第49話 夏合宿福岡編⑤「公然セクハラ」で全て上書きされる

 練習試合は桜高校の先行で始まった。

 1回表は白銀が1・2塁間を破るヒットを放つも後続が倒れ無得点に終わる。


 10年は甲子園から遠ざかっているとはいえ、相手の東〇岡も流石はかつての強豪校。

 未だに部員の数が60人以上いるだけはある。


 1回裏は山田が冴えており、内野ゴロ3つで締めた。

 中学時代に一躍有名人になった山田と対戦する事が、この合宿の目的と言っていたように、東〇岡ナインは追い込まれるまでは球をじっくりと見ていた。

 その結果、際どい球に手を出さざるを得ず引っ掛けての内野ゴロという結果だった。


 恵本人が不安がっていた一塁の守備、他野手からの送球は難なく捕球していた。


 「白銀に負けてられないな。」

 1回の攻撃時、白銀はその持ち味を発揮しシャープな打球で綺麗なヒットを放った。

 同じ2年としては負けてはいられない。

 

 真白は2-2から高目外のストレートを逆らわずに振り抜くと、打球はライト前に落ちてシングルヒットを放った。

 

 「ナイスバッティン!!」

 最初に声あげたのは恵だった。

 それは白銀が打った時もである。


 恵に続いて他の部員達も称賛の声をあげた。


 グローブを外すとポケットに突っ込む真白。

 サインを確認しリードを取る。


 しかし続く小倉・小峰の「SSコンビ」は3バント失敗、内野フライに倒れ2アウト1塁になってしまう。

 そして桜高校練習試合限定秘密壁、種田恵がネクストバッターズサークルからバットを担いでバッターボックスに向かう。


 「おぉ、レディースの総長にしか見えねぇな。」


 「なぁ、そんな事言って良いのか?チームメイトだろ?普段はマネージャーなんだろ?」

 ファーストの守備に就いている東〇岡の岡田が真白に話しかける。


 「まぁそうなんだけど、バット担いでどこ行くんだって感じだろう?ケンカに行くようにしか見えないって。」



 「テメー真白―全部聞こえてるぞー。」

 二人っきりになるとどもってしまう恵の言葉とは思えない。

 

 「戻ってきたら覚えてろー、金属バットで乳〇ドリルしてやっからなー。」

 恵の声は並の野球部員より大きい。

 この場にいる全員がその言葉を耳にし、脳裏に焼き付けていた。


 「キミ、ちょっと死語……私語は……慎みなさい。」

 主審はその後に女の子なんだからと続けていた。


 「バカ……」

 ベンチで澪は手を頭に当てて呟いていた。


 一塁手の岡田は何故だか顔を赤くして目線が上に向いていた。


 

 気を取り直して東〇岡の投手、村田は第一球を投じる。

 村田は恵が女子だからと舐めているのか、90km/h程の真っ直ぐをど真ん中に投じた。

 「女だからってナメんにゃよっ。」

 

 捕手の田中は「あ、噛んだ。」と思ったが、目の前を素早く豪快なスイング……バットの軌道を目の当たりにした。

 キィィイッンッと甲高い音と共に打球は鋭い軌道を描き、一塁線上のラインを飛んでいく。

 スタジアムではないため、スタンドがないため、事前に決めておいたホームランゾーンギリギリを飛んでいた。

 

 そのゾーンは白線でレフトからライトまで円を書くように描かれ、かつての甲子園ラッキーゾーンのようにポールとネットが張られて簡易フェンスが作られている。

 高さは地面から2.5m程度である。


 そして件の恵の打球であるが、ライトスタンドにポールが何メートルもある事を脳内で描くと……

 いつかの讀〇ジャイ〇ンツの吉〇がライトポール際に放った疑惑のホームランの如く、判断のつき辛い当たりとなっていた。


 しかし恵は打った自分が一番わかっていると言わんばかりに、走り出したりはしなかった。


 ライトの線審は少し悩んだ挙句両手を上げて、一塁側に向かって腕を2度振った。

 そして線審はファールとコールした。


 

 「本気で来いとは言わない、だけど女だからと手を抜くな!次やったら……」

 ピッと恵は右手1本でバットを持ち、投手の股間部分にバットを向けて。

 

 「当たるまでピッチャー返しを狙うぞっ」

 それは、今の大ファールは態と打ったものだと言わんばかりでもあった。



 「いや、だからキミ、そういう発言は慎みなさい。」

 再度主審に注意を受ける恵だが、「ウス!」と言うだけで反省しているかはうかがい知る事は出来ない。


 「俺、この試合だけピッチャーやりたい。」

 一塁手の岡田がぼそっと呟いていた。


 「おまわりさーん、変態がここにいまーす。」

 真白はその呟きにツッコミを返していた。


 「大バカ……」

 ベンチで手をおでこに当てて、澪がため息をついていた。



 村田の第2球目は真ん中やや外よりのストレート、140km/h台後半。

 捕手の田中は再び、先程の大ファールと同じバットの軌道を目にする事になった。


 誰よりも綺麗なフォームで、誰よりも綺麗なスイングで、誰よりも綺麗な打球が。

 今度は誰の文句も付けられない、放物線を描いて右中間へ飛んでいき、自分達で設置したホームランゾーンよりも高く超えていた。

 先生ツーランホームランとなった。


 恵はグッと拳を握り締めると、グラウンドを回り始める。

 ファーストランナーであった真白が先に回り、ホームベースを踏んだ。


 「全然ゆっさゆっさ揺れないよな。」

 真白はホームベースを踏んだ時に、捕手の田中に聞こえるように言って、恵がランニングしてくるのを待つ。

 嬉しそうにダイヤモンドを回ってくる恵の姿に、熱いモノを感じた真白は……

 

 

 「ナイスバッティン!!」

 バシィィンッと良い音を立てる程、真白は恵はお互い右手でハイタッチをしていた。

 「おう。」

 少し照れたのか顔を赤くして返事を……


 「ひゃんっ。」

 したあとに、可愛らしい声を発していた。


 右手でハイタッチをした後に、すれ違い様に左手で恵の尻を叩いて送り出していた。

 男子同士では良くやる事なので、真白は特に意識しての事ではない。



 「あ、公然セクハラ。」

 「セクハラですね。」

 「どうみてもセクハラだねぇ。」

 「教師がやったらクビだろうなぁ。」

 「そして鈍感系主人公めっだね。えっちすけっちわんたっちだね。」


 教師云々は監督の言葉で、最後の言葉はマネージャーの澪のものだった。


 一瞬、真白を凝視し、他人からはメンチをきっているようにしか見えない眼差しを送り、恵はベンチに向かって走り出す。

 そのまま恵はベンチ前に出てきた全員とハイタッチを交わして、ベンチ内に入っていった。



 「で、どうだったの?」

 澪がベンチに戻ってきた恵にドリンクを手渡す時に恵に聞いた。


 「え?ちょっとだけ嬉しかった。」

 ほんのり顔を赤くして恵は、先程真白に叩かれた尻を擦って返答する。

 先程の真白に向けた視線は当然メンチをきったわけではなく、「こんなみんなが見てるとこで触るなよ、恥ずかしいじゃねぇか。」という意味で向けた眼差しだった。


 澪は恵の気持ちを何となく察しているだけで、真白に対してどう思っているかを直接言葉で聞いたわけではない。

 しかし、これは白状しているようなものだった。


 しかし澪が聞いた「どうだった?」は尻を叩かれて……触れられてどうだったかではなく。

 村田投手の投球はどうだった?であり、初打席で初ホームランの感触はどうだった?である。


 「大戯け……そうじゃないわよ。イロボケヘタレヤンキー……」

 

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