第101話 伝説かもしれない樹の下で 愛どころか何かを叫ぶ
「俺は試合に負けた悔しさよりも、今ここでカップルが誕生した事の方が悔しい。」
いつの間にかギャラリーは増え、九州黒彩大附のカップル以外の部員までもが数人集まってきていた。
入浴フリーになった事による、二度目の入浴を堪能してきていたようだ。
その中には桜高校の部員達も数人混じっていた。
「リア充爆発しろ。」
「そのセリフをマジで言う日が来るなんてな。」
「この二人は互いにあの言葉を言っていないだけで、事実上夫婦だったしな。」
「そういや、福岡県内で去年合同練習したんだっけ、どっかの学校の奴がそんな事言ってたような気がする。」
桜高校+九州黒彩大附の彼女いない部員達からのツッコミラッシュである。
なお、昨年合同合宿をした学校たちは軒並み予選で敗退している。
現実は甘くない、再戦の約束が果たされるとは限らないのだ。
「俺達も昨年ソレに参加してたら、もっと情報あって対処出来たかも知れんのにな。」
「勝負は時の運もあるだろ。組み合わせの妙とか、試合開始時間の妙とか。」
徐々に真白と恵の話から離れていっていた。
「お前らー。正座が嫌なら22時までには部屋に戻れー。戻らなかったら明日朝一で埼玉直行にするぞー。」
「うちも福岡直行だぞー。」
両校の監督まで合流し、先生らしく生徒を注意する。
注意するのだが、両教師の手には20歳未満が飲む事の出来ない、しゅわしゅわ的な飲み物の缶が手にされていた。
つまりは説得力は皆無である。
翌日、7時に朝食を開始、9時には宿を後にした。
宿泊地からグリコのある街へと移動。
大阪の街を数時間ではあるが堪能し、地元には17時半には到着する行程であった。
「ほら、約束のたこ焼き。」
難波にやってきた真白と恵は、お笑いの舞台がある新喜劇がある横にある、有名なたこ焼き屋の前にいた。
真白はいつか恵がたこ焼きを奢る約束をしていたような気がするなと思い出す。
「頑張ったからおねーさんからご褒美。」
そういってたこ焼きを差し出したのは、本来ここにいるはずのない人物……最後の礼の時にスタンドでチア姿でヤンキー座りをしていた小倉七虹である。
たこ焼きを差し出されたのは、リードオフマンでもある白銀だった。
170cmに辛うじて届いているかという白銀は、恵と同じく女子にしては身長の高い七虹からするとお姉さんに見えなくもない。
正確には同じくらいなのであるが、白銀の童顔さが姉弟感を醸し出していた。
「お前らいつからそんな感じなん?」
恵が七虹にさりげなく問いかける。
「バレンタインくらいからじゃね?」
確かに2月くらいから七虹と白銀の距離が知り合い以上になっていたのは、鈍い真白や恵でも感じ取ってはいた。
「というか七虹、血の繋がった弟はどうしたん。」
「同学年達とどっかに行ってるんじゃね?」
「そもそも何故七虹がここにいるんだよ。先に帰ったんじゃ……」
「恵よりはバイトしてるからな。バイト代はほとんど使ってなかったし、一泊自腹するくらいはな。おかげで昨夜面白いモン見れたし。」
実は桜高校の宿泊するホテルに、あの晩だけ七虹は自腹で宿泊していたのである。
通天閣に登り、景色を堪能すると、時間も無くなってきたため、集合場所である新大阪駅へと向かった。
なお、自腹で残っていた七虹であるが、吉田監督へ同じ新幹線に乗車出来るよう手筈を整えていた。
東京駅で新幹線を降車すると、早々に貸し切りバスへ乗り換え、1時間程で学校へと到着する。
学校へ到着すると、恵が乙女っぽくそわそわし始める。
先程まで、いつかのように真白と互いに頭をくっつけるように夢の国へ行っていたというのに、体内時計なのか到着5分前にはきっちりと現実世界へと戻っていた。
バスを降りると点呼を取った後、部員達は部室へと道具を置きに行く。
全ての道具を元に戻し、忘れ物がない事を確認すると、八百が部室の鍵をかける。
「それじゃ、各自家に帰るまでが甲子園。寄り道する事無く家に帰るように。」
引率である教師達はこの後職員室で事務仕事が残っている。
優勝旗などは、とりあえずのところは部室に保管される事となっていた。
近隣に住む者を除き、駅や家からの迎えの車へと向かっていく。
夕方遅くなってしまうが故の処置である。
親族には学校へ何時頃には迎えに来て欲しい胸は伝えられていた。
「恵……」
「ん、あ、あぁ。そうだな。」
校舎裏にある大きな桜の木。
互いの両親が告白をしカップルになったという、どこかで聞いた事のある伝説のような樹。
告白のやり直しというのは、嘘告白などと比べてどちらがハードルが高いのだろうか。
最終マウンドに向かう時より緊張しているように見えるのは、恵の目から見ても直ぐに伝わっていた。
かつてのようなヤンキーっぽさも、かつて自分と会話する時のような妙などもりも感じさせない、普通の女子にしか見えない事は真白から見ていても伝わっていた。
程よく夕焼けへと空は移り変わり、黄昏時とも取れる濃いオレンジ色の空。
二人の姿は少し離れれば、絵本に出てくるシルエットのようであった。
「意識したのはいつだろうな。周囲が揶揄するような掛け合い漫才的な事をしてるのは、正直楽しかった。」
「ん。実のところ、1年の時勉強教えて貰ってた頃から多少なりとも意識はしてたぞ。」
「それに昨年のプールでのじじじっ、人工呼吸とかもう意識しねーわけにはいかねーだろ。」
慌てたように恵が恥ずかしそうに言う。真白はその姿を横目で確認していた。
「正直好きと認識したのがいつかはわからない。アハ体験じゃないけど、徐々に変わってはいたけど、気付いた時にはってやつだな。」
「あたしもそんな感じ。認めるのが嫌だった?先に言ってしまったら負けた気がして。というか、揶揄われる気がして。」
「ま、好きでもなければあんなに一生懸命裏方やってたりしない。精々がんばれと応援するくらいだろ。」
「それが本当だとすると、お前相当前からって事になるんだが……」
「かもなー。好意が好きに変わる瞬間はわからないけど、今考えるとそうなのかも。」
真白は恵と同じ方向を見ていたが、身体を向き直し恵の正面に立った。
「改めて言うと恥ずかしいけど、俺は種田恵が好きだ。俺と……結婚してくれ。」
「あたしも、柊真白が大好きだ。け……ん?けっこん?」
伝説かもしれない樹の下で、告白どころかプロポーズの言葉を述べていた真白だった。
祝福しているのか揶揄っているのか、伝説かもしれない桜の樹からは緑の葉が風で舞い散り、真白と恵の周囲を漂っていた。
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