第102話 〇〇にあたしはなる!

「あ、間違った……」


 自分の言い間違いに気付いた真白は、即座に否定の言葉を口にする。


 本来は「付き合って」という場面であったが、何を緊張してとち狂ったのか、結婚の申し込みをしていたのである。


 木々から舞う木の葉が、お笑い会場でずっこけた観客のように突然舞った。


 若しくは大相撲で、千秋楽の結びの一番で大番狂わせが起きた時に舞う座布団のようにだろうか。


「間違ったってなんだよッ!」


 関西の漫才のように、恵はなんでやねんという感じで利き腕である左手で胸元へツッコミを入れる。


 

「あ、いや。間違ったのはいきなりけっ、結婚って言った事に対してでな。本当は付き合ってくれと言おうとして……」


 夕焼けで隠れる赤く染まった頬を、隠そうとして取り繕うとしていた。


 言葉が詰まってしまうのは、先程の事が頭で反芻しての事だった。


「な、なんだよ。ビックリはしたけど、べ、別に嫌ってわけじゃ……」


 まんざらでもなかった恵である。ヤンキーは結婚や出産が早いと思われがちだが、ある意味ではその一部を垣間見ている瞬間である。


 こっそり隠れてその様子を見守っていた澪と八百は、本日何度目か、共に派手にずっこけていた。


「じゃぁ、結婚を前提に付き合ってくれ。」


「そういう事にしといてやる……よ。」


 口調が元ヤンのため、どうしても女らしくないために、男同士の親友が話しているようにも聞こえてしまう。


「でも、じゃぁってのはちょっと浪漫の欠片も何もないんじゃないか?」


「俺にロマンチックを求められてもな。」


 真白は徐々に主導権を取り戻そうとしていた。


「いきなり結婚してくれとか言う奴には言われたくない。」


「それもそうか。」


「あっはっはー。そうだそうだ。去年から張りつめてたからな。ここにきてギャグ調になってしまうのも無理はないよな。うん、真白は鈍感過ぎるのと、生真面目過ぎる。」



「それはそっくり返そう。鈍感なのはお互い様だ。それに生真面目なのも。」


「な、なにおう。あたしのどこが生真面目だと!?」


 再度真白へと向き直り反抗の異を唱えた。


「1年の時はなんだかんだで真面目に勉強したし、去年からは野球部のために色々してくれてただろ。生真面目と言わずして何と言う。」


「それは……褒めてるのか?」


「褒めてるな。」


「お、おう。」


 元ヤンは褒められる事に慣れていない。


 可愛いとかかっこいいと言われるのとは違い、良い人とか頑張ってるとか言われるのは、妙にこっ恥ずかしいのである。



「時が止まってしまったな。」


 言葉に詰まってしまったとも言う。


 洒落た事が言えないのは、真白も恵も変わらない。


 売り言葉に買い言葉の方が、すいすい言葉が出てくる二人であるため、仕方がない事でもあった。


 そわそわとした微妙な仕草は、真白だけでなく恵も同じだというのに……


「真白が変な事言いまくるからだろうが。ったく。」



「それでな。あたしも一つ決心した。」


 拳を握った恵の目が輝いていた。


「ん?なにをだ?」


「あたし、アスリートフードアドバイザーの資格取る。」


 〇〇王に、俺はなる!と言わんばかりの意気込みで恵が叫んだ。


「メジャーリーガーとか、プロスポーツ選手の奥さんとかが何人か持ってるやつか?」


 ダイエットとは違う、最高のパフォーマンスを最大化させることが主としている。


 場合によってはダイエットよりもきついし、厳しい食管理が必須とされる。


「そう。だって真白、水凪の言葉を受けてプロ目指すんだろ?そしたら縁の下の力持ちは必要だろ?さっきプロポーズ染みた告白してきたろ?」


「ま、まぁそれをぶり返されると言葉に詰まるが……まぁ、そうだな。」


「そうしたらさ、かっ、彼女として、未来の嫁として最高のパフォーマンスを出せる手伝いはすべきだろ。」


 真白はやる気を出している恵には言えないが、ジムのインストラクターとか栄養士を雇えば良いんじゃ、という言葉は飲み込んでいた。


 恵の中では、告白を受け取り真白の嫁になる事を受諾しているようでもあった。


 彼氏兼未来の旦那、そしてそれを支える自分。



「とりあえず……今日はもう帰ろうか。疲れたし。」



「そうなんだけど、告白の後の言葉とは思えんな。やっぱり真白にロマンチックは似合わないな。」



「また言葉を返すが、お互い様だ。話が違うルートへ行ったのは、恵が照れくささを隠すかのようにフードアドバイザーの話をしたからだぞ。」


 どちらが先、という事もなくほぼ同時に立ち上がる。


 空はどんどんと暗闇を増していき、既に頬が赤かろうとライトの元以外ではそうそうにバレる事はない程になっていた。



「あぁ、それと今更だけど。」


「それはどっち?彼氏として?それとも未来のアスリートパートナーとしてか?」


「……どっちもだよ。」


 わかってるくせに、と照れくささを暗闇に沈ませ唇を尖らせて真白は答える。


「お、おう。」


 恵は自分の家へと入っていった。


 何度か送った事のある種田家。


 しかし玄関から先へと行った事はない。


 学校を出る頃には既に暗くなってきており、真白は恵を自宅まで送り届けていた。


 通学路でもあるため、嫌でも方向は同じではあるが、真白の家はまだまだ近いとは言えない。


 中学の学区が違うのだから、それもそのはずである。


「やっぱり迎えを断らなければ良かったかな。」


 野球用品だけでなく、数日生活するだけの衣料などもあるのだ。


 荷物は両肩では収まらない。



「あ、真白。忘れてた。チャリ持ってけよ。」


 まだ着替えすら済ませていない恵が、鍵と荷物を縛るロープを持って出てくる。


「あ、おう。助かる。」



 恵の下半身が乗った事のあるサドルに、変な興奮を示す人物ではないが……ちょっとだけ戸惑いを示していた。


「返すのはいつでも良いから。」


 後ろの荷台と前かごに荷物を固定し、真白は尻友となるべく自転車を跨いだ。


「助かる。」


 真白は恵の自転車を漕ぎ始め、見送る恵を背に帰路へと着いた。






「付き合ったのも突き合ったのも俺達の方が先だったけど、ゴールインとおめでたはあっちが先になりそうだな。」


「ばっ、何を言ってるのよっ。」


 二人が別れるところまで見届けた澪と八百は、俺達はどうする?と言わんばかりに羨ましそうに眺めていた。

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