第52話 夏合宿福岡編⑧「監督、中州行くってよ。」

 「ゲームセット!」


 「っしたっ!」×両チーム


 一同礼をして自軍ベンチに戻る。

 その後整列して相手ベンチに向かって一礼をし、ギャラリーに向かってさらに一礼する。


 「面白いもん見れたっちゃ。」

 それは他県のダークホースと成りえそうな桜高校の存在か、それとも女子で試合に出ていた恵の事か。

 外野の目は色々な収穫を得て散っていく。


 

 ベンチ内に戻ろうとしたところで、岡田がやってくる。


 「その、すまん。本当に狙ったわけではないんだが……」

 そう声を掛けてきて頭を下げている。


 「ん?いや。別に気にしてないぞ。寧ろ綺麗にミートされた方がショックだわ。」

 真白は素直に岡田のバッティングを褒めていた。


 「そう言って貰えるのは助かるが……いや。すまん。態とではなくても危なかったのは事実だ。投球の時も含めて申し訳ない。」

 再び頭を下げる岡田。



 「それも気にすんな。おかげでサイクル打てたんだし。」


 「グっ……それを言われるときついな。」


 真白は右手を差し出す、握手をするためだ。


 「良い試合だった。」


 「そうだな、センバツか神宮、夏で対戦出来ると良いな。」


 秋季大会に残ると大抵の地方では2位までがその地域の大会に参加できる。

 埼玉で言えば関東大会、福岡で言えば九州大会に。


 そこで優勝すれば秋の明治神宮大会に出る事が出来る。

 この明治神宮で優勝した地域にはセンバツでの地域枠が一つ多く与えられる。


 県も地方も違う両校が公式戦で当たるためには明治神宮大会かセンバツ、または来年の夏の甲子園しかチャンスがない。


 「その時はもう負けないからなっ。」


 「こっちだって負ける気はねーよ。」

 腕と腕をゴンとぶつけあって二人は別れた。



 「あれが漢同士の暑苦しい友情、武闘派のガンダムでいうところの拳と拳握り合って~てやつね。」

 澪の目が腐っていた。


 翌日北九州市に向かうと、今度は監督の母校と合宿最後の練習試合が待っていた。

 その翌日1日は自由行動を行い明後日の朝の新幹線で関東に戻る。


 弱小校なのに随分と豪華な夏合宿である。


 

 

 「思ったほどヤンキーっぽくないですね。」

 部員の一人が言う。

 

 「馬鹿野郎、いつの時代の話をしてるんだ。ヤンチャだったというのは否定しないが、いつまでもそのままなはずなかろう。」

 監督が現代の学校事情を説明した。


 監督の母校、豊〇学園。

 全国中等野球大会だった豊〇中の頃に、二度程甲子園出場を果たしている。

 豊〇学園になってから一度出場を決めた事があるが、不祥事で結局出場は叶わなかったという事がある。


 近年は一回二回勝てるかどうかまで来ていた。

 夏の大会以前の桜高校と同じか少し上というレベルである。



 豊〇学園は門司駅から徒歩で20分程度のところに学校はある。

 すぐ傍には戸ノ上神社があり、目の前は大きなカーブとなっている。


 一時期は門司のヤンキーが通う学校というイメージがあったが、現代ではそれは払拭されている。


 豊〇学園戦のオーダーはこの通り、前回から3番と8番が入れ替わっている。

 そして先発は卯月スタートだった。山田の中継ぎ能力を試すという意図もある。

 

 1番二塁 白銀 2年 右両

 2番左翼 朱堂 2年 右右

 3番一塁 種田恵 2年 左左

 4番遊撃 壇之浦 1年 右右

 5番三塁 柊真白 2年 右右 

 6番右翼 小倉 1年 右右

 7番中堅 小峰 2年 右右

 8番捕手 八百 2年 右右 

 9番投手 卯月 2年 右右 


 監督同士が友人という事で執り行われた練習試合。

 本来のレベルを考えれば同レベルで良い練習相手でもあった。


 卯月は6回を1失点、7回8回を打者6人山田は完璧に抑えた。

 打線は前の試合を考えると思いの外振るわなかったが、9回表までに10得点を挙げていた。

 9回裏には真白が登板し、3人で見事に抑えた。


 こうして合宿練習試合の全てを終えた。

 

 そして恵は何故か豊〇学園の数人から「姐御」と呼ばれていた。

 他の学校の練習試合でも見せたノックやら掛け声やらツッコミやらが、彼らの琴線に触れる何かがあったのだろう。

 相手は試合には負けたけれど得るものがあったようだ、別の意味で。



 監督同士は夜、こっそりと中州へと消えて行った。

 その様子を見てしまった部員は、奥さんに言ってやろうか真剣に考えていた。


 なぜその部員は知っているのか、流石に店までは行っていないが同じ鹿児島本線を南下していたからこっそり後をつけていたからである。

 その部員は少し博多の街をぶらついて宿泊先のホテルに戻る。

 例の焼き鳥の皮で有名なお店で皮等を食べたいだけだった。


 18時にホテルの夕飯を食べたばかりなのによく焼鳥を食べられるものである。

 移動に1時間かかるとはいっても……


 往復+飲食時間を含めて2時間半経過してもまだ監督は戻ってきていない。

 監督が戻ってきたのは日付が変わるかどうかの深夜であった。





 「明日、門司港の街を見て回らないか?」

 

 夕食を取り、温泉に浸かり、湯あたり処のマッサージチェアに座りながら真白は尋ねた。



 「何だかんだ、労ってもらったり後押しして貰ってるからな。その礼だと思えば良い。朝倉や八百も誘おうと思ったけど用事があるらしい。」

 それは二人の計画なのだが、それを真白が知るはずもない。


 「ん、あ。そ、それって……」

 それってデート?と聞き返す事の出来ない恵。

 前日はサイクルを放った時に抱き付いておきながらも。


 「まぁ二人で出かけると他の部員がどう思うかはわからないけど、あいつらはあいつらで遊びに出掛けるだろう。先輩後輩もあるだろうし。」


 「あ、あぁいぃぃいいぃいいぃぃい、良いぞ。」

 恵はマッサージ機に揺られているのを良い事に言葉のどもりを誤魔化していた。


 「じゃぁ朝食の後9:30にホテルのロビーに集合な。」



 部屋に戻った真白と恵は、約束の事を思い出して悶々とし、結局眠りについたのは深夜遅くであった。



 「恵……目が充血してるけど?」

 翌朝目覚めた澪が浴衣の開けかけて少し見えてしまっている恵を見て尋ねた。


 「な、なかなか眠れなかった……」

 真白との約束の事は澪に話していた。

 もし起きれなかったら起こしてくれとも頼んで。

 幸い二人共目覚まし通りに起床しているけれど、恵の睡眠時間は少ない。

 真白との二人でのお出かけに緊張してしまい、中々眠れなかったのだ。


 「全く……意識し過ぎよ。気楽に考えれば良いのよ。バッティングセンターの時は自然だったじゃない。」


 「それはそれ。これはこれ。勉強や試合とは違うんだよ。ででっ出掛けるなんて水着以上に緊張するっ。」


 「元ヤンのくせに純情なんだから……」



 「あ、この前買った勝負下着は身に着けて行きなさいよね。何もなくても気持ちの問題だからね。」

 水着選び以外に、澪は恵を誘って買い物に行ったりしていた。

 その時に選んだ勝負下着……所謂ギャップ萌えというのをコンセプトに共同で下着を選んでいた。

 普段の男勝り口調からは想像もつかない清純そうな下着をいくつか見繕い、購入していた。

 


 「ひゃっ、ひゃいっ。」



 時が経つにつれ、ぽんこつヤンキーと化している恵であった。

 本当に中学時代、自校他校問わず恐れられていたのか怪しいくらいには。



 澪に促され、恵は温泉に連れていかれる。

 例の勝負下着を持って。

 

―――――――――――――――――――――

 夏合宿編は終了です。

 あとは夏・デートです。

 男女二人で出かければそれはデートです。

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