第99話 優勝準優勝チームだって甲子園の土を持って帰りたい

 膝枕ふーふーの効果か、桜高校は準々決勝、準決勝と勝利を収め、埼玉県勢として昨夏の山神学園に続いて初出場で決勝戦まで駒を進めた。


 決勝戦は同じ宿舎でもある、福岡県代表の九州黒彩大附。


 残念ながら昨夏の九州遠征では合同練習をしていない学校のため直接的なデータはない。


 先日真白達の正座を見ているし、実のところ膝枕ふーふーも見られていたりもする相手だ。


 


 1日の休養日を設けた後、いざ決勝戦。


 桜高校は初戦同様先発は山田でスタートする。


 一方相手の九州黒彩大附には、プロ注目の選手が数名在籍している優勝候補の一角でもある。


 そんなベストメンバーで臨んだ決勝戦であるが、初戦や3回戦では完璧だった山田が立ち上がりからピリッとしない。


 4回を投げて6安打2四死球3失点、なれど打撃陣が好調なのか3-3と同点で4回を終えていた。


 しかし4回途中、異変に気付く人物がいた。


 再び山田の指から血が出ていたのだ。


 当然気付いたのは山田の球を捕球していた八百。


 返球する際に赤いシミが付着していれば気付くのも当然であった。


 球場の大歓声に押され、山田は騙し騙しここまで乗り切っていたのである。


 八百からの報告を受けた吉田監督は、頭を掻きながら一つの案を思いつく。




「なぁ、柊。この試合だけ……」


「俺にまたロングさせるんですか?本気で?」


 吉田監督が言わんとしている事は真白には伝わっていた。


「3イニングくらいならともかく。」


 悔しそうに、申し訳なさそうに俯いている山田の姿を真白は見ることが出来ない。


 交代するにしても、他に投げられる人間はいるだろう、という思いが真白にはあった。


 本職ピッチャーを差し置いて、野手投手が投げる必要があるのか?と。


 そんなやや消極的な思考を抱いている真白であるが、その言葉に反応したのか恵が前に出ていた。


 そして徐に足に力を入れると、恵は真白の尻を思いっきり蹴り上げる。


 その勢いのまま真白は前のめりに倒れこんだ。


「てめっ。」


「監督が信頼して頼もうとしてるってのに、しっぽ巻いて逃げるのか!?」


「いや、他にピッチャーいるわけだし、もっと言うなら現実的な話、準備とかな……」


「言い訳はいいわけ!ヤるのかヤらないのか。自身があるのかないのか。山田の想いを繋げたいと思っているのか!」


 少し古い親父ギャグ的な恵の言葉に、一同は絶句する。


 目が覚めた、というのは違うかも知れないが、一瞬見えた山田の表情で覚悟が芽生える。


 それは水凪や恵がプロへの道を意識させたように。


 だからこそ、いくら叱咤激励とはいえ、テレビに映っているかもしれない状況で思いっきり尻に蹴りを入れた恵に対して火が点いた。


「抑えたら仕返しするからな。」


 真白の言う抑えたらというのが、どのくらいを指すのかは提示していない。

 

 次の回だけなのか、残りの回全てなのか。


「おう、どんと来い!」


 恵はない胸張って威張った。 


 その言葉は直ぐに後悔……というよりは実行される事となる。

 

 急増で肩を作ってマウンドへ向かう真白に代わり、サードには朝倉が入り5回の守備を迎えた。


 そしてあっさりと5回の守備を終えて、戻ってきた真白をハイタッチで迎えた恵。


「ナイスピッチ。」


 本当にヒロインというよりは、ただのチームメイトかコーチのような対応。




 そして5回裏の攻撃の際、仕返しとばかりに真白は、ベンチで片足を階段に掛け戦況を見守る恵の両尻を……


 鷲掴みにした。


 ちょっと何を言ってるかわからない状況であるが。


「なっ。」


 キャッではない。決して可愛い反応とはいえない。


 突然の事にただ驚いたというだけで、ただ背中でも叩かれただけのような淡泊な反応だった。



「さっき思いっきり人の尻を蹴っ飛ばしてくれた礼だ。一応女子を蹴り返すわけにもいかないからな。それにさっき抑えたら仕返しすると宣言したろう。」


 だからと言って尻を鷲掴みにしても良いのかという話ではある。



「おまっセクハラだからな。本来なら有料だからなっ。」



(あ、でも怒って殴ったり蹴ったりはしないんだ。)


 ベンチ内一同の心の中の声であった。


 試合というアドレナリンの効果なのか、恥ずかしさが薄れていたのか、周りの想定程恵の怒りはないようであった。



 注:いきなり女性の尻を掴むのは犯罪です。




 試合は互いに引き締まり8回裏、3-3の同点の場面でバッターボックスは5回から好リリーフを続けている真白が立っていた。


「一発かましたれー!」


 恵の激励はもはやヤンキーにしか思えない口調。


 しかし、それに続いて桜高校ベンチからも同様の声が上がっていた。


 それはさらに伝染し、アルプススタンドからも上がっていた。


 主に恵と同じ元ヤン仲間の七虹を皮切りに、七虹を姐さんと称する応援団から大歓声となってバッターボックスの真白へと注がれていた。


 それもそのはず、ノーアウトから壇ノ浦がツーベースを放ち、勝ち越しのチャンスとなっていたのである。


 そこでピッチャー交代のアナウンスが入り、初代水凪よりも変則的なサイドスロー左腕がマウンドで投球練習を始めていた。


 右打者に抉り込むようなストレートと、足元に曲がってくるスライダー、アウトローへ逃げるように落ちていくシンカー。


 タイミングを完全に狂わすチェンジアップと多彩な球種を練習していた。


 そして、何故かそんな情報をベンチで伝えてくるマネージャーの朝倉澪。


「そりゃチェックはしてるよ。情報収集は裏方のお仕事だもんね。今回ベンチに入れなかった二人も協力してくれてるし。」


 逆に言えば、自分達のデータも相手にはある程度筒抜けとも言えるわけである。


 知らぬ所に偵察が隠れて見ている、なんて事もあるのだった。


 昔と違い、スマートフォン等で簡単に画像だけでなく動画でも撮影が出来るため、本気でなくとも情報を得る事は可能である。


 これまでの対戦相手の情報も、こうして選手達に伝えていたのである。




 真白がバッターボックスに立つと、アルプススタンド応援席からは関西の球団、阪戸タイガースの得点圏で流れるチャンスマーチが鳴り響いていた。


「柊君ー!打ったらめぐめぐがサバ折りハグハグしてくれるってー!」


 澪がよくわからない激励を大声で叫んでいた。

 

「ちょっおまっ。なんて無茶振りさせようとしてんのっ。」


 恵が澪に抗議の声を上げた。


 そしてその声はしっかりと真白にも聞こえている。


 という事は相手の捕手や審判にも聞こえているわけであり、それが意味する事は……


 テレビ画面にこそ映らないが、審判の顔は苦い表情をしていた。


 態々注意にこそ行かないものの、顔の向きで注意を促していた。




 真白はフルカウントまで粘った、澪が直前で伝えてきた球種は既に全て体験している。


 果たして粘ったのはどちらなのか、真白なのか相手投手なのか。


 10球目を投じるが、この暑さのせいかそれとも球数のせいなのか、ボールがやや高めに浮いたところを真白は振り抜いた。


 キィンっと鳴った打球音、風を突き抜けるように見えない何かに乗った打球は、初戦の再現かバックスクリーンへと向かい、そのままフェンスの上を超えていった。


 8回裏、桜高校はこの試合初めてリードを奪った。


 観衆は初出場初優勝を見たいのか、物凄く盛り上がっていた。


 応援や声援が後押しをしていたのかも知れない。見えない何かとは、風だけではなく球場全体の球児を応援する空気なのかも知れない。




「柊、最後だから遠慮せず全部をぶつけて来いよ。」


 最終回のマウンドに登った真白に、キャッチャーミットで口元を隠した八百からアドバイスを貰う。


 

「ヒーローになるお前も見たいけどな。逆転されて種田に慰めて貰うお前を見るのも或る意味楽しみなんだ。」


「お前、どっちの味方だよ。」



「ばか。俺は可愛い女子の味方だよ、なんてな。ガラにもなくお前緊張してそうだったからよ。」


 八百は単に真白の緊張を解そうとしただけであったが、おちゃらけて言わなければ気が済まないのは性分なのだろう。


 遠慮せず全部をぶつけてこい、という八百の言葉を真に受け、県大会決勝戦のように真白は大きく振りかぶった。



 あの時に見せたトルネード投法である。


 コントロールよりは、球速と威力を優先させた身体のバネを利用した力任せの投球。


 高めに行きがちではあるが、バッターボックスに立つとそれが浮き上がってくるように見える。


 各打者が後に語った事である。


 真っすぐとフォークの2種類しかないにも関わらず、打者を抑える偉大なプロ野球選手がかつては二人いた。


 一人はメジャーへの憧れのため日本プロ野球界を引退した後に一人渡米し、日本人メジャーリーガーの礎となった投手。


 もう一人は、真実の愛を見つけたとかで長年連れ添った妻と離婚し、引退後馬主にまでなった投手。


 わかっていても打てないその投球を再現しているかのようであった。


 最後の打者がバットを振ると、想いを乗せたバットは空を斬り、真白から放たれた想いという重いボールは相棒であるキャッチャー、八百のミットへと吸い込まれていった。


 その瞬間、桜高校の優勝が確定し、八百は真白の元へ駆けつけていく。


「うぜぇ。」


 そんな近付いてい来る八百を、真白は身体の向きを変えてヒップアタックで押しのける。


 真白のヒップはプロテクター越しではあるが、八百のみぞおち付近に見事に突き刺さっていた。



「ぐぇっ。」


 ほぼ同時に内野陣が集まり、一つの塊になりつつあった。


 大抵の球児が指一本掲げて「いっちば~ん♪」と表現するのに対し、桜高校ナインは抱き合っては投げ、抱き合っては投げ、上手投げ合戦と化していた。


 そこに先輩も後輩もない。ベンチから駆け付けた選手達も参加していた。


 指を怪我した山田を除いて。


 


「こういう時に一緒の輪に参加出来ないのは悔しいわね。」


 三振を取った瞬間、一目散に駆け付けていったベンチの選手達を見ながら、澪が呟いた。


 一緒になって腰を上げた恵は、自分にはその資格がない事に気付き、手持ち豚差に上半身を前後に揺らしていた。



「はいはい、めぐめぐは代わりに私がハグハグしてあげるわよ。柊君とじゃなくてごめんね。」


「ばばばっばっかじゃないの!?」


 照れか暑さか、恵の顔は真っ赤に変色しマネージャー同士抱き合っていた。



「じゃぁ俺達……」


 

「遠慮しておきます。」


 吉田監督が横を見ると、影の薄い部長(男)が拒否を伝えた。




 整列の後、恒例の校歌斉唱と校旗の掲揚を終え、1塁側アルプス席前にナインが整列をする。


 先程の校歌の際には、見事に借り上げた坊主頭が14個綺麗に並んでおり、身体全体を使って校歌を熱唱していた。


 それぞれ感極まって涙を流したり、笑顔を浮かべたり、ちょっとキモイ笑みを浮かべていたりと様々だった。


 選手達に加え、監督達も整列すると、アルプススタンドで応援をしてくれていた人たちへと深々と例をする。


「あ、見えた。」


 恵がボソッと呟いた視線の先、チアリーディングの衣装を身に纏ったかつてのヤンキー仲間、小倉七虹のスカートの中身だった。


 

「何を……」


 顔を上げた真白も、恵が何を言いたいか直ぐに理解出来ていた。


「なぜあの人はヤンキー座りしてるんだ?」


「疲れたんじゃね?」


「疲れて座るのはわかるが、あれじゃ見てくださいって言ってるようなもんじゃないか。」


「そこはほら、気付かなかった事にすりゃいいんだよ。っていうか見るなッ。見るならあたっ……」


 恵の隣、澪から脇腹にエルボーというツッコミが入る。


 見るなら……何なんだろうか。澪にはわかっていたからこそのツッコミである。


 なお、恵の両脇には真白と澪が整列している。


 その並びだけ見れば両手に華状態であった。一番端には監督と部長、その隣に主将である八百が並び、澪、真白、恵、白銀、小倉……と選手が続いていた。



「なぁ、優勝準優勝チームも甲子園の土持って帰っても良いよな?」


 真白が八百に尋ねるが、首を傾げる。


「さぁ?見た記憶はないけど。」



「いいんじゃねぇか?決まりはないだろうし。二度と来れないとか考えたら優勝準優勝チームはメダル貰えるかも知れないけど土の想い出がなくなっちゃうだろ。」


 恵の何気ない言葉が真白を後押しする。



「そうだよなぁ。」


 真白は肯定したかのように返事をする。


 すると、真白は何を思ったのか、恵の腰を掴むと徐に高い高いの容量で恵を持ち上げた。



「うわっな、なにをするくぁwせdrftgyふじこlp」


 

「ん?選手達と違って監督やマネージャーは最後一緒に喜びを分かち合えないだろ?」


「よし、じゃぁ俺も。」


 真白に便乗した八百が澪の腰を掴んで持ち上げようとすると……


「この変態ッ!」


 手に持っていたスコアブックで八百の坊主頭に振り下ろしていた。


 照れて慌てる恵を他所に、地面におろすと、先ほどの言葉を実行するためか、ベンチに颯爽と戻ると手には二つの袋を持っていた。


「よし、じゃぁ行ってくる。」


 閉会式の準備に入る前ならセーフと思ったのか、真白はスパイクケースを二つ持って、颯爽とマウンドへ走っていった。



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