第43話 抱擁スライダーと花火

 「お姉ちゃんごめんなさい。」


 救護室を出た真白達の前に先程恵のお尻を鷲掴みにした勇者が現れた。

 少年は自分がした事で恵が溺れた事を何かで知ったのだろう。


 「おう。あたしはもう大丈夫だ。ああいうのは好きな娘にしかやっちゃだめだぞ。」

 恵の言葉は好きな人には意地悪をしたいという心理に基づいていた。

 小学生が好きな子のスカート捲りをするような感覚といえば伝わるだろうか。


 「いやいや、好きな娘とか関係ないから。基本的に合意を得ないとだめだから。」

 真白の言葉も少しずれている。合意を得ても余程の関係でないと問題となる。


 「じゃぁ今度〇〇ちゃんに聞いてみる。良いって言われたらやってみるねー。」

 少年は少し誤ったまま覚えてしまう。

 その〇〇ちゃんとやらがOKを出して、そのままいい関係になってしまうのは別の話。


 「じゃーねー。おにーちゃん、おねーちゃん。けっこんしきにはよんでねー。」


 「お、おう。じゃーなー。けけっ結婚て誰と誰の話だ。」

 恵は耳まで真っ赤になって答えている。


 「マセガキめっ。って誰と誰が結婚だよ。その前に少年の名前すら知らんのに。」




 (いやいや、あんたらだよ。)

 少し離れたところから聞いていた七虹がツッコミを入れる。


 (私達だけじゃなくて第三者の支援があっても互いの気持ちに気付かないとか……超鈍感系ラノベ主人公ヒロインかってのよ。)

 澪も同じように心の中でツッコミを入れていた。




 「あ、またまたいらっしゃーい。」

 新婚さんいらっしゃーいのノリで係の女性は真白と恵を招いた。


 「で、どっちが抱擁するの?」

 もはや女性には二人の関係が長年のカップルにしか見えていなかった。

 係の女性でなくともそう見えるのだけれど、知らぬは当人達のみである。


 「そそ、そういう言い方は……照れる。」

 照れるがデレるにも感じるのは係の女性だけではないはず。


 「上級者はお互い向き合った状態で抱き合って挑戦するのだけれど……流石にそれはハードル高いですかね~」

 という係員の言葉を挑戦状と受け取ったのか、急に恵はやる気満々となってしまった。


 「なにっ。そんな上級技が?これでも中学時代は近所に名を馳せたんだ。やや、やーってやるぜ。」

 ダン〇ーガの主人公みたいなセリフでやる気をアピールする恵であるが、顔全体が真っ赤になっていた。


 空元気というか口八丁というか、空回りというか……

 「これが挑発に乗りやすいヤンキー気質というわけか……」

 真白は即刻諦めを感じていた。駄々を捏ねたところで覆す事は出来ないと察したのだ。


 「じゃぁ彼がまず下になってぇ。その上に彼女が……」


 係員の説明に従って真白と恵は折り重なるように抱き合って。


 「あ、結構筋肉ある……」

 恵はぼそりと呟いた。これまでも散々見ているというのに、間近で見るとその胸板等が当社比120%で見えていた。

 真白が脇の下あたりから恵の背中に手を回し、がっちりホールドする。

 中途半端に添えてるだけだと危険が増すとか……じゃぁこんな格好にさせるなよと言いたい真白だったが、だからこそ上級者向けなのだろうと納得した。


 恵は顔が真白の胸のあたりで固定し、両腕を真白の首へと回して抱いていた。

 恵の控えめな胸は真白のお腹に乗っている。引っ付いているとも言う。張り付いているとも言う。


 「いってらっしゃーい。」

 通常時と違って下の様子が見えない恵は普通に恐怖である。

 いつ曲がるのかとか角度が付いてるとかがわからないため、曲がったりする度に首に回している腕の力が強くなる。


 「うひゃー。逆向きになるとこえーー」

 その都度首に手を回す恵の力が強くなる。


 「おまっ、あばっ暴れるな。力籠めすぎるな、危ないって。(二重の意味で)」



 「にゃっ、お腹に何か当たって……?」

 


 という声を挙げながら水のスライダーを右に左に滑っていく。


 出口に差し掛かると。


 「あ、もう出口だ。」


 ぴゅーっとスライダーから飛び出た二人は抱き合ったまま。

 ざぱーんと水面を叩きつけ、沈んでいく。



 水面にぷはぁっと出てくる二人は流石に拘束は解けていた。

 拘束は解けていたけど……


 突然真白は恵を抱き寄せる。

 再び身体と身体がゼロ距離となる。


 「ぇ……ちょっ。」

 真っ赤になって恵は真白を顔を見るが、真白も赤くなっていた。


 「あ、ふ。深い意味はない。ただ……お前、視線を落としてみろ。そして早く直せ。」


 恵が視線を落とすと……


 「にゃっ、にゃにぃゆえー。」

 水着のブラが上に持ち上がっており見えてはいけないものがこんにちはしていた。


 再びゴジラ浮上の逆再生のように、真白と恵は水中へと身体を沈めていく。


 


 「また助かった。ありがとう……でも、お前……見た……よな。」


 「ごちそうさまでした。」


 「見てないと嘘言われるのは嫌だが、その言い方は……卑猥だ。淫逸だ。」

 そんな造語作るなよと真白は思ったけれど、確かにデリカシーに欠けていたとは自覚していた。


 「まぁなんだ。筋肉もしっかりしているし、柔らかいところは柔らかい。故にごちそうさま……ぶわっ」

 恵が手で掬った水を真白の顔面にぶっかけた。


 「てめーこのやろー。喰らい~やがれっ!」


 その後、壮大な水掛合戦というなの水掛論が行われた。

 水掛論の意味は違うが……




☆ ☆ ☆


 少し離れたところの実況席の七虹と澪。


 「スライダーから落ちて出てきた時の柊君の抱き付きを見ましたか解説の七虹さん。」

 「この目ではっきりと見えましたよ実況の澪さん。そして見間違いでなければ恵の水着がズレていた、恐らく柊君はそれを見て周囲の目から隠すために抱き寄せたのでしょう。」


 「中々やりますね~さりげない優しさとどキュンポイントイベントですね。ラッキースケベ神は降臨されたとみて間違いないですかね解説の七虹さん。」

 「そうですね。あれはこのバカップルが、いい加減早く付き合えこのやろうというラッキースケベ神の怒りの一撃だったのではないでしょうか実況の澪さん。」



 「そうなってくると……私達空しいですね。こうして見ているだけだなんて。」

 「そうね。こんだけ男がいて、寄ってきたのは中学時代の不良だけって……思い出したら腹が立ってきた。あいつらまだどこかにいないかな、もう一回ボコりたくなってきた。」


 「八つ当たりはいけませんよ、解説の七虹さん。ところで今度は水を掛け合ってますよ、これはもうバカップル認定しても良いのではないでしょうか。」

 「いつの時代のカップルだよっ。と言いたいところだけど……距離は大分縮まったかしらね。」


 「「どっちからでも良いから早く好きだと言ってしまえば良いのに。」」




☆ ☆ ☆


 プールから出た真白と恵は浴衣を着て公園に着ていた。

 いつ用意したのかと言われれば、七虹と澪により水着を買いに行った時に高校生でも買える安価なスペースに売っていたので、その時に購入していた。

   

  

 この日着ていた衣服は持ってきていた鞄の中に納められてる。

 台無し勘は若干あると真白も恵も理解していた。


 公園の芝生にシートを敷き、そこに座った。

 周囲の人達も同じようにシートに座っていた。


 これから始まるのは恒例の花火大会。

 約1時間程度ではあるけれど、毎年7月8月の土曜日に開かれている。

 ちなみに雨天中止である。「打てん中止」などと関西の某球団のファンが揶揄する言葉ではない。


 「打ち上げ花火なんて見るの久しぶりだな。ましてや誰かと一緒なんて。」

 恵が空を見上げながら呟いた。言葉は掻き消えども、真白の耳には入って来ている。


 「確かに。小学校の頃はたまに見てたけど、大きくなるにつれて段々と見る事はなくなっていたな。」


 そろそろ始まるのだろうか、周囲が騒めき始めていた。

 公園内の屋台から購入したのだろう、様々な商品を手に持つ人をよく見かける。


 「これだけ心が躍動するなら……らいね【どーーーーーん】いな。」

 花火が打ちあがる大きな音と振動で肝心な言葉までが掻き消えていた。



――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 プール編終わりです。

 ラッキースケベ神のおかげで真白は恵のピーを生見しました。

 どのタイミングでズレてたんでしょうね。

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