第24話 そうは問屋が卸さない。
勝利の女神と勝利のヤンキーが同居しているという記事が出回った。
明けた月曜日の野球部への反応は凄まじいの一言だった。
勝利を知った色々な生徒達からの質問攻めが授業中以外の時間を全て奪っていた。
当然授業内容など頭に入ってこない。期末テストは終わった後なので無理して詰め込む必要はないけれど。
疎かにして良いわけでもない。
その質問攻めは当然ながらマネージャー二人にも及ぶ。
タチが悪いのは試合に関する事ではなく、部員の誰と付き合ってますか?とか誰なら良いですか?というものにまで及ぶ。
学生だから色恋に繋げてしまうのは必然かもしれないけれど、彼ら彼女らの朝倉澪に対する質問は既に常軌を逸してきている。
種田恵にはほとんど質問はこない。
未だにヤンキー色が強いイメージを持ってる生徒もいるけれど、それよりも何よりも体育祭のお姫様抱っこの件があり、柊真白一択だろうと思われているためだ。
それとやっぱりどこかにヤンキー怖いと思われているのだろうか。
試合前のノックの時とか、ヤのつく職の人かと思ったとスタンドで観戦していた何人かの生徒は思っている。
授業中机蹴ったり授業中に抜け出したり窓ガラス割ったりしていないのに、随分な怖がられ方である。
中学時代の悪名と、入学早々のパイセンボコボコ事件、停学からの未出席が過大にヤンキー色を強めたというところか。
ある意味では風評被害も良いところなのであるが、否定もしないため定着してしまったのが実情である。
「お前ら散れ、ウチのジャーマネは動物園のパンダじゃねーぞ。どうしても質問したければ金取るぞ。」
恵が凄んで睨みをきかせると、半分以上が散っていった。
「そ、そんな脅さなくても良いんじゃ?」
小声で澪が恵に話しかけるが、あのくらい強く言わないとトイレにすらいけないくらい収集付かなくなるぞと言われてしまいえば仕方がないと澪は思った。
去ったのは主に男子で女子は数人まだ残っている。
「そういう種田さんは、例の王子様とはどうなんですか?お金払えと言われれば払いますので是非聞かせてください。」
強者も残っていたようだ。手前にいた女子生徒が今度は恵に矛先を変え、恵にとっては的確に抉ってくる質問をしてくる。
「にゃ、なにを言ってるのかわからねーけど。あたし達はそんなんじゃねー。そういう質問するならお前にもノックするぞっ。」
未だに自分の心に気付かず確信の持てない恵は、逃げる事しか出来なかった。
ただ、質問を受けてから恵の顔が赤くなったのを見逃さなかった彼女は満足したのか去っていった。
「デレ……にはもう少しか。」
周囲に聞こえない程小さな独り言を残して。
翌、火曜日は減ってはいるものの野球部に話しかける生徒はそれなりにいた。
それだけ弱小校がシード校に勝つという事が大ニュースかという話でもある。
これがサッカーでも同じだっただろう。
運動部全般が万年初戦敗退、2回戦敗退だった過去を振り返れば飛躍的すぎるのだ。
流石にバットを握った事もない茶道部が甲子園優勝校に勝った程飛躍的ではないにしても、桜高校としては大ニュースなのである。
だからと言っても有名大学への進学率が良いとか、文化部で全国区というわけでもないので、ありきたりな近隣の高校という埋もれてしまいそうな学校なのである。
昔のオリンピックのように、出場する事に意義がある。そういう学校だったのだ。
3回戦の事があったからか、面白見たさに次の4回戦は観客が増えていた。
あの金星はまぐれだったのか、それとも……という感じである。
勝負事だし、ましてや高校野球だし、絶対的なものはない。
それでも圧倒的有利や不利というものは存在する。
ましてや片方はプロのスカウトが見にくるような選手もいたのだ。
この2日間は野球部は大した練習はしていない。
クールダウン的な意味も含めて、試合後に激しい運動もしなければ、まったく身体を動かさないという事もしない。
1時間の練習のみで部活は早めに切り上げられていた。
これはマネージャーでもある朝倉澪の助言である。
積雪が激しく多く、冬場の練習がままならない地方の学校でもいざ全国で戦った時強いのは、単に練習量だけがモノをいうわけではないという証明となっている。
そのためいつも行ってるメニュー量を1時間に集約し、勉強で言う所の復習程度に留めていた。
真白は帰りに近所のプールに寄っていた。
水着は……新しく買ってはいないので中1の時に買ったものである。
キャッチャーを務めている
ストレッチ10分、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライとを50mずつ泳いていた。
監督からの極秘指令として、今後もピンチで投げる事もあるかも知れない。
投手としての練習もして欲しいと真白は言われていた。
キャッチャーの八百はそんな真白をサポートして欲しいと言われていた。
八百からの提案で肩を少しでも稼働出来るようにと水泳を取り入れたという話である。
たった2日かも知れないが、長い目で見た時にきっと形になるはずだと。
本職であるサードを疎かには出来ないため、練習は全体練習が終わった後にこっそりとであった。
そして帰りに朝倉澪の親が経営しているバッティングセンターに行く。
月曜日、初めて連れて行った時、八百がホームラン達成者ボードを見て驚いていた。
柊真白 10本 種田恵 10本 と書かれていたボードに。
「鬼コーチパネェ。」と。
そうして2日の練習の後水曜日、4回戦が行われる。
相手も第16シード校と春の大会でそれなりに成績を残した学校だ。
シードを倒した慢心があるかどうか、相手が第一シードでない現状に慢心があるかどうか。
裏を返せば、第一シードを倒した自信と、その第一シードを破った相手を倒すという挑戦。
試合前、真白は恵を呼び出した。
「な、なんだよ……こんなところに呼び出して……しかも二人っきりなんて。」
最後の方は声が小さくなって真白には届いていない。
蝉の鳴き声に掻き消されていた。
7月中旬、ちょうど蝉が徐々に土から這い上がって輝く時。
暑さと夏を届けるのには充分な役者である。
試合前だというのに、額に湧き出る汗はその象徴でもある。
「前に言ってた罰ゲームの件、プールの話だけど……あれは暫く果たせそうにない。」
その言葉を聞いた恵は心に何かが刺さったのを感じ、目は大きく見開かれていた。
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