9:DYEING BLACK

「——くんっ、——るくんっ、あかるくんっ」

 名前を呼ばれて目を覚ました。目を擦りながら身体を起こす。

 眠い、一体誰が———、

「おはよっ!」

「わっ!」

 テントの入り口から、リコさんが顔を出していた。慌てて足を畳み、タオルケットを浮かす。

「どうしたの?」

「いいい、いえっ、なんでもないですっ、おはようございますっ」

「フフッ、もうご飯の用意できてるよっ」

 リコさんがテントから離れると、体育座りの姿勢で項垂れた。

 ヤバい、もしかして見られただろうか。ああ、もし見られていたら一巻の終わりだ。僕は最低野郎だ。いや、しょうがないけど。

 身体が落ち着いた後、しょぼくれながらテントからのそのそと這い出ると、食卓の上には桃の缶詰が二つ置かれていた。リコさんがちょこんと座っていたが、サキナさんの姿が見えない。

「あの、サキナさんは……」

「それが、朝起きたら、もういなかったの。釘バットがないから、どこかに出掛けて行っちゃったのかな?」

 入り口のシャッターは閉まったままだった。時計を見ると、朝の九時過ぎを指している。サキナさんはいつも早起きだから、僕たちが寝ている間にこっそり出掛けたのだろうか。

「ま、サキナちゃんは強いから、ひとりでも大丈夫だよ。ほら、食べよ?」

「は、はい」

 気もそぞろになりながら、とりあえず食卓に着いた。姿が見えないというのはなんだか落ち着かない。どこに行ってしまったのだろう。

「ねえ、あかるくんって呼ぶの、なんだか退屈だから、あかるん、でいい?」

「あ、あかるん?」

「そう、あかるん。あだ名」

 なんだか不思議な感覚が胸に湧き上がった。あだ名なんて、今まで付けられたことがない。みんながまだ僕を無視していなかった小学生の頃も、苗字か名前でしか呼ばれることがなかった。いざ付けられてみると、なんだかムズムズする。

「いいでしょ?ねっ、あかるん」

 リコさんが微笑みかけてくる。この感覚はなんだろう。嬉しいような、懐かしいような……。

「あかるん、今日は何をするの?」

「え?えっと、特に何にも……。あ、そうだ。リコさん用の家具を揃えましょうか。クッションとか、タオルケットとか、必要なものをあちこちから持ってきて」

「うわぁ、ワクワクするぅ。何したっていいんだもんねぇ」

 リコさんが腕を小さく振ってはしゃぐ。

 僕は、缶詰の甘いシロップを飲みながら、頼れる男になろうと意気込んだ。

 このYOUトピアの先住民として、リコさんをエスコートしなければ。

 僕は、サキナさんのように強い人になるんだ。




「えっと、これと、これと、あとこれと、これも……」

 カートを押しながら、リコさんの後をついていくと、色んなテナントのありとあらゆる商品が次々に放り込まれていった。小さなクッションに、ハンカチに、バッグに、ポーチに、眼鏡に、髪留めに、よく分からないアクセサリーに、たくさんのキラキラしたものが入った小瓶、これは化粧品だろうか?

 不規則で無差別的に詰め込まれているように見えたが、全部に共通しているのは、白と黒で構成された可愛いもの、といったところだろうか。リコさんの服と同じように、フリルやリボンが付いているものもある。

「あ、あとこれも、うーん、やっぱりこっちかなぁー」

「リコさん、カートがいっぱいになっちゃいますよ。一回戻って……」

「あ!これ欲しかったの!これも、あとこれと、これと……」

 聞き入れられる様子はなく、カートには次々に商品が放り込まれていく。なんというか、サキナさんとは対照的だ。というより、女の子としてはこっちの方が普通なんだろうか。詳しくないのでよく分からない。

「きゃー!」

 甲高い声にビクッとして顔を上げると、リコさんが服屋のテナントの前でぴょんぴょん飛び跳ねていた。

「ここの服、一回でいいから着てみたかったの!ちょっと着替えてくるね!」

 リコさんがはしゃぎながら服を物色しだす。看板や店内の様相からして、どうやら可愛い系のレディースファッションの店のようだ。リコさんが着ているワンピースよりも、ずっと派手な装飾の服が並んでいる。これは、ゴスロリファッションというやつだろうか。

「ねえ、あかるん。どっちがいいと思う?」

 リコさんが二着のワンピースを両手に抱えてきた。片方はピンク、もう片方は黒メインの配色だ。

「えっと、どっちもいいと思いますけど……」

「むぅー、どっちでもいいってこと?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「もぉう、じゃあ着替えてくるから選んでねっ」

 リコさんは他の棚からもいくつか服や靴を掴むと、試着室のカーテンをシャッと開いた。

「あかるん、怖いからそこにいて」

「えっ?」

 戸惑っていると、リコさんが不安げな目つきで僕を見た。

「お願い、怖いの。傍にいてくれる?」

「は、はいっ」

 返事をすると、リコさんは安心したように試着室の中へと入っていった。僕はキモい変態野郎だと思われないように、急いで背中を向けた。

 耳がジンジンと熱くなっていく。顔を見られなくて済むのはありがたい。絶対に真っ赤になっているし、それを見られたら、またからかわれてしまうだろう。

 背中越しに、衣服が擦れる音が聴こえてくる。今、リコさんは……。

 ぐしゃぐしゃと顔に手を押し付けた。何を考えてるんだっ、キモいことを考えるんじゃないっ、強くて頼れる男になるんだろっ、馬鹿っ。

 自分で自分を罵倒していると、シャッとカーテンの開く音がした。

「ねえ、どうかなぁ?」

 振り返ると、リコさんがピンクのゴスロリファッションに身を包んでいた。フリルとレースがあちこちにあしらわれていて、下は白いタイツに、人形みたいな靴を履いている。ツインテールの髪留めもピンクのリボンに変わっていた。まるでアニメから飛び出てきた魔法少女のようだ。

「えっと、か、可愛いと思いますけど……」

「ホント!?可愛い?」

「はい。なんというか、魔法少女みたいです」

「魔法少女ぉ?何それぇ。こっちにしよっかなぁー」

 機嫌を損ねたのか、リコさんは試着室のカーテンを閉じてしまった。僕は撃沈しながら、また背中を向けた。

 どう言えばよかったのだろうか。女の子と買い物なんてしたことないから、正解が分からない。

 女の子と買い物……?これって、もしかしてデートなのか?

 またぐしゃぐしゃと顔に手を押し付けた。違うって言ってるだろっ、サキナさんの時にも同じことを考えてただろ、馬鹿っ、キモ過ぎるだろっ。

「こっちはどーお?」

 振り返ると、今度は黒のゴスロリファッションに身を包んだリコさんが誇らしげに笑っていた。元々着ていたワンピースよりもずっと装飾が多く、ウエストがコルセットみたいなもので引き締められていて、スカート部分がふんわりとしている。下は黒のニーソックスに、黒の厚底ヒールブーツと、絵に描いたようなゴスロリだ。

「えっと……可愛いと思いますけど」

「むぅー、さっきと感想が同じなんだけどぉ」

「あ、そ、そっちの方が可愛いと思いますっ」

「ホントに?」

「は、はい」

「じゃ、こっちにしよーっと!」

 リコさんは満面の笑みで試着室から飛び出ると、店の外へと駆けていった。

「あかるん、早く行こっ、次はねぇ……」

 僕はまだ買い物を続けるのかなと思いながら、満杯寸前のカートを押してリコさんの後を追った。




「ここってホントに天国だねぇ、こんなの普段買えないもん。それもこんなに!」

 ソファーに座りながら、マニキュアを塗るリコさんが嬉しそうに言う。テーブルの上には、キラキラした小瓶が大量に並べられている。

「よく分かんないんですけど、高いんですか?そういうのって」

 満杯のカゴ三つを横目に質問する。

 あれから僕たちは買い物、もとい物資調達を終えて、拠点に戻って来ていた。結局リコさんの気が済んだのは、三台目のカートがいっぱいになってからだった。

 時計の針はもう六時過ぎを指している。まさか一日中買い物をすることになるとは思ってもみなかった。女の子恐るべしだ。

「高いよぉ!こんなの、絶対に買えないよ?これなんか、マニキュアなのに五千円くらいするんだから!」

 リコさんが声を上擦らせる。化粧品の相場なんてさっぱり分からないが、五千円という数字にクラクラした。あんな小さな小瓶に、そんな価値があるなんて信じられない。

 やれやれと拠点を眺めた。結局、雑貨ばかり集めて家具の類を持ってこなかったので、風景が大して変わっていない。もう遅いから、リコさん用の家具は、また明日調達に行かなければならないだろう。

「ねえ、お腹空いた。桃の缶詰ってまだあるの?」

 リコさんが爪をふーっと吹きながら言う。

「えっと、確か……あっ、もう切らしてる」

 食料を入れていたカゴの中に、もう桃の缶詰は残されていなかった。持ってきておいた分は、朝食べたもので最後だったようだ。

「えーっ、リコ、桃の缶詰がいーなあ」

「明日また取ってきますね。確かまだ残ってたはずです」

「えー、今食べたぁい」

「え、えっと……」

「あかるん」

 リコさんはこっちに向き直ると、口の前で手を組んだ。クロスされた指先に、黒いマニキュアがキラリと光っている。

「お願ぁい」

「……と、取ってきますっ」

「ホント?ありがとーっ、あかるんっ」

 リコさんが小首をかしげてニッコリと笑った。僕はその笑顔に見送られながら、拠点を出て夜が始まりかけた薄暗闇のYOUトピアへと繰り出した。




 薄暗い通路をひとりで歩いていると、妙に心細くなった。やっぱりここの雰囲気は好きになれない。どうしても孤独を感じてしまう。元々は、たくさんの人が溢れていた場所だったからだろうか。

 挫けるな、強くなれ、と自分に言い聞かせた。決意したばかりじゃないか。頼れる男になるんだ、強くなるんだ。サキナさんのように。

 そういえば、サキナさんはどこにいるんだろうか。買い物中も姿を見かけなかったけれど。

 辺りを気にしながら一階の食品売り場を目指して歩いていると、ふと違和感を感じた。

 何だ?ここは何度も通ったことのある通路だが、何かいつもと違うような気が……。

 ……減っている?

 ようやく違和感の正体を突き止めた。

 マネキンが減っている。服屋のテナントの店先に立っていたマネキンたちが、姿を消しているのだ。

 どうして、と疑問に思った瞬間、すぐにその答えを見つけた。

 マネキンが、ズタズタの状態で店内に倒れていた。着ている服はボロボロに破れているし、関節はあらぬ方向に曲がっている。中には身体中がベコベコに凹んでいるマネキンもいた。

 これは、まさかサキナさんがやったんだろうか。これだけ激しくボコボコにしたら、音が聴こえてきそうなものだが、まったく気が付かなかった。

 一体いつマネキン相手に訓練をしていたんだろう。この辺は買い物中に通りがかったが、メンズファッションの店ばかりだったので立ち寄らなかった。昼には、既にこうなっていただろうか。思い出せない。

 倒れているマネキンたちを見ていると、急に怖くなってきた。服がズタズタになっているせいか、それとも関節が捻じ曲がっているせいか、まるでゾンビが床に伏せているように見える。

 起き上がり、襲い掛かってくるマネキンを幻視して、急いでその場を離れた。

 やめろ、変なことを考えるな、怖がるんじゃない。

 任務を遂行するんだ。桃の缶詰を調達してくるという任務を。リコさんが拠点で待っている。お前は頼れる男だろ、透野明。

 自分に檄を飛ばしながら、早足で一階の食品売り場を目指した。

 急ごう、完全に暗くなる前に。




「ふう、ふう……」

 桃の缶詰が詰まったカゴを抱えながら、止まったエスカレーターを上っていると、息が上がった。

 とりあえず、まだ残っていた桃の缶詰をカゴに入るだけ目一杯詰めてきたが、こんなに欲張るんじゃなかったと後悔した。あまりの重みにカゴの持ち手が歪んでいる。

 身体を鍛えるのには丁度いいだろうか。こんなモヤシみたいな身体では強くなんてなれない。もっと力をつけないと。

 気合を入れてエスカレーターを上り切った。拠点のある三階まで辿り着くと、向こうのテラス席の入り口が開いているのに気が付いた。薄暗くて分かりにくいが、外に誰かが立っている。あのシルエットは、サキナさんだ。

 ようやく姿を見つけたことに安堵しながら、カゴを置いてテラス席に向かった。

「サキナさんっ」

「……あかるか」

「良かった。急にいなくなったから、心配してたんですよ」

 ほっと息をつく僕を尻目に、サキナさんは手すりにもたれて、外を見下ろしていた。

「こんなところで、何してるんですか?もうそろそろ暗く――」

「下を見てみろ」

「えっ?」

 言われるがままに、手すりから身を乗り出して下を見ると、大量のゾンビが駐車場をうろついていた。

「うわっ!」

「……リコたちが連れて来た奴らだ」

「そ、そんな……」

 まったく気が付かなかった。まさか、あのゾンビたちがまだYOUトピアに残っていたなんて。

「安心しろ、入ってはこれねえだろ。でも……」

「……でも?」

「昼過ぎからずっと見てたが、あいつら、出ていく気配がねえんだ」

「ど、どういうことですか。まさか、あれからずっとここに」

「ああ、多分な。よく分かんねえけど、あいつら、買い物に来た気分になってるんじゃねえか?」

 サキナさんが遠い目をしながらゾンビたちを見た。多分、その通りだろう。あのゾンビたちは大して知能はないが、生前の行動を繰り返す習性がある。

 それを示すように、ほとんどのゾンビたちは、わらわらとあちこちの入り口のシャッターに群がっていた。生前のように入店しようとしているのだろう。実際には身体をシャッターにバタバタとぶつけているだけだが。

 何人かのゾンビは駐車場をふらふらと彷徨っていた。車を探しているのだろうか。一台も停まっていないというのに。よく見ると、バスの停留所のベンチに腰かけているゾンビもいる。

 夜が始まりかけた街並みを眺めた。もしかすると、今までYOUトピアにゾンビが来なかったのは、他に建物が無い高台のような土地に位置していたからだろうか?

 考えてみれば、YOUトピアに来るには、車か市バスを使うしか手段がない。買い物をするのに、何十メートルもの急な坂道を歩こうなんて思う人間は、この座作市に一人としていないだろう。せいぜい体力に溢れ、自転車を乗り回す僕たちのような学生くらい――僕は自転車を持っていないので、歩いてここに来ていたが――だ。

 だから、ゾンビたちはここに押し寄せて来なかった。いや、そもそも行こうという発想がなかったのだろう。リコさんが連れていたアトくんのような例は別として、ゾンビは車や自転車に乗れないのだから。

 ところが、それが生きている人間を襲うとなれば話が違う。例え坂道だろうが、人に噛みつく為なら走ってくるような奴らだ。生存者然とした装いの騒音を出す車——リコさんたちを追いかけて、ここに辿り着いたゾンビたちは、客として訪れていたことを思い出したのだろう。その結果、あんな風に……。

「俺はもう少しここで奴らの様子を見る。あかる、先に戻ってろ」

「え?で、でも……」

「心配すんな。完全に夜になったら、あいつらがどうなるのか知りたいだけだ。確かめたら戻る」

「……僕もここにいましょうか?」

 おずおずと切り出したが、サキナさんは駐車場を睨みながら、

「お前はリコといろ」

 と、吐き捨てるように言った。

「俺なんかより、あいつといた方が楽しいだろ」

「えっ?」

「……いいから戻れ。俺はひとりでいい」

「…………」

 僕はサキナさんに返す言葉が見つからず、すごすごとテラス席を後にした。




「もぉう、遅いよ、あかるん」

「す、すいません」

 拠点に戻ってくると、頬を膨れさせたリコさんに出迎えられた。謝りながら、カゴの中から桃の缶詰を取り出す。

「お腹すいたぁ。早く食べよーよっ」

 食卓に着くリコさんに缶詰を手渡すと、僕も自分の分を取り出した。

「ねえ、あかるん。開けてくれない?マニキュアしちゃったから、爪使いたくないの」

「あっ、はい」

 爪を立てて、カシュッと缶を開けた。女の人って大変なんだなと思いながら、蓋を取り去る。

「ありがとぉ。ねぇ、フォークは?」

「あっ、ここです」

 食器類を入れていたケースから、フォークを取り出して差し出した。リコさんの格好も相まって、なんだかお嬢様と世話焼き執事のようだ。

「ウフフ、おいしー。ねえ、そういえばサキナちゃんは?」

 満足そうに桃を頬張るリコさんが、ニコニコと質問してきた。

「それが……実はゾンビたちが外にたくさんいて、それを見張ってます」

「ええーっ!大丈夫なのぉ?」

「入ってはこれませんよ。入り口は全部、頑丈なシャッターが降りてるから、破られることはないはずです」

「そうなんだぁ、良かったぁ。それで、サキナちゃんは大丈夫なの?」

「えっ?」

「サキナちゃん、今ひとりでいるんでしょ?一緒にいなくていいの?」

 リコさんはからかうように僕を見た。

「それが……ひとりでいいって言われちゃって……」

「フフ、そっか。サキナちゃん、強いからねぇ」

 落胆する僕を励ますように、リコさんは微笑んだ。

「あの、リコさんってサキナさんと同じ、砂井田第一中だったんですよね?」

「うん、そーだよ」

「サキナさんって、前からああいう人だったんですか?」

「フフッ、気になるの?」

「い、いや、そういうわけじゃっ」

「アハハ!そんなに慌てなくたっていいのに!」

 リコさんがキャッキャと笑う。僕は恥ずかしさのあまり、俯いた。顔が真っ赤になっていくのを感じる。

「サキナちゃんとはね、中学で知り合ったの。一年の時に同じクラスで。その頃にはもう、あんな感じだったよ?」

 俯いたまま顔を上げない僕を尻目に、リコさんは語りだした。

「懐かしーなあ。入学式の時にね、一人だけ出席してなかった子がいたの。どうしたんだろって思ってたらね、次の日、教室に真っ赤な特攻服着た子がいたの。それがサキナちゃんだった。みんなドン引きしてて、誰も話しかけてなかった。そうこうしてたら先生が来て、サキナちゃんに注意したの。なんだそのカッコ、ふざけてるのかってね。そしたら、フフッ、サキナちゃんね、先生に向かって、うるせえっ!どんなカッコしてようが俺の勝手だろっ!って、怒鳴ったの。結局、その日は職員室に連れてかれたまま帰ってこなかったんだけど、次の日学校に来たら、また特攻服着たサキナちゃんがいたの。その時、リコ初めて話しかけたの。なんでそんなカッコしてるの?って。そしたらね、俺は好きでこういうカッコしてんだ、って言ったの。ちょっと嬉しそーに。それから、友達になったの。話を聞いたらね、入学式の時も特攻服着てたんだって。でも先生に見つかって、つまみだされちゃったって言ってた。だから一人だけ出席してなかったの、フフッ」

 顔を上げると、リコさんは懐かしむように笑っていた。

「あの頃はリコもね……」

 ふと、リコさんの顔から笑顔が消えた。いや、笑顔は消えていない。でも、どこか笑顔の種類が変わったように見えた。

「何か、あったんですか?」

 おずおずと訊くと、リコさんは、

「……フフッ、いや、なんでもない」

 と、元の笑顔に戻った。

「でも、サキナちゃん、二学期から来なくなっちゃったの。色々あってね。サキナちゃん、あんまり自分のこと話さないでしょ?」

「……あ、言われてみれば」

「そっとしておいてあげてね。サキナちゃん、あんまりそういうの得意じゃないから」

 僕は、そのリコさんの言葉に、後ろめたさを感じた。そういうのが得意じゃないのは、僕だって同じだ。現に、友達がいたなんて嘘をついたのだから。

 でも、みんなから無視されていた僕のことを話すなんて、怖くてできやしない。そんなことしたら、それがバレたら、僕はまた、あの頃のような惨めで弱い人間に戻ってしまう気がして……。

「あかるんは、どうやってサキナちゃんに出会ったの?」

 リコさんが、また僕に笑いかける。

「僕は、学校から脱出した時にサキナさんに出会ったんです。ゾンビに襲われそうになってたところを、間一髪で助けてもらって」

「間一髪で?凄ーい。もしかして、ここに来た時のリコたちみたいなことになってたの?」

「え?えっと……」

 あの時、僕は……校庭をトボトボ歩いていたけど、誰からも見向きされなくて、一斉に襲われそうになったのは、隣にサキナさんがいたからで―――、

「あかるん?どうしたの?」

「……そ、そうです。学校中のゾンビが全員、僕を追っかけてきて……」

「うわあ、怖かったでしょ?」

「はい。中には、クラスメートも、よく一緒に遊んでた友達も、先輩も、後輩も、先生たちもいましたから。でも、サキナさんが助けてくれたおかげで、無事に逃げられて……」

 僕はまた、うじうじと嘘をついた。

「そうだったんだぁ。生き残れてよかったね、リコたち。しかも、こんな天国みたいな場所に辿り着けるなんて。奇跡だよ、ホント」

 なんとか切り抜けることができて、ほっと胸をなでおろした。

 ……僕は、強くなるんだ。強く、強く、弱い所を見せない、強い男になるんだ。

 その為なら、嘘をついたって、自分を偽ったって———、

「ごちそーさま。ねぇ、あかるん、トランプしない?」

 リコさんは桃の缶詰を食べ終えると、どこからかトランプを取り出した。

「いいですよ。何をやりますか?」

「うーん、二人だけだしねぇ。あっ、ダウトは?」

「ダウトって、二人だと手札が多すぎるんじゃ……」

「フフ、カードを半分にするの。こうしてハートとダイヤをのけて、スペードとクローバーだけでやれば丁度いいでしょ?」

 リコさんの手によってカードが切られ、配られていく。

「リコ、こういうの得意だよっ。勝てる?あかるん」

 挑発的な笑みを浮かべるリコさんに、僕は負けじと精一杯の笑顔を見せた。

「……望むところです」

 その後、二人でひたすらダウトをした。何度も何度も勝負し、僕は何度も何度も負けた。楽しい時間を過ごしたが、いつまで経ってもサキナさんが拠点に戻ってくることはなかった。

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