2:ARRIVE AT UTOPIA

「ここか?」

「はい、ここなら安全なはずです」

 僕たちは、目的地へと辿り着いていた。

 市街地からやや離れている、周囲一帯が緑地で囲まれた、だだっ広い高台のような土地。そこに鎮座している、平坦だが巨大な建物。

 ここは、座作市で一番大きなショッピングモール、YOUトピアだ。

「でも、ここ、閉まってるみたいだぜ。入れるのか?」

 サキナさんの言う通り、目の前にしているだだっ広い駐車場の入り口はバリケードで封鎖されていて、〝危険!立ち入り禁止!〟や〝閉鎖中〟の看板がでかでかと掲げられている。

「大丈夫です。いや、大丈夫じゃないけど、大丈夫というか……」

「なんだ、そりゃ」

「と、ともかく、行ってみましょう」

 スクーターから降りると、バリケードをどかした。また乗せてもらい、今度は建物の前まで向かうと、正面の入り口には鉄格子のようなシャッターが下りていた。それは、他の箇所にある入り口も同様だった。

「どこかから入りましょう。中には誰もいないはずです」

「どうして分かるんだ?客はいないにしても、従業員のゾンビはいるんじゃねえのか?」

「いえ、この建物、最近崩れそうになっていたことが発覚したんですよ」

「崩れる?こんなでっかい建物が?」

 サキナさんが怪訝そうに、YOUトピアを見上げた。

「はい。僕の父、建築士なんですけど、前に教えてもらったんです。今度もし、強めの地震が来たら、建物じゃなくてこの土地ごと崩れてしまう可能性があるって」

「マジかよ?」

「はい。詳しくは知りませんけど、昔起きた大きな地震のせいとか、建築業者が偽装してたとか、地面に打ち込んでる杭がどうとかこうとか、そういう原因があって……。それで、急遽営業停止になって、危険だからってことで、立ち入り禁止になっちゃったみたいなんです」

「へー、それで中には誰もいねえのか」

「……のはずなんですけど」

「まあいいや。いたらぶっ殺すだけだ」

 サキナさんは、きょろきょろと辺りを見渡した後、

「ここからじゃ入れなさそうだな。あっちから上がってみるか」

 と、併設されている立体駐車場の方を睨んだ。




「ここからなら行けそうだな。ちょっと待ってろ」

 立体駐車場の最上階——四階から、地続きになっている建物の屋上駐車場へと上ってくると、隅の方に非常口らしき扉があるのをみつけた。他のガラス張りの扉と違って金属製の扉だからなのか、そこだけシャッターが下りていない。

「オラッ!オラあっ!」

 サキナさんが、釘バットを扉の窓に何度も振り下ろした。ひびが入っていくが、防犯仕様なのか、中々ガラスは割れない。

「さ、サキナさん。あんまり騒がしくするとゾンビが……」

「しょうがねえだろっ。クソッ!割れろよコラッ!」

 サキナさんは、また一心不乱に釘バットを振り下ろし始めた。聞き入れられる様子が無かったので、助言を諦めて辺りを見張ることにする。

 いつか見たゾンビ映画だと、こういうショッピングモールが舞台になっていた。確か、ゾンビ・パンデミックの生存者たちが物資や食料を求めて辿り着き、中に籠城して、押し寄せて来るゾンビたちと戦うという展開だった。

 その映画に出てくるゾンビも、生前の行動を繰り返す習性があり、頻繁に訪れていたショッピングモールに押し寄せて来るという、舞台装置のような都合のいい設定があった。

 でも、なぜだか、ここには人っ子一人いない。大きなショッピングモールに似つかわしくなく、まったく人影が見当たらないのだ。だだっ広い敷地内にも、さっき上ってきた立体駐車場の方にも、今いる屋上駐車場にも。

 やっぱり、あれはフィクションの中のお約束的な出来事であり、現実には当てはまらないのだろうか?

 それとも、ゾンビはここが危険な場所だということを、理解しているとでもいうのだろうか?

「オイ、開いたぞ」

 振り返ると、サキナさんが扉を開いていた。窓ガラスがバキバキにひび割れて、まるで本のページのようにグニャリと捲れている。

 いつの間に……一体どうやったらあんな風になるのだろうと思っていると、サキナさんは停めていた原付に縛り付けていたセカンドバッグを取り外して背負い、

「さっさと入ろうぜ。暗くなったら何も見えなくなっちまう」

「は、はいっ」




 中に入ると、階下へと続くエスカレーターが停まって沈黙していた。そこを歩いて降りていくと、物音ひとつしない静寂に支配されたYOUトピアが僕たちを出迎えた。

 ここは三階だ。テナントはほとんどファッション系の店で埋め尽くされていて、いつもは幸せそうな家族連れやカップルなんかでごった返していたはずだが、今は人の気配がまったく無く、どこを見ても薄暗かった。遠くに見える、外に面したガラス張りの壁から差し込んでくる陽の光だけが、内部をぼんやり照らしている。外はじっとしているだけで汗を掻くほど暑かったが、中は空気がひんやりとしていて、なんだか薄ら寒い。

「……本当に誰もいねえな」

 サキナさんはそう呟くと、ツカツカと近くにあった服屋のテナントに向かった。何をするのだろうと思っていると、不意に釘バットを振りかぶり、「オラッ!」とショーウィンドウを叩き割った。


 ―――ガシャアアアンッ!


 と、けたたましい音がYOUトピア中に響き渡る。

「さ、サキナさん!?一体何を……」

「あ?もしゾンビがいりゃあ、これで寄ってくるだろ」

 そんな乱暴な方法で、と思ってビクついていたが、耳を澄ましても、足音や呻き声は聴こえてこなかった。

「大丈夫そうだな。行こうぜ」

 サキナさんがツカツカと中へ踏み込んでいく。慌てて、辺りを警戒しつつ、ついて行った。

 異様な感覚だ。ここには何度も来たことがあるが、こんな表情のYOUトピアは見たことがない。いつもは眩しいくらいに明るく、常に賑やかな音楽が流れ、嫌になるほど人で溢れていて、喧騒にまみれていたというのに。まるで、建物そのものが死んでしまっているかのようだ。

 ずらりと並ぶテナントの中には、入り口のシャッターが降りている店もあったが、ほとんどの店は開放されていた。が、よく見ると、店の中は棚がスカスカに空いていたり、あちこちにダンボール箱が平積みにされていたりした。恐らく、急に一時的な営業停止が決まったので、立ち退きの準備をしていたのだろう。

 と、その時、

「あっ」

 思わず、足を止めた。

「どうした?」

 サキナさんが、つられて立ち止まる。

「止まってる……」

 僕は噴水池を前に、立ち尽くした。

 左右に分かれている通路の合間に作られた、ソファーと自販機が設置されている休憩所。その中央にある、縁が大理石でできていて、真ん中にピラミッドを模したモニュメントが造られている、直径五メートルほどの丸い池。というよりは、池を模した大きな水槽。

 正式名称かどうかは知らないが、ピラミッドの先端から常にチョロチョロと噴水が湧いていたので、勝手に噴水池と呼んでいたのだが……今は止まっていて、悲しいくらいにシンとしていた。まあ、電気が止まっているから当たり前のことか。

 あれ、そういえば、ここには確か魚が泳いでいたはずだけど、と思っていると、ピラミッドの影からユラユラと魚群が姿を現した。たくさんの赤い金魚たちが、水面をパクパクとつつきながらこっちに泳いでくる。

「……こいつら、置き去りにされたんだな」

 サキナさんがボソリと呟いた。餌を貰えると思っているのか、金魚たちは僕たちの前から動こうとしなかった。飽きることなく水面をつつき続けている。

 なんだか不憫で、しばらく見入っていると、

「なあ。俺、ここに来たことがねえから、どこに何があるか知らねえんだ。分かるなら案内してくれよ」

 と、サキナさんがしびれを切らした。

「分かりました。えっと……何が必要ですかね?」

「ま、とりあえずは食い物だな」

「じゃあ、こっちです」

 もの悲しくなりながら、噴水池を後にした。後で、餌をやりに行こう。でも、まずは自分たちの餌を確保しなければ。

 フードコートに行ったって、食べ物があるとは思えない。店に人がいなければ、意味が無いのだから。となれば……。

 僕は、薄暗くてだだっ広い無人の空間に気圧されそうになりながら、どこかにゾンビが潜んでいるかもしれないという恐怖と戦いながら、サキナさんを案内する為に通路を先だって歩いていった。

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