第74話 春休みの終わり

「水凪のやつ、やべえな。」


 柊真白は語彙力のない若者のような一言を呟いた。


 八百の家に集まった一部野球部員達。


 練習のないその日は、初戦と同様大きなテレビと冷暖房完備な八百家の一室。


「初出場初優勝なんて、夏の大阪藤蔭や春の愛媛上島東みたいだな。」


 八百が続いて水凪達の山神学園を褒め称える。


 同じS県でも、王宮工業が第40回選抜大会で達成している。


「春と夏が大変だな。近くはないから春の地方予選で当たる事はないけど。」


 真白達の所属する桜高校の地域は、東部地区大会に分類される。


 一方、水凪達の山神学園は地図的にはそれなりに近いが南部地区に所属している。

 

 かつての甲子園常連の浦宮学院や王宮東などは南部地区であるため激戦区でもある。


 東部地区も、一時期S県を浦宮学園と2強と称された、加須壁共栄や華咲徳春等も所属している。


 夏の大会で弱小フィーバーを叩き出した桜高校が上を目指す上で、乗り越えなければならない相手は多い。


 かつては浦学キラーとして名を上げた河口高校や白丘高校のような騒がれ方をしたのが夏の桜高校。


 決勝は間違いないだろうとの前評判だった浦宮学院を破った桜高校が注目を浴びたのは、S県としては大きなニュースだったのである。


 そんな桜高校を僅差とはいえ破った山神学園、ほとんどの試合を投げた水凪は、甲子園初出場にも関わらず注目を浴びた。


 その甲子園でも初出場初優勝を遂げ、一躍スカウトの目に晒される事となっていた。


「まぁ、そんな水凪と1点差ゲームをしたんだから俺達も随分出世したよな。」


「そこで満足したら次もまた初戦敗退に逆戻りになるけどね。」


 八百の言葉にマネージャーでもある朝倉澪がツッコミを返した。


 秋の大会を辞退せざるを得なかった事には誰も触れない。

 

 それをわかっているのか、先程から恵は口をほとんど開いていなかった。


「春は地区代表決定戦勝って県大会に出場したいな。」


 県大会に出場するという事は、夏の大会にシード校として出場する可能性が高いという事だ。


「まずは新入部員が何人か入ってくれないとな。」


 桜高校の新2・3年生は9人。誰か一人でも辞めたり怪我をしたら出場自体が危うくなる。


 時期が間に合えば合同チームとして出場する事は出来るが、県の高野連に提出するまでの期間を鑑みると直前では難しくなる。


「澪が色仕掛けをするしか……」


 彼氏でもある八百の発言に、件の澪は本気の肘打ちで八百を小突いていた。


「ナイスツッコミ!」


 崩れ落ちる八百を冷ややかなめで見つめる、真白と恵と白銀の三人。



「しっかし、一気にいったな。初出場だから勢いや世論も味方になったのもあるかもしれないけど。」


「春で爪を立てて、夏に引っ掻かないとだな。」


 物騒な事を言い出すのは種田恵。実に元ヤンらしい言葉である。




「進入部員かぁ。入るといいな。弱小校を俺が強くしてやりゅって……やるって気概の奴が来てくれると良いんだけど。」



「噛んだな。」


「噛んだわね。」


「噛みやがった。」


 八百、澪、恵と、順番に真白に対してツッコミを入れる。白銀だけは冷静にその様子を見守っていた。  

  



「最後の休みにみんなで花見にいって、そしたら後はいよいよ新学期というか新学年が始まるな。」



「あっ!」


 突然大きな声を上げたのは恵である。


「どうした?」


 返したのは真白。


「宿題……終わってない。」


 定期的に春休みの宿題の進行状況を提示していた面々であったが、自己申告ではみんな終わっているはずだった。


「恵……」


 ジト目で恵を除くのは一緒に宿題をしていた澪である。


「何が終わってないんだ?」


「自由研究。」


 真白が宿題の何が終わてないのか恵に問うと、恵はネタとばかりに自由研究と返答する。


「いや、夏休みじゃねぇんだからそれは嘘だろ。」


「あ、そうだな。今のはネタだ。数学がちょっとな。」


「英語じゃないんだ。」


 恵の返答に返したのは澪。恵が英語が苦手な事を知っているからだ。


 こればかりは自己申告通り、本当に一緒に宿題をやっていた時に終わらせていたようである。


「異世界の貴族令嬢が数学出来るってのが可笑しいんだ。お前らは現代日本人かってんだ。」


「創作の世界の話を持ち出されてもな。」


 元々はヲタクではなかったが、朝倉澪と友人となり付き合ううちに、種田恵はラノベや漫画という知識が入るようになっていた。


「じゃぁ花見の前に宿題だな。わからないところは教えてやるから……」


「そう思って実は持って来てある。」


 ドンっと鞄をテーブルの上に置くと、鈍器のような音が響いた。


「用意周到だね。てっきり柊君と二人っきりで勉強するのかと思ったのに。」    


 澪がその様子を見て呟く。


「それよりも今日の観戦と今度の花見が勝ったんだろ。柊はあれでもその辺しっかりしてるから、宿題終わるまでは娯楽は後回しにするし。」


 

 二人っきりではないが、残りの宿題を八百家で4人の監視の元終わらせる種田恵だった。


 真面目に宿題に取り組むその姿は、かつて中学時代に恐れられた人物には見えなかった。




 そして時は過ぎ、最終学年である3年生の1年間が始まる。

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