第86話 予期せぬ準決勝と、サイテレに撮られた抱擁

「なぁ誰がこんな展開を予想した?」


 それは奇しくも桜高校の初戦、華咲徳春戦でも囁かれた言葉である。


 先攻桜高校で始まった準決勝第二試合。


 第一試合は既に山神学園が古豪・隈谷商を相手に4-0で勝利を収めている。


 10時に第一試合が始まり、第二試合は12時50分から始まっていた。



 そして6回の攻防が終わり、ゲームは既に終盤戦へと入るところだった。


 初回に両チーム共に6点を取る6-6からスタート。


 昨年の接戦が嘘のような試合展開だった。


 桜高校の先発は村山弟、3点を失った後兄へと交代したが同じく3失点。


 2回からは朝倉が上がり、初戦に好投した塩原や3年の卯月を交えて6回までで10失点。



 一方の名門浦宮学院も先発した背番号11番が乱調で4失点、変わった18番、17番共に流れを止めきれず、初回6失点。


 2回以降は19番20番の選手が抑えたり打たれたりと失点を重ね、こちらも6回までに10失点。


 6回からは背番号1のエースがマウンドに上がっており、その6回は綺麗に3人で抑えていた。


「なぁ、点の入り方は違うけど、これ浦宮が春優勝した次の夏の甲子園一回戦の杜王育英戦みたいじゃないか?」


 試合を見ている者の中からはそのような声もあがっていた。


 あの夏は最終的に11-10で育英高校が勝利を収めている。


 


 

 7回もエースに三者凡退となり、その裏からは山田がマウンドに上がった。


 残り3回は投手戦となり、互いのエースが踏ん張って0を刻んだ。


 10-10で迎えた延長戦。


 延長11回表、真白から始まった攻撃。


 1イニング山田より多く投げている浦宮のエースは、初球が甘く入ってしまう。


 本日3度目となる対戦。先の2度の対戦は浦宮側に軍配が上がっていた。


 2度抑えてる安心感が油断を招いたと言っても過言ではない。


 また、3度目だから攻め方を変えなければという考えが浮かんでいたからかもしれない。


 結果的に初球が真ん中へと甘く入ってしまい、真白はそれを見逃さなかった。


 キィィンッと甲高い金属音が響くと、バットに反発したボールは高々と舞い上がり、綺麗な放物線を描きレフトの芝生席へと落下する。



 真白はダイヤモンドを一周しホームベースを踏むと、次打者からハイタッチからの尻に激励のビンタを貰っていた。


 そしてベンチ前ではハイタッチの嵐、そして最後にまさかの恵からの熱い抱擁が待っていた。


 そのまま背中をバシバシバシと何度も叩いて、「良く打った。流石クリーンアップ。流石主人公!」と周囲の視線も顧みず褒め称えていた。



「それを素の時にやれれば何か変わるのにね。」


 澪がハイタッチを終えベンチに座ると、冷静に呟いた。


「本当にソレな。あいつら、素に戻ったら茹蛸かカニみたいに真っ赤になるぞ。」


 澪に続いて彼氏でもある八百が続いた。


 勝ち越しの一打を放った真白と元ヤンマネージャーの恵を、桜高校ナインは密やかに撮影していた。



 延長11回裏、例によって真白が抑えのマウンドに上がった。


 勝ち越しアーチの勢いそのままに、真白は3人で抑え今度は捕手の八百と抱き合って勝利を歓喜し嚙み締めていた。





 この2チームを見て、弱小対甲子園常連校だと言う者は誰もいなかった。


 2年連続での所謂下克上。


 その試合内容こそ違え、非常に見応えのある試合であった。




 決勝戦は1日休養日を設けた7月28日に行われる。


 準々決勝翌日も休養日であり、高校球児の健康を考えての処置となっていた。


 


 決勝前日は軽めの練習で、後はミーティングを済ませて早めに切り上げられていた。


 帰りに自転車を漕いで、野球部の数名は隣町にある大衆温泉施設へときていた。



 寝転び湯で空を眺めながら身体の疲れを癒していた。


 下半身を放出し、背中や尻には温めの湯を感じていた。


「そういや柊、ちょっと気になってたんだけど、俺達が大人の階段上ってるのをなんで知ってるんだ?」


 準々決勝前、真白は会話を遮る時に「突き合っ……」という発言をしている。


 八百はその微妙なニュアンスの違いに違和感を覚えていたようであり、明日決勝を控えたこの瞬間に疑問を解消しようとしていたのである。


「二人ともそれとなくそういう雰囲気出してたじゃないかよ。」


 ラブラブカップルの微妙な変化というやつだろうか。


 経験者特有のオーラのようなものを感じとっていたのだろうか。


「あ、でも突き合ってるわけじゃないからな。俺はそっちの気まではないからな、」

 

 突き合ってる、だと双方が突いているという事になる。


 つまりはいつか流行りかけた「けつあな確定」というやつである。


「わかってるよ。お前らがえっちな関係って意味で言っただけだから。」


「お前、他人のそういうのには機敏なのに、自分の事には疎いんだからな、困ったもんだよ。」



「……仲が良いというのは否定しないが、俺達はそういうのではないだろ。」


「うわ、こいつ本気で言ってんのかよ。鈍感は好まれないんだぞ。」



「昨夏敗退した時、抱き合って泣いてるの知ってるんだぞ。」



「テメェ剛速球を顔面かその子孫の素が詰まったボールに当ててやろうか。」


「おっぱい以外を当てるなよ。」


 男子高校生の会話へと変貌していた。


 翌日決勝戦の緊張はどこかへ吹き飛んでいるようだった。



「というかな、お前ら公衆の面前で昨日抱き合ってたろ。全国中継……はされてるかわからないけど、サイテレでは放送されてるぞ、多分。」


 流石に夜の高校野球ダイジェストで抱擁のシーンは採用されてはいないが、カメラは確実に二人の様子は捉えていたはずだった。


「は?」


 ホームランの余韻か、勝ち越した余韻か、アドレナリンが分泌されていた影響か。


 真白の中では細かい事は一連の動作となっており、その一つ一つを鮮明には記憶していなかったようである。


 八百からのツッコミでよくよく思い返してみたら……そういえば抱き合っていたな、と。


「いや、お前が勝ち越しホームランで戻ってきた時だよ。」


「あ……」


 全てを思い出したのか、真白の顔は赤く染まっていた。


 それは決して夕陽や温泉のせいではない。


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