第79話 打てん中止……とはならないか。

「なぁ、明日雨天中止って事にはならないか?」


「まぁ俺達が打てん中止ってのはあるかもな。」


 野球部員の誰かが、曇天模様の空を見て呟いた。


 天気予報はこの後雨が降る予定である。


 夜明け前には止んで、日中は曇りの予定ではあるが。


 台風が運んできた低気圧は、弱小チームの台風の目となりうるか。


 


「あ、1試合順延で試合時間が昼に変更になった。」


 当初10:30開始予定が13:05予定へと変更となった桜高校。


 本番である甲子園時の、総合テレビと教育テレビの切り替わりのような時間である。


  


「帰りにモフって行こうぜ。」


「いや、身体を休めようよ。」


 翌日が運命の夏の予選所詮であるため、練習は早めに切り上げる事となった。


 ミーティングを密にし、想定した対戦相手のデータをもとにした実践的な練習である。


 そのため雨が降っているとはいえ、身体の事も考え17時前には解散となった。




「いらっしゃいませ、ご主人様♪お嬢様♪」


 

「お、おう。」


 マネージャーをやるようになってから、恵のバイトのシフトは減っていた。


 しかし、何の因果か試合前日にシフトの入っていた恵である。


 久々メイド恵である。


 いや、めぐメイドである。 


 あまりにも久しぶりにご主人様呼びされた真白は少し戸惑いを見せていた。



「お、嫁さんのメイド姿良いな。」


 揶揄を入れたのは八百でだった。その横には彼女でもある朝倉澪の姿もあった。


 恵がお嬢様と呼んだのは澪がいるからである。





「そういえば、柊。お前球速あがってたよな。」


 八百に言われた真白は首を横にかしげる。


 何のこと?どういう事?という表情をしていた。


「七虹ちゃんとチェキで。」


「あんた、真面目な話してたと思ったら突然なによ。」


 メニューを見て追加注文をする八百。


 それにツッコミを入れる澪。


「だって、めぐめぐ指名したら柊に殺されるもん、物理的に。」


「いや、俺が殺さなくても本人に殺されるぞ。」




 別のメイドがそんなスリーショットチェキと取り終えると、出てきたフィルムをひらひらと振って乾かしている。


 映像が鮮明となったところでご主人様たる八百の元に、チェキ写真が手渡された。


 ヤンキー座りをしてメンチ切っている二人のメイドに、両側から肩を組まれカツアゲでもされているのかという場面にしか見えなかった。


 可愛いだけがメイドさんではない、という良い見本ともなる一枚だった。


「明日応援に行くよ。恵もいるし、弟もいるからね。」


 小倉七虹の弟は新1年として野球部に入部していた。


 先発メンバーに選ばれるかはわからないが、ベンチには入るので応援に行くという事である。



「あ、ダブルヤンキーメイドスリーショットありがとうございます。」


 なぜか敬語でお礼をする八百。


 結局恵と七虹とのスリーショットに落ち着いた。


 冥途の土産にメイドはいかがですかとの営業トークに見事はまったのである。


 


「ん、まぁバックが大きいから気にすんな。」


 漢らしいメイド言葉である。バック……つまりは、チェキ等一部指名が入るモノに関しては歩合制となっているのである。




「なぁ、澪。今度……」



「着ないよ。」



「じゃぁ明日勝ったら……」



「……着ないよ。」



「今一瞬間があった!」


「う、うっさい。」


 澪は照れながら否定していた。


「八百……変なフラグを立てるな。」



「で、なんでお前もついでにスリーショット頼んでるんだよ、柊。」


「ん、まぁ。成り行き?それと、何となく頼んでおかないと何かが起きそう?」


 ねこみみメイド拳よろしく、真白の両頬にグーパンチをしている恵と七虹とのスリーショットチェキを撮る真白であった。


 もちろんこの構図にただ納得して撮影しているわけでもなく、「カシャッ」というシャッター音とほぼ同時に真白は動いていた。


 恵と七虹の脇へ、人差し指を「ツンッ」と突き刺していたのである。


「に゛ゃっ」


「んなっ」


 声と同時に両メイドの拳は真白の頬の深くを突き刺し、たこのような唇となった真白であるが、そこは自業自得。


 表へ出ろっという元ヤンキーメイド二人に詰め寄られたところで、店長が乱入という名の仲裁に入り両成敗でお開きとなった。  






「半神園芸さんなら良いグランドコンディションにしてくれるに違いない。」


「いや、そんなの無理だろ。」


「まぁ、グラウンドに土も入ってるし、ちょっとぬかるんだところもあるけど、試合は出来るだろ。一応この後曇り予報だし。」



 午前10時を回り、球場へ集合した桜高校の面々は、小雨が降る中グラウンド状態を見て呟いていた。


 既に第一試合も終わり、第二試合が始まろうかといったところである。


 第一試合は昨日順延した本来第三試合に組まれていたカードだった。


「昨日雨の中でも山神は勝ってるからな、それもコールドで。」


「今おしかけライバル水凪の事気にしても仕方ないだろ。」


 そういってポンッと真白の尻を叩いたのは、選手達と同じユニフォームを纏った恵である。


 かつてはベンチにすら入る事の出来なかった女子生徒が、ベンチに入れるようになり、記録員を務める事が出来るようになり、今ではノッカーや伝令、ファースト・サードのコーチャーを出来るまでに門戸が広がっていた。


 そのため、背番号はないものの女子がグラウンドに立つ事はある程度可能となっている。


 出来ないのは公式戦の試合に出場する事くらいとなっていた。


  

「では先にスターティングラインナップを発表する。」


 吉田監督がこれみよがしに自分をアピールし始めた。


「いや、せめて控室に入ってからにしましょうよ。」


 八百の冷静なツッコミにより、他校や観客にバレる事はなかった。 




 

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