第50話 夏合宿福岡編⑥「サイクルヒットとぽんぽん」
練習試合は山田の好投もあり、事前の予想を覆し4-1で桜高校がリードを奪ったまま5回の攻防を終了した。
得点こそ4点で少ないが、桜高校の残塁は多かった。
白銀と柊真白は既に猛打賞を放っている。
3回に白銀が二塁打を放つと2番3番と倒れるが4番壇之浦は四球を選び1・2塁。
柊真白に対して村田が投じたフォークは落ち切らず、上手く掬い上げられ右中間を破る二塁打で4-0とリード。
4回に種田恵、白銀とシングルヒットを放ち、二人の間の山田は四球を選んだが外野の返球が良く、種田恵はホームを狙う事は叶わず満塁。
しかし白銀の後続が倒れ無得点。
5回表は3番4番と惜しい当たりこそするものの好守に阻まれあえなく二死となり、柊真白の当たりは左中間を綺麗に破りクッションボールが野手のいない方へと転がったため三塁打となる。
6番小倉は四球を選ぶも、7番小峰は変化球を引っ掛けてショートゴロに倒れて無得点。
ここまで打点は柊真白2点、種田恵2点と、何かの神様が狙って仲良く同じ成績にしているかのようであった。
安打にしても白銀3安打、柊真白3安打、種田恵2安打と他の野手陣は四球を除き塁に出ていない。
5回裏、少し変態発言のあった5番ファースト岡田が山田のスライダーを捉え、推定レフトスタンドへ放り込むホームランで1点を返した。
監督は現状を理解していた。
元々弱小校であり、未だに抜け切れてはいないが、心の支えでもあった3年生の抜けた穴、この試合明らかに不調の4番壇之浦はまだ1年生。
補強ポイント、修正ポイントは監督には見えていた。
同じ1年の山田はこれまで強豪校を本塁打1本に抑えている。
この後崩れなければ監督の中で文句なしの合格点であった。
6回表先頭の種田恵は右中間満々中を破る2塁打を放つ。これで柊真白は本塁打、種田恵は三塁打を放てばサイクルヒット達成となる。
山田は送りバントを1回で綺麗に決め、1アウト3塁の形を作るが白銀は敬遠の四球。
後続の2番3番は内野フライを二つ上げて再び残塁。
外野フライで良いやという意識が余計な力みを生んでしまったのだろうと、マネージャーの澪は分析していた。
6回裏、これまでほぼ完璧に抑えていた山田が捕まり2本のシングルと1本の二塁打で2点を返され1点差とされてしまう。
流石に3巡目となれば容易には凡退してはくれなかった。
(もう1枚先発かロングイニング投げれるリリーフが必要かな。山田の鍵は6回ぽいからな。)
監督は内心で山田の分析をしていた。
「中盤から終盤に差しかけてどこかで何かを意識をしてしまうのでしょうかね、これまでも5回や6回に失点してしまう事が多いですからね。」
マネージャーの澪も正確に分析していた。
ベンチに戻ってきた野手陣に監督は声を掛ける。
7回からは卯月に継投すると。
内容についてはともかく試合は4-3と好ゲームをしている。
俗に言うところの勝ちパターンというレールをなぞるには、ここで継投が桜高校のセオリーとなりつつある。
打たれたところで交代は、山田本人にも悪いイメージを残したままとなってしまうが、勝負の世界はシビアでもある。
勝つためには手持ちの駒や札を惜しみなく使うものだ。
体力も低下し制球も落ちてきている山田よりも、元気一杯卯月で相手の攻撃の芽を摘んだ方が良いと判断していた。
7回表、サイクルを意識した柊真白は……
「あ……」
とっても恥ずかしいとも言われる、引っ掛けてのピーゴロ、ピッチャーゴロであっけなく倒れてしまう。
卯月は先日の練習試合の悔しさがあったのか、7回マウンドに上がった時の気迫は半端ないものであった。
決してイレ込んでいるわけでもなく、適度な緊張とやる気と気迫がこの合宿一番の出来と結果となって現れた。
実の所、ここまで両チームとも三振とエラーはゼロだった。
7回からマウンドに上がった卯月は、山田と左右の差こそあれタイプは違う。
速球と落ちるボールの多い山田、のらりくらり変化球で引っ掛けさせて内野ゴロを連発させて打たせて取る卯月。
山田は野茂や佐々木、卯月は山本昌といえば、野球に詳しい人ならば理解して貰えるだろうか。
この日の卯月は、全盛期の能見そのものだった。
左右の差もあるが、山田の軌道に慣れた東〇岡ナインは卯月のストレートとスライダーの軌道についていけてなかった。
左打者は思わず外に逃げるスライダーに手が出てしまう……
右打者はクロスファイヤーをつい見逃してしまう、そこにきての膝元へのスライダーにきりきり舞いしてしまう。
7回8回は卯月劇場(いい意味で)で3三振、3つの内野ゴロで抑えた。
8回表は小峰が倒れると、4回目の打席に立つ種田恵。
2-1から膝元に抉って来るカットボールを種田恵のシャープなスイングが巧く捉え、打球はファーストの頭上を越えライト線ギリギリフェアとなる。
重たい
ライトからの好返球もあり、タイミングはどちらとも言えない。
黙っていれば美少女の種田恵ではあるが……
返球を待つ三塁手田中は走って来る種田の顔に……
正確には目に……メンチに負けた。
もしかするとクロスプレーで身体に触れられるとかいうやましい心など抱く余裕もない程に。
恐怖して反応が一瞬遅れてしまう。
返球をキャッチした時に一瞬恵から目を離してしまった。
具体的には捕球をきっちり行おうと、グラブを一瞬見てしまった。
この一瞬の隙が仇となり、タッチが遅れてしまった結果、ヘッドスライディングをした種田恵の左手が先にベースに触れる。
この瞬間、練習試合とはいえ桜高校初のサイクルヒットは種田恵がかっさらっていった。
一瞬遅れて田中は恵の身体へとタッチした。
スライディングした恵の行動が招いたといえばそれもあるのだが……
グラブを下ろしたところには種田恵の柔らかいヒップが待っていた。
「テメー誰に断ってウチの秘密兵器の尻ぽんぽんしてやがんだコラー!」
「俺だってまだ触ってないのにー!」
「俺にもラッキースケベ神降臨してくれー!」
「この死にたがりさんめっ!」
「そのグローブは殿堂入りだー!寄付しろー寧ろ俺にくれー!」
敵味方入り混じるヤジが飛んでいた。
当の種田恵は自分の尻がタッチされた事には気付いてもいなかった。
両監督は頭を押さえやれやれと項垂れていた。
「ばかばっか。」
両チームのマネージャーはほぼ同時に呟いていた。
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