第94話 選手宣誓と吉田監督の秘密兵器
「宣誓!我々戦士一同は!」
選手ではなく戦士と言う八百。
「日頃から鍛え、高め合い、仲間達と切磋琢磨し、勝ち抜いて捥ぎ取ってここにいます。」
それは、まずはチーム内競争。
桜高校のように14人しかいないチームであってもレギュラーを勝ち取るという戦いが存在する。
何十人もいる学校では、ベンチ入り20人に入るためにも戦いが存在する。
春の選抜ではエース番号を付けていたのに、夏の大会ではスタンドから応援という事も稀ではないのである。
勝ち抜いて捥ぎ取ったとは、そんな仲間達から他校と戦う戦場をまずは勝ち取ったという事。
そしてこの開会式に参加しているという事は、それぞれ都道府県の代表になるに至るまで勝ち抜いたという事。
「一死二死、盗塁、刺す、殺す。野球は決して綺麗事だけが存在するわけでもなく、常に戦い続ける戦場です。」
米国の傘下にあった頃でさえ、「良し。」「ダメ。」などハッキリとしていたのである。
英語やカタカナがOKとなった時代、死や盗と言った言葉で表記されるようになり、それらは文字通り綺麗事では済まされない。
「そんな戦場で戦う敵が、今では各都道府県を代表する我々を、後押ししてくれる心強い仲間となってくれてます。」
それはどこでも同じであるが、自分達を倒した相手が優勝してくれるなら、自分達は実質2番目か3番目と言い張る事が出来るのである。
「代表として、各都道府県の声援という期待と励みを糧に、新たな戦場である甲子園で雌雄を決します。」
「今日は敵かもしれないけど、明日は仲間になる。それはこの後のU-18では仲間になってるという事です。」
「そうして我々戦士は互いを高め合い、時には敵として、時には味方として、全力で最期まで戦い抜く所存です。」
最後ではなく、最期であるのは八百のこだわりであったようである。
聞いてるだけではわからない、日本語の妙である。
「次の100年は既に始まっています。自分達が後に最高の大会だったと語られるよう、野球を楽しみます。」
「選手代表、埼玉県立桜高校野球部主将、八百謙士郎!」
可もなく不可もなくと思って八百は言葉を選んだつもりである。
それをどう評価するかは、聞いたものがそれぞれ判断する事。
ところどころ、球場からざわめきが起こったが、騒いでる者はいないため、可もなく不可もなくといったところである。
それこそ綺麗事だけでは宣誓は出来ないのだ。
正々堂々とか言ったところで、野球は八百の宣誓にあったように、死や盗の言葉、刺すだの殺すだのという表現もある。
試合とは戦場、球児とは選手ではなく戦士。何もあながち間違った事は言っていない。
綺麗事で済ますならば勝ち負けなど付ける必要はないのだから。
オリンピックが金メダルを取るために頑張るように、甲子園も優勝するためには他校を蹴落とさなければならない。
楽しんでるだけでは、試合には勝てないのだ。
時に厳しく、時に優しく。
練習も試合もバランスが大事なのである。
昭和時代のように厳し過ぎても、令和時代のように和気藹々過ぎてもダメなのである。
「まぁまぁの宣誓だったな。」
「まぁ鬼マネージャーの事があるからな、つい一死二死とか刺す殺すとかの文言が頭から離れなかったんだよ。」
「お前、恵の前でそれを言うなよ。多分俺にもとばっちりがくる。」
1時間の休憩の後、10時にプレイボールとなる。
選手達は一旦グラウンドから退場し、休憩と試合前練習の後に試合開始となる。
守備練習ではここでも埼玉県大会と同様恵がノッカーを務める。
普通に取れるボール、ちょっと無理しないと取れないボール、こりゃちょっと無理だろというボールを交えて上手いノックを進めていく。
内野の連携、外野の連携、内外野の連携を確かめていく。
ノッカーの恵を見た途端、スタンドからは大きな歓声が聞こえていた。
監督ではなく、女子部員が行う事がまだ珍しいのである。
ノックをする監督にボールを渡す役目であれば、これまでも数人が存在したが、監督もビックリなノッカーを務める恵はまだ珍しい存在であった。
女子が男子と同じ舞台に立てない以上、これが最大限一緒に戦える場なのである。
それでもまだ、ベンチには2人までしか入れないため、後輩である王と塩田はスタンドから応援という形しか取れない。
桜高校の三塁側アルプススタンドでは、大きな声をあげて応援の音頭を取るチアリーダーがいた。
そう、学ランを着た応援団長ではない。
チアリーダーである。
Aを引いた桜高校は三塁側で、Bを引いた大阪陰陽高校は一塁側である。
なお、先攻は桜高校で高校が大阪陰陽高校である。
「お前らー、戦士達を送り出す準備は良いかー!」
「おー!」
声と同時に太鼓の音が鳴り響く。
有志で募った応援団である。なお、交通費と滞在費は学校持ちである。現地での飲食代は個人持ち。もちろんお土産などもである。
夏休みの宿題、一部免除という確約もあった。
「それじゃぁテメーらの声をグラウンドに届けてやれ!」
「いいですとも!」
まるで全員で隕石を降らせる魔法でも使いそうなやり取りである。
チアリーディング部よろしく、衣装を身に纏った小倉七虹であった。
種田恵と双方を成す元ヤンのもう一人、絶対にミニスカートなど穿かないと思われている小倉七虹であった。
七虹の声に同調するのは、桜高校の生徒達、それに交じって一部桜高校に負けた埼玉県の他の学校の面々であった。
その中には水凪朱里、そしてその彼女と名高い女子マネージャーも混じっていた。
「ねぇ、めぐみ。俺達もここにいて良いのかな。」
「あっちの恵さんと小倉さんから直々に応援に参加してくれと頭下げられたし、別に問題ないんじゃないかな。ここまで来て今更何を言ってるのかな。」
後に水凪めぐみとなる山神学園・女子マネージャー、白銀めぐみである。
そう、桜高校の正二塁手・白銀環希の妹である。
「微妙に身内だしね。お兄ちゃんも出るし。本当に決勝戦は大変だったんだから。」
自分の通う学校は山神学園なので当然山神を応援していたのだが、一方で対戦相手は兄のいる学校。
埼玉県大会決勝戦は気が気ではなかったはずである。
そして恵とめぐみ、ふたりのMEGUMIが甲子園に集まっていた。
なお、チア衣装は塩田始め漫画研究部や裁縫部に属する一部コスプレイヤー達の手作り、自作である。
それを知るものは当人達しか知らない。
ただし、見る者が見れば、それが普通の衣装でない事は理解出来る。
ちょっとフリフリがついていたり、一部チアに猫耳みたいのがついていたり……
「バイトの延長だと思えばなんてことは無い。」
恵と一緒にメイド喫茶でバイトをする、応援団長兼チアリーダーである、元ヤン小倉七虹の言葉であった。
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