第68話 クリスマスプレゼント交換会は闇鍋
「監督の姿が見えないね。」
部員の誰かが言う。その言葉を聞いて他の部員も思い浮かべたりするが、夕食の後に監督の姿を見た物はいない。
せめて風呂の監督はしろよという状況であるが、誰かが思い出したかのように叫んだ。
「そういえば、奥さんの実家に子供達のサンタやってくると言ってたよ。」
つまりはもう一人の引率である種田聖子に全てを委ねて今頃は妻の実家でサンタの準備+土下座をしている事だろう。
「なぁ、誰だ?オ〇ホールをプレゼントに買った奴は。」
女子に見えないように、女子に聞こえないように誰かが小声で聞いていた。
真白はちらっとその様子を見たが、どうやら業界初!3つの〇〇に使える画期的な……と書かれているのが見えた。
真白も全くえっちな事に興味がないわけではないのだが、3つの穴が何処の穴?となり深くは考えないようにその場を後にした。
「兄貴の部屋に未開封新品で置いてあったから、ネタになると思ってくすねてきた。」
元の持ち主がこっそり白状していた。
他にも公には出せない薄い本とか、野球男子の深い深い友情を描いた濃厚な薄い本とかが出回っていた。
先程プレゼント交換会はあっと言う間に終わった。
椅子取りゲームのように、隣の人にドンドンプレゼントを流していき、音楽が止まった時に持っていたものが自分のプレゼントとなる。
小学生等がよくやる、ありきたりなプレゼント交換の手法である。
女子のプレゼントが女子に回らないように、間に4~5人は入るような配置でプレゼントは回されていた。
なお、件の野球男子同士の深い深い友情を描いた薄い本の作者は朝倉澪であり、自費出版で年に二回のイベントで発行されていた。今回のはその最新本でありまだ世の中には出回っていない。1週間もしない内にイベントで発売はされるのだが……
その薄い本は偶然であるが、彼氏である八百の元に渡ったのは誰にも内緒であった。
合宿部屋は1部屋5人程が寝泊まり出来る。
あまりに多い場合は格技場に大量に布団を敷く事になるのだが、野球部はそこまで人数が多いわけではないので部屋を使えるのである。
真白は部屋に戻ると自分のプレゼントの封を開けた。
「何故新巻鮭!これで誰かをぶん殴れって事か?それとも食べろと言う事か?」
しかし流石にナマモノをプレゼントにする酔狂ではなく、一応はぬいぐるみであった。
そのため撲殺も出来なければ、匂いで困る事もない。ただの可愛いか可愛くないかわからない新巻鮭のぬいぐるみである。
真白は冬用の運動着に着替え袋を持って部屋を出ると、軽くストレッチを始めた。
入浴後なので汗を流すような運動はしないが、練習で凝り固まった身体を解す事は忘れていない。
「あれ、真白。ストレッチか?手伝おうか?」
真白の目には何か包みを持った恵の姿が映る。
真白同様に運動着を着ており、ちょっと外出という雰囲気ではないのが窺える。
「あぁ、頼む。」
恵は真白の身体を押したり、腕を絡めて上体を逸らしたりしていた。
「なんか良い香りがするな。」
ストレッチで密着していたからか、当然のように互いの匂いというのは相手に伝わる。
ボディーソープやシャンプーの匂いが真白の鼻を擽っていたのである。
「なっ、なっばっ。」
「そりゃそうか。風呂の後だし。」
普通の異性同士であれば、この後気まずい雰囲気にもなるのだろうが、鈍い傾向にある真白が気の利いた言葉を話す事はなかった。
ただただ恵が赤面しているのだが、暗闇がそれを綺麗に打ち消している。
一連のストレッチを終えると恵は再び包みを手に取った。
「……なぁ、秋の事は申し訳ないと思ってる。」
「ああぁあぁもうっ。そうじゃない。だからほら、その……クリ……クリスマ……だから受け取れ。受け取らないなら……」
照れ臭さからどもってしまう恵であるが、その先の言葉を恵が口にする前に真白の手が動く。
「あ、あぁ。ありがとう。」
受け取る時に少しだけ手が触れるが、互いに高揚しているせいか感覚が鈍っているようであった。
「それでだな。これは俺から頼りになるマネージャーに。」
後ろに置いてあった袋を取り出し、真白はお返しとばかりに恵の前に差し出した。
「じゃないな、俺から恵に。」
その先のクリスマスプレゼントという言葉は言葉に出来ない真白。
照れくささからか、それが精一杯のようである。
真白と恵から少し離れたところで何回か発光現象が起きていた。
稲光のように不定期に。
「なぁ開けていいか?」
真白が恵に問うと恵はそれを否定する。
「家に帰ってからにしてくれ。」
「わ、わかった。それならそれも合宿が終わって家に帰ってからにしてくれ。」
妙な協定が結ばれた。二泊三日なので帰宅は26日となる。
「世話が焼けるな。どうせ二人して家で包みを開けて悶絶するんだろ?」
「そうだね。私達が何も知らないと思ってるんだから……お可愛いこと。」
この合宿についてきた小倉七虹とマネージャー朝倉澪の二人は、植木の隙間から顔を覗かせ呟いていた。
「似た者同士よねぇ。姉である私まで誤魔化せると思ってるんだから……お可愛いこと♪」
さらに後ろから引率の種田聖子が顔を覗かせていた。
その視線には数メートル先の柊真白と種田恵、身近の朝倉澪を交互に行き来していた。
朝倉澪の手には自身で購入したものとは違う包みを抱いている。
それは真白や恵とは時間と場所を変え、八百から貰ったものだと分かる包みであった。
「そういえば私がネタでプレゼントに仕込んだ新巻鮭、柊君の元に行ったみたいだね。」
最後に爆弾をもう一つ投下する恵の姉、種田聖子であった。
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