4:ENJOY AT UTOPIA
ハハハ、僕も好きだよ。その映画。
でも、一番好きなヒーロー映画はやっぱりこれかなあ。
これも?分かった。今度見てみるよ。見られればの話だけど。
……映画は家に誰もいない時にしか観れないから。
いや、別に、なんでもないよ。それより、これ凄く面白いんだよ。人知れず世界を守る、ダークヒーローの話なんだけどね。
エロいシーン?そ、そんなのないよ。あっ、でも、ヒロインが凄く可愛いよ。
そんな理由で借りるの?ふふっ。
ちょっ、いたっ、やめてっ、やめてったらっ。
わあっ!ごめんごめん、ふふっ、あははっ!
じゃあ、観たら感想聞かせてね。きっと気に入ると思うから―――。
「あかるっ」
目を覚ました。また夢を———、
「あかるっ、起きろっ」
誰だ?僕の名前を呼ぶのは?
僕の名前を呼ぶ人間なんて、あいつくらいしか———、
「あかるっ!」
「ふあっ!」
大声で名前を呼ばれ、上半身だけ跳ね起きた。一人用のテントの入り口から、誰かが覗いている。寝起きで視界がぼやけていて、顔がよく分からない。
「いつまで寝てる気だよ。もう昼だぜ」
目を擦ると、ようやくピントが合った。サキナさんの顔がすぐ目の前にあった。
「わっ!」
驚いてのけぞると、背中がテントの幕に当たってメリメリと音がした。
「うっ、うわあああっ!」
テントが僕の体重に耐えきれずに、ひっくり返った。身体がタオルケットやフレームにごちゃごちゃと絡まりながら、後転していく。
大惨事が終わった後、不器用な脱皮をする芋虫のようにテントの残骸からもがいて外へ出ると、サキナさんが呆れ顔でこっちを見ていた。
「何寝ぼけてんだ、お前」
「……すいません」
「まったく。朝飯食うか?もう昼だけど」
テーブルの方を見ると、昨日の内に持ち込んでおいた卓上時計が十二時過ぎを指していた。
「今日は、ここが本当に安全かどうか確かめるぜ」
どうにかテントを組み立て直した後、朝食兼昼食のパイナップルの缶詰を食べながら、サキナさんの説明を聞いた。
「どっかにゾンビが隠れてねえか確認しながら、全部のドアを見て回る。一階も二階も三階も、全部の入り口をな。奴等が絶対に中に入ってこれないように、締め出すんだ」
「でも、昨日あれだけ探索してもいなかったですし、ここって閉鎖されてたから、そもそもどこもかしこも閉まってるんじゃ……」
「念の為だよ。トイレの中とかまでは見てねえし、どっかから奴等がこっそり入ってきたら危ねえだろ」
僕は素直に感心していた。人は見かけによらないというか、サキナさんって本当にしっかりしている人だなあと。とても同い年とは思えないほど大人びている。
「食い終わったか?ほら、行くぞ」
サキナさんがハンガーラックに掛けてあったレインコートを羽織った。僕は慌てて缶詰のシロップを飲み干すと、スニーカーを履いた。
モタモタと靴紐を結び直していると、サキナさんが釘バットを片手に、ほんの少しだけシャッターを上げた。地面に頭をつけて、外の様子を窺っている。僕もそれに倣って隣に行き、地面に頭をつけた。
「……いねえよな」
「……はい」
隙間から様子を窺うが、ゾンビの気配は無い。
「よし、開けるぞ」
サキナさんが勢いよくシャッターを上げた。ガラガラと大きな音が響き、昨日と同じ、薄暗い無人のYOUトピアが僕たちを出迎える。
「行くぞ、とりあえず一階からだな」
「はいっ」
「……なんつうか、拍子抜けだったな」
「……はい」
僕たちは、三階のフードコートのテラス席でくつろいでいた。
あれから、ありとあらゆる入り口を見て回ったが、悉く閉まっていたのだ。
ガラス張りの入り口は全部シャッターが降りていたし、非常口などの普通の扉はおろか窓に至るまで、きちんと鍵が掛けられていた。ゾンビどころか、ネズミ一匹入ってこれないだろう。
強いて言うならば、僕たちが壊した立体駐車場の扉だけが危険箇所だった。とはいっても、窓が捲れて手が入るくらいの隙間が開いていただけだから、ゾンビは入ってこれないし、念の為に窓一面をDIYショップにあった超強力ガムテープで補修して塞いでおいたので、心配することはなくなった。
張り切って行動したはいいが、まさかこんなにもあっさりと上手くいくとは思っていなかったので、肩の力が抜けてしまった。どうやらここは、本当にYOUトピア――理想郷だったようだ。
「ま、ここが完全に安全な場所だって事は確定したんだ。良しとしようぜ」
サキナさんが景色を眺めながら、テーブルに足をドカッと投げ出した。
つられて僕も景色を眺める。YOUトピアは高台のような場所に位置している為、座作市の街並みが一望できる。一見何も変わっていない街並みだが、よく見ると道路で車が大破していたり、焼け跡と化している建物がちらほらと存在していて、いつもと違う世界の模様が垣間見える。何より、街中を不規則な動きでうろついているゾンビたちと、不気味なほどの静けさが、異様さを際立たせていた。
遠くからジッと観察していると、豆粒ほどに小さく見えるゾンビたちは、ただウロウロとあてもなく彷徨っているわけではなさそうだった。ヨタつきながらも、どこかを目指すように歩いていくゾンビや、バス停のベンチに腰かけて来もしないバスを待っているかのように動かないゾンビもいる。
生前の行動を繰り返す習性があるとはいえ、死んでもなお日常生活を送ろうとしていると思うと、なんだか虚しく感じた。あのゾンビたちは、ずっと社会という枠組みに囚われたままなのだろうか。もうそんなもの、存在しないというのに。
「……これから、どうしたらいいんですかね」
不安が、ボソリと口から零れた。
囚われなのは僕たちだって同じだ。安全な場所に辿り着いたとはいえ、一生ここで暮らせるわけではないのだ。いつしか食料は尽きるし、物資にだって限りがある。いつかは、この理想郷を出ていかなければならない日がやってくるのだ。
その時が来たら、一体どうなるのだろう。危険だらけの世界で、ゾンビたちに怯えながらサバイバルすることになるのだろうか。
それに、もし大きな地震が起きたとしたら、その時を待たずして僕たちは……。
「どうしたらって、好きにすりゃいいじゃねえか」
サキナさんが、あっけからんとした口調で答えた。
「あんまり先のこと難しく考えるなよ。考えたってしょうがねえだろ」
「で、でも」
「考えたって、いいことなんか何も浮かばねえだろ」
「う……、それはそうですけど」
「それよりも、せっかくこんないいとこに来たんだぜ。お前、何かやりてえことねえのかよ。欲しいものとかねえのか?」
「欲しいもの……」
屋内の方に振り返る。薄暗い無人の理想郷が広がっている。
記憶を頼りに、過去の賑わいを見せていたYOUトピアを連想した。ここへ来た時は、何がしたかっただろうか。どんなものが欲しかっただろうか。
「……あ」
「なんだよ、何かあんのか?」
「あの、えっと……アンデッドマンの指輪が欲しいです」
「はあ?」
「あっ、これだ」
僕たちは、ゲームセンターの傍にあるガチャガチャコーナーに来ていた。ここは以前、僕がよく訪れていた場所だ。
とはいっても、遊んでいたわけではない。こことゲームセンターには、よく百円玉が落ちていたからだ。
僕はここで、ガチャガチャの機械を物色するふりをして百円玉を探していた。しゃがんで床を見渡し、ゲーム機の下やガチャガチャの機械の隙間に落ちている百円玉を見つけ出すのだ。運がいい時は二枚も見つけたことがある。
「なんだ、これ?」
サキナさんが不思議そうに言う。
「これ、アンデッドマンっていう僕の好きなアメコミヒーローのグッズなんです」
僕は昔から、映画が好きだった。特に、かっこいいヒーローが活躍する映画が。そんな僕が小学生の頃、初めてテレビで見たヒーロー映画。それがアンデッドマンの実写映画だった。
アンデッドマンは元々アメリカンコミックのキャラクターで、悪の組織に陥れられ、殺された私立探偵、ロバート・ロメロが未知のウイルスに感染したことによって死の淵から蘇り、不死身の身体とスーパーパワーを得たダークヒーローだ。映画はオリジンを描いていて、自身を陥れた悪の組織に復讐していく内に正義のヒーローとして目覚めていき、最後は影に潜みながら世界を守る決意をするという内容だった。
ヒーローものにしてはハードでシリアスな内容なのだが、それが逆に評判を呼んだのか、続編も3まで作られた。今ではアンデッドマン三部作として、アメコミ映画の隠れた名作、影の金字塔的存在になっている。
もちろん、そんなことを知ったのは、ずっと後のことだ。でも、僕は初めてアンデッドマンの姿を見た時から、そのかっこよさにメロメロになった。
未知のウイルスに感染したせいで肌が腐敗し、その酷い風貌を隠す為に全身にミイラ男のように包帯を巻いて、その上に黒いロングトレンチコートを羽織り、黒いソフト帽をかぶるという、正義のヒーローらしからぬコスチュームは、小学生の僕に得も言われぬ衝撃を与えた。
それまで見ていた、明るい色のコスチュームを纏って悪を倒す真っ当なヒーローとは違い、ダークなコスチュームで血生臭い戦いを繰り広げるアンデッドマンに、僕は今までにないかっこよさを感じ、あっという間に虜になってしまったのだ。
顏にトイレットペーパーを巻き、黒いパーカーを肩で羽織って、こっそり拝借した母のつば広帽子をかぶり、アンデッドマンになりきって遊んだこともある。
〝身体は死すとも、俺の心は死なない〟
その決め台詞を、鏡の前でポーズをとりながら何度も真似した。
あなたにとって永遠のヒーローは?
もし、そう問われたら、僕は間髪入れずに「アンデッドマンです」と答えるだろう。
もう随分と昔の映画だが、未だに根強い人気があるのか、今でもグッズが出回っている。このガチャガチャもそのひとつだ。アンデッドマンが身に着けている指輪を模したオモチャが、レパートリーを無駄に増やして中に詰め込まれている。
ポケットから財布を取り出し、全財産を確認した。百円玉が一枚、二枚……五百円だ。一回五百円だから、チャンスは一度きりしかない。
ドキドキしながら百円玉を五枚入れ、レバーを回した。ガチャンという小気味いい音と共に、手にワクワクする衝撃が伝わってきて、コロリとカプセルが転がり出てくる。
逸る気持ちを抑えながら爪を立ててカプセルを開けると、中から小さな紙切れとビニールに包まれた銀色の指輪が出てきた。
「そんなのが欲しかったのか?」
サキナさんが呆れたように言う。
「はい、でも……」
「でも、なんだよ」
「これじゃないのがよかったな……」
これは、ヒーローに目覚める前の平常時バージョンの指輪だ。ヒーローに目覚めた後は、この指輪は傷が入って装飾が赤く光るのだ。
本当は覚醒バージョンが欲しかったが、もうお金が無い。しょうがない、これで諦め―――、
―――バキャアアンッ!
と、音がして、ビクッと身体が跳ねた。驚いて顔を上げると、サキナさんが釘バットでガチャガチャの機械をバキバキに破壊していた。
「ほら、好きなの取れよ」
「そ、そんな乱暴な」
「なんだよ。もう金なんて意味ないんだぜ。好き放題やれよ」
言われるがままに、僕は破壊された機械の中から、覚醒バージョンの指輪が入ったカプセルを探し出した。
「一個でいいのか?」
「はい」
カプセルから指輪を取り出し、しげしげと眺めた。もっとオモチャ然としていると思っていたが、中々高級感に溢れている造りだ。金属でできているし、装飾もきちんとしている。まるで本物のような手触り。さすが、五百円もするだけのことはある。
アンデッドマンと同じように、右手の中指に指輪をはめてみると、自分がスーパーヒーローになったような気がした。
「はあ……」
目を輝かせて指輪をいじっていると、サキナさんが腕組みをしながら短く息を吐いた。
「あかる、お前、ビビってんのか?」
「へ?」
「昨日も言ったけどよ。何をやっても許されるんだぜ。ビビってねえで、好き放題やれっての」
「好き放題って言われても……」
僕の好き放題なんて、こんなものだ。
「なんだよ。じゃ、俺は好き放題やるぞ」
そう言うと、サキナさんは釘バットをクルクルと回しながら、ゲームセンターの方へと歩いて行った。
何をするのだろうと後をついていくと、サキナさんは急に走り出し、UFOキャッチャーの機械に釘バットを力強く叩きつけた。
ガシャアアアン!と、けたたましい音がしてガラスが粉々に割れ、辺りに破片が飛び散る。
「さっ、サキナさん!?」
サキナさんは飄々とレインコートのガラス片を払いながら、
「ほら、食うか?」
と、中から特大パッケージのスナック菓子を取り出し、僕に差し出した。
「あ、ありがとうございます……」
おずおずと受け取るや否や、サキナさんはまた、すぐ隣の機械のガラスを叩き割った。足元に、ガラス片がパラパラと飛んでくる。
「ほらよ」
抱えていたスナック菓子の上に、また別の特大パッケージのお菓子が積まれた。
「あ、あの……」
「オラァッ!」
サキナさんは、次々に機械のガラスを叩き割っていった。ゲームセンターが、釘バットによって蹂躙されていく。
「さ、サキナさん……」
「オラッ!」
「あの……」
「オラッ!オラァッ!」
「……ふっ、ふふっ、あはははっ」
暴れ回るサキナさんを見ている内に、なぜか笑いが込み上げてきた。と同時に、建物に気を遣っていた自分が、急に馬鹿らしくなってきた。
「あはははっ、ふふっ、くくっ、ははははっ」
笑っていると、サキナさんが大量の戦利品を抱えて戻ってきた。
「これで三日くらい持つだろ」
「三日?ふふっ、こんなにたくさん、一週間は持ちますよ」
笑みを浮かべていると、サキナさんが安心したような表情でニヤッと笑った。
「……やっと笑ったな、お前」
「え?」
「ほら、行こうぜ。まだ、やりてえことあるんだ」
「は、はいっ」
それから僕たちは、YOUトピアの中を駆け巡りながら、好き放題の時間を過ごした。いたずらに色んなテナントに入っては遊び、入っては遊びを繰り返した。
「なんだ、それ?」
「こ、これ、アンデッドマンの邦訳版ですよ!すごい、初めて見た。ここ、アメコミも取り扱ってたなんて。うわ、高いなあ、これ……」
「この本屋、漫画ばっかり置いてんな」
「サキナさんは、漫画は読まないんですか?」
「……ああ、俺はあんまり好きじゃねえんだ」
「これとか、最近流行ってるから、面白いですよ」
「読んだことあんのか?」
「ないです」
「……」
「そ、そんな怖い顔しなくても……」
「変なもんしか置いてねえな、この雑貨屋」
「ここはそういう店ですから。あっ、これ、超辛いやつだ」
「なんだ、それ?」
「めちゃくちゃ辛いスナックですよ。えっと、世界で二番目に辛い唐辛子……?」
「へー、ちょっと貸せよ」
「……さ、サキナさん?なんか顔が……辛いんですか?」
「か、辛くねへよ」
「ろれつが回ってませんけど」
「お、おまへも食ってみろよ」
「え?は、はい……。うっ、うひぇあああっ!」
「み、水……」
「おい、あんまり飲むなよ。限りがあるんだから」
「そ、そんなこと言われひゃって……。サキナさんも飲んでるじゃないれすか」
「うるせえな、サイダーならいいだろ」
「どんな理屈なんですか……」
「わっ、なんだこれ」
「うわっ、虫じゃねえか。なんだよそれ、オモチャか?」
「いや、これ、食べられるみたいですよ。スナックって書いてるし」
「嘘つけ、虫なんか食えるはずねえだろ」
「あ、美味しい」
「うわ!何食ってんだバカ!」
「で、でもこれ、本当に美味しいですよ。さっきの辛いのより」
「やめろ!虫なんか食わねえぞ!」
「……美味しいのに」
「……一個だけくれよ」
「はい」
「……なんで幼虫がこんな美味いんだよ」
「コオロギ……これも美味しいのかな」
「あかる、先に食えよ」
「ええっ、そんな毒見みたいな」
「分かったよ、じゃあせーので食おう。せーのっ」
「……」
「ウゲーッ」
「ウゲーッ」
「ひ、酷い目に遭った……」
「お前があんなもん見つけるからだろ」
「そんな、コオロギを食えって言ったのはサキナさんじゃないですか」
「うるせえ」
「うう……」
「こいつら、めちゃくちゃ餌食うな」
「ずっと置き去りにされてたから、お腹が減ってるんですよ、多分」
「にしても、赤一色の奴ばっかだな。なんで白とか、黒とか、混ざってるようなのがいねえんだ?」
「なんででしょうね。……サキナさん?何あげてるんですか?」
「さっきのコオロギ」
「ええっ!そんなの食べさせて、大丈夫なんですか」
「魚なんだから、虫くらい食うだろ」
「そりゃそうですけど、いくらなんでも」
「じゃあ、お前が食うか?」
「たくさん食べて大きくなるんだぞ」
「オイ」
「す、凄い。サキナさん、スケボーやってたんですか?」
「見様見真似だよ。こんなの誰だってできるだろ」
「ええ……」
「ほら、あかるもやってみろって」
「は、はい……。うわっ、さっ、サキナさんっ、これどうやって止まるんですかっ」
「お、おい、どこ行くんだ、あかるっ」
「うわーっ!」
「あかるーっ!」
「…………痛い」
「……悪かったよ」
「お前、ギターなんか弾けんのか?」
「いや、弾けないですけど、ちょっと持ってみたくて……」
「全然指が届いてねえぞ」
「……ギターって、どうやって弾くんだろ」
「そりゃお前、弦を指で弾くんだよ」
「えっと、こうかな……、いたっ」
「無理すんなよ。あかる、これで我慢しろ」
「……タンバリンじゃないですか」
「サキナさん、サンダルでいいんですか?」
「ああ、俺はこれでいい。お前のそれ、ブーツか?」
「はい、一回履いてみたくて。どうですか?」
「なんつーか、ブーツを履いてるんじゃなくて、ブーツに履かれてるな」
「……スニーカーにします」
「そんな落ち込むなよ」
「どうせ僕は何にも似合わない奴ですよ……」
「ほら、こんなの着けてみたらどうだ?」
「あ、あの、これって……」
「男らしく見せるならこれだな。あとこれと、これと……」
「さ、サキナさん、首がもうジャラジャラで……」
「我慢しろ。これと、あとこれもだな。ほら、どうだ?」
「……なんていうか、ラッパーみたいですね」
「いいんじゃねえか?……くくっ」
「サキナさん?なんで笑ってるんですか?あ、ちょっと、何で顔隠してるんですか、サキナさん」
「凄いや。これ、キングサイズですよ」
「なんだそりゃ」
「ベッドの中じゃ一番大きいってことです。でも、こんなの拠点に持ってけないなあ」
「じゃあ、ここで寝りゃあいいだろ」
「ええ……。こんな広いとこじゃ怖くて寝れませんよ」
「ガキかよ」
「誰もいないとこで、ひとりで寝るなんて怖いじゃないですか」
「そこのでっかいクマの人形と一緒に寝たらどうだ?……あかる?なんで顔隠してんだ?」
「いっ、いえっ、何でもないですっ」
「あー……疲れたな」
サキナさんがソファーにぐったりと寝そべりながら呟いた。
ひとしきり遊んだ僕たちは、拠点に戻ってきていた。一日中動き回っていたせいで、身体がすっかりくたびれてしまっている。
「サキナさん、夕飯食べれます?」
「いや、いいよ。腹減ってねえし」
「ですよね……」
いろんな場所でつまみ食いをしたせいか、まったく空腹じゃない。それに反して、拠点にはゲームセンターから持ってきた特大パッケージのお菓子や、ふざけ半分で持ってきた変わり種の食料たちがうず高く積まれている。
そのままにしておくと崩れそうだったので、持ってきていたカゴにそれぞれ食料を分けていった。お菓子に、主食に、飲み物、ゲテモノと、きちんと分別しながら詰め込んでいく。
「歯ブラシとかシャンプーとかも、持ってくればよかったですね」
「……ああ、そういうのは明日持ってこようぜ。でも、シャンプーなんかどこでやるんだよ」
「えっと、向こうにトイレがあったんで、そこをお風呂にしますか?でも、水がもったいないですね。髪を洗う時はしょうがないけど、身体はタオルとかで拭くしかないですかね……」
「ああ……また明日……水と……」
「……サキナさん?」
振り返ると、サキナさんはすうすうと寝息を立てていた。よほど疲れていたのだろうか。まあ、あれだけはしゃぎ回ったのだから、当然だ。僕も、今なら一瞬で寝れる自信があるほど眠い。
分別を終えると、サキナさんを起こさないように、そっと拠点の戸締りをした。ゾンビが入ってこれないのは確実だが、開けっ広げにして眠るというのは、どうにも落ち着かない。
僕も寝支度をしようとして、ふとサキナさんの方を見た。レインコートを着たまま、すやすやと眠っている。ゴワゴワして寝辛くないのだろうか?
……やめろ馬鹿。変なことを考えるなっ。最低野郎めっ。
ブンブンと頭を振って邪念を掻き消した。もう寝ようと、自分のテントに向かおうとして、ふと、もう一度サキナさんの寝顔を見た。
その顔は、いつも凛と張り詰めているサキナさんとは違い、無垢な子供のように穏やかだった。
———あかる。
この人は、僕の名前を呼んでくれる。
風邪をひかないようにと、床に落ちていたタオルケットをサキナさんに掛けた。灯りを消して、もぞもぞとテントの中に潜り込む。
寝転がった瞬間に、すぐに睡魔が襲ってきた。重い瞼を閉じると、意識がスッと沈んでいく。
———僕はもう、独りじゃないんだ。
いつかの寂しい暗闇とは違って、心地いい暗闇が僕を包んでいった。
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