第75話 新入部員

 新学期が始まり、初々しい新1年生達が先輩達に混じって登下校する姿が目立ち始めていた。


 桜高校という名前も相まって、桜が舞い散る通学路や校内各地。


 新1年生の歓迎会は既に行われており、その中で部活動の紹介も行われている。


 発表の場に種田恵の姿はない。


 鬼コーチとも称される彼女を見て、入部を躊躇われては困るという一部意見を取り入れる形となっていた。


 入部してしまえばどうせ露呈するのだから、先にメリットデメリット双方を示した方が良いという意見を押しのけての事だった。


 それでも入部する者は、真剣だって現れなのだから。


 1年生が入学してから1週間。仮入部も始まって慌ただしくなり始めていた。


 


「うーん。うちは閑古鳥だねぇ。」


 マネージャーである朝倉澪が呟く。


「まぁ、部活動の提出は20日までとなってるからな。早々に入部を決めてる1年もいるし。」



「うちはその早々に入部届けを出してくれた3人以降、全然来ないよねぇ。」


「出来れば15、6人くらいで大会に臨みたいもんな。」


 地球温暖化の影響もあり、夏の大会に関しては特に問題が色々と存在する。


 やれ熱中症対策だ、やれ疲労対策だと。


 高校生でも投手の分業制はかなり進んでいる。


 先発は3人、中継ぎは4,5人が当たり前になってきていた。


 その中継ぎ投手も野手からの兼任と、控え投手専任と様々だ。


 弱小校や部員の少ない学校は、その分業もままならない。


 桜高校に至っては、ほとんどの先発をエースの山田が担っている。


 たまに控えの卯月が先発をする事もあるが、山田に掛かる負担は大きい。


 弱小校にあっても体力強化を図り、どれだけ成長出来たかがこの春夏を左右する。


 そして、一番の強化となるのはやはり新入部員の存在である。


 もちろんそれはどの学校にも同様な事がいえるのだが……





「村山翔登しょうと、桜中出身、シニアリーグの浦宮ボーイズにも所属してました。ポジションはセンターと控えピッチャーでした。」



「村山磊砥らいと、同じく桜中出身、兄と同じく浦宮ボーイズに所属してました。ポジションは名前と同じライトで、控え投手も務めてました。」


 この村山性を名乗る二人は双子の兄弟である。


 兄の翔登は名前と違いショートではなくセンターを守る事が多かった。


 小学生の頃は名前と同じようにショートを守る事が多かったが、中学生になりシニアリーグに参加するようになってポジションを変更する事になった。


 弟のライトは小学生の頃からライトを守っており、たまにレフトやセンターを守る事があった。


 二人共控え投手を担ったのは小学生の頃であり、分業制が当たり前になった現代野球だからこそであろう。


 実際に複数ポジションがこなせるのは武器でもあり、将来を見据えれば猶更大きなメリットともなる。


 半面、そのポジションでのレギュラーを掴めなければ、スーパーサブ止まりとなってしまう恐れもある。


「朝倉謙太、桜西中出身です。シニアやボーイズリーグには所属してません。ポジションは投手、内野はキャッチャー以外経験あります。」


「あと、姉がマネージャーやってます。」


 朝倉の姉は、現マネージャーの澪である。澪本人から殆ど会話がないため、弟の話題が出た事はなかった。


 今更発覚した新事実である。


 なお、村山兄は右投げ右打ち、村山弟は左投左打、朝倉は右投げ右打ちである。


 これらが、早々に入部を決めた3人である。


 余談ではあるが、桜高校の卒業生の送別試合を観戦していたのは、この村山兄弟である。


 そして、入部初日からマネージャー兼鬼ノッカーである種田恵の洗礼を受ける。



「な、なんだこのノックは……」


「シニアでもこんなきつい打球はなかった……」


 村山兄弟が辛うじて漏らす事の出来た、率直な感想だった。


「流石に昨年ノーエラーを叩き出しただけはある……」



「あのイレギュラー打球の数々、狙ってやってるとしたら悪魔だな。」


「いや、神業だろ。」


 新1年の3人は思い思いの言葉を漏らしていた。



「多分、狙って打ってると思うぞ。」


「どうせ後で知る事になるだろうけど、お前らにはまだ優しい方だと思うぞ。」


「あ、あれで優しい方?」



「旦那である柊にはもっとえげつない打球が行くからな。」



「旦那って……」


「もっとえげつない打球って……」


 同じくノックを受けてる仲間から、柊真白と種田恵の関係性について説明を受ける1年の3人。


 マブダチ以上恋人未満、結婚間近鈍感バカップル、生真面目と元ヤン、


「あれでまだどっちも告白はしてないんだけどな、どうみてもラブラブバカップルなんだよ。」


「あ、こういう話は当人達にしたら殺されるぞ。主にマネージャーから。あのノックのバットが自分のケツにくるからな。気を付けろよ?」


「ノックのもっとえげつない打球だけどな?あれは愛情表現だと俺達は思ってるんだ。」


「小学生が好きな子にはいじわるするってやつがあるだろ?俺達はその一種だと思ってる。」


「あ、それももう一人のマネージャーの朝倉だけどな、キャッチャーでキャプテンの八百とデキてるからな?」



「マネージャーとのイチャラブを期待してるなら、新しいマネージャーが入ってこないと……俺達全員枠はないからな?」


 先輩達の言葉を聞いて、ゴクリと唾を飲み込む村山兄弟と朝倉であった。 





 とある野球ゲームのステータスというものに当てはめれば、桜高校の守備力はSSSとチート並みに高い。


 天元突破してSですら生温い程には鍛えられている。甲子園優勝校や常連の学校でさえ、大会を通じてノーエラーというのは難しい。


 昨年弱小ながらも県大会で準優勝したのは、決してまぐれではないという一旦である。


 チーム事情を知らない、他の地域の学校や、テレビやネットでしか観戦していない、結果だけしか気にしていない人には伝わらないものが、確かにそこにあったのである。


 守備から転じて攻撃に生かす。


 桜高校の野球はそれを体現しているのである。


 実際の野球でも、ピンチの後にチャンスが訪れることは良くある。プロ野球でもそういった光景はよくみかけるものである。


 そこで点に繋がるかは別として、得点のチャンスというのは何故かピンチを乗り切った後の攻撃に多いのが現実だ。


 失策をしないという事はそんな野球の妙な力を寄せ付ける何かがあるかもしれない。


 もちろんジンクスだけでどうこう出来るものでもないのだが、それを形にするだけの地力は備わっているのである。


 なお、守備力以外の他の項目はせいぜいC止まりである。


 中学時代に騒がれるだけの実力を持っていたエースの山田、4番の壇之浦がいたために、昨夏の大会前評価は万年Eランクにも関わらず、DやD+となっていた。


 秋の大会ではCランクに評価が上がっていたものの、出場する事は叶わなかったために、どの程度の実力かはわからないままだった。


 夏の勢いそのままなのか、元の通り弱小なのか。


 真価が問われるのは夏であるが、前哨戦ともとれる春季大会は秋に測れなかった実力の発揮場所でもある。




 春の大会に本気を見せる学校は少ない。新部員を含めた実力の確認と連携の確認等がどうしても最初にきてしまう。


 それもそのはず、4月に始まる大会なのだから、いきなり纏まったチーム力を見せるのは中々に難しい。


 


 約1週間の地獄の鬼ノックを体験した3人の部員は、まだ戸惑いを残してはいるがどうにかついてこれている様子だった。


 

「もう鬼コーチのノックに慣れてきたか。」


「これを普通にこなせるなら、試合での打球って優しく感じるようになるもんな。」


 もちろん恵は早い打球や際どい打球ばかりをノックしているわけではない。


 ただ、大は小を兼ねるとまでは言えないのが打球なのである。


 バント処理や切れそうな打球、様々な打球で守備を鍛えているのである。



「人工芝でもできたらもっと色々なノックが出来るんだけどな。」


 たまに恵が漏らす言葉である。心は完全に乙女でもヤンキーでもない、ただのコーチである。


   




 そして春の地区予選の組み合わせ抽選が発表される。


 桜高校の初戦の相手は2回戦からであり、東部地区最強の一角、華咲徳春高校だった。 

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