第80話 度肝を抜いたれ!

「大丈夫、大丈夫。鬼メ……鬼ノッカーの打球に比べたら、雨の中の試合なんて普通もいいとこだよ。」


 鬼メイドと言いそうになるのをどうにか堪え、鬼ノッカーと言い直すのはサードの守備についていた真白である。


 守備練習を終えた一同は、試合開始前の円陣を組む前に、1年生達に緊張を解すためにも言ったのである。



「おい、聞こえてたぞ。この金属バットが捕らえるのは白球ではなく真白のケツかもしれな……」


「めぐめぐ、女の子がケツとか言わないの。せめて桃尻……」


 軽いチョップで、女子同士のじゃれ合いのように澪が恵に言った。


「いや、澪。それもどうかと思うぞ。」


 間違えないよう、本体とキャップに名前の書かれたスポーツドリンクを飲んで、袖で口を拭いながらジト目で澪に向かって呟いた。




「と、まぁ。桜高校恒例の緊張を解す夫婦漫才4人組のおかげで、君たち1年生も多少は緊張が解れた事と思う。」



「まぁ名物っちゃぁ名物な気もするな……」


「当の本人達に聞こえてなければ、確かにそうですね。」


「そういえば、あのバックネット裏とかの報道陣はほとんど華咲あっちを見に来てるんだろうな。多分スカウトとかもいるんだろうね。」


「大学や社会人だけじゃなくプロのもいるんだろうなー。」


「高校野球大好き芸人とかもいたりして。」


「でも俺は多目的トイレにはいかないぞ。」


 思い思いの言葉を口にする桜高校の面々には、緊張という言葉から解き放たれているようであった。


 強豪校と戦うという事だけで普通は要らない緊張が付随するものだ。


 ただでさえ緊張するという場面で、更なる緊張が重なれば、ただでさえガチガチになりがちな弱小校はさらなるパフォーマンスの低下を自ら招きがちとなる。


 5回コールドだけは避けたいとか、エラーは一つでもしたくないとか。


 当たり前の事が当たり前のようにできなくなる。



「実質、他校は俺らの事ってさ。昨夏だけしか知らないわけじゃん?」


「そうだな。秋は出てないし、春は初戦で負けたからな。」


「同じ県内より、合宿とか共同でやった地方の方が余程知ってるんじゃないか?練習風景を見てるわけだし。」



「高校野球界の稀勢の里になってやろうじゃねぇか。」


 晩年になって横綱になり、あまり良いイメージは持たれてないが、かつての稀勢の里関は、数々の金星を挙げた事でも本来は有名である。

 


 円陣を組んで、気合を入れた後、両チームがホームベースの周りに整列していた。


 なお、吉田監督が選出した初戦のスターティングラインナップは以下である。



1番二塁 白銀(4)    3年 

2番左翼 村山翔登(しょうと(10) 1年

3番捕手 八百(2)    3年  

4番遊撃 壇之浦(6)   2年 

5番三塁 柊真白(5)   3年  

6番一塁 小倉(3)    2年 

7番中堅 小峰(8)    3年 

8番右翼 村山磊砥らいと(11) 1年

9番投手 塩原春乃(14) 1年  


控えメンバー

山田(1)    2年 投手 

朱堂(7)    3年 外野手

卯月(9)    3年 投手・外野手 

朝倉謙太(12) 1年 投手・内野手

奥津道吾(13) 1年 内野手



 括弧内は背番号。



 部活動での練習風景が完全に外部に漏れない事は不可能。


 それでも、春の大会までは入部していなかった奥津と塩原の二人は完全に秘密兵器的存在でもある。


 中学時代までのデータが存在するかもしれないが、大会二か月前に入部した選手はデータが揃い辛い。


 吉田監督の奇を狙ったオーダーだった。



「まぁ、奇は先発メンバーだけではないけどな。」


「強豪相手にどこまでごまかせるかってのも運を天にってのもあるし。」


「油断してくれれば儲けもの程度だけどな。」


「昨夏程の油断は期待出来ないだろ。これでも一応昨夏準優勝だし。パッと出のまぐれとまでは思われてないでしょ。」


「それでも昨夏が実力か?まぐれか?くらいでも思ってくれれば充分効果はあるよ。」


「色々な意味で度肝を抜いたれーっ!」


 主将の八百が掛け声をかけると……


「オーーーーーッ!!」×人数分


 最後に円陣を組んだ時の言葉である。


 恵と澪以外のマネージャーはスタンドからの応援のため、この場にはいない。


 それでも学校が陣取る席から、野球部の面々に向かって両手を握って祈っていた。


(筋肉と練習闇ドリンクは裏切らない。)


(上手くいけばみんなでバズれる。)


 などと心の中で思っている事を知らずに。


(お、我が弟は一桁背番号で先発メンバーか。)


 その隣で元ヤンメイドの小倉七虹の姿もあった。




 予選とは言えども、プレイボールの時にはサイレンが鳴る。


 プロも注目している華咲徳春の背番号1をつけたエースの初球。


 様子見に放った外角から内側へと入ってくるボールに、先頭打者である白銀は反応していた。


 度肝を抜くという意味で普段は行わないフルスイングで、白銀はその初球を思いっきり振りぬいた。


 そしてサイレンが鳴りやまないまま、放物線を描いた打球は、そのまま観客が座ってくつろいでいるライトスタンドの外野芝生席へ、「ボトン」と落ちた。


 普段はチームバッティングに徹している白銀の、公式戦初ホームランであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る