第48話 夏合宿福岡編④「秘密兵器」

 「バスガイドさ~ん。彼氏はいるんですか~!」

 昨日完走のご褒美に東〇の妖精さんを選択した部員の一人が、バスガイドに対して大声で質問をしていた。



 「明日太刀浦海岸に上がりたくなければそれ以上はメッですよ~。」

 笑顔で応えてはいるけれど、それは単純に聞くんじゃねぇよこのガキがという意味でもあった。


 

 宿泊先のホテルを出発し、香椎へとバスは進んでいく。


 最初の彼氏いるいない発言はあったものの、バスガイドさんは面白おかしく話をしていきバスの運行時間を忘れさせてくれる。



 「実は私、3歳の息子と2歳の娘がいま~す。」

 バスガイドさんは降りる前の部員達の前で、嘘か本当か超大型爆弾を投下していった。

 

 「運転手が旦那で~す。」

 嘘か本当か、確かに苗字は同じであった。


 「なんぶっちゃけよっとね。」

 運転手からツッコミが舞った。


 

☆ ☆ ☆

 バスガイドさんに彼氏いるの発言は普通は初日に行うものであるが、初日は初めての遠征という事もありみんなが余裕がなかった。

 今の部員達は福岡の球児達と触れ合う事で通常学生モードに戻った、それだけの事だった。


 東〇岡の練習場に到着すると、早々に挨拶を済ませグラウンドに集まる。


 部員60人超えは流石に圧巻で昨日までの4校で同数程度とは迫力も気迫も違って見えた。


 流石は運動全般全国区なだけはあるとそれだけで実感できる。


 「お前ら全国区のチームに揉まれて学んで来い。」



 そこについては承諾している部員であるが、なぜ合同練習が組めたのかは明かされていない。

 相手からすれば名も知らない無名校である桜高校と練習する事にメリットは感じられない。


 昨日の東〇とかであれば別であろうけど。


 午前中、9時から12時までみっちり基礎練習を行った。

 ランニングやダッシュで足はパンパンになり、音を上げそうになるメンバーもいた。


 それでも諦めずにくらいついていけたのは、これだけやっていても最近は甲子園から遠ざかっている現状を身に染みていたからだ。

 これだけ厳しく練習しても、最後に甲子園に行ったのは5年は前の話。

 

 練習は厳しさだけではやっていけないのは現代ならではあるのだけれど、楽しく楽にだけやっていれば身に着くものでもない。

 両方のバランスが大事なのではないかと桜高校監督は考えている。。


 午前中の練習が終了し、これまでになく疲れている部員達の午後の練習が始まる前、監督は思い切った事を口にする。


 「お前ら、今日のMVPにはマネージャーからパフパ……」

 そこで監督の言葉が止まる。


 恵が思いっきりメンチ利かせたのと、澪が蔑むような視線を向けたのは言うまでもなく。

 抑、どちらもパフパフする程なかった事に気付いたからだった。


 「ごっほん。マネージャーから携帯におやすみボイスを吹き込んでくれるぞ!」

 

 「監督、死にたいのかな?」

 珍しく澪が食ってかかっていた。

 

 「金取るからな。もちろん監督から。」

 恵は現金だった。

 


 「それ、なんて秋葉原商法……」

 え〇ゲ商法と言わないだけ、この言葉を発した人物は偉い。


 しかし監督自身も想定してない事が最後に起こる。

 



☆ ☆ ☆


 ここでも恵はノッカーとして辣腕を振るっていた。


 「オラオラ―!イレギュラーだからって腰引けてるぞー!!」

 

 野手が捕球する寸前明後日の方向へと球が跳ねていく。

 補給体勢に入ると急激な打球の変化には焦ってしまう。

 

 一瞬呼吸が変わってしまうのも無理はない。


 それよりも狙って何度もイレギュラーの打球を打てる恵は両チームから奇異な目で見られていた。


 「あの鬼コーチ、何者?」

 同じ三塁の守備位置にいる東〇岡の選手が真白に訪ねる。

 そしてすでに恵は相手にも鬼コーチ扱いされていた。


 「性別が女じゃなかったらこっち側でやってやんじゃないか?」

 確かにそれだけの実力はあるのだろうけれど、恵が今の立場にあるのは真白の存在が大きい事を本人以外誰も知らない。

 澪や七虹は気付いているかもしれないけれど、直接話したわけでも聞いたわけでもない。


 もし恵が男だったら野球に携わっていたかというと、限りなくゼロに近い。

 乙女心を理解出来ないのはいつの時代も男のサガというものであった。



 「狙ってイレギュラーなんて打てるものなん?」


 「普通は無理じゃないか?」


 などという会話を交えながら守備練習を終えた。

 流石にけが人は出ていないものの、両チーム共にかなりバテているのが窺える。


 「捕球出来るかどうかじゃない、何者にも立ち向かっていく強さと勇気を養うノックだ!」

 恵は豪語していた。


 練習でやりもしない、ましてや見もしない事が本番で起こった時、対応できるはずがない。

 その目を養うための厳しい練習でもあった。


 

☆ ☆ ☆


 「それじゃ、最後に練習試合をする。」

 互いの監督同士がメンバー表の交換をする。


 どうやら相手側の条件、中学でそこそこ名を馳せた山田との試合が条件だったようだ。

 最低でも1巡するまでは試合で投げさせる事。



 1番二塁 白銀 2年 右両

 2番左翼 朱堂 2年 右右

 3番捕手 八百 2年 右右 

 4番遊撃 壇之浦 1年 右右

 5番三塁 柊真白 2年 右右 

 6番右翼 小倉 1年 右右

 7番中堅 小峰 2年 右右

 8番一塁 種田恵 2年 左左 

 9番投手 山田 1年 右右 


 卯月は控え投手としてベンチスタートとなった。

 普段一塁手の小倉が右翼に回っている。

 そしておかしなことに、鬼コーチこと種田恵の名前が先発メンバーに組み込まれていた。


 「DHならまだしも、守備はからっきしだぞ。」

 試合に参加する事自体には、まんざらでもないようであった。



 しかし数人は知っている。

 種田恵が隠れて練習していた事を。

 キャッチボールに遠投、軽くゴロを捌く練習。


 それに付き添っていた澪と八百は知っていた。



 「健気だよねぇ。」

 と話すのは澪。


 「健気だよなぁ。」

 と話すのは八百。


 「練習相手として吊り合えるようになりたいって。」


 「普通のヤンキーは言わないわな。」

 

 そうして秘密の特訓は実は夏の予選の後から行われていた。





 「さて、ウチの秘密兵器(練習試合限定)はどうなるかな。」

 朝倉澪はベンチの中でグラウンドに整列するナインを見つめていた。


 澪の言うどうなるかなというのは試合の事だけではない。

 柊真白との相乗効果がどうなるかなという意味が含まれていた。

 そして最大の目的は、お前らもっと接近しろよという意味が含まれていた。


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