第72話 絡みつく腕と陰謀(ケーキ入刀と人気投票)

「あ、ツイてるぞ。」


 恵の右人差し指が真白の唇脇についていた白い生クリームを掬うと、そのまま自身の口に運びぺろりと舐めとった。


 恵自身は未だそれが間接キスになっているという事に気付いてはいない。


 気付いていれば、恐らくは真っ赤になり慌てふためき、生まれたての仔馬のようにガクガクとしているはずである。





 楽しそうにケーキを食べる少し前の話。

 

 ケーキ入刀の時の事である。


「これを切るのは罪悪感が生じるな。」


 恵のリアル野球盤チョコレートケーキもさる事ながら、澪の作った炎の守護神ケーキも、七虹が作った苺と桃のクリスタルエターナルタワーケーキも崩すのは勿体ないと思わせていた。


 

「別にゾット―の塔でもエウロパの塔でも呼び名は何でも良いんだけど。」と、製作の段階で七虹は恵や澪には伝えてある。


 とある有名RPGゲームに出てくるダンジョン名である。



「まぁ写真はたくさん撮ったから、そろそろ初めての共同作業……」



「それだと、誰がどの作品ケーキを作ったかバレて投票の意味なくない?」


 澪が先を促そうとすると、八百が冷静にツッコミを入れる。


「それも駆け引きの一つなのだよワトソン君。」


 澪が「チッチッチ。」と人差し指を左右に振るう。


「そのままかもしれないし、別のかもしれないし。っとまぁ多分組み合わせ決まらないと思うから、クジで決めようか。」


 続けて澪が提案を促した。何気に優柔不断な真白達なので、話し合いで決めようとしたら冷蔵庫から出したケーキが溶けてしまう。


 溶けたら溶けたで違う絵面が出来上がってしまうが、それは精神衛生上よろしくはない。



「一番聞きたいのは、これだけの食材……一体いくら掛かったのか?という点と、3人共無駄に芸術性が高いのは何故?という事だな。」


 八百がしみじみと呟いていた。





「さて、組み合わせにズルやインチキはございません。順番は男女共じゃんけんで決めた通りに引くと言う事で。」


 そして結果であるが……



 女性陣は自分が作製したケーキに行き渡る。


 

 実は澪による画策なのだが、これは公平にという言葉で誤魔化している。


 そして男性陣であるが、あくまで偶然を装い真白は恵と八百は澪と、白銀は七虹とペアになるようにしていた。


 真白が最初に引き、次に八百が引く。最後に残った白銀が引いて組み合わせ抽選会は終了する。


 細かい画策方法は闇のままだが、ギャンブラーというかディーラーに向いている感じのする澪の手腕だった。


 その方法は実に単純なのだが、協力者がいなければ成立はしない。


 その協力者は男性でなければならないのだが……クジを引く順番が物語っている。つまりはそういう事である。


 種も仕掛けもあるし、公平とは名ばかりの組み合わせ抽選会なのであった。



「ぷるぷる震えてるぞ。」


 一つのナイフを男女二人で握ってケーキにナイフを入れる。


 そして綺麗に六等分の花……六等分のカットケーキにするわけだが。


 一人で切るよりも難しいのは明らかである。それが男女の事になるとぽんこつになる恵で


 右利きの真白、左利きの恵。


 二人で1本のナイフを持つ。つまりは二人の手のひらが重なる。


 右手と左手のため、当然腕も絡み合う。ぽんこつ恵には刺激が強すぎるのだ。


 喧嘩の時にクロスカウンターを決めていた時には、何とも感じていなかった異性との触れ合い。


 毛が入ってはいけないと長袖である事が辛うじて理性を保てているのだろう。


 とぎこちなくナイフを入れ、すぅっと引いていく。


「あ、ぁ……あぁっ」


 その言葉は一体何に対してなのか。恵にしかわからない。


 震える手からだけでは情報が少なくもあるし多くもあった。


 真白と手のひらを重ねている事、腕が絡み合っている事、せっかく作った芸術ケーキが切られている事が惜しい事。


 何にしても随分と可愛らしい元ヤンもあったものだと、端から見ている一同は感じ取っていた。



「離せよ。」


 ナイフに直接手を握っているのは真白であり、恵はその上から覆うように被せていた。


 つまりは、恵が話さなければ真白もナイフから手を離せない状況であった。


 実際、伝わる手の温もりを名残惜しいと感じている真白であるが、ナイフを握ったままというのは危険である。


 やる事ケーキ入刀を終えたのだから。次にナイフバトンを渡さなければならないのだ。


「はぇ?」


「いや、ナイフ握ったままは危ないからさ。」


 恵は冷や汗を浮かべながら、首だけを動かし真白の方へ向いた。


「あ、その……緊張して固まっちゃったみたいだ。」


 真白は左手で恵の指を剥がしていく。恵は名残惜しそうにその剥がされていく指を見つめていた。



 真白は恵がせっかく作った誰かのケーキをカットしていく事が、勿体ない等罪悪感を感じて固まってしまったものだと解釈していたのである。



「いや~まだ食べてないけどご馳走様でした。」×4


 



「人の事茶化してたけど、いざやってみると緊張するな。」


「確かにそうだね。」


 八百と澪は真白達程ではないけれど、やはり若干ぎこちなくケーキをカットした。


 なお、震えながらも綺麗にカットされている当たり、真白達も八百達も流石といったところであろう。


 きっちり六等分されていた。




「じゃぁよろしく。」


「ん。あぁ。」


 八百達や白銀達はそれぞれ全員が右利きのため腕が絡み合う事はない。


 その代わり……


「膨らみを感じなかった。」と、八百は真白に漏らしていた事からもわかる通り、男子の背中と女子の胸が密着取材を開始する。


 男子にしては慎重が低い白銀と、女子にしては慎重の高い七虹の二人であるため、白銀の肩甲骨のやや上あたりで密着する。


 もう少し白銀が低身長で七虹がバレーやバスケ選手のように高身長であれば、後頭部でむふふ状態となっていたに違いない。


 先の二組程の緊張もなくスムーズにカットしていく白銀と七虹。


 二人の間に余計な緊張はなかった……わけではないのだが、クリスマスの時のマッサージ券行使で既に二人の相田には余計な緊張などなかったのである。




「どれも美味かったなぁ。3人共パティシエになれるんじゃないか?」


「そうだな。せっかく作った形を崩すのは勿体ないと思ったけど。」


「芸術の域だったもんね。切ったり食べたりするのが勿体ないくらいには。」


 3つのケーキは全てが6人のお腹の中に収納された。


 有名ケーキチェーン店のように甘さは控えめにしていたので、それほどしつこくはなかったと女性陣は考える。


 付け合わせのコーヒーもまたアクセントとなっているのも、しつこく感じない所以かも知れない。


「ブルーマウンテンなんて高いだろうに。」という意見もあったが、妙なところで妥協を許さない女性陣。


 マルマンじゃなければキリマン、キリマンじゃなければモカだと女性陣の間で話し合いが行われた結果の選択である。


 なんとも心がぴょんぴょんしそうなコーヒー選択と言えた。




 そして人気投票ならぬ作者当て投票が行われる。


 3人の男性陣はどのケーキが作者かを一つだけ書いて投票する。


 その時点で推して図るべきなのだが……


 本当に作者当てクイズならば、全てのケーキに対して誰が作者かと記入すべきなのだ。


 それが一つだけを当てるという時点で、それは人気投票みたいなものなのである。


 クジの協力者たる八百は趣旨を理解している。そして白銀は若干数合わせ的な事を理解しており、何となく察している。


 ただし、八百も恵が作製したもの以外は分かっていない。つまり二分の一の確率で澪が作製したケーキを当てなければ後で怒られる事だろう。


 半分外野な白銀は気楽にクジを楽しめる。



「結果を発表しまーす。」


 じゃらららららららら……どどんっ!と効果音を自らの声で付け加えて。



「おまいら全員結婚してしまえっ!」


 澪が男性陣が投票した紙を見て叫んだ。


 普段のマネージャーの姿からは想像出来ないが、意外にも熱い女……それが朝倉澪である。

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