9:WITHOUT YOU

 また世界の速度が遅くなっていった。

 顏から急激に血の気が引いていく。

 焦って振るった金属バットが、合人が掲げた手に吸い込まれていく。

 また受け止められてしまう。

 サキナさんの顔が乱れた髪で見えない。

 合人が掴んでいるせいだ。

 白くて細い首の、汗が滲んだ綺麗な肌が、曝け出されている。

 合人の口から覗く、赤黄色い歯が、それを突き破って、血が———、


「———ぐぁっ!」


 気が付くと、床に転がっていた。また金属バットごと投げられたのだと理解した瞬間、後ろでダンッ!と鈍い音がした。咄嗟に振り向くと、サキナさんが壁に叩きつけられて、ズルズルと崩れ落ちていた。

「サキナさんっ!」

 慌てて駆け寄り、肩を抱えたが、サキナさんは動かなかった。息はしているようだったが、意識を失っているのか、だらりと力なく頭を垂れた。さらりとオレンジがかった茶髪が零れ落ち、首元が露わになる。

 そこには、血の滲んだ噛み跡が———、

「ハハハハハッ!死んだのか?その女。まあ、死んでもすぐゾンビになって生き返るぜ。感染してる俺が噛んだんだからなあっ!ククッ、ハハハハハハハハハハッ!」

 ……嘘だ。

 そんな、

 嫌だ、

 サキナさんが、

 ……ゾンビに?

 嘘だ、嘘だ。

 サキナさんが、死んだら、僕は———、

「…………っ」

 頭の中がまた真っ白になっていったと思ったら、脳味噌の後ろの方で、プン、と何かが弾け飛んだ。瞬間、全身が冬の海に飛び込んだように冷えていき、腕が、足が、瞼が、痙攣した。

 今までに感じたことのない感情が全身を支配し、目の表面がヒリついていく。


 ———ああ、死ななきゃ。


 痛みではない、得体の知れない何かに震える腕で、サキナさんの傍に転がっていた釘バットを掴む。


 死ななきゃ、だから、その前に、あいつを殺さなきゃ———。


 ゆっくりと立ち上がった。

 ズルズルと釘バットを引きずりながら、合人に近付いていく。

「クハハッ!よせよ、あかる。お前に何ができるってんだよ」

 僕に、何が、できる?

 そんなの、知らない。

 でも、お前を、殺さないと、死ねない、僕は、僕は―――、

「……懲りねえなあ」

 合人がゆらりと動いた。瞬間、僕は釘バットを力強く握り込んだ。

「何回殴られれば、気が済むのか……なあっ!」

 合人が凄まじいスピードで迫ると同時に、釘バットを勢いよく前方に振り回した。

「———なっ……」

 釘バットが合人の腕を弾いた。瞬間、両手で釘バットを握り込み、脳天目掛けて一直線に振り下ろした。


 ———ガギンッ!


 と、釘バットの先端が床を叩く。

 避けられた———、

「チッ!」

 真横から蹴りを喰らい、倒れ込んだが、釘バットは手放さなかった。

 全身の痛みなど、どこかに消え失せていた。

 ゆらりと立ち上がると、合人が腕を押さえて睨んでいた。包帯に、赤黒い血が滲んでいる。

「……クソがあっ!」

 合人がまた迫ってくる。

 もう一度釘バットを振り回したが、今度は空振りだった。代わりに跳び蹴りを喰らい、身体が後方に吹き飛ばされ、勢いよく倒れ込む。

「……っ」

 ゆっくりと身体を起こすと、脇腹が血だらけなのに気が付いたが、構わずに立ち上がった。息が、粗く、浅くなっていく。


 ———あいつを、殺さなきゃ。


 顔を上げ、真っ直ぐに見据えると、合人はジリリと半歩ほど後ずさった。余裕綽々だった表情が、焦りと恐怖に崩れているように見えた。

 構わずに、また釘バットを引きずり、近付いていく。

「お前がっ……俺にっ……」

 不意に、合人がブルブルと肩を震わせた。

「……敵うわけねえだろうがあっ!」

 絶叫しながら迫ってくる合人に、思いきり釘バットを叩き込んだ。が、合人は腕でそれを受け止めた。そのまま釘がめり込んだ腕を振るって、僕の手から釘バットを奪う。

「ハッ!これで——」

 咄嗟に空になった掌を握り込むと、合人の顔面を殴りつけた。

「がぁっ!」

 ズタズタのこめかみから血飛沫を散らしながら、合人がのけぞる。

 続けて蹴りを入れようとして、

「舐めんなあああっ!」

 合人に頭をぶん殴られた。一瞬、意識が遠のきそうになると、

「クソがあああっ!」

 と、蹴り飛ばされ、倒れたまま床を滑っていった。背中が摩擦熱で焼かれていき、頭に何かが激しくぶつかって、ようやく止まる。

 くらりと揺らぐ意識を、無理矢理怒りで奮い立たせて保った。


 ———立ち上がれ、あいつを、殺さなきゃ、死ねない。


 顔を上げると、リュックがひっくり返っていた。さっきぶつかったのはこれか。

 ふらふらと立ち上がると、目の前に鏡があった。

 その中に、こっちに迫ってくる合人の姿が———、

「……っ!」

 咄嗟にかがむと、バキンッ!という音が耳を劈いた。

「チィッ!」

 顔を上げると、合人の拳が鏡を叩き割っていた。咄嗟に身体を翻し、立ち上がりざまに勢いよく頭突きを喰らわす。

「がぁっ!」

 顎を打ち抜かれた合人が後ろによろめく。脳天を突き抜けた衝撃でまた遠のきそうになった意識を、歯を食いしばりながら保つと、勢いをそのままに殴り掛かった。

 一発、二発、三発、力任せに拳を振るう。

 殺さなきゃ、

 こいつを、

 サキナさんを殺したこいつを、

 殺さなきゃ———、


「———ヴぁあああああああああああああああああああっ!」


 よろめいていた合人が突然、獣のような咆哮を上げた。

 瞬間、振るっていた拳が空を切り、腹部にズドンと重々しい衝撃が伝わった。

「ぐぅっ……!」

 身体の動きを無理矢理止められると、

「がああああっ!」

 合人が半狂乱になって殴りつけてきた。

「お前がっ!お前なんかがぁっ!」

 今度は、こっちが後ろによろめいていく。

「俺にっ!この俺にぃっ!」

 息が、できない。する暇がない。

「逆らっていいと思ってんのかあっ!」

 殴られ続ける顔から、感覚が消えていく。

「がああああああああああっ!」

 今までのものよりも遥かに重々しい一発を胸板に喰らい、ミシミシと骨が軋んだと思ったら、ドタンッと後ろに倒れ込んだ。

 ———立ち上がらなきゃ。

 でも、身体が、動かない。

 心臓が、痛い。

 腕が、上がらない。

 足が、言う事を聞かない。

 左目が、よく見えない。

 鼻で、息ができない

 口の中に、血の味が広がっていく。

「はっ、はっ、はっ……」

 肩で息をする合人が、倒れている僕を忌々し気に見下げた。

 血走った白い目が、憎悪と、侮蔑と、怒りに濁っている。

「お前が……お前なんかがっ……」

 グリッと血の滲む脇腹を踏まれたが、悲鳴を上げることもできなかった。そんな僕に腹を立てたのか、合人はドスンと僕に跨った。

「お前さえいなけりゃあっ!」

 馬乗りの状態で顔を殴られた。失せていた感覚が戻って来て、骨にまで達するほどの激痛が走る。

「お前さえいなけりゃっ、俺は林田とっ!」

 また顔を殴られた。口から血が飛んだ。

「なんでっ!なんでお前がっ!なんでお前なんかをっ!」

 殴られ続け、左目が完全に見えなくなった。

「なんでお前なんかが見えるんだっ!」

 渾身の一撃を喰らい、何度も無理矢理保たせていた意識が、とうとう暗闇の淵へ追いやられた。

 辛うじて見えていた右目の視界が揺らぎ、ぼやけていく。

 合人は肩で息をしていた。全身の包帯に滲んでいるのは、合人の血だろうか。それとも、僕の返り血だろうか。

 殴り飽きたのか、僕の顔をじっと見据えている。

 ———泣いている?

 そんな風に見えたが、視界がぼやけているせいで分からない。

「……ぁ……あ……うと……」

 声を絞り出した。まともな声にはならなかった。

 合人は反応しなかった。反応したのかもしれないが、どんな表情を浮かべているのかも分からなかった。

 とうとう頭を支える力も尽きて、だらりと横を向いた。口から、鼻から、血が垂れていく。

 釘バットは見当たらない。

 床に横たわる僕の左腕だけが見える。

 その先に、僕のリュックがひっくり返っていた。周りに、サイドポケットに入れていた物が散乱している。

 ……あれは―――、

「……ぁ、ぐぁ……!」

 合人が、両手で僕の首をギリギリと締め上げてきた。

 どけようにも、腕が上がらない。

 苦しい、息が———、

 顏中の血管が悲鳴を上げる。

 このままじゃ———、

 目の奥で、何かがプチプチと音を立てる。

 死ぬ———、

 あれを、あれを、掴め。

 どこだ―――、

 床に転がるあれに向かって、精一杯手を伸ばした。指先が触れたが、手繰り寄せられない。爪が、力なく床を引っ掻く。

 どこだ、早く———、

 意識が揺らぐ中、残った右目のピントを必死に合わせた。

 掴め、あれを———、

 指先に、硬いものが触れた。必死に手を伸ばして、それを——掴んだ。

 ズタボロの身体に残された力を振り絞り、手の中のそれを握り込んだ瞬間、ピントの合った右目で、合人を見た。

 合人は、憎悪と、侮蔑と、怒りと――殺意に濁った白い眼で、僕を見下げていた。

「……っ!」

 僕は、左手に握ったサバイバルナイフを、合人の顔目掛けて、横一閃に———、


「ぐぁああああああああああああああっ!」


 絶叫が響き渡った。と同時に、合人は顔を押さえて立ち上がり、ヨタヨタと後ろによろめいた。

「かっ、げほっ、はあっ!」

 マウント状態から解放され、できなかった息を必死にすると、吸い込んだ空気が肺から全身に巡っていき、どうにか動けるようになった。ずるりと、痛む身体を起こす。

「あっ、ぐっ、ああああっ!」

 合人は悲鳴を上げながら、頭を振り回して狼狽えていた。両目に掌を当て、指先で額を掻き毟りながら悶えている。

 へたり込んだまま後ずさりすると、トンと背中が壁に当たった。そのまま、壁に背中を預けて、よろよろと立ち上がる。

「ぐうっ……あああっ!」

 合人が顔に当てていた両手をズルズルと降ろした。

「……っ!」

 合人の顔に、両目をなぞるように、横一文字の切り傷があった。閉じられた瞼からは、赤黒い血が涙のようにドクドクと流れていた。


 目が———、


「ぐうっ……くそっ!どこだっ!」

 合人は狼狽えながら、グルグルと辺りを窺っていた。


 ———僕が、見えていない。


 左手に握っていたナイフを、右手に持ち替えた。

「……合人っ」

 潰れかけの喉で、かつての親友の名を呼んだ。

 合人が、手負いの獣のように頭を振り乱しながら、こっちを向く。

「……お前っ!」

 視線——ではなかった。どす黒い邪悪な気迫——凄まじい殺意だけが、血涙を流す閉じられた目からビリビリと向けられていた。

 ヒリついた沈黙が張り詰める。

 僕と合人の荒い呼吸音だけが響く。

「……お前が」

 合人が沈黙を破った。

 無言でナイフを握り込んだ右手を構える。

 破裂寸前の気配が場に流れた瞬間、

「……お前さえいなけりゃあああああっ!」

 凄まじい殺意と共に、合人が拳を振り上げて迫ってきた。


「———うああああああああああああっ!」


 僕は、反射的に、壁に背中を預けたまま、左手で右腕を支えて、ナイフを———、


 ———ズドンッ!


 耳元で轟音がした。衝撃と、風も感じた。

 恐る恐る目を開けると――合人の拳が顔の横、左耳をかすめて、後ろの壁に突き当てられていた。

「…………がっ」

 目の前の合人が、力なく呻いた。その、僅かに開いた口から、ツーッと血が垂れた。

「……っ!」

 右手が、血に濡れていた。握っていたナイフの刃が、根元まで深々と合人の胸に突き刺さっていた。

「……が、ふ……ぁ……」

 合人は声にならない声を血と共に吐くと、両手をブルブルと震わせながら僕の腕を掴み、ナイフをずるりと引き抜いた。手から力が抜けて、ナイフがガランッと床に落ちる。

「あ、合人っ……」

 合人は僕の手を掴んだまま、引っ張るようにして、一歩、二歩、後ろによろめいたかと思うと――そのまま背中から倒れ込んだ。折り重なるようにして共に倒れ込むと、合人は耳元で、

「……ぁ……かっ……」

 また、声にならない声を漏らした。瞬間、緊張の糸が切れて、どこかへ消え失せていた様々な感覚が、感情が、戻ってくる。

「あ……合人?」

 身を起こして、華奢な肩を掴むと、小刻みに震えているのが分かった。手から、今にも消え入りそうに揺らぐ命の鼓動が伝わってくる。

「……あ、合人っ!合人ぉっ!」 

 名前を呼んだが、合人は答えなかった。荒い息が段々と小さくなっていき、胸の包帯にジワジワと真っ赤な血が広がっていく。

「…………合人ぉっ!」

 震える声で絞り出すように叫んだ。潰れかけの喉が、ズキリと痛んだ。

 僕は、殺した。

 僕は、合人を。

 僕が、合人を、殺した———。

「……あ、あああっ」

 僕はまた、この手で、人を殺したのか。

 それも、

 かつての、

 親友を―――、

「うっ、うあぁ……」

 視界が滲んで、涙が溢れた。

「なんでっ……どうしてぇっ……!」

 血に染まっていく合人の胸に、額を押し付けた。

「合人っ……合人ぉっ……!」

 声を上げて、縋りつくように泣いた。

 あれほど真っ白になっていた頭の中が、経験したことのない悲しみと、喪失感に満ちていく。

「なんでっ……ううっ……僕はっ……」

 合人の冷たい身体が、僕の額から熱を奪っていく。

「合人だけでっ……ううっ……」

 心の奥底にずっと押さえつけていた——孤独に満ちた狭いクローゼットの中で涙を流したあの夜から、ずっと押さえつけていた感情が溢れ出た。


「合人がいてくれればっ……それだけで良かったのにっ……」


 死なないで、

 嫌だ、

 消えないで、

 どうか、

 合人が、死んだら、僕は、また———、


「ぁ……か……る……」


 顔を上げた。

 頬に、何かが触れる。

 それは、合人の右手だった。

 指先で、涙が伝う頬を弱々しく撫ぜていた。

 合人はいつの間にか、瞼を開いていた。

 涙のように、血を流している。

 その、見えていないはずの、傷付いた眼が、僕の眼を射抜いていた。

 その眼は———、


「……ごめんな。だから、泣くなよ」


 それは、合人の口から発せられたような気もした。

 幻聴だったのかもしれなかった。

 でも、合人の眼は、確かに、そう言っていた――瞬間、僕の頬に触れていた右手が力なくパタリと落ちて―――、

「……ううっ、あああああっ!」

 とめどなく溢れる涙が、また視界を滲ませた。拭っても拭っても、涙は目から溢れ続けた。

 悲しみでどうしようもなくなって、合人の胸に顔をうずめた。

 心臓の鼓動が、命の気配が、消えていく。

 行かないでくれと願った。

 なのにそれは、どんどん小さく、か弱く、頼りなくなっていく。

 それに縋りつくように、額を押し付けたが———、

 合人の鼓動は、静かに——消え去っていった。

「……うっ……ううっ……あああっ……!」

 僕は、嫌だ、また、独りに、嫌だ、行っちゃ嫌だ、僕は、もう、これ以上、ダメだ、行かないで、どうか、僕を、合人——―。

 自分が殺したくせに、僕は独り善がりに泣き叫んだ。

 親友の亡骸に取り縋って、泣き叫んだ。

 悲鳴を上げるように、泣き叫んだ。

 喉が嗚咽に震える度に、合人と過ごした日々が、思い出が、込み上げてきた。

 初めて会話をした時のこと。ヒーロー映画の話をしながら、ふざけ合った帰り道。一緒に食べたバディチョコ。林田さんが好きだと打ち明けた時の、合人の恥ずかし気な表情。レンタルビデオ店から、三人で帰ったあの日。

 合人が、僕の名前を呼んで、僕の眼を見て、一緒に笑ってくれた、あの日々は、もう二度と———。

 ———独りだ。

 僕はまた、親友を失って、独りに———、


 ———ずる……


 背後で、音がした。

 合人の胸にうずめていた顔を上げて振り返ると、少し離れたところに、サキナさんが立っていた。よろよろと、片足を引きずるようにして、近付いて来る。

 ……ああ、そうか。

 もう、ゾンビに———、

「ううっ……」

 涙を拭い、力の抜け切った満身創痍の身体でよろよろと立ち上がった。

 一歩、二歩、歩み寄って立ち止まり、サキナさんを見る。

 髪が乱れているせいで、顔はよく見えなかった。でも、首筋に、合人の付けた噛み跡があった。それを見た瞬間、また目に涙が滲む。

 静まり返った体育館に、サキナさんの足を引きずる音だけが響いていた。どうしようもなく俯いていると、それがピタリと止んだ。

 顔を上げる。滲む視界の中、ほとんど目の前に、サキナさんがいた。

「…………サキナさん」

 枯れた喉から、涙声が出た。それ以上の言葉は出なかった。

 合人が死んだ。

 サキナさんも死んだ。

 もう、独りは嫌だ。

 僕はもう、独りには、なりたくない。

 僕も、いっそのこと———。

 サキナさんが、よろよろと近付いて来る。

 逃げずに、突っ立ったまま、サキナさんを待った。

 サキナさんになら、噛まれたって、殺されたって、構わない。

 僕を、見てくれた人だから。

 サキナさんが、僕の首に手を伸ばした。

 ああ、

 これで、

 噛まれて、

 僕も、

 ゾンビに———、


「……あかるっ!」


 名前を、呼ばれた。

 気が付くと、僕は抱きしめられていた。

 サキナさんの肩が、顔に触れている。赤い長ラン越しに、体温を感じる。僕も同じくらい、熱を帯びている。

 なんで、

 どうして———。

 疑問に思った瞬間、とうとう身体を支える力が失われて、床に崩れ落ちた。

「———あかるっ」

 また名前を呼ばれた。

 ゆっくりと、限界を迎えた身体が床に倒れていく。

 背中が、頭が床に付き、意識が遠のいていく中、サキナさんが僕の顔を覗き込んだ。

 辛うじて見えていた右目のピントが、一瞬だけ合う。


 ―――サキナさんの眼は、白く濁っていなかった。


 それを見た瞬間、僕の意識はフッと途切れて、深い暗闇へと落ちていった―――。

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