第66話 買い物

「これで合宿の買い物は終わりか?」


 恵は澪に問いかけた。澪はメモ帳を確認しながら購入した品物のチェックをしていた。


 主に野球用品と二泊三日の食材である。


 足りない食材は再度その時に買出しに行くという事になっていた。


 運動部男子の食欲はその時になってみなければわからない、計り知れない要素があるためだ。



「さて……私達にとってはこれからが本番。めぐめぐのクリスマスプレゼントを探すよ。」



「ん?柊が欲しそうなモノを渡せば良いんじゃないか?ラッピングした恵とか。」



「いや、柊君も中々に鈍感だし恥ずかしがり屋だからね。そういうのは逆効果だよ。そういうのはきちんと付き合ってからじゃないとね。」


 恵には聞こえないよう、小声で澪は七虹に返した。


 先程も部の備品として立ち寄った野球用品店を廻る。


「新しいグローブやバットは現実的ではないかな。」


 バットはともかく新品のグローブは馴染むまでは堅くて捕球し辛いのである。


 秋の大会に出場出来なかった桜高校は、春まで公式戦はない。


 練習で馴染ませるには時間はあるのだが。



「そういや中学時代からずっと使ってるって言ってたぞ。」


「確かに手入れはされてたけど、年期は入ってたように見えたね。」


 いつ聞いたのか、恵が真白のグローブ事情を説明すると、澪が思い出したように答えた。


 七虹は殆ど見ていないので答えようもなかった。


「へぇ、こういうのもあるだな。」


 七虹がとあるグローブの前で立ち止まる。


 そこには刺繍で文字が刻まれたグローブが見本として置かれていた。


 プロ野球選手の中にも「一球入魂」の文字や名前などを刺繍している選手は存在する。


「車にラッピングすると痛車と言うけど、グローブに名入れラッピングすると痛グローブって言うのか?」



「さぁ?」


 恵の問いに首を捻りながら七虹が答える。隣の澪も同様であった。



 ぐるぐると店内を廻り、実用性のあるものを探す。


 一つの商品を手に取り、恵はレジに向かう。


 あれこれ考えても決められないと悟ったのか、グローブを手入れするドロースを贈る事に決めたのだった。


 他にも手入れ用のブラシとクリーナーの役割を持つローションも一緒に持っていた。




「ねぇ、その包みは何?」


 

 恵が選んだドロースやブラシはグローブの手入れに欠かせない。


 そして先程購入したドロースとは別の包みを恵は受け取っていた。



「内緒。というか、私も自分の練習用をと思ってな。」


 ユニフォームを除き、夏の合宿で試合に出た時等のグローブ等は野球部の備品であった。


 もちろん洗濯・洗浄しているから汚くはない。


 それにしては包みが大きいし二つも?という疑念を澪は胸の奥にしまう。



 会計を済まし、数歩先を恵はある気出す。


(いつかのお礼にと思って、前に来た時に名前入りグローブをオーダーしていたなんて言えない。)


 恵は購入した袋を胸の前できゅっと抱きしめた。その様子だけを見れば普通の乙女である。


 心の中の言葉とは裏腹に、笑みが漏れにやけ顔の恵の姿は誰にも見せられないものとなっていた。


 正面にいない七虹と澪はその様子を見る事はなかったが、足取りの軽い恵の姿を目視していた。




「なんでマフラーとか手袋とか冬の定番ものにしなかったんだ?」


 恵の数歩分後ろを歩く七虹と澪。柊真白へのプレゼントに対しての疑問を七虹は澪に訊ねた。


「そういう恋人や片思い定番の当たり前のモノにしたら、めぐめぐが柊君に渡せなくなっちゃうでしょう?野球用品なら渡し易くなるし、柊君も受け取り易くもなるでしょ?」



「あぁ、なるほど。どっちも鈍感だし恥ずかしがり屋だもんな。」


「実用性と贈り物の両方を兼ねた良い案でしょう。」


 七虹は中学時代から恵の事を知っている。異性っ気はお互いになかった。


 色恋沙汰なんて軟弱者のするものだと、硬派を気取っていたせいもある。


 実際は降りかかる火の粉を振り払っていたら、女ツートップ番長みたいになっていたのだが、本人の気質さ性格も当然番長に至るには加味されている。


「元ヤンキーだって恋愛に溺れても良いと思うんだけどな。」


 隣を歩く澪にも聞こえない声で、恵の背中を見て七虹は独り言を漏らす。

 


「そういう小倉さんに春はないの?」


「その言葉はそのまま返すよ。」


 ウフフフフという乾いた笑いが商店街に響いた。


 捕手である八百との交際は、まだ黙ってる事にした朝倉澪である。

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