第71話 芸術のバレンタイン
「ちょこあ?」
真白は恵の提案した事案に対して聞き返す。それに返したのは恵ではなく捕手で相棒の八百である。
「それは18禁ゲーム会社の略称か?」
しれっと高校生が知り得ない情報を口にしていた。
「いや、それはちょいあでしょ。」
朝倉澪はさらに秘匿情報で返した。
「チョコパ、チョコレートパーティの略でしょ。」
正式な返答をしたのは恵の中学時代の相棒である小倉七虹だった。
「野球部の一部しか誘わないのには何かの意図を感じるけどね。」
周囲にはあまり聞こえないように白銀が呟いていた。
野球部の練習が終わった帰り道、朝倉の実家のバッティングセンターでクールダウン中の会話である。
1月ももう終わりを迎え、一部の人間がそわそわし始める2月。
特に学生であれば避けては通れないこの季節。バンアレン帯……ではなくバレンタインである。
1年の頃はそういった事に意識のいかない野球部の面々であったが、山田達新1年が加入してから急激に変化をもたらした桜高校野球部にも、他の同級生と同じイベントを迎えようとするゆとりが生じていた。
「2月14日に、澪の実家のバッティングセンター横にある小屋でチョコパをしようというわけだ。」
恵がもう一度真白達に伝える。男性陣はその日が練習がない事を知っているため、互いに目を合わせた上で首を縦に振った。
「部活やってると、普段甘い物は中々食べないからな。たまには良いかも知れないな。」
「俺は澪の手作りが食べられるのなら。」
「僕が参加しても本当に良いのかな。」
真白、八百、白銀がそれぞれ参加の意を伝えた。
事の発端は女子3人で学校から帰宅していた時に発した澪の一言。
「めぐたんはチョコレート贈ったりしないの?」である。
澪は恵の事をめぐたんやめぐめぐと呼んでいる。最初の頃は寧ろめぐたんの方が多かった。
めぐめぐ呼びは最近になってからであるが、澪はその時の気分によって使い分けているようであった。
恵の返答は当然、生まれたての小鹿のようなカクカクとした返答だったのは明らかである。
そこで直ぐに拉致が開かないなと、女子が出した妥協案……
「チョコレートパーティでもすれば良いんじゃないか?特に仲の良い数人だけ集めて。」
助け舟をだしたのは小倉七虹であり、その案に乗っかる澪であった。
「じゃぁこの前の初詣のメンバー集合という事で。男子にはそれぞれ学校で伝えましょうか。」
澪は体よく3組のカップル(仮)でじれったい男女の後押しをしようと考えていた。
自分達はカップルだから良いとして、真白と恵を少しでも先に進ませようとバレンタインの話を振ったわけだが……
男子2人、女子3人ではあぶれてしまう七虹に申し訳がない。
そこで男子を一人増やすという案が浮上するわけであるが、そこは誰でも良いというわけではない。
七虹が却下を出さない人選をしなければ、七虹がパーティに参加する事はない。
七虹が参加すれば、ひよった恵もドタキャンなどをする確率が格段に減る事は容易に想像出来ていた。
幸運か不運かはさておき、七虹を引き留める役を担えるのは現状一人しかいない。
それが初詣にも参加した
単純に英字にするとシルバースターホープという中二心を擽る名前である。
澪の情報網がどのようになっているのかは不明だが、クリスマスの時の七虹のプレゼントが白銀の元に行った事を知っている。
そして白銀がそのプレゼントを行使した事も知っていた。
マッサージ合計60分。勿論練習後の強張った筋肉を解す意味合いであるが、白銀は七虹の手管を味わっているのであった。
誰もいない部室で白銀の嬌声が上がっているのを澪の耳は捉えているのである。(性的な事は一切していない。)
そんな白銀であれば、七虹の疑似彼氏くらいには認識しても良いだろうという澪の見解であった。
澪の中では七虹にとって恐らく一番仲の良い男友達である。
「それじゃぁ私は……」
七虹が退散しようとすると、澪は動き出す。
「逃・が・さ・ん。」
澪は恵と付き合ううちに元ヤンの七虹の扱いにも慣れているようであった。
七虹の肩を掴み、澪は七虹も白銀と仲を進めなさいと無言の視線を送っていた。
まんざらでもない事は初詣やマッサージの件で七虹は察していた。
そして2月14日当日。この日は監督が気を利かせたのか、若しくは嫌がらせなのか、野球部は練習がなかった。
そのため、真白達6人は朝倉バッティングセンターの横にある掘っ立て小屋の中にいた。
ここはバッティングセンターで働く従業員等が休憩で使う小部屋のようなものである。
最近はほとんど使用されていなかったため、清掃をして人が集まれるように施されていた。
キッチンだけではなく、シャワーやトイレもあり一人暮らしであれば、充分に生活出来るだけの環境は整っていた。
前日である13日の内に女性陣はこの部屋でそれぞれケーキを作製している。
材料はそれぞれで購入しているが、購入した店は同じである。
きゃっきゃうふふしながら買い物をしていたかまでは定かではないが、満足しているのは製作過程と
テーブルに並べられたケーキを見た男性陣は、それぞれ率直な感想を漏らす。
「スゲェ芸術……」
「これは切るのが勿体ないなぁ。」
「名パティシエ爆誕??」
そこには恵が作ったチョコレートケーキ……が主なはずの、リアル野球盤チョコレートケーキが鎮座していた。
ミニベースやミニバッターボックス、ミニマウンドにミニダイヤモンド。
内野の土のグラウンドに、外野の天然か人工かわからない芝。選手を思わせるミニ砂糖菓子選手達……もはや芸術である。
なお、カロリー計算等は度外視であるようであった。
他に、澪が作ったオーソドックスなリーフ舞うチョコレートケーキと、七虹が作った苺と桃のショートケーキも並べられていた。
ただし、男性陣は誰がどのケーキを作ったかまでは知らない。
製作者の発表は、全てを食べた後に誰がどのケーキを作ったか当てる投票で明らかになる。
当然女性陣の思惑はそこに含まれており、どのケーキが好きか……に直結されるようになっていた。
つまり、貴方が好きなケーキ(人)はどれ(誰)ですか?という裏投票なのである。
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