楽でも聴きませんか?」
意を決して、ポケットからある物を取り出した。
「……はぁ?」
頼む、上手くいってくれ。
———ピポポポン
「……何の音?」
悪魔が首を傾げた瞬間、僕はウォークマンの再生ボタンを押して、天井に投げつけた。ガチン!と音がして、マグネットが天井の照明に引っ付き、頭上から大音量で、アニメソングメドレーが鳴り響く。
「何これ、うるさ——」
「ヴぅああああああああっ!」
「ヴぉおおおおおおおおっ!」
「ヴるああああああああっ!」
たちまち、ゾンビたちがノリノリで騒ぎだした。
「ちょ、ちょっとっ!何やってんのっ!」
やった、成功だっ!
首の後ろに手をやると、予め切れ込みを入れていた首輪のベルト部分をブチッと引き裂いた。さっき締め上げられた時に千切れてしまわないか心配だったが、もう何も気にする必要はない。馬鹿げた犬耳のカチューシャも頭からむしり取り、叩きつけるように投げ捨てる。もう僕は、悪魔の飼い犬なんかじゃない!
すぐさまサキナさんを引きずって、城を出た。外に隠しておいたカートの下段にサキナさんを無理矢理乗せると、ダッシュでYOUトピアの中へと逃げ出す。
後ろで、ゾンビたちに喚いている悪魔の声が聴こえた。あんな高い所に引っ付いたら、取るのには時間がかかるだろう。今の内に、例の場所を目指すんだ。
あれは、家電品店で見つけた小型のポータブルスピーカーに、リュックに仕込みっぱなしだった強力マグネットと僕のウォークマンを括り付けた、言うなれば音楽爆弾だ。〝小型なのに大音量を出せる!〟とパッケージに宣伝されていただけあって、効果は絶大だった。あのゾンビたちの趣味に合うアニソンが分からなかったので、CDショップにあった〝流行最先端!ベストヒット・アニソンメドレー!〟と銘打たれていたCDをウォークマンへ取り込んだのだが、それも成功だったようだ。前に聞いていた、あのゾンビたちがアニソンにノリノリになったという情報から着想を得た作戦だったが、これほど上手くいくとは思わなかった。
興奮しているせいか、心臓がバクバクと音を立てていた。作戦が成功して一安心だが、逃げられただけで、まだ安全なわけではないのだ。
急げ、急げ、急げっ!
全速力でカートを押した。ひとまず、サキナさんをどこかに匿わなければ。
「サキナさんっ、大丈夫ですかっ!」
僕はひとしきり逃げた後、雑貨店の店先の長机の下にサキナさんを引きずって運び込んだ。宣伝用の長い垂れ幕が掛かっていて、隠れるにはもってこいの空間だ。変に試着室の中やトイレなんかより、こういう意表を突いた場所に隠れていた方がずっと安全だろう。
「サキナさんっ、サキナさんっ!」
絶えず呼びかけたが、サキナさんは黙り込んだままだった。体力的にも精神的にも、憔悴しきっているのだろう。
「サキナさんっ、死なないでくださいっ、僕はっ……」
後悔していた。あの時、悪魔が本性を現した時、僕がサキナさんを守れていれば、こんなことにはならなかったのだ。情けなく弾き飛ばされて気を失い、為す術無くメソメソと泣き、悪魔の言いなりになることしかできなかった。
「……ここにいてください。絶対に迎えに来ます」
僕に、そんなことを言う資格など無いと分かっていた。
でも、今度こそ、絶対に、サキナさんを守ってみせる。その為なら、命だって惜しくない。刺し違えてでも、あの悪魔を———。
垂れ幕を元に戻すと、カートの中に入れておいたリュックを背負った。サイドポケットに仕込んだ武器の手触りを確認して、戦闘準備を整えると、最後に釘バットを取り出し、力強く握り込んだ。
今度は、僕がサキナさんを守るんだ。絶対に。
ふと、右手の中指に嵌めていた指輪が目に入った。アンデッドマンの指輪だ。そういえば、見つけて拾ったあの時から、ずっと着けっぱなしだった。
……僕はヒーローなんかじゃない。
指輪を外して、ポケットにしまった。
やるぞ。
自分を鼓舞すると、カートを押して走り、雑貨店を後にした。
僕は、ヒーローなんかじゃない。アンデッドマンなんかじゃない。
特別でもなんでもない。かといって普通でもない。
それ以下の、惨めで、情けなくて、弱い人間だ。
あの悪魔と違って、世界に選ばれなかった、何の能力も無い人間だ。
でも、やってやる。例え、陰VISIBLEが通用しなくたって、戦ってやる。
僕は決意を固めると、YOUトピアの中を独り、走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます