第67話 合宿と言えばカレー

「あー終わったー」


 12月24日16時半。


 空は既に暗くなり、グランドのライトがなければ白球は追えなくなる時刻。


 グラウンドでの練習が終わり、グラウンド整備が終わった野球部員は引き上げて行く。


 学校としては大きくはないものの、部活動が合宿出来る施設があったり炊事をしたり出来る設備は整っていた。


 それはちょっとしたキャンプ気分も味わえる。申請さえ通れば夏に打ち上げない花火ならば可能でもあった。


 トンボ等整備道具を片付けた野球部員達は一旦着替えてから夕飯へと向かう。


 旅館と違い待ってれば勝手に出てくるというわけではない。

 

 前日に購入して保管していた食材を使い、マネージャーが時間を計算して夕飯準備を整えていた。



「おっ、良い匂い。」


 部員の誰かが出来上がった夕飯の匂いを嗅いで呟いた。


 集団食事の定番、カレーである。


 なお、このカレーであるが……


 甘口、中辛、辛口、激辛の4種類がある。



「あ、俺4種類を東西南北に分けてかけてくれない?」


 上下左右ではなく東西南北と言ったのは2年生の朱堂だった。

 

 甘口の列から順番に並んで全ての辛さのカレーを掛けていた。




 全員の食事が行き渡ると、食前の挨拶を済ませる。


 食事が始まるとそこは男子高校生達、あちこちで喋り声が聞こえてくる。




「監督、奥さんのおめでたおめでとうございます!」


 部員の誰かから監督の個人情報が露出する。


 そうは言っても2学期の間に生徒には知られている事なので今更である。


 監督の妻は二人の子供を連れて冬休みを期に実家に帰省していた。


 正月に行こうとしていたが、出産日が近い事もあり誰かの元で安心を得たいという事だった。


 過去二人の子の出産時も同様に実家に帰っている。


 つまり、監督はこのクリスマスや正月は妻の実家に行かなければひとりぼっちなのである。


 しかし妻の実家に行かなかったのは、ちょっとした喧嘩中だったからである。


 生まれてくる3人目の子の名前決めで揉めただけなのであるが、引くに引けず……


 男なら羅威庵ライアン、女なら恵理漸可棲エリザベスを提案していた。


 ちなみに監督自身も妻も順日本人である。



「あと、合宿終わったら土下座しにいってくださいねー。」


 ちなみに実家はすぐ近くにあったりする。


 余談ではあるが、合宿中夜中に抜け出し二人の子供のサンタにはなる予定なのである。


 そのために保険医(教員免許はある)が合宿に付き添っていた。


 種田恵の姉、種田聖子である。


「彼にだけ肉を多くよそってるように見えたけど?」


 恵の後ろから小さな声でささやき戦術を魅せる姉聖子。


「にゃなやぁっ。そそ、そんな事は。」


 言葉に詰まって驚いて赤面をしていた恵の姿を見れば、態と肉多めにしたのは明らかである。


 小学生に多いが、どうしても肉多め=特別感というものが存在する。


 つまりは恵の脳は小学生男子のものと酷似していた。


 なお、柊真白は偶然か狙ってか、恵が担当していた辛口の列に並んでいた。


 甘口=種田聖子、中辛=小倉七虹、辛口=種田恵、激辛=朝倉澪という配膳係となっていた。


 あくまで配膳だけなので、そこに至る過程は女子全員で行っているので、誰の愛が詰まってるなどといったことは全く存在しない。


 そして、小倉七虹もまた臨時の手伝いで合宿に参加していた。


 当人同士は誰にも語ってはいないが、小倉七虹の弟も野球部員なのである。


 この場で知っているのは、付き添いとして参加している大人達、教員である吉田監督と種田保険医の二人だけである。


 どうもMっ気のある男子が一定数いるのか、七虹の臨時参加はあっさりと承諾されていた。


 鬼コーチ兼マネージャーである恵が二人いるようなものなのだ。




「こういうのも悪くないな。」


 カレーを作っている時に漏らした七虹の言葉であった。




「夕飯の片付けが終わったら班分けした通りに入浴な。なお、女子側を覗いたりした奴は一発退部なので気を付けるように。」



「女子達に覗かれるのはアリですかー?」

 

 部員から声が上がる。


 女子達から鋭い視線が声を上げた男子に突きつけられる。その視線を浴びて何故か少し悶えていた。


「その場合も男子側と同じ罰則がるので安心しろ。」



「同性同士の場合はどうなんですかー?」


「一緒の風呂に入ってたら目に入るんだから不問とする。ただし、違う班については同じ処罰とする。」


 ジェンダーにも気を遣わなければならないのだ。


 教師が把握している限り、桜高校に申請している生徒はいない。


 しかし何がきっかけで本当の自分に目覚めるのかはわからない。


 夏の遠征でもそういった話は上がってきていないので、桜高校においては異性にだけ気を配っていれば問題は起こらないと想定していた。



「全員の入浴が済んだらぷちクリスマスパーティを開催するので、21時には集合するように。」


 合宿の持ち物の中にプレゼント交換会用の一品も持参する事となっていた。


 合宿漬けだと生徒も鬱憤が溜まってしまうからという計らいだった。


 普通の過程はサンタが来たり親だったりとプレゼントを貰ったりケーキを食べたり、ティキンを食べたりするものである。


 それを奪ってるのだから、監督としてもちょっとしたイベントを用意しなければいけないと考えていたのである。



 



「流石にレギュラー陣はそっちもハンパないな。」



「それ、夏の時も言ってなかったか?」



 男子風呂からはそんな声が上がっていた。




 一方その頃女子風呂では。


「誰一人として大きいのがいない。良いのかこれで。」


「喧嘩しなくて良いんじゃない?」


「大小の問題か?喧嘩したり野球したりするのに邪魔じゃないか?」


 七虹が問いかけ、澪が流し、恵がさらなる疑問を返した。


 女子は女子でやいのやいのと入浴を楽しんでいた。




「大きさチェックと言う名の、揉み合いとか感度チェックが出来ないじゃない!」


 3人の女子生徒に混ざって一緒に入浴していた、引率である種田聖子23歳の言葉だった。


 

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