8:THE MAGIC WORD GIRL

「すっごーい!誰もいないんだぁ!天国じゃない、ここ!」

 僕たちはとりあえず、拠点に戻って来ていた。僕たち以外の人間を招き入れるとは思ってもいなかったので、なんだか不思議な感覚だ。ましてや、ゾンビを迎えることになるなんて。

「え、えっと、何か出しましょうか?」

 とりあえず来客をもてなそうと、飲み物を入れていたカゴから、いくつかジュースを取り出した。

「あ!私、コーラがいい!」

 リコさんはキャピキャピとはしゃぎながら、座椅子にちょこんと座った。とりあえず、コーラを手渡す。

「あの、その人たちは……」

 ゾンビたちはリコさんの後ろに、まるで鼓笛隊のように並んでついて来ている。

「ああ、その子たちは何も飲まないの。気にしなくていいよっ」

「気にすんな、じゃねえよ。そいつらゾンビじゃねえか。今すぐ追い出せっ」

 ぶっきらぼうにサキナさんが言う。警戒しているのか、手にはずっと釘バットを持ったままだ。

「もぉう、この子たちは大丈夫だってばぁ」

「ヴあぅう」

 ゾンビたちが呻く。僕だってサキナさんに賛成だ。何がどうなっているのか知らないが、時間をかけて築き上げてきた日常という安全地帯にゾンビがいるなんて、たまったものじゃない。

「あの、リコさんはどうして――」

「さん?ねえ、いくつ?名前なんていうの?」

「え?えっと、僕、透野明っていいます。十四歳です」

「あかる?変わった名前だね。しかも十四って同い年じゃん!あたし、リコ。尾根田おねだ李子りこっていうの。リコりんって呼んでもいいよ」

「あ、はい……。えっと、その人たちは?」

「この子たち?えっとね、中くらいのがアトくんで、小さいのがアラみーで、大きいのがポッちゃんだよ」

「あ、アトくんに、アラみーに、ポッちゃん?」

「うん、あだ名なの」

「そいつらの名前なんかどうだっていい。お前、なんでゾンビなんか連れてやがるんだ」

「なんでって、うーん。どこから話せばいーのかなぁ……」




 それから、ジュースで一息つきながら、リコさんの話を聞いた。

 リコさんはゾンビ・パンデミックが起きた日、学校をサボり、アニメ鑑賞という共通の趣味を通じてSNSで知り合った大学生のアトくんたちと一緒に、ドライブをしていたのだという。

 午前中から隣の市にあるアニメショップに行き、ひとしきり遊んだ後に帰ってくると、町中がパニックになっており、何事かと思っていると、あれよあれよという間にそこら中がゾンビだらけになってしまった。

 そんな中、これって何かのドッキリだろと、みんなの制止を振り切ってアラみーが車の外に出たら、あっけなくゾンビに襲われてしまった。噛まれて痛いと連呼するアラみーを病院に連れて行こうと車を走らせていると、アラみーがゾンビになり、運転手のアトくんを噛んだ。それを止めようとしたポッちゃんも噛まれてしまった。

 リコさん以外がゾンビになった車はパニック状態になって急停止した。ゾンビだらけの車から、命からがら逃げだしたリコさんだったが、今度はその辺をうろついていたゾンビに見つかり、絶体絶命の危機に陥った。

「リコね、ヤバ!って思って、お願い、誰か助けてー!って叫んだの。そしたらね、アトくんたちが助けてくれたの」

 なんと、ゾンビになったアトくん、アラみー、ポッちゃんが、助けての声に応じるように駆け付けて、襲い来るゾンビをバラバラにしたのだという。

「てっきり噛まれるかと思ってたけど、生きてた頃みたいに、リコのこと守ってくれたの。ねえ、これって凄くない?」

「は、はあ……」

 その後も、ゾンビ化した三人はなぜかリコさんを襲うことはなく、遊んでいた時と同じように周りに並んで楽しそうに呻き始めた。なんとなく状況を理解したリコさんは、三人に守られながら車に戻った。

 その後、ゾンビになってもなぜか車を運転できたアトくんを頼りに、四人で安全な場所を目指し、逃避行を続けていたのだという。

「運転してほしいなぁ、ってお願いしたら、ホントに運転しだすんだから、驚いたぁ。ゾンビってね、生きてた頃にやってたことができるみたいなの。ちょっと腕は落ちるけどねぇ。フラフラ走るし、たまに猛スピード出すし、急ブレーキばっかりするし」

「でも、さっきは何でゾンビの大群に襲われてたんですか?」

「アハッ。あれね、リコがアトくんにリクエストしたの。寂しいから音楽が聴きたいなぁ、って。そしたらね、車のスピーカーで、大音量でアニソン流し出しちゃったの。そんなことするから、街中の注目を集めちゃって」

「アニソン……」

「大変だったんだから!三人ともヴぁうヴぁう騒ぎ出すし、アトくんの運転はめちゃくちゃ荒くなるし、ホントに死ぬかと思った。止めて、ってお願いした時には、もうあんな感じになっちゃっててね。どうしようって考えてたら、ここのこと思い出したの。ほら、ゾンビの出てくる映画って、こういうとこに生き残った人が集まるものでしょ?」

「そ、そんな理由でここを目指したんですか?」

「うん。とにかく逃げなきゃって慌ててたの。でも、ホントに人がいて良かったぁ。入り口が閉まってるの見た時、もうダメ!って思ったけど。フフッ」

「知ってたんですか?YOUトピアが閉鎖されてたこと」

「閉鎖ぁ?だから入り口閉まってたの?」

「この建物、強度に問題があって、ちょっと強めの地震が来たら崩れるかもしれないんです。それで、立ち入り禁止になってたんですよ?」

「えーっ!ヤバいじゃん!崩れちゃうの?ここ」

「だ、大丈夫ですよ。地震なんて、いつ来るか分かんないですし、来たとしても本当に崩れるかどうかは——」

「ちょっと待て」

 サキナさんが鋭い声が、僕たちを制した。

「要するにそいつらは、お前のことは襲わねえけど、俺らのことは襲うんだろうが」

 サキナさんが釘バットをゾンビたちに向けると、

「ヴぁうっ」

 アトくんが不服そうに呻いた。

「もうっ、大丈夫だってば。リコがお願いしたら、この子たちは言う事聞くんだから」

「信用できねえな。お前が目を離したら、そいつらは俺らを襲うかもしれねえだろ。四六時中見張ってるつもりかよ。お前はともかく、そいつらだけはここから追い出せっ」

 二人の言い合いに挟まれて気まずくなっていると、不意にリコさんが僕の手を取った。

「ねえ、あかるくん、いいでしょ?」

「え、あ、えっと……」

「お願い」

 握られた手に、リコさんの息がふわりとかかった。見る見るうちに体温が上がっていき、耳がジンジンと唸り始めた。

「あ、あの、えっと、その……サキナさんの言う事も、もっともです。さすがにゾンビとずっと一緒にいるのは怖いですし……」

 モゴモゴと苦し紛れに言うと、リコさんは、

「むぅー、分かった。じゃあ、あの子たちはどこか別のとこにいてもらうから。それでいいでしょ?せっかく一緒に逃げてきたのにぃ」

 と、頬を膨らませた。

「どこでもいい、とにかく閉じ込めとけよ。それができねえなら、お前ごとここから追い出すからな」

「ええーっ!何よそれぇ!ひっどーい!」

「さ、サキナさん、そこまで言わなくても……」

「何言ってんだあかる。お前、そいつらに襲われかけたんだぞ。それに——」

「そんなこと言わないでよう。せっかく逃げてこれたのにぃ……うっ、ひぐっ」

 リコさんは途端に涙目になって、鼻を啜り始めた。

「なんで久しぶりに会った友達にそんなこと言うのよぅ……うぅ……」

 どうしたらいいか分からず狼狽えていると、リコさんの後ろのゾンビ三人衆が、ヨタヨタとリコさんを囲うように近寄ってきた。

「ヴぁーうううう」

「ヴぁーうあうあう」

「うっ、ぐすっ、ありがと、アトくん、アラみー、ポッちゃん。すぐ泣き止むからぁ」

 リコさんは顔を手で押さえながら、ふるふると震えている。それを心配するように、ゾンビたちが周りを囲っている。随分と奇妙な光景だ。

 ばつが悪くなって振り返ると、サキナさんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「あ、えっと、とにかく、どうにかしましょう。三人には別のとこにいてもらって、無事なリコさんだけはここに……」

「ホント!?ありがとーっ、あかるくんっ!」

 リコさんは顔をほころばせたが、サキナさんは相変わらず苦い顔で、唇を噛んでいた。

「……分かった。その代わり、そいつらはどこかに閉じ込めて出てこれねえようにしろ。じゃねえと安心できねえ」

 サキナさんが吐き捨てるように言うと、リコさんは、

「分かったわよぅ。この子たちには我慢してってお願いするから。それでいいでしょ。フフ、ありがとね、サ・キ・ナ・ちゃんっ」

 と、微笑んだ。

 僕は、その間でこじんまりと俯いていた。




「ちょっと待っててねぇ、お願いしてくるからぁ」

 リコさんがペットショップへと消えていくのを、サキナさんと二人で見送った。

 あれから、ゾンビたちを閉じ込めておく場所を探したのだが、結局、手頃な場所を見つけることができなかった。

 当たり前と言えば当たり前だ。YOUトピアはショッピングモールなのだから、鍵付きの部屋なんてあるわけがない。いくつかはあったが、そもそも開いていなかったり、鍵を見つけることができなかった。

 そこで、あれやこれやと思案した結果、ゾンビたちの首に大型犬用の首輪を付けて、柱に鎖でつないでおくという手段に至った。DIYショップから持ってきた頑丈な金属製の鎖を柱に回し、それぞれの首輪に続く鎖を外されないように錠前で固定して、まるで危険な番犬のように繋ぎ止めておくという方法だ。

 リコさんは可哀そうだと反対したが、こうでもしておかないと、安心できないのでしょうがないと説得し、どうにか了承してもらった。

「サキナさん、リコさんって……」

「……あんな感じだよ。初めて会った時から、ずっとな」

「友達って言ってましたけど、昔から知ってるんですか?」

「中学からの仲だ。……あいつは——」

「お待たせっ。終わったよっ、それじゃ、行こっ」

 リコさんが戻ってくると、サキナさんは何事かを言いかけていた口を噤んだ。

「ねえ、リコ、すっごくお腹すいてるの。早く何か食べよーよっ」

 僕たちを置いていくように、リコさんは天真爛漫に駆けていった。




「へー、あかるくんって砂井田第二中の人だったんだ」

「ふぁ、はい」

 夕食のカップ麺を啜りながら返事をする。インテリアショップから持ってきた小さなテーブルは、一人増えたことでますます小ささが際立っていた。

「いーなぁ、街中で。リコも、第二中が良かった。第一中なんか、周りに何にもないんだもん。どこにも遊びに行けないから、何にもやることないんだよねぇ」

 賑やかに話しながら食べるリコさんとは対照的に、サキナさんは黙々とカップ麺を口に運んでいた。さっきの言い争いのこともあって、なんだか気まずい空気が流れている。

 夕食の前に、身体を洗ったり、服を着替えたり、歯を磨いたりと、諸々の身支度を男女で別れて行ったのだが、二人きりの間も会話をしなかったのだろうか?

 咄嗟に、場を取り繕おうと、

「でも、第一中って近くに海があるじゃないですか。夏とか、泳いだりして遊び放題だったんじゃ……」

 適当に話題を広げた。

「海なんか、つまんないよぉ!あんなの、しょっぱいだけ。それに、ゴミばっかり浮いてて滅茶苦茶汚いから、誰も泳いで遊ぼうなんて言わないよ?」

「そ、そうなんですね……」

 僕の住んでいる街は海に面していないので、あまりピンと来ない感覚だった。反って身近にあり過ぎると、そういう考え方になるのだろうか?

「ねえ、学校帰りとかさ、どこで友達と遊ぶの?やっぱり、こことか?なんでもあるし。あっ、駅の近くにカラオケもあったよねぇ」

「え、えっと……」

 言葉に詰まった。学校帰りに遊んだことなんて、ほとんど無かったからだ。ここにはよく来ていたが、暇つぶしや小銭拾いに来ていただけだし、カラオケなんて行ったことがない。ましてや、僕に友達なんて……。どうしよう、どうしたら……。

「カラオケにはあんまり……。ここには、たまに来てましたけど」

 咄嗟に、嘘とも本当ともとれない言い方で答えを濁した。瞬間、

「あっ……」

 急に、リコさんが口で手を押さえ、目を見張って僕の顔を見つめた。まるで、何かに気が付いたかのように。

 ま、まさか、僕に友達などいなかったことがバレて―――、

「ご、ごめんなさいっ。友達のことなんて訊いて……」

「え?」

「あのパニックが起きた時、学校にいたんでしょ?だったら、友達がみんなゾンビになるのを、目の前で見ちゃったんじゃ……」

 顔に出ないように、ほっと胸をなでおろした。どうやら、リコさんは僕のことを気遣ってくれただけらしい。

 ああ、良かった。てっきり、バレてしまったのかと思った。僕が、友達のいない日陰者だったということが。別に、バレても何も問題ないのに。今更、どうだっていいことなのに。でも、そのことを話すのはなんだか――と、その時、

「うっ……ぐすっ……」

 突然、リコさんは口を押えていた手で顔全体を覆い、グスグスと啜り泣き始めた。

「り、リコさん?どうしたんですか?」

「うっ……ごめんね。リコも、パパとママのこと思い出したの。ここに来る前、家に帰ってみたんだけど、パパとママはもう……」

 小さく肩を震わせるリコさんを前に、何と声を掛けていいか分からず、おろおろと狼狽えた。サキナさんも、箸を止めて俯いている。

「ひぐっ……その途中で、学校のみんなも、一緒によく遊んでた子たちも見かけたけどっ……みんな、ゾンビになっててっ……ぐすっ……大好きだった人たちが、みんな、みんなっ……」

 リコさんの啜り泣く声だけが、静かな拠点に響いた。

「あ、あの、これ」

 僕は狼狽えつつも、とりあえずティッシュを差し出した。それくらいしか、できることが思いつかなかった。

「ぐすっ……ありがと、あかるくん。ごめんね、ヤなこと言っちゃったのは、リコの方なのに」

「い、いえ……僕は、その、大丈夫ですから」

「そうなの?……あかるくん、強いんだね。リコ、まだ辛いの。パパも、ママも、友達も、みんなゾンビになっちゃってたのを見た時のことが、忘れられないの。思い出しただけで、怖くなって、悲しくなって、ううっ……」

 リコさんは、ティッシュで目を押さえて、また啜り泣き始めた。さっきまでの天真爛漫な雰囲気はどこへやら、縮こまって震えている。

 いや、もしかしたら、こっちが本当だったのかもしれない。あのゾンビ・パンデミックが起きたのは、もう何日も前のことだ。その間、ずっとアトくんたちと過ごしていたとはいえ、車の中でただ一人ゾンビにならずに生き残り、窓から崩壊した世界を眺めながら彷徨っていたのだ。想像するだけで、身が震える。

 天真爛漫に振舞っていたのも、そうしなければ自分を保てなかったからではないだろうか。無理に精神を奮い立たせ、明るく朗らかに振舞って、辛い悲しみを忘れようと……。

「そ、その、僕も辛いです。あの時のことを思い出すのは」

「ぐすっ……あかるくんも、そうなの?友達も、家族も、みんなゾンビに……」

「え、えっと……」

 僕は、本当は―――、

「……そうです。あの時、学校で、教室で、クラスメートはみんな、ゾンビになっちゃって、仲の良かった友達もみんな……それが、辛くて、悲しくて……家族とも連絡が取れなくて……色々あって、なんとか脱出できたけど、家に帰ったら……もし、父も、母も、兄も……家族がみんなゾンビになってたら、どうしようって思って、怖くなって……もし、そうなってたら、僕はもう……生きていけない気がして……」

 今度は、完全に嘘をついた。

「そっか……やっぱり、辛いよね、悲しいよね。大切な人たちが、大好きだった人たちがみんな、ゾンビになっちゃうのって……」

「……はい」

「そうだよね……それが、普通だよね」

 普通。その言葉が、胸に突き刺さった。

 ……そうだ。それが、普通なんだ。

 僕に、友達なんていなかった。みんなから、無視されていた。だから、みんながゾンビになっても、悲しくなんてなかった。むしろ、嬉しかった。ざまあみろとさえ思っていた。鬱憤を晴らす為に、ぶち殺しもした。ゾンビになっても、僕のことを無視したから。

 でも、それは異常なんだ。普通は、普通の人間は―――、

「……僕は強くなんかないです。普通の人間です。だから、リコさんも……それでいいと思います。普通だったら、辛くて、悲しくて、泣きたくなりますから……」

 僕は、普通の人間を装ってリコさんを励ました。今朝、強くなろうと決意したばかりだというのに。

「……ありがと、あかるくん」

 リコさんが、啜り泣くのをやめて僕を見た。

「ごめんね、急に泣いたりしちゃって。今、切り替えるから」

 ティッシュで顔を拭うリコさんを前に、安堵した。嘘をついた形になったが、女の子が涙を流すのを止めることができたのだ。自分を偽るのは、なんだか卑怯なようで心苦しいが――いや。

 強くなる為には、自分を偽ってもいいのではないか。

 あの頃の――みんなから無視されていた頃の惨めな自分のことを、わざわざ言う必要はない。弱みを、曝け出す必要はない。

 僕は、強くならなければならないのだ。その為には、普通を装ったって、嘘をついたって―――、

「あっ。ねえねえ、前にね、第二中の人って髪染めても文句言われないって聞いたことあるけど、それってホントなの?」

 リコさんが、笑顔でなんてことのない話題を振ってきた。切り替えると言っていた通り、元の天真爛漫さを取り戻したようだ。

「そんなことないですよ。昔は、親がモンスターペアレントの人とかが染めてたみたいですけど、生活指導の先生が変わってからは厳しくなったみたいで……」

「フフッ、そーなの?でも、羨ましかったなぁー。リコもね、最初は染めてたの、ピンクに」

「ピ、ピンク!?」

「うん。でも、めちゃくちゃ怒られちゃったから、黒に戻したの」

「は、はあ……」

 呆然とリコさんを見る。髪をピンクにしたら、アニメのキャラクターそのものになってしまいそうだ。

「そういえば、二人は付き合ってるのぉ?」

「ぶふぉあっ!」

 思いっきりむせた。慌てて汚くないようにカップ麺に顔を突っ込み、ゲホゲホと咳き込む。

 天真爛漫な感じに戻って一安心だと思ったら、急になんてことを言い出すんだ、この人。

「ち、ちがっ――」

「んなわけねえだろ。たまたま一緒にいるだけだ」

 弁明しようとすると、サキナさんが伏し目がちにボソリと吐き捨てた。

「なあんだ。てっきり付き合ってるのかと思ってた。フフッ」

 リコさんが、いたずらっぽく笑う。

 サキナさんの言葉の通りだ。僕たちはたまたま一緒にいるだけだ。たまたま一緒に……。

 カップ麺に顔を突っ込んだまま撃沈していると、ガラガラとシャッターが閉まる音がした。顔を上げると、サキナさんが早々に拠点の戸締りをしていた。

「わぁ、暗ーい。ねえ、どうやって寝るの?」

「好きにしろよ。俺はテントで寝る」

 そう言うと、サキナさんはガサガサとテントの中へ入っていってしまった。毎日、ソファーで寝ていたというのに。

「へー、こうやって暮らしてたんだぁ。ねぇ、あかるくんはどこで寝るの?」

「ぼ、僕はそこのテントで……」

「じゃあ、リコはどこで寝ればいいの?」

「あ、えっと、じゃあ、そこのソファーで……」

「えーっ!こんなとこで寝るのぉ?ま、いっかぁ。久しぶりにちゃんとしたとこで寝れるしぃ。今まではね、ずーっと車のトランクで寝てたの。熱いし、固いし、狭いから、まともに寝れなくてさぁー。でも、今日からここで寝れるんだ!嬉しー!」

 はしゃぐリコさんの横で、カップラーメンの残りをモソモソと平らげると、容器を片付けた。食卓の上をふきんで綺麗にしてから、僕もそそくさと寝る準備を始める。気まずい空気が流れるこの空間から、早く逃げ出してしまいたい。

「えっと、リコさん、もう電気消しますけど……」

「えー、もう寝るのぉ。つまんないの。もっとお話しようよぉ」

「で、でも、お疲れでしょうし、明日も早いですし……」

「明日も早いって、何かするの?」

「そ、その、あの、えっと……」

「アハハ!あかるくん、あの、とか、えっと、とか多すぎ!」

「あ、うぅ……」

「フフッ、分かった。もう寝るね。おやすみっ」

 僕をからかうだけからかうと、リコさんはクッションを抱えてソファーに寝転がった。撃沈しながら電気を消すと、もぞもぞとテントに潜り込む。

 真っ暗闇の中、一日を振り返る。なんだかせわしない一日だった。強い人間になると決意して色んなことをしたり、ロックを聴いたり、走り回ったり、人を助けたり、助けたと思ったらゾンビだったり、気まずくなったり、拠点に新しい人を迎えたり……。

 くらりと意識が落ちかけた。ああ、そういえば、病み上がりだったんだ。なのに、あんなに走り回ったから。

 ———生き残った人と出会えたのは良いけど、これからどうなっていくんだろう。

 そう思った瞬間、僕の意識はふっと途切れて眠りに落ちた。

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