第97話 躍動とスナップの効いたビンタ
「5回まで塩原で試合作れたな。」
1年生塩原は、春選抜ベスト8の山松商を相手に1失点で抑えていた。
「6回は卯月、行けるな。」
吉田監督に言われ、準備を進めていた卯月は6回表のマウンドへと向かう。
スコアボードのEのところには共に0が記されていた。
それは両チーム共にノーエラー、鉄壁の守備を発揮していた証である。
卯月、村山兄と継投していき、8回まで試合は終了する。
Hの欄は5本ずつ、得点は互いに2点ずつ。
残るイニングは1。
「壇ノ浦ー、4番の仕事しっかりしろー。」
という、鬼マネ種田恵の叱咤激励が飛んだ。
続くようにアルプススタンドからは攻撃的な音楽と応援が響く。
「
3年の誰かからの呟きがベンチで漏れる。
それにコクコクと頷くのは下級生達。
恵は鬼のノックで部員全員から恐れられているが、攻撃に関してはこうしたヤジめいた激励しかしていない。
考えていれば、バッティング的な意味でのコーチングは他校のような専門的な指導はされていないのである。
良く言えば自主性、選手主導と言いようはあるが……
朝倉バッティングセンターの一部、魔改造されたマシンでの打ち込みは数人が経験済であるが。
所詮は機械が投げる球、実践のような生きたキレのある球や、イレギュラーな球は経験出来ない。
しかし魔改造されたマシンは、キレに関しては無理でも、どんな球が来るかはランダムに出来るため、ある程度は対応可能となっていた。
普段の練習でも、桜高校投手経験者がバッティングピッチャーとなる事で様々な練習はしてきている心算である。
他校と比べようがないだけで。
強豪との練習試合も他の強豪校との差を埋めるための手段としていた。
6月7月の本選前に何試合こなした事か。
同じ埼玉県内こそ埼玉県予選のため、なるべく避けてはいたが、同じ関東や東北、北信越等と練習試合を重ねていたのである。
「予算を確保する俺の身にもなってくれ。」
という吉田監督の嘆きを何度聞いた事かわからない部員達であるが、甲子園初出場という結果を以って証明したのは間違いない。
中でも栃木県、茨城県、福島県、長野県にはかなりお世話になっていた。
つまりはその4県には、ダークホースと成りえる桜高校の情報は筒抜けとなっていた面はある。
実際甲子園にまで出てきた事で、それらは証明されている。
練習試合を受けた福島県の強豪、本大会も甲子園出場を決めている正光学園等は実感している事だろう。
練習試合という半実戦で身に着けてきたモノは確実に甲子園でも発揮していた。
その結果として……
「よっしゃ、流石四番!やれば出来る子!」
先程のヤジ的激励に対し、結果を出した四番壇ノ浦に対して賞賛という褒め言葉を贈る恵であった。
壇ノ浦の左手と恵の左手がハイタッチ、そして甲高い良い音として響いた。
壇ノ浦が放った打球は、グングンと伸びていき、ライトスタンドに突き刺さったのである。
9回表で1点リードを奪い、3-2と均衡を破ったのである。
この試合桜高校初のリードだった。
「で、なんで真白は壇ノ浦の後に続けないんだ。」
「いや、早々続けるとは限らんだろ。」
という会話が9回裏の守りに入る前に、真白と恵の間で行われていた。
リードをした事で9回のマウンドには抑えの真白が上がる。
タイブレークでマウンドに上がるよりは守り易い……はずである。
山田に関しては前回優勝候補筆頭の大阪陰陽での心身への疲労を鑑みて、本日は休養である。
決して相手を侮っているというわけではなく、全員野球で守り抜くという気概であった。
実際にここまで3人の投手と鉄壁の守備で、山松商を2点に抑えていた。
9回裏、クローザーとしてマウンドに立った真白であるが、二死からヒットを許したものの、0点で締める事に成功した。
桜高校は初出場で2勝目を挙げた。
選手こそ変わっているが、甲子園での過去優勝経験チームを2校も破ったのである。
試合後のインタビューは当然、決勝アーチの壇ノ浦も受けていた。
毎年、とまでは言わないが、甲子園では〇〇旋風のような快進撃がある。
今年は台風の目、として既に桜高校が挙げられていた。
桜旋風、桜吹雪旋風などと一部では言われるようになっていた。
8月15日、2回戦最後の試合が始まる前に3回戦の組み合わせ抽選が行われた。
2回戦の時は49代表校目との対戦が決められていたため、参加していなかった八百の初めての抽選参加である。
そしてその組み合わせ抽選の結果……
「やっぱりやると思った。」
「さすやお。」
「期待を裏切らない男。」
「八百さんにクジを引かせるとヤバイところばかり引きますね。」
これまで桜高校の二試合は、定刻として開会式直後の10時、第四試合の15時40分である。
順延がなければ、16日と17日で3回戦8試合が行われる。
八百が引いたのは16日第三試合、春の選抜で水凪のいる山神学園に惜敗した、練習試合でも対戦した福島県代表の正光学園を引いたのであった。
春の選抜、準々決勝で山神学園は3-2で勝ってはいるが、文字通り僅差での勝利。
どこと対戦するにしても、1回ないしは2回勝ち上がってきているチームなので、決して楽な対戦は一つもない。
それでも直近の成績というのはインパクト的にも重要で、春の成績上位チームは少し上に感じてしまうものである。
15日の夕方、練習を終えて宿舎に戻った本日もまた、真白と八百は部屋の前の廊下で正座させられていた。
鍵をかけていなかった方も不用心ではあったのだが、自分の部屋と間違えて着替え中の女子マネージャーの部屋に突入してしまったのである。
「ラッキースケベの枠じゃねぇ!もはや態と着替え中に入ってきてるとしか思えねぇ。金払え!おうおう、金払え!」
恵の叱責は本職の人かと思うかのように、威圧が凄かった。
正座する二人の前にヤンキー座りで、お土産屋の木刀を肩に担いでるその姿は、コンビニ前にたむろしているレディースとなんら変わらなかった。
偶然その様子を見てしまった、同じ宿舎に宿泊する他校の部員も、怖くて近寄る事が出来ないようである。
そして、ヤンキー座りだからか、下着が見えてしまっている事に気付かない恵であった。
それこそラッキースケベである……が、口には出せない真白と八百の二人だった。
しかしそれでも思わず……
「白……」
パァァァンという頬を叩いた音が廊下中に響いた。
スナップの効いたクリーンヒットだった。
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