4:BATTLE IN THE GYM

 五、六人——いや、十人近い。

 全員が、生徒のゾンビだった。白い制服をどす黒い血で汚していて、ドタドタとステージを降りてくる。足元がおぼつかないせいか、階段を転げ落ちる者もいたが、ヨタヨタと立ち上がって僕たちの方へと歩いてきた。

「なんだ、あいつら。どこに隠れてやがったんだ」

 サキナさんが、置いていた荷物の上の釘バットを手に取った。

「あかる、やれるか?」

「は、はいっ」

「無理すんな。怖かったら、待ってろ」

 サキナさんはそう言うと、釘バットをくるりと回した。

「怖くなんかないです。あいつら、僕のこと見えませんからっ」

 僕もリュックを置いて、金属バットを構える。

「ハハ、そうだったな。じゃあ……やるぞっ!」

 サキナさんは走り出すと、群れの先陣を切っていた女子ゾンビに跳び蹴りを喰らわせた。

「ヴぅがああっ!」

 吹き飛んだ女子ゾンビが、後続のゾンビたちを散らした。元から規律が無かったゾンビたちの陣形がさらに崩れて、わらわらと左右に広がっていく。

「うああああっ!」

 僕も負けじと走り出し、近くにいた男子ゾンビに金属バットのフルスイングをかました。ゴチャッ!と頭が砕けて脳味噌が弾け飛び、背中からドタリと倒れ込む。

「傷、また開くんじゃねえか?」

「だっ、大丈夫ですっ」

「ハハ、じゃあ、背中頼んだぞっ。オラあっ!」

 サキナさんがゾンビに飛び掛かっていくのを見届けると、気を引き締めて前を向いた。

 言いそびれてしまったが、今はとにかくこいつらを片付けるのが先決だ。


「——―どさくさに紛れて良かったね。言わなくて済んでさ」


 ……うるさいっ!

「うああっ!」

 自意識に対する怒りに任せて、金属バットを振るった。先端が女子ゾンビの首に当たり、べキリと折れ曲がった。断末魔を上げることも無く、よろよろと崩れ落ちる。

「ふうっ」

 ゾンビたちを見るが、やはり僕のことは見えていないようだった。みんな、視線をサキナさんの方に向けている。

 だったら、やりやすいことこの上ないっ!

「あああっ!」

 近くにいた男子ゾンビの顔面に金属バットを叩き込んだ。バヂュッ!と音がして、顔の上半分が半壊し、潰れた目玉が零れ落ちる。

 見れるもんなら、僕のことを見ろっ!

「あああっ!」

「オラあっ!」

「うああっ!」

「オラッ!オラあっ!ちっ、離せコラッ!」

「ヴがうぶぁっ!」

 振り返ると、サキナさんが女子ゾンビの頭にめり込んだ釘バットを引き抜こうと四苦八苦していた。

「サキナさんっ!」

 駆け寄りながら、金属バットをパスするように投げる。

「っらあっ!」

 サキナさんは金属バットを受け取ると、そのまま流れるようにスイングして、勢いよく女子ゾンビの頭に叩き込んだ。ブジャッ!と、女子ゾンビの頭が弾け飛んで、めり込んでいた釘バットが解放され、カラカラと転がっていく。

 僕は素早くそっちへ駆けると、スライディングのように床を滑り、釘バットを拾った。しゃがんだついでに、近くにいた男子ゾンビの足を、膝カックンのように釘バットで払う。

「ヴぇがっ!」

 倒れ込んだ男子ゾンビに構うことなく立ち上がると、

「サキナさんっ!」

「あかるっ!手ぇ貸せっ!」

 二体の男子ゾンビを相手にしているサキナさんの後ろに、一体の女子ゾンビが迫っていた。

 僕は床の死体と血だまりを避けながら飛び跳ねるように走ると、

「うおああっ!」

 勢いをそのままに、女子ゾンビの顔面にフルスイングをかました。

「ヴが……」

 額が抉れて脳味噌が弾け飛び、こと切れた女子ゾンビが崩れ落ちると同時に、サキナさんが振るった金属バットが、片方の男子ゾンビのこめかみを打ち抜き、

「ヴぎっ!」

 と、骨が砕ける音が混じった断末魔の叫びが響く。

「うおおっ!」

「うああっ!」

 僕たちは息を合わせるように叫ぶと、残ったもう片方の男子ゾンビの顔面に、金属バットと釘バットを同時に叩き込んだ。

「ヴぇじゃっ!」

 汁気の混じった断末魔の叫びと共に、男子ゾンビの首が捥げた。ドムンと重たい音を立てて生首がバウンドし、ゴロゴロと転がっていく。その後を点々と血痕が続いていった。

「はっ、はっ、はあっ」

 辺りを見渡したが、床に転がるゾンビたちはみんなこと切れたのか、ピクリとも動かなかった。唯一、僕が膝カックンを喰らわせた男子ゾンビだけが、バタバタと仰向けでのた打ち回っていた。

「ふうっ。あかる、返せ」

「は、はいっ」

 サキナさんと武器を交換した。血まみれの金属バットが、僕の手に戻ってくる。

「やっぱ、俺はこっちの方が……」

 サキナさんはのた打ち回る男子ゾンビにツカツカと歩み寄ると、

「いいなっ!」

 と、脳天に釘バットを振り下ろした。

「ヴびゃ……」

 男子ゾンビの脳味噌が床にぶち撒けられ、バタついていた手足がぐったりと放り出されると、辺りはすっかり静かになった。あちこちに肉塊と肉片が散乱し、大量の血だまりができている。

「ふう……と。大丈夫か?あかる」

 サキナさんは釘バットにこびりついた肉片を振り落としながら、一息ついていた。

「だ、大丈夫です。サキナさんも、大丈夫ですか?」

「ああ。それより、これ汚れてねえか?」

 サキナさんは長ランの裾をひらひらと気にしていた。

「多分、付いてないと思いますけど……」

 長ランが真っ赤なせいで、血が付いているかどうかよく分からない。

「まあいいや。それより、ナイスだったな、あかる」

 サキナさんが、僕の頭をクシャッと撫ぜた。

「助かったぜ。ありがとな」

 笑顔で感謝され、顔が赤くなるのを感じた。ドクドク脈打っている心臓が、さっきの戦闘で動き回ったせいなのか、サキナさんに撫ぜられたせいなのか、分からない。

「は……はい」

 汗を拭うふりをして、咄嗟に顔を隠した。

 熱い、早く冷やさないと―――、


 ———パチパチパチパチパチ……


 不意に、拍手の音が響いた。

 え?と、音のする方に顔を向けると――ステージの中央に、誰かが立っていた。

 あれは……誰だ?

 その人物は、異様な出で立ちをしていた。

 あれは、黒い……コートか?床に着くほど、裾の長いコートを羽織っている。足は裸足で、頭には目深に、黒いソフト帽を……。

「…………アンデッドマン?」

 それが、一番しっくりきた。

 そうだ、アンデッドマンだ。背丈こそ低いが、あの格好はアンデッドマンに似ている。似ているが……あれは何だ?

 目が離せなかった。あまりにも奇妙な光景が、思考を停止させていた。横にいるサキナさんも僕と同様、突然の怪人物の登場に、言葉を失っているようだった。

 あれは一体……誰だ?

 困惑しているとアンデッドマンは不意に拍手を止め、


 ———ペタッ、ペタッ、ペタッ……


 と、僕たちの方へ歩いてきた。

 まさか、ステージから下りてくるのかと思い、咄嗟に身構えると、アンデッドマンは一段だけ階段を下り、ストンとステージに腰を下ろした。

「…………」

 ステージに腰かけるアンデッドマンは、何を言うでもなく、膝の上に肘を置くと、組んだ手に顎を乗せた。目深にかぶったソフト帽のせいで、顔は見えなかったが、腕と首元には、包帯を巻いているようだった。

 そう、正に、本物のアンデッドマンのように。

 硬直していると、不意にアンデッドマンの右腕が動き、階段横の、ステージの隙間に手を入れた。

 あれは、パイプ椅子をしまっておく収納庫の———、


 ———ガラララッ!


 と、けたたましい音を立てて、凄まじい速度でステージ下の収納庫が飛び出したかと思うと、


 ———ドォンッ!


 という轟音と共に、止まった。

「……っ!?」

 呆然としながら、アンデッドマンの方を見る。包帯が巻かれた右腕が、ボウリング玉を投げた後のように掲げられていた。

 ま……まさか、片手で収納を開けたのか?身体全体を使ってズリズリと引きずり出すような、重いステージ収納庫を?

 あれには、大量のパイプ椅子が詰まっていて、とても座ったまま片手で開けられるような代物では———、


「ヴぅあああ……」


 突然、パイプ椅子が詰まっているはずの収納から、人が立ち上がった。

「……え?」

 あれは、担任の諏訪だ。片方のレンズが割れた銀縁眼鏡のつるを、手で押さえている。ゾンビ化していて、元より血色の悪かった顔が、一段と酷い人相になっていた。

「ヴぁああ」

 諏訪ゾンビが、また力なく呻いたかと思うと、

「……ヴぅあうああ」

「……ヴるぅあああ」

 その後ろから、次々と人影が立ち上がった。

「なっ……!?」

 全部で六人のゾンビが、ステージ収納から立ち上がって列を成した。それも、全員が教師のゾンビだった。英語教師の神坂に、美術教師の梶原、理科教師の緒方、教頭の園田そのだ、校長の古藤ことう。それぞれスーツやシャツを、どす黒い血で汚している。なぜか、下を履いていない者や、シャツをはだけさせて腐った裸体を曝け出している者もいた。

 思わず後ずさりすると、アンデッドマンが両手を掲げ、パンッ!と、柏手を打つように叩いた。

 それに呼応するかのように、

「ヴぁあああああっ!」

「ヴぉおああああっ!」

 教師ゾンビたちが、一斉に吠えた。瞬間、各々が動き出し、ステージ収納の横枠からずるりと這い出ると、ドタドタとこっちに向かってきた。

「あ、あかるっ!」

 サキナさんの声で、ようやく我に返った。横を見ると、サキナさんが釘バットを構えていた。

「あいつらっ……やれるかっ!?」

 サキナさんの声色は、明らかに動揺していた。

「わ、分かりませんっ、けどっ!」

「とにかく、やるしかねえっ!オラあっ!」

 考える暇もなく突進してきた神坂ゾンビの頭を、サキナさんがかち割った。

 息を呑みながら、金属バットを強く握り込む。サキナさんの言う通りだ。わけが分からない状況だが、今はともかくこいつらを撃退しないと———、

「ヴぉああっ!」

「くっ!」

 迫ってきた緒方ゾンビの顔面に、金属バットのフルスイングをかました。

「ヴぉあ……」

 面食らった緒方ゾンビが、よろよろとよろめく。が、倒れはしなかった。さっきまでとは、生徒のゾンビとは違う。大人の身体をしているせいで、耐久力が―――、

「うああっ!」

 僕はもう一度、力一杯のフルスイングを後頭部目掛けて叩き込んだ。ブジュッ!と音がして頭が凹み、ようやく緒方ゾンビが倒れ込む。

「くそがっ!オラあっ!」

 振り返ると、サキナさんが古藤ゾンビと梶原ゾンビを相手に立ち回っていた。

「サキナさんっ!」

 慌ててサキナさんの方へ走ると、なぜか下を履いていない古藤ゾンビの背中に金属バットを振り下ろした。

「くそっ!くそっ!」

 滅多打ちにしたが、古藤ゾンビは僕の方を見ようともしなかった。陰VISIBLEのせいだ。こいつらには僕が見えない。サキナさんしか見えていない。

 教師のくせに、大人のくせに、この学校の生徒である僕のことが見えないのかっ!

 くそっ!このままじゃ、サキナさんがっ!

「うああああっ!」

 焦りと怒りに駆られて、金属バットを思いきり足に向かって振るった。

「ヴやうっ!」

 と、古藤ゾンビが横滑りのように転び、身体を床に打ちつけた。素早く、頭に向かって金属バットを振り下ろすと、禿げあがった頭頂部からブジャッ!と脳味噌が弾け飛んだ。

「さ、サキナさんっ!後ろっ!」

 息つく間もなく叫ぶと、今度は園田ゾンビに飛び掛かった。飛び蹴りを喰らわせて、サキナさんから無理矢理引き離す。

「ヴぉがあああっ!」

 蹴り飛ばされ、床に突っ伏した園田ゾンビが、犬のように四つん這いで吠えた。

「あかるっ!」

 サキナさんが、床で蛇のように這いまわる上半身裸の梶原ゾンビに、必死に釘バットを振り下ろしながら叫んだ。目が、そいつはお前に任せたと言っている。

「うぁああっ!」

 僕は立ち上がろうとする園田ゾンビの頭に、一直線に金属バットを振り下ろした。

「ヴぎうっ!」

 それでもしつこく立ち上がろうとする園田ゾンビの頭に、何度も金属バットを叩きこむ。

「ヴぇぎゅぅ……」

 頭が踏み潰した空き缶のように成り果てると、ようやく園田ゾンビはこと切れた。

「くそがっ!離せっ!くそゾンビっ!」

 振り返ると、諏訪ゾンビがサキナさんに組み付いていた。サキナさんは釘バットを横一文字に構えてガードしていたが、それに噛みつく諏訪ゾンビにじりじりと押されて後ずさりしている。

「サキナさんからっ……離れろぉっ!」

 僕は叫びながら走ると、諏訪ゾンビの横っ腹に金属バットのフルスイングをかました。メギョッと鈍い音がして諏訪ゾンビが怯み、

「ヴぁがうっ!」

 と、釘バットから顎を離す。

「くそがああっ!」

 続けてサキナさんがドンッと蹴飛ばし、諏訪ゾンビが僕たちの前方によろめいた。

「うああああっ!」

 今度は僕が金属バットを振るう。

「ヴがっ!」

 怯む諏訪ゾンビにサキナさんが追撃を、

「オラあっ!」

 また、僕が、

「うああっ!」

 サキナさんが、

「オラぁっ!」

 僕が、

「あああっ!」

 サキナさんが、

「ぅオラあっ!」

 交互に追い詰めるように攻撃していくと、全身がズタズタに凹んだ諏訪ゾンビが、とうとうドチャッと膝をついた。

「うおおあああああっ!」

 僕は勢いをそのままに、駆け抜けるように諏訪ゾンビの頭を打ち抜いた。メギョリと生々しい音がして首が捥げ、ゴロゴロとステージの方へ転がっていき、ドムンッと階段の下段にぶつかって止まった。フレームがグニャグニャに歪んだ銀縁眼鏡が、顔にめり込んで引っ付いている。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」

 膝に手をついて、辺りを見渡す。生徒のゾンビの死体しか転がっていなかった体育館に、新たに教師のゾンビの死体が転がっている。こんなにも大勢を相手に立ち回ったのは初めてのことだっだ。僕は陰VISIBLEのせいで相手にされなかったが。

 必死に息を整えながら横を見ると、サキナさんも肩で息をしていた。目を見開いて、追い詰められた獣のように身を震わせている。その視線は、ステージの上——アンデッドマンの方に向いていた。

 僕もそっちに視線をやると同時に、


 ———パチパチパチパチパチ……


 拍手が響いた。

 アンデッドマンが、また拍手をしていた。まるで、僕たちをねぎらうかのように。

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