第26話 プールサイドの誘惑

 「確かに体育の授業で使ってる水着と言っていたけれど……」


 プールサイドに現れたのはお腹に「種田」と刺繍プリントのされてあるスク水を身にまとった種田恵だった。

 真白の目には本来していないはずのねこみみが見える。

 大らかで大柄なヤンキースタイルではなく、バイト中の姿の方がしっくりくるイメージだった。

 胸元ストン、お腹は括れて?いて、尻はストン。

 きゅっきゅっきゅというバディ。


 「な、なんだよ。」


 「あ、あぁ。案外スク水も良いもんだな。褒める意味で言うが、似合ってるぞ。」


 「へ、変態だ。変態がいるぞ。まぁ似合ってないと言われるのも女としてどうかと思うけど。」



 「じゃぁ、ストレッチ始めて良いか?とりあえずラジオ体操第1を。」


 これは一人作業なので問題ない。身体を後ろに沿った時に種田を見ると……


 「待ったイラ?いや、真っ平?」

 真白は聞こえないようにつぶやいた。


 

 「へー、柔らかいんだな。」

 真人の背中を押している恵が率直に感想を述べる。

 

 「まぁ硬いだけが筋肉じゃないしな。」

 気にしないように努める真白であったが、たまに恵の身体が背中に当たっている事に気が付く。


 なんか当たってるんだけど?

 あ、当ててるんだよ


 なんてのはラノベの世界の話だ。

 もしここで真白がそのような事を口に出したら……


 「いっぺん死んでこーい」と強烈アッパーを喰らうか

 「なな、そそお、そな、そんなわけねーだろ、こ、このすけべっ」と言って逃げるかの2択だろう。


 それでも背中を押す時に……お腹が当たってるんだよ。とは言えない。

 こういう時は普通は胸が当たるものだが、恵にはそんなお山はない。


 「む、何か失礼な事考えてないか?」


 「いや?何も?やっぱりストレッチはしっかりやらないとなーと思っただけだ。」



 その後も一通りストレッチを行うが、ここに来る前の恵の不安は一切起こらなかった。

 過度な密着なし。それはそれで残念に思う恵だったがそれを表に出すことはなかった。


 「オラー、右が強すぎる、左腕をしっかり使えー!バランス取れてないぞー」

 まずはクロールでダメ出し。


 「オラーやっぱり左が下がってるぞー、水平に開け―」

 続いて平泳ぎでダメ出し。


 「オラー背泳ぎはなんか綺麗だぞーー。」

 この3種では一番素人が大変そうな背泳ぎが何故か褒められる。


 恵がオラーという声をあげる度に周囲の参加者達がビクっとする。

 

 プールサイドから上がると鬼コーチが出迎えてくれる。

 「課題は分かってる感じだな?」


 「まぁな。これまで左右のバランスを意識した練習なんてしてなかったから、まだ付け焼刃だ。数をこなしてモノにしていってる感じだ。」

 イメージは大事であり、頭の中ではこう動こうというのがわかっていながらも、行動に動かすと難しい。

 普段の野球の練習ならばまだ修正もしやすいのだけれど、これまでやっていないプールでの動きは数日ではそうはいかない。

 それでも最初に比べればマシになっているという実感はあるのだが、外から見るとまだまだらしい。


 左右のバランスを取る事で投球する時の肩肘腕の使い方に影響が出る……と思われている。


 「まーもう1セットがんばれやー。」

 バンバンと背中に紅葉ビンタをかます恵。


 「おまっいてー……てあ」

 叩かれた衝撃で真白はプールに落ちてしまう。

 「あ、わりい。」

 思わず手を差し伸べる恵。

 その手を掴んで一度上がろうとして……


 こういう時の恒例なのかもしれない。

 真白は手をぐいっと引っ張って恵を水中に引き込もうとした。


 「あっ」


 バシャァァアァァアンと良い音を立てて二人は沈むが……

 その前に、恵は真白にぶつかるように飛び出し、恵の平らな胸が真白の顔に当たるように落ちてしまった。

 そのまま水中に導かれ……思わず恵は真白の頭を抱きかかえパニックに。

 水中に投げ込まれた事によるものではなく、真白が自分の胸に顔を当てている事にパニックになっていた。


 「もがっふぉがっ」


 「ぶはぁっ」


 どうにか水上に顔を出す二人であったが……


 「おい、柊。てめぇ何か言い残すことは……ないよな?」

 答えを聞く前にバチーーーーンという音がプールに鳴り響いた。



 あちこちであの姐さんこえぇ

 やっぱりあれメグナナの片割れじゃ


 なんて声がしているが、真白にそれを気に留める余裕はなかった。

 

 怒って?背を向けてプールサイドに手をかけて出ていく後ろ姿が……

 紺色ブルマー主義の真白の目に焼き付いてしまっていた。


 スク水のぷにっとお尻ラインも良いと。


 叩かれた右頬を押さえながら感慨にふけっていると声を掛けられる。

 「あれは兄ちゃんが悪いな。スイミングスクールであれはなしだ。デートでしろってんだ。」


 「そうだそうだ。リア充爆発しろー」

 「平たい胸一族発見。」


 最後の一人は看過出来ないが今気にしても真白にはどうしようもない。

 追いかけなければ。

 良かれと思って練習に付き合ってくれているのにあのスケベ心はよろしくなかった。

 そこまで考えての事ではなかっただろうけれど、結果的にはハレンチな行動だった。



 一方、プールから逃げてきた恵は更衣室に戻る前の塩素落としのシャワーを浴びながら

 「あぁあぁぁぁ、お、おぱ。かがれちゃった。もも、もうおよめにいけにゃいっ。」


 真っ赤になりながら悶々としていた。

 

 

 

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