第81話 誰が予想した?
「なぁ、こんな展開誰が予想した?」
「去年のアレはまぐれじゃなかったって事か?」
そんな声がスタンドで観戦している観客達から漏れている。
4回表の桜高校の攻撃が終わった時点で2-0と桜高校がリードしていた。
初回の白銀の公式戦初ホームラン兼初先頭打者ホームラン。
4回表の柊真白のタイムリーヒットでの2点目。
エラーと四球は両チームともゼロでここまで展開されていた。
やはり情報の少ない塩原に対して、1打席目でいきなりアジャストするのは、いくら強豪でも難しかったのかも知れない。
ここまで被安打は2。既に二回り目に入っていた。
「ピッチャー交代のお知らせをします。9番塩原君に替わりまして、朝倉君。9番、ピッチャー朝倉君、背番号12。」
桜高校は早くも投手を交代の策を使用する。球数が多いわけでも、四死球が多いわけでも極端に打ち込まれているわけでもない。
しかしこれは吉田監督が最初に決めていた事であり、選手達も納得していた事である。
度肝を抜くには、金星を挙げるためには、普通にやっていては難しいという事。
それならば、余程悪くなければ先発を除き、それこそ毎回投手を変えていくという方針だった。
「気負い過ぎるなよ。」
「バックには鬼コーチに鍛えられてる俺達がいるんだからよ。」
「最初の塩原のように、打たせて取るで良いんだ。」
内野陣がマウンドに登った朝倉に声を掛ける。
中学でどれだけ場を踏んでいたとしても、夏の甲子園を目指す最初というのは緊張するなというのが無理な話だ。
朝倉の額からは冷や汗のようなものがタラリと落ちていた。これは決してこの暑さだけによるものではない。
「すんません。」
先頭を抑えて安心したのか、心に隙が出来てしまったのか、流石は相手は上位常連なのか、その後連打され1点を失った。
「まぁ気にするな。まだ1点リードしてるんだし。」
「そうだそうだ。情けない姿見せてると、そのうちマネージャーが、『あたしが出る』とか言いかねんだろ。」
「出れないんだけどな実際は。」
気落ちしかけている朝倉を、先輩を中心に励ましていた。
1点を返した事で、華咲徳春側のスタンドが一気に盛り上がりを見せていた。
強豪校との対戦は、相手だけでなく、スタンドの応援も敵となる。
自軍にとっては後押しをしてくれる頼もしいもの、敵軍にとっては冷静さを奪ったり相手を勢い付かせたりと強大な敵となる事を改めて思い知らされた。
5回裏は、朝倉をライトへ回し、ライトを守っていた村山磊砥がマウンドに上がった。
小中と投手と内野が主だった朝倉ではあるが、入学してからは外野も出来るようにと外野の守備練習もしている。
もちろんそれは他の選手も同様であり、投手リレーの間の他守備を徹底していた。
昨年は山田に頼りっきりで、隙間を卯月が担っている状態だった。
山田が一つ二つ頭が抜けているのは事実であるが、当然一人で全てを投げ切るのは不可能だ。
今年は中学時代に投手経験のあるものが複数入部してきている。
何を目的に弱小校に入学し、入部までしてくれているのかは、人それぞれだが、今年ならばこれまでの万年初戦敗退を払拭し、いいところを狙える中堅の位置くらいはいけるのではないかと、学校内の他の者たちも思っていた。
そんな投手リレーだったが、5回の村山磊砥が2失点、6回の村山翔登が1失点と、4・5・6回の1年生トリオで4失点を喫してしまう。
6回に翔登がマウンドに登った時には、ライトには村山磊砥が戻り、朝倉がレフトに回っていた。
一つの事件というか、珍事は6回表の桜高校の攻撃の時に起こった。
3番の八百にようやく安打が出て、浮かれているところで、壇ノ浦は惜しくもライトへの大飛球でアウト。
その後柊真白は2番手投手からセンター前にヒットを放ち、1・2塁となった。
そのヒットを放った際……
真白はファーストベースコーチャーの恵にバッティンググローブ等を手渡した。
撥ねた泥が顔についていたのか、その手渡しと同時に真白はタオルを受け取り顔の泥を拭った。
事件はその時に起きた。
高校野球を見たことがある人ならばそこそこは目にする機会があるだろう。
ありがとうという意味で背中を軽く叩くシーンを。
人によってはそれが尻だったりするシーンを見たこともあるだろう。
真白はやらかした。
恵の身長が女子高生にしては高い方だったのも災いしたとも言える。
ポンッと叩いたのが恵のお尻だったのである。
「な、何すんだテメーッ!」
恐らくは審判と近くにいたファーストどころかセカンドやピッチャーにも聞こえただろう。
驚いた恵が背中を向けた真白の背中にヤクザキックをかましたのである。
もはや恵は条件反射でケリが出ていたのである。
本来暴力行為はよくないのだが、審判も恵が女性である事、厳重注意はされたものの、それはどちらかといえば真白への注意であった。
3分程プレイが止まってしまう珍事ではあったが、華咲徳春は流石に百戦錬磨なのか、その後のプレーに影響はなかった。
ただ、リードを取る真白に対し、ファーストから「どんな感触だった?」というささやき戦術を駆使されていた。
「うるさいDT。」という真白の返しがあったが、それは自分もなので二度目以降はなかった。
その後は小倉、小峰と続けて倒れたため、無失点で終わってしまう。
そしてその裏、村山兄が打たれてさらに1点差を広げられてしまう事となった。
なお、この1打点は先ほどのファーストを守っていた選手によるものだった。
後にDT打法とか味方から呼ばれる事となる、可哀そうな選手であった。
「やっぱ、あのファーストの奴も蹴っておけば良かったか。」
当然ファーストのささやきは恵の耳にも入っていた。つまりはセクハラ発言をされてたことを実感しているのである。
しかし、流石に相手にそれをやったら退場ものであり、場合によっては没収試合となる恐れもあるので、澪を中心にやめて正解と言われる恵である。
そして7回表の桜高校の攻撃、8番村山磊砥に代わり、代打山田が送られた。
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