第93話 坊主と木製

「あははっ、あひゃやっ、あーはっはっはーなんだ真白、その頭ー。」


 予選中はスポーツ刈りだった柊真白。


 7月下旬、最後の学校練習に現れたのは、丸刈りにした柊真白であった。


 そして腹を抱え、ヒロインぽくない笑い声をあげる恵の姿。



「ん。やっぱり坊主の方が見てくれは良いだろと思ってな。テレビに映っちゃうわけだし。」


「だってほら、普段はパンツ視えそうなくらい短いスカートなのに、ベンチに入る時だけ女子マネージャーのスカート長いじゃんか。それと同じだよ。」


 確かに中継に移る女生徒のスカートは膝上ギリギリくらいが多い。


 普段がどうかはテレビを見ている者にはわからないが。

 


「だからっておまっ、そ、それは流石に……」


 真白は坊主にしたが、恵が大爆笑する程短いわけではない。


 マルコメ君みたいにツルツルにしているわけではないのである。


「1mmならそこまで短いとは思わないけどな。」


「普段からそうならなー。昨夏とか今夏の予選でさえ坊主にはしてなかったから、ギャップが……」


 

「俺も丸刈りにしたんだが、誰もツッコミしないんだな。」


 拗ねたような八百が、どうでも良さそうに呟いた。


 そしてその頭を、慰めるように撫でているのは、朝倉澪であった。


「拗ねない拗ねない。この触り心地の良さは私が分かってればいいだけだから。」








「なぁ、なんで木製バットで練習してんだ?」


 練習の帰り、朝倉澪の親が経営するバッティングセンターへと寄った数人の野球部員。


 真白の他に八百、白銀、壇ノ浦、朱堂、小倉、朝倉弟が寄っていた。


「俺も出番が少ないからな、ここらで付いてかないと影薄いまま終わりそうだから。」


 というのが朱堂の意見だった。


 そして木製バットで打ち込みをしているのは真白である。


「ん。ちょっとな。」


「あぁ、あの時のあいつの言葉が響いてるのか。」



「なんの話だ?」


 問いかけたのは、真白と澪に付いてきた恵。


「こいつさ、最後言われたんだよ、水凪に。」


 試合後の真白と恵の会話を盗み聞きしている八百は、その時の事は端折っている。



 あの時恵の言葉は後押しになったわけだが、きっかけは別にある事を八百は薄々気付いていた。


「『プロで待っててください。』って。だから柊の中でその先進路が見えたって事だろ。そういう事か。」


「水凪の言葉できっかけが出来て、種田の言葉で後押しされたって事だろ?」


 一人納得のいったような八百は、真白に問いかけるように言った。


 控室での事は盗み聞きしていた八百と澪を含めて当事者の2人と合わせて4人しか知らない事である。


「プロなんて元々頭になかったからな。俺なんてそんじょそこらにいるそこそこ出来る程度にしか思ってなかったから。」



「そこそこの奴が二刀流したり、150キロ投げたり、ノーエラーだったり、ホームラン打ったりは出来ないだろ。」


「ノーエラーはチーム全体だろ。球速や球質で言えば山田もだし、朝倉だって村山だって近いモン出してるし。別に俺が特段優れてるなんて全然感じないぞ。」




「まぁそうだな。なんでこんな万年1回戦負けの学校にこれだけの奴らが集まったと思うよ。」


 自虐的に八百が呟くが、その言葉には誰もが思っている事だった。


 桜高校野球部員だけでなく、近隣高校や他の強豪校も思っていただろう。


 埼玉県夏の覇者となった今となっては、それは事実である。


「八百との出会いは高校だけど、なんか良い奴だよな、八百って。」


 木製バットを振り続ける真白が、独り言のようにつぶやくが、その声はバッティングの様子を見ている八百にも聞こえていた。


「そういうのは照れるから言うなよ。まだ甲子園終わってないんだからさ。BL好きに聞かれたらめんどうだぞ。」


 

「私、一応謙士郎の彼女ではあるけど、そういう腐った展開は嫌いじゃないよ。むしろ好物よ。あ、そういやある程度残ったら夏コミ行けないじゃない。」


 朝倉澪は隠してはいるが腐女子である。


 2人増えた後輩マネージャーのうち1人は、実は隠れてダブル入部している漫画研究部絡みで引き抜いてきたのである。


 実は決勝戦が終わった後、既に真白と水凪のBL本を完成させているのである。


 たった数日で24p描きあげている。何がそこまで掻き立てさせたのかは本人にしかわからない。


 一応、18歳未満という事で過激な内容は含まれてはいないが……


 さらに、冬には時間があったため、既に夏の申し込みは完成してあり当選も果たしている。


金属バット本妻めぐめぐから木製バット好敵手水凪君に乗り換えた柊君……ネタになるわね。」


「なんか一部口元と声が一致してなかったような気がするが……」


 澪の独り言と八百のツッコミは恵には聞こえていなかった。


 真白に触発されて、何故か木製バットでバッティング練習をしている恵は、金属バット程綺麗な打球こそないものの、真白に劣らないくらいには打ち返していた。


「うーん。せっかく当選したけど、当日は誰か代わりに売り子して貰うしかないかな。」


 澪のつぶやきは誰の耳にも届いていなかった。 


 夏コミは11日と12日である。


 桜高校の初戦はこの時ではいつになるかわからなかったため、初戦敗退したとしても微妙な日付である。


 澪の中での代わり要員……漫画研究部との兼部でマネージャーをやっているコスプレイヤーの塩田糖子、若しくは他の部員、両親と頭が過っている。


 現実的に塩田は王と一緒にスタンドで応援要員となる事がほぼ決定している。


 塩田自身も自分のサークルがあったりするので、夏コミに参加出来る状況であったとしても頼むのは難しいため、現実的ではない。


「となると、両親か……」


 一抹の不安が過ぎる澪であった。


「両親の出会いも夏コミだったっていうしなぁ。」


 今でこそ堅実な両親であるが、結婚前は重度のオタクであった。


 偶然隣同士になったサークルの代表同士が、挨拶をしたのがきっかけだったと澪に語った事がある。


 父親が経営するバッティングセンターではあるが、収入がそれだけで一家が成り立つはずもない。


 母親にも当然稼ぎが存在するのだが、澪はそれを他人に話したことはない。






「やっぱり難しいな。綺麗に芯を捉えないとまともに飛んでいかないな。」


 既に3回目のコインを投入する真白。


 つまりは既に40球にチャレンジしたという事である。


「先……を見据えるなら木に慣れないと。」



「なぁ柊。別に今始める事じゃなくね?甲子園終わってからでも……」


 八百はそうは言うのだが、実際に真白がプロにアピールするには遅すぎるのである。


 ライバル達は既にプロを意識した練習を既に行っている。


 中学から名を馳せたような選手達は、とっくに木製に慣れる練習を行っていたりするのだ。


 守備練習にしても、土だけでなく芝で練習したりもしている。


 もっとも、そこまで出来るのは施設や設備の揃った学校や、個人で学べる者に限られるところもあるが。



 そして、真白がアピールするには1試合でも多く甲子園で爪痕を残さなければならない。


 甲子園で爪痕を残し、出来る事ならばそのあとのU-18日本代表となり海外と戦いさらにアピールするしかないのである。


 そして、世界大会は木製バットで行われる。


 日本が強豪であっても、U-18で中々優勝出来ないのは、木製バットに慣れてないからという面があるのは否めないのである。


 一昼夜の付け焼刃でどうにか出来るものでもないのだが、思い立ったが吉日という言葉もある。

 

 気付いた時に始めるのは悪い事ではない。


 


 そしてこの日、結果的に真白と恵は仲良く2本ずつホームランの的に当てていた。


「見事着床って感じだな。」


「えっちぃのはいけないと思います。」


「あまりHな事言うと、姉に嫌われちゃいますよ。」


 八百の呟きに白銀がツッコミをし、澪の弟、朝倉健太が追い打ちツッコミを掛けていた。




 そんな中小倉七虹の弟、小倉の打撃は木製に関わらず綺麗なあたりを連発させていた。


 シャープな打球という意味では、白銀、小倉が1・2番であった。


「俺達が引退しても良い後輩が育ってるな。」


 小倉の打撃を見ていて、出番の少ない朱堂が呟いていた。



 しかし忘れてはならない。3年が引退したら部員が足りないという事を。


 つまりは現状のままだと、秋の大会に参加資格がないという事を。


 近隣の部員が少ない学校との合同チーム以外に、現状桜高校の秋はないのである。

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