11:LOST GIRL

 サキナさんはピクリとも動かず、〝く〟の字に身を丸めて床に倒れていた。白い下着しか身に着けていない。周りに、ボロボロに引き裂かれた真っ赤なレインコートと、刺繍入りの黒いシャツ、赤いジャージだったであろう布切れが散らばっている。

 それを取り囲むように、リコさんと三人のゾンビが立ち尽くしていた。

 それぞれのゾンビの首輪から伸びる鎖は、リコさんの手に集約されていた。一本、二本、三本……四本目の鎖は、僕の首輪へと続いていた。

 ———悪夢なら覚めてくれ。

 そう願ったが、ドクドクと脈打つ度に締め付けられるように痛む心臓が、目の前の光景は嘘ではないと言っていた。

「ほら、真奈子ぉ。せっかくあかるんが起きたんだから、こっち向いてよぉ」

 リコさんがしゃがみこみ、サキナさんの背中をつついた。

「もぉう、無視しちゃってさあ。ねえ、あかるん」

 リコさんが、僕の鎖をジャラリと軽く引っ張った。

「こっちに来て。よーく見てもらわないとねえ」

 僕が黙りこくっていると、

「あかるん?」

 と、リコさんがもう一度鎖を引っ張った。

「……っ」

 僕はよろりと立ち上がると、恐る恐るリコさんの元へ向かった。ジャラジャラと揺れる鎖に足を絡めそうになりながら、おぼつかない足取りでヨタヨタと辿り着く。

「真奈子、ほら、あかるんが来てくれたよ?ちゃんと見てあげてったらぁ」

「……っ!」

 サキナさんの姿を目の前にした瞬間、僕は息ができなくなった。

 背中、肩、腕、脚に、びっしりと痣があった。赤黒く、所々紫に、肌が痛々しく変色していた。ミミズ腫れのような痕や、斑点のような火傷らしき痕も、至るところにあった。

 それは明らかに、新しくできたものではなかった。傷痕が、幾重にも折り重なっていて———、

「っ、はぁっ……」

 止まっていた息をドッと吐くと、耐えられなくなり、後ろを向いた。Tシャツの襟元を、痛いくらいにギュッと掴む。

 どうして、こんな、酷い、酷過ぎる、誰が、こんなこと……。

 ふと、目の前に落ちているものが目に付いた。サキナさんが着ていた服の切れ端。金の刺繍が入った黒いのTシャツと、同じく金の刺繍が入った赤いのジャージ。

 どんなに暑くても、半袖に着替えなかったのは、腕まくりすらしなかったのは―――、

「ちょっとぉ、あかるん。ちゃんと見てあげなきゃ」

 グイッと鎖を引っ張られてバランスを崩し、ドタッと床に突っ伏した。顔を上げると、目の前にサキナさんの背中があった。近くで見ると痛々しさが増して、咄嗟に顔を背けると、

「もぉう、二人ともシャイなんだから。フフッ、しょうがないなぁ」

 リコさんがまた無邪気に笑った。

「みんな、手伝ってあげて。ほら」

 ジャラジャラという音と、ドタドタという足音がした。これ以上、サキナさんの痛々しい姿を見たくなくて、ギュッと目を瞑っていると、

「あかるん。ほら、ちゃんと見てあげて」

 耳元でリコさんの声がして、頬にツインテールの髪の毛が触れた。甘いシナモンのような香水の香りが、ふわりと鼻先に漂う。

「ヴぉうっ!」

 と、促されるようにゾンビに吠えられ、僕は涙に滲む目を開いた。

「う……」

 喉がキュッと痛み、また息ができなくなった。

 サキナさんは両腕をゾンビたちに掴まれて、磔のように無理矢理抱えられ、項垂れていた。身体の前面にも、背中と同じくらいびっしりと傷跡があった。

「うっ、ううっ……」

 堪え切れずに、目から涙が溢れた。情けなく、グスグスと啜り泣くことしかできなかった。

「フフフッ、真奈子、良かったね。あかるん、真奈子の下着姿が見れて、泣いて喜んでるよ?」

 耳元で、リコさんが囁いた。

「初めて見せてくれた時よりも、ちょっと増えてるね。相変わらず、夜はパパの相手してあげてたの?ねえ、どうなの?」

 サキナさんは、力なく項垂れていた。

「……はぁ。ねえ、返事くらいしたらどうなの?」

 リコさんがため息交じりにジャラリと鎖を揺らすと、

「ヴぉう」

 と、ゾンビが反応し、サキナさんの髪を掴んで無理矢理顔を上げさせた。

「…………」

 サキナさんの顔は、一切の感情を失ってしまったかのように無表情だった。口は力なく僅かに開いていたが、何も発さず、息すら吐いていないように見えた。

 そして、その眼は、光が失われていて、焦点が合っていないかのように、虚ろだった。

「真奈子?真奈子ぉ。……フフッ、壊れちゃったのかなあ?」

 リコさんが指先で合図すると、ゾンビたちはサキナさんから手を離した。ドサリと、サキナさんの身体が床に倒れ込む。

「さ、て、とっ」

 リコさんは立ち上がると、鎖を引きずりながら拠点の外へと歩き出した。

「行こっか。ここ、辛気臭くって、つまんなかったのよねぇ。どこか別のとこで暮らそ」

「ヴあぅ」

「ヴうーぅ」

「ヴるぅ」

 ゾンビたちはドタドタとリコさんの後を追ったが、僕は俯いたまま、啜り泣きながら、その場に立ち尽くしていた。

「あかるん?」

 ジャラリと、鎖が引っ張られた。それでも、僕は動けなかった。

「どうしたの?ほら、あかるん」

 リコさんが歩み寄ってきて、僕の手を取った。

「行こーよ、ね?」

 ぐしゃぐしゃになった顔を上げると、リコさんが――無垢な少女の皮をかぶった悪魔が、無邪気に笑っていた。




 それからのことは、よく覚えていない。

 気が付くと、僕はいつしかリコさんと訪れていた、あの可愛い系のレディースファッションの店に座り込んでいた。

 内装はすっかり変わっていた。店の中央にはあのセミダブルのベッドが置かれていて、その周りを囲うように展示棚やハンガーラックが並んでいた。どの棚もラックも、白と黒で構成されたゴスロリグッズにまみれていた。言われるがままにそれらを運んだような気もするし、ずっと座っていたような気もする。

 ベッドの横には丸い柱が立っていて、そこに鎖が括り付けられていた。それに繋がっている四本の鎖の内、三本は試着室に伸びていた。カーテンが閉まっているので分からないが、時折呻き声が聴こえるので、中にはゾンビたちが待機しているのだろう。

 その内の一本は、僕の首輪に繋がっていた。

「あかるん」

 悪魔の声がした。

「どうしたの?あかるんってば」

 ぼんやりと顔を上げると、悪魔が僕に微笑みかけていた。

「だいじょーぶ?ほら、立って」

 手を取られ、引っ張られた。よろよろと立ち上がる。

「あの子たちが怖かったの?ごめんね、ほら、よしよし」

 悪魔が僕の髪を撫でる。まるで、犬でも撫でるかのように。

「安心して。あかるんは特別だから。あの子たちみたいに腐ってないから、マスクもしなくていーよ。フフッ、ちゃんとお話しもできるしねえ」

 耳元で悪魔が囁いた。

 ……僕は、特別?

 ぼんやりしていると、奥に姿見があった。悪魔の後ろ姿と、僕が映り込んでいる。

 鏡の中の自分と目が合う。

 泣いたせいか少し腫れていたが、眼は、ちゃんと黒かった。

 だというのに、随分と死んだ目をしていた。




「あかるんは特別だから、外してあげるね。はいっ」

 辺りが薄暗くなってきた頃、悪魔は僕の首輪に付いている錠前をカチャリと外した。

 鍵は、悪魔が身に着けている小さなハートの装飾があしらわれたネックレスに取り付けられていた。銀色に艶めくハートの横に、無機質な金属そのままの質感の小さな鍵が付いていて、チャリチャリと音を立てている。ひとつしか無いということは、どの錠前もあの鍵で開くのだろう。

「引っ越したばっかりだから、晩御飯がないの。何か持ってきて。あっ、チョコクッキーがいいなあ。あかるんも、好きなの持ってきていいよ」

 僕は言われるがままに、トボトボと薄暗い外へ向かった。

「あっ、そうそう」

 振り返ると、リコさんが手をかざしていた。ハート形の懐中時計が握られている。

「ちゃんと、三十分以内に帰ってきてねえ。じゃないと、あの子たちに、探してきてってお願いしちゃうから。フフッ」

 僕は背筋にゾワリと寒気を感じながら、外へと繰り出した。




 ひとりになると、ようやく頭がはっきりしてきた。というよりは、命の危機が迫って、無理矢理覚醒させられたと言った方が正しい。

 早足で、拠点を目指した。チョコクッキーは、まだ確か一箱残っていたはずだ。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 サキナさんは、サキナさんは無事だろうか……!

 自然と、走り出していた。息を切らしながら、かつての居場所を目指す。

 何もできなかった。情けなく弾き飛ばされて、ただ見ていることしかできなかった。男のくせに、メソメソ泣きながら。

 お前は、お前は、最低だ!

「ああああっ……!」

 走りながら、喉から絞り出すように叫んだ。痛いくらいに、拳を握り込む。

 急げ、早く、無事を確認しないと、サキナさん、サキナさんをっ———、

「うあっ!」

 拠点を目の前にして、派手にすっ転んだ。ズリズリと通路の床を滑っていき、突っ伏したまま拠点に辿り着く。

「ううっ……」

 痛みを堪えて立ち上がると、かつての居場所があった。僕と、サキナさんの暮らしていた拠点だ。でも———、

「……サキナさん?」

 サキナさんの姿が無い。倒れていた床の上にも、いつも座っていたソファーにも、テーブルを囲む座椅子にも、どこにも。

 まるで抜け殻のように、引き裂かれた赤いレインコートと、赤と黒の布切れが散乱しているだけだった。

「さ……サキナさんっ、サキナさんっ!」

 不安に駆られて声を荒げたが、返事は無かった。テントの中にも、バックヤードにも、サキナさんはいなかった。

 僕は、独り、拠点に立ち尽くした。

 僕は、独り、僕は、独り……。

「う……うあ……あああああああああああっ!」

 膝から崩れ落ち、床に頭を打ちつけながら叫んだ。自分が許せなくて、何度も何度も床に額を打ちつけた。

 何が独りだ。お前に、何もできなかったお前に、サキナさんを助けられなかったお前に、そんなことを言う資格なんかあるもんか!

「くそっ!くそっ!くそっ!ううっ…………くそっ……」

 お前のせいだ。お前があの悪魔にひれ伏したんだ。騙されているとも知らずに、ヘコヘコ言う事を聞いて、尻尾を振って、犬みたいに手懐けられて。

 居心地が良かったんだ。任されるのが、頼られるのが、自分が必要とされるのが、嬉しかったんだ。あだ名まで付けてもらえたのが嬉しくて、すっかり懐柔されてしまったんだ。すんなり心を明け渡したんだ。

 僕は馬鹿だった。クソ馬鹿だ。クソ間抜けだ。

 あいつは、悪魔だったんだ。何にもできない女の子のふりをして、その実、恐ろしい悪魔だったんだ。サキナさんを脅して、卑怯な手を使って、いとも簡単に裏切って、サキナさんの隠したがっていた過去を、傷痕を。

 隠したがっていた過去を……。

「…………ううっ」

 頭を殴りつけて、掻き毟った。

 僕だって、僕だって……同じじゃないか。

 僕だって、冴えない日陰者だった過去を隠して、見栄を張って、嘘をついて、演じていたじゃないか。普通の人間だったふりをしていたじゃないか。

 お前も、騙していたんだ。自分を偽っていたんだ。

 何が自分を偽ってでも強くなる、だ。何も守れなかったくせに。お前こそ、卑怯者だ。嘘を貫き通して、自分だけ逃げおおせて、悪魔に媚びを売って、生き残って。

 ……僕にサキナさんを助ける資格なんてない。

 絶望に震えながら、情けなくうずくまった。涙と涎が、汚らしく床に伝っていく。

 お前なんか、

 お前なんかっ、

 お前なんかに、何ができるっ。


 ——―あかる。


 ……僕は、また失ったんだ。僕の名前を読んでくれる人を。

 だったら、失うものはもう何も無い。僕なんか、どうなったっていい。

 僕は、あの悪魔を———。




「遅かったね、あかるん。まあ、時間内だけどねぇ」

 戻ってきた僕を見るなり、悪魔が笑った。大きなベッドにちょこんと腰かけて、掌で懐中時計を弄んでいる。

「……」

 目の前まで歩み寄ると、首輪にカチャリと錠前が取り付けられ、僕はまた囚われの身になった。俯きながら、チョコクッキーの箱を差し出す。

「フフッ、ありが——」

 僕は咄嗟に、箱の裏に隠し持っていたナイフを、振りかぶって、悪魔にっ!

「ぐぅっ!」

 振り下ろそうとした瞬間、腹を蹴られて後ろに倒れ込んだ。

「きゃーっ!」

 悪魔が叫んだ。が、その顔は、なぜか恐怖に怯えていなかった。嘲笑うかのように、余裕綽々の表情で倒れた僕を見下していた。

「ヴぉおおっ!」

「ヴあああっ!」

 勢いよく試着室のカーテンが開き、ゾンビたちが飛び出してきた。ジャラジャラと鎖を暴れさせながら、悪魔の下に駆け寄ってくる。

「キャハハッ、これで殺そうと思ったの?リコのこと。怖ぁい」

 悪魔が、いつの間にか落としていたナイフを拾い上げ、刃を指先で弄んだ。

「くっ!」

 立ち上がり、奪い取ろうとした瞬間、

「お願い、その子を取り押さえて!」

 と、悪魔が言い放ち、

「ヴぉうっ!」

 ゾンビたちが僕を組み伏せた。腐りかけの腕で身体中を押さえつけられ、酷い臭いが鼻に纏わりつく。

「ぐううっ……!」

「立たせて」

「ヴうっ!」

 無理矢理立たされると、あの時のサキナさんと同じような体勢にさせられた。逃れようともがいたが、自分よりもずっと体格のいい三人から身体中を押さえつけられて、身動きが取れない。

「あかるんに、リコは殺せないよぉ。フフッ」

 ナイフの腹で、ペチペチと頬をはたかれた。あまりの悔しさに息を荒げ、奥歯をギリリと鳴らしていると、

「あかるん」

 悪魔がグイッと顔を近付けてきた。今度は、反吐が出そうな甘いシナモンの匂いが鼻先に漂う。

「あかるんは、リコの言う事、聞いてくれないの?」

「……っ!」

 ナイフの切っ先を涙袋に突き付けられ、息が止まった。吸い込まれそうなほど大きな目で凄まれ、瞬きすらできなくなった。

「いけない子だね、リコの言う事が聞けないなんて」

 切っ先がツウッと頬を撫ぜるように伝い、首筋まで到達する。

「あかるん。リコの言う事、聞いて?」

 ゴクリと唾を飲むと、チクリと切っ先が肌に食い込んだ。

「お願ぁい」

「……っ、………はい」

 絞り出すように服従の言葉を吐くと、

「フフッ、ありがとぉ。みんな、離してあげて」

 悪魔が合図し、ゾンビたちが僕を解放した。床に倒れ込み、這いつくばっていると、

「ヴぉおおうっ!」

「ヴああうっ!」

 ゾンビたちが僕に食って掛かるように吠えた。

「もぉう、喧嘩しないのっ。みぃんな同じくらい好きなんだからっ」

「ヴぅああー」

「ほら、大丈夫だから、ありがとぉ。もう戻っていーよっ」

「ヴるぅううう」

 鎖をジャラジャラと鳴らしながら、ゾンビたちはドタドタと試着室に戻っていった。

「フフッ、ごめんね、あかるん。痛かった?」

 悪魔が僕の顔を覗き込んだ。へたり込んだまま、ひれ伏すように顔を上げると、今度は顔を両手で挟まれ、頬を撫でまわされた。

「……っ」

 測られている。

 僕は今、値踏みされているのだ。こいつに、どれほどの利用価値があるかなあと、見定められているのだ。

 息ができない。この悪魔の一言で、僕は死ぬ。この悪魔の機嫌ひとつで、僕はいとも簡単に———、

「どうしたの、あかるん。そんなに怖がらないで、フフッ」

 悪魔が僕に微笑みかけた。黒いマニキュアの爪が、頬をカリカリと引っ掻く。

「もう、変なことしない?」

 僕は、

 僕はっ、

 …………僕は、

「……もう、しません」

「フフッ、ありがとぉ。さっ、クッキー食べよ?」

 悪魔がふわりとスカートを翻して、ベッドに腰かけた。

「はい」

 クッキーを一枚、差し出される。ヨタヨタと這うように近寄ると、

「あーん」

 と、口にクッキーを押し込まれた。

「暗くなってきちゃったねえ。灯りとか、飲み物とか、まだ色々ここに持ってこないといけないねえ」

 悪魔が呑気にクッキーを齧った。

「もう寝ようかなあ。やることないし。あっ、そうそう」

 悪魔が何かを取り出し、僕の頭にはめた。

「アハハッ!似合ってるよ。じゃあ、あかるんは、そこで寝てね」

 奥の鏡を見ると、犬の耳を模したカチューシャが取り付けられていた。指差された方には、床に無造作に敷かれたマットがあった。

 ……犬だ。

 僕は許可されたのだ。ここで、犬として生きていくことを。

 口の中で、クッキーがぐしゃぐしゃと崩れていった。甘いはずのクッキーはまったく味がせず、まるで舌に砂がまとわりついているようだった。




 真っ暗闇の中、ピクリとも動かずに寝転がっていると、背中越しに悪魔の寝息が聴こえてきた。

 ……くそっ。

 悪魔を殺すつもりだったのに。刺し違えてでも、悪魔にナイフを突き立ててやるつもりだったのに。

 寝ている今なら……。いや、ダメだ。もう無理だ。悔しいが、悪魔の言った通りだ。

 僕に、悪魔は殺せない。

 物理的な問題じゃない。身体に、教え込まれてしまった。心に、刻み込まれてしまった。服従心というものを。圧倒的強者から。

 どこまでも情けない自分が許せなくなった。掌に、血が出そうなほど爪を食い込ませた。

 お前は、卑怯者だ。お前は、また性懲りもなく悪魔に屈して、服従の言葉を吐いて、自分だけ逃げおおせる道を選んだんだ。

 真っ暗闇の中、折れた心で自分を呪い続けた。眠ることなんかできなかった。目を開けたまま、ただひたすら、時間だけが過ぎていった。




 次の日から、新たな拠点造りの為の物資調達が始まった。

 悪魔が先頭を歩き、その周りをゾンビたちが囲うように歩いた。騎士の兜を模したコスプレマスクのせいか、まるで姫を囲む騎士団のように見えた。

 僕はその後ろを、馬鹿げた犬耳のカチューシャを着けてトボトボと歩いた。鎖を引きずりながら、まるで犬のように、一団の後ろをついて回った。

 ほとんどの調達はゾンビたちが行ったが、腐った手で触られたくないのか、食料品や布製品を調達する時だけは、僕が呼ばれた。ゾンビたちは新入りの僕が気に入らないのか、時折威嚇するように吠えられた。

 その都度、

「喧嘩しないの。みんな同じくらい好きなんだからぁ」

 と、悪魔が場を窘めたが、ゾンビたちは僕だけ特別扱いをされていると勘違いしているのか、頻繁に突っかかってきた。一度、小突かれて倒れたこともあった。

「こらっ、何してるのっ。みんな仲良くしなきゃダメでしょっ」

「ヴうううああー」

「大丈夫?あかるん、ほら、よしよし」

「ヴぁああっ!」

「ヴぅあるあっ!」

「なぁに?みんなも?もう、しょうがないなあ、ほら、順番順番、フフッ」

 ゾンビたちと一緒に並び、順番に頭を撫でられた。

 何も考えられなかった。

 どうするでもなく、ただひたすら、悪魔の言う事を聞いた。

 まるで、僕もゾンビになっていくようだった。

 いや、僕はもう、ゾンビになっているも同然だった。

 何も考えず、ただひたすら、囚われたまま、生きているのか、死んでいるのかも、関係なく、ただぼんやりと、時間が過ぎていくだけで———。

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