第103話 U-18世界大会

 まだ夏休みが数日残っている8月某日。


 甲子園が終わったばかりだというのに、真白を始め一部は慌ただしかった。


 それというのも、家で寝貯めをしようと爆睡していた真白の元に一つの連絡が入った。


 それはU-18日本代表のメンバーに選ばれたという報せである。


 16歳から18歳までで選出されており、桜高校からは真白と白銀の2名が選出されていた。


 なんの偶然が、今大会……U-18世界大会の第一次リーグは日本で行われる。


 12チームが6チームずつA・Bのブロックにわかれ、上位3チームがスーパーラウンドへ、下位3チームがコンソレーションラウンドへと進む。


 スーパーとコンソレーションでは最初のブロック以外の3チームと戦う。


 そこで1・2位は決勝、3・4位が3位決定戦を戦う事となる。


 試合は7回終了時まで、同点の場合の8回以降はタイブレーク方式となる。


 日本の国際大会は木製バットや7回制に慣れていないのか、いまいち強者とまでは慣れていない。


 優勝回数も少なく、いつも準優勝や3位4位などとあと一歩という事が多い。




「東京だー!」


 集まったメンバー達の一部は少しだけ浮かれていた。



 少し前まで敵として相対していた面々が、今は仲間として集まっている。



 昨日の敵は今日の戦友という言葉である。





 どうしても、メンバー選出は投手に重きが置かれている。


 高校野球故に、投手の打撃も野手と遜色がないため。また、複数ポジション出来る選手も多いため、本職以外の守備位置で出場する選手もこれまた多い。


 メンバーにしてもほとんどが甲子園出場選手であるが、数名は地方で散っていった姿もある。


 日本代表監督やコーチは、この日のために集められており、選手選びも大会を通じてよく観察している。



「優勝チームから2人で、初戦敗退チームから3人てのも国際大会代表ならではだね。」


 選出されたメンバーの誰かが言った。


「2年で、なんなら甲子園にも出場してないのに呼ばれる奴もいるしな。」


 これは水凪の事であるが、言った本人も別に嫌味で言ったわけではない。



 東京で行われたオープニングラウンド3試合は滞りなく経過していく。


 恵を始め各学校のマネージャー等は帯同しない。


 むさくるしくも、男だけの大所帯である。




「相手はどの国の人も、何言ってるかわからなかったな。」


 アジアを除けばラテン系の言葉が多いため、早口もあって何を言っているのか、その言語を学んでいなければ何を言ってるのかわからないのは仕方がない。


 単語としていくつか知っていても、会話となると物凄く難しくなってくる。


 オープニングラウンドを3勝で通過した日本は、スーパーラウンドが行われるアメリカへと旅立つ。


 真白を始め白銀もであるが、桜高校の数名は春先にパスポートを取得していた。


 先見の目なのかはわからないが、吉田監督の勧めで取得していたのであった。


 そのため、渡米自体は困難ではない。ただし、実際に飛行機に乗って重力を感じるのは別物であるが。


 公立校である桜高校は、修学旅行で海外はありえない。


 飛行機に乗る機会はほぼ皆無である。


「鉄の塊が空を飛ぶなんてな。」


 数人からこんな言葉が聞こえてくる。




「そういや、アメリカお土産頼まれちゃったよ。」


「七虹姐さんにか。」


「なにそのあねさんって。まぁ彼女に頼まれたんだけど。」


 真白と白銀の席は隣同士だった。


 交流を深めるために、席は事前に決められていたが、偶然隣になった。


「俺も頼まれたな。それとあっちでナイスバディと浮気するなって言われた。そんな余裕も暇もないし、アメリカンガールにモテるわけないのにな。」


「あはは。種田さんらしいね。僕も言われたけど。」


 真白と恵のお付き合いニュースは、既に桜高校野球部と他一部には知られている。


 むしろ、今更かい!という声しか上がらなかった事も付け加えておく。




「アメリカといえばアメリカンジョークだね。」


 もう少しで空港に着くといったところで突然話を振ってくる白銀。


「アメリカンジョークといえばこれか?」


「イカレてやがるせ、この雌猫ちゃんはよォ!ヘイ、ベイベー、俺のマグナムであんたのケツの穴をノーフューチャー!ノーフューチャー!ってやつか。」

 

「それは流石に捕まるよ、色んな意味で。種田さんをいきなり一人にしちゃう気?」


「あ、いや。そんなつもりは全くなく。え?逮捕?俺タイーホさいちゃう?20年以上経ってるから大丈夫かと……」


「僕達20年前は存在してないでしょ。」


 良い子は意味がわからないままの方が良いネタである。真白が口走ったアメリカンジョークネタについても、著作権的な意味でも、そのどちらの意味でも……




「それ、お父さんの世代2000年代初期のネタですよね。」


 白銀とは反対側の隣席から声が掛かる。敬語からもわかる通り、水凪である。


 元ネタを知っている水凪もまた、ちょっとおかしくね?と思う真白であった。




 そんな事を言っていたからか、スーパーラウンドで日本はアメリカに敗北してしまう。


「やっぱりベースボール発祥の国はパネェ。あの中の何人がメジャーリーガーになるんだか。」


「それでもオープニングラウンドから合わせて2位で決勝進出だから良いけど。」


 木製バットに慣れずに、全く苦戦していないわけではないが、日本は金メダルを掛けてアメリカと再戦する事となる。


 危ない試合はいくつかあった。


 オープニングラウンドから数えて、同じアジア内でも韓国、台湾とも苦戦をしている。


 敗北したアメリカ以外でも、キューバやプエルトリコ、ベネズエラは強敵だった。


 どの国も一つ何かを間違えていれば、敗戦の数は増えていたかもしれない。


「お前ら本当に一昨年まで万年初戦負けのチームだったのかよ。」


「嘘ついてどうすんだよ。そりゃ必死のパッチで地獄を潜り抜けてきたに決まってるだろ。」


 どこかの学校の選手の言葉に真白が答えていた。


 

「テレビでも見たけど、あの鬼マネージャーの地獄のしごきは後からだけど伝え聞いてるけどよ。」


 決勝まで残れなかったチームは、練習の合間に試合をテレビで観戦していたりもする。


 その際に、恵の姿やチームのこれまでの経緯などが紹介されたりもしていた。


「まぁ、もう俺のジョカノで未来の嫁だから、あまり悪く言うなよ?鬼とか言っていいのは俺だけの特権だからな?」


 ちょっとだけ威張りたかったのか、真白は自慢げに語った。


「お、おう。」


「リア充はアメリカに置いて帰れないかな。」  

 

 


 そして、決勝戦が終わり、真白をはじめ、リア充達がアメリカに置いて行かれる事はなかった。




 東京駅で解散し、それぞれの帰路につく。


 新幹線などは大人が用意してくれているため、各選手が金銭を使う事はほとんどない。


 各現地で使うちょっとした買い物程度だけである。



 帰りの電車の中、地元が近いからか途中までは同じ路線である真白と白銀と水凪の3人。


 他に栃木から選出されたメンバーも含めて合計4人が帰路についていた。


 福島以北は新幹線を使って帰るらしく別行動となる。


「それにしても、3回までとはいえよくアメリカを0で抑えたな。」


 椅子は空いているものの、軽く雑談をしたいがために扉近くの手すりに捕まって小さな声で談笑する。


 

「その言葉はそのまま返しますよ。柊さんも白銀さんも那須さんもそのアメリカから打ったり走ったりしてたじゃないですか。」


 那須というのは栃木県から選出された宇津宮学園の外野手である。広い守備範囲とレーザービームが売りの強肩堅守の選手である。


 自チームにおいてはリードオフマン的な位置でもあった。




「それで、柊さんはプロ志望届はどうするんですか?」


 水凪が、かつて問うた事を再度訊ねる。


「答えは聞くまでもなくわかってるだろ?」


「僕は出すよ。七虹さんと二人三脚で頑張るって約束したから。」



「なっ、白銀っ。それ俺が言おうとしたやつ。俺が恵をプロ野球界に連れてくってやつ。」



「はいはい。御馳走様です。先に行って待っててくださいね。来年自分もその世界へ向かいますから。」


 その世界とは、プロ野球界と、二人三脚の両方を指しているのだが。


「そういや水凪君は妹と付き合ってるんだっけ。世間は狭いとか思ったのが昨日の事のようだけど。」


 世間は狭く、白銀の妹である「白銀めぐみ」は山神学園・水凪と男女の仲でもある。


 「恵」と「めぐみ」、同じ読み方をする女性を彼女に持つ、真白と水凪。


 これもまた妙な関係である。


「もっとも、志望届出したからって指名されるとは限らないけどな。どのチームも高校生よりは即戦力の大卒や社会人や独立リーグからってのがドラフトの主だし。」


「それを言ったらどうしようもないけど。」


「確カニ……」


 栃木の人も最後だけ会話に参加していた。

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