第23話 桜高校には勝利の女神と勝利のヤンキーが同居している。

 種田恵の檄は野球部員達に響いた。

 なぜなら、どこから持ってきたのか釘バットを肩に背負って脅し……檄を飛ばしているのだから。


 プロのスカウトが相手のピッチャーを見に来るとか関係ない。

 うちのマネージャー見習いの方が怖い。

 150km/h左腕がナンボのもんじゃいと。


 その檄のおかげか、1回戦2回戦と勝つことは出来た。

 もっともコールドで勝てる程強くはなっていない。

 そこまで神は依怙贔屓したりはしない。


 3回戦である浦学との試合は日曜日。嫌でも観客は集まる。


 優秀なマネージャーが偵察はしてきている。2回戦は慣らしの心算で投げてパーフェクトだそうだ。

 相手が弱いというよりは本人の学校の強さが何ランクも上だという見解だ。


 春から続けた鬼の女神ノックによって鍛えられた守備が鍵だと見ている。

 0点に抑えて居れば棚ぼたの1点でも勝つことは出来る。

 現状両校の力量を客観視した場合、それしかないと見ている。

 乱打戦はない。


 前日、朝倉澪に頼んで150km/hマシーンを左利きの軌道に変えてもらい特訓した。

 付け焼刃かもしれないが、対策をしないよりは良い。

 

 こうして始まった試合は1回表、あっさり3者三振で終わる。

 10球以上投げさせないと後半厳しい。疲れたところの棒球狙いが数少ない得点チャンス。


 スカウトがきているからか、相手の集中が半端ない。

 疲れを待っても無駄だと真白は悟った。


 1回裏、あっさり1点を奪われる。相手の打球は真白に打つ時の恵のノックのように早く鋭かった。

 これが一流高校の打球であり、その洗礼を受けた感じである。


 1番が打ち2番が送り3番4番で仕留める。初回の攻めとしてはセオリー通りだった。

 基本やセオリー程極められると崩すのは難しい。

 たとえ1点でもビハインドスタートは真白達には厳しい。これ以上離されるとそのままズルズルといってコールド負けもあり得る。


 しかしそんな負の連鎖には至らなかった。

 1年ではあるが、ピッチャーは2回に入って別人のように冴えていた。

 多分どこかで交代する事を視野に入れて、計算した投球をするのをやめたのだろう。


 全員で守ればいい、ただそれだけに切り替えたようだ。

 桜高校に控えの投手は一人しかいない。

 それ故に省エネを考えた投球をしていた。それが失敗だと気付くとこの回で交代しても構わないというスタイルで向かっていく。


 初回は浮足立った守備陣も、普段真白が受けてる鬼のノックを見ているので一度自分の所にボールが飛んでくれば、恐れる程のものではない事に気付く。

 集中を切らす事は出来ないが、やってやれないことはないと意識が向いた事で普段以上のポテンシャルで2回以降は守れた。


 2回裏、4番が粘るものの内野ゴロでアウトになる。

 「ウチのマネージャー見習いより怖いモンがあるかーしゃー」

 気合を入れてバッターボックスに入る真白。

 不思議と周囲を落ち着いて見る事が出来た。相手のモーションも特段特別なものには見えなくなっていた。


 「たーんたーんメンっ」

 審判に聞こえない程度の呟きでタイミングを取って振ったバットは、キィィィィィンという快音を響かせボールをセンター方向へとはじき返した。


 下段ではあったが、スコアボードにまで吸い込まれた打球は同点ホームランとなった。

 ボールは真ん中高めであったが、速度は出ている。

 バックネット裏のスカウトが測定した球速は152km/h

 決して弱小校のまぐれで飛ばせる打球ではない。反発力だけであそこまでは飛ばない。真芯で捉えたからこその打球である。


 その後両チームともに点数が入る事はなく、5回を投げ切ったところで1年生エースは交代。6回からは2番手が投げている。

 交代する前、6回のマウンドに向かおうとした山田(1年生エース)は足がガクガクとしていて立ち上がれなかった。

 それだけの緊張感と全力投球だったということである。

 肩は準備していたので6回からは2番手卯月(うづきと書いてきさらぎと読む)がマウンドに上がった。

 

 7回表、アクシデントが起こる。

 真白が腿に死球を受けた。避けたけれど完全には避け切れなかった。

 無視一塁。チャンスではあった。


 「リーリー、ブルースリー。」

 真白はリードをアピールしていた。

 当然塁審から注意を受ける。決しておちょくっているわけではないのだが……


 6番打者の安堂はおかげで肩の力が抜けて良い構えになった。

 相手投手、注目の左腕・金田も肩の力が抜けたようだ。

 人に死球を与えてビクついている相手を攻めても仕方がない。

 良くも悪くもフェアプレイ精神に乗っ取ったものだった。


 だからこそ付け入るスキがある。

 セットポジションから投げられた変化球は安堂のスイングによってキャッチャーの視界を塞ぐ。

 真白は走っていた。

 守備妨害にならないようスイングは見事キャッチャーのちょっとした動きを阻害する。

 タイミングこそギリギリであったが、見事真白は死球を受けた腿でありながら盗塁を成功させた。


 安堂は見事に三塁線に絶妙なバントを決め1死3塁。

 通常であれば1点入る大チャンス。


 7番の小峰は一切スクイズの気配を見せない。

 それは腿に死球を受けた真白に本塁到達が厳しいからである。


 と、そう思わせるための作戦である。

 追い込まれた小峰はここぞとばかりにスクイズの構えをする。

 その様子で慌てた金田のボールは少し浮いてしまい、見事小峰のバットに当たる。


 真白はスタートを切っていたために戻る事は不可能。

 小峰のバットに当たったボールは金田の頭上を越し、カバーに入っていたセカンドが飛びつくが間に合わず、捕球する事は出来たがグランドに一度跳ねてからのためアウトにはならない。

 投げようとボールを握るがホームは諦める、1塁へ送球し打者はアウトに取る事が出来た。


 この瞬間、一時的かもしれないが、桜高校が第一シード浦学からリードを奪った瞬間である。

 球場に湧く歓声はどちらのチームのものか。

 おそらくどちらもであるが、中盤から終盤に差し掛かるこの時点でのリードはリードする方もしんどいのである。

 1点を守りにいったばかりにその後まったく打てず、守りでは点を取られ負けてきたという試合を何度も見たことがある。


 守りに重きを置くのは試合前から決めていた事、何も変更することなどない。

 8回裏再びアクシデントが起こる。

 ピッチャー返しの打球を卯月が投げる側の手で弾いてしまい、カバーに入ったショートによってアウトに取る事には出来たが、続投は難しい。

 ここにきて棄権は悔しい事は承知だ。


 「誰か投げられる奴いないか。」

 誰も手を挙げない。高校野球は小中でピッチャーやってた者が高校で野手になるというのはよくある話だ。

 あのPL学園清原も中学まではピッチャーだったが、同学年で入学した桑田を見た瞬間に諦めて打者になる事を決めたという。


 元投手が居ても不思議ではないのだが……桜高校にはいなかった。


 そこでファーストの小山から声が上がる。

 「いつもファーストでボール受けてるけど、柊の送球いつも痛いんだよな。可能性は感じるよ。」

 何故か盛り上がり始める内野陣。野手投げと投手投げは別物である。

 いくら球速が速くても、結局キレのあるボールでないと一流には通用しない。

 「もし連打されてコールド負けしたとしても、棄権して試合後鬼コーチからの地獄の特訓シゴキを受けるよりは良いんじゃないか?」

 「そうだな。あの鬼コーチの超級ノックに比べたら。」

 「うん。そうだよ。」


 本人の意思は考慮されず真白がリリーフする流れになってきている。

 「じゃぁ抑えたらお前らハーゲンダッツな。」


 内野陣から言質をとり渋々リリーフを決断する。

 

 二死ランナーなし。

 投球練習第1球目。

 ノーワインドアップからキャッチャーのミット目掛けてボールを離す。

 パァンッと乾いた音が響いた。

 そこそこの球だとは感じるが果たして通用するか。

 最初の一人くらいならともかく9回を考えればあと4人。


 付け焼刃で抑えられるかどうか。

 7球の練習が終わる。もう後には引けない。

 もしこれで抑える事が出来てインタビューでも受けようものなら、ハーゲンダッツのために頑張りましたと答えるしかないじゃないか。

 真白の頭の中は雑念で一杯だった。


 1球目、そんな雑念だらけだからか簡単にミートされるが特大のファールとなって命拾いをする。

 「あっぶね。」

 ベンチを見ると鬼コーチが何か叫んでるが聞こえない……

 聞かないまでもテメー真面目に投げろとかそういった類なのだろうことは想像に容易い。


 他校の偵察やスカウトが見ている前で真白も他のチームメイトも気にしていない。

 中途半端な事やったら、釘バットでケツバットだろうな、嫌だなという思いである。

 (一球入魂!)

 内角高目に行ったストレートを打者は手を出し幸か不幸かボテボテのピッチャーゴロとなった。

 真白は難なく捌いて8回の3アウト目を奪取。


 球場全体から拍手が沸いた。


 「!ナイスリリーフ!」

 まさかの鬼コーチからの称賛。

 追加点を取って楽をしたかったが、相手もそれは簡単に許してはくれない。

 結局2-1のまま9回裏へと、再びマウンドへ向かう真白。


 「俺、無失点で切り抜けたらデートに誘うんだ!」

 真白は壮大なフラグをおっ立てた。


 これで勝っても負けても万一プールで発見されても、あの時の約束だという免罪符が出来たと思う真白である。


 しかしチームメイトからは

 「え?今更?」

 そんな言葉が返ってきた。おかしい、解せぬ、それはどういう意味だ?と悩む真白。


 試合時間は約2時間、炎天下の中まともな精神でずっとプレイ出来るほうが異質。

 疲れていないはずはない。すれすれの緊張感の中プレイしている。

 自分達も相手も観客もみんな汗だくだくだ。

 

 スタンドの観客たちは帽子やタオルで頭や顔をガードしている。 

 冷たい飲み物を摂取している。


 9回のマウンドに上がる前、キャッチャーに伝えておいた。

 最初にアレを投げると。


 投球練習では全て真っ直ぐを投げている。

 8回裏も全て真っ直ぐ。急造ピッチャーが小細工なんか出来るとは思われていない。

 そこがミソであり、戦術である。


 真白は1球目、これまでと同じフォームから……を投げた。

 真っ直ぐが来ると思っていた相手は思わず手が出てしまい、バットに中途半端に当たってしまう。

 

 打球は真白の前に転がり、真白は華麗に捌いてファーストへ。

 鳩が豆鉄砲を喰らったかのような様子ではあるが、あっさり1死を奪い取った。


 「うまくいったな。」

 キャッチャーから称賛されるが、こんなのは何度も使える手ではない。

 「一応低めを意識して投げるけど、フォローは頼むな。」


 真白は二人目以降は真っ直ぐを際どい所に投げて打ち取る戦法で行くつもりである。

 1球目は外角低めでストライク、2球目は内角高目で釣ってファール。

 3球目、同じところに投げたつもりが少し低くなったせいかストライクゾーンに入ってしまう。

 キィィィンッと良い音が響いて、真白に代わって入ったサードの宮野の元に転がる。

 今日初の守備機会であったが、無難に捌いてツーアウト。


 あと一人というところでベンチから大きな声が響いた。

 「オラーーー!ぶっこめーーーー!ハーゲンダッツが待ってるぞーーーー!」


 台無しである。

 本職のピッチャーじゃないから高々数球でもものすごく体力を奪われる。

 先に投げていた二人が物凄く偉大に感じてきてしまう。


 最後の一人には何も考えない、キャッチャーのミットを目掛けて投げるのみ。

 初球は内角低めの厳しいところに投げカットされる。

 2球目、内角高目を見逃すが判定はストライク。

 あっという間に追い込んだものの、そこから3球カットされカウントはリードしているが追い込まれているのはどちらかわからない。


 真白の握力は限界に近かった。リリースした瞬間に「あ、やべっ」と思ったが遅い。

 すっぽぬけたボールは後方のバックネットへと大暴投となった。


 手をにぎにぎと確認をする。特に悪影響は出ていない。

 相手はおろか見方も球場にいる観客達も度肝を抜かれていた。

 そのおかげで緊張が解けたのが真白と相手の打者である。

 

 張りつめた状態が続いていたため、今の大暴投はその緊張を解すには最適だった。


 カウント1-2から投じる7球目、全力で放ったボールは真ん中へ。

 誰がどう見ても打者側の絶好球。

 当然打者もドンピシャとばかりにスイングをする。

 スイングして……パシィィィッとボールはキャッチャーミットに収まった。


 「ストライークッバッターアウッ!ゲームセット!」


 審判のコールが勝負の終わりを告げた。


 最後の打者はその時こうつぶやいていた。

 「ボールがホップした……」と。


 真白はその後どうやって家に帰ったか覚えていない。

 礼をして、握手して、クールダウンして、何か校内新聞に載せるからと新聞部にインタビューされて。

 断片的にこうしたというのは覚えているが、それらはどこか客観的な感覚としてしか残っていない。

 一つ言えることは帰り道にハーゲンダッツは貰っていないという事。 


 それだけ最後の投球は真剣だったという事だ。

 だからベッドの上で真白は思う、だから野球は楽しいんだと。


 

 翌日の校内新聞の見出しには、太字の大文字でこう書かれていた。


 柊真白選手のインタビュー記事。

 「なんたってウチには勝利の女神朝倉澪の微笑みと勝利のヤンキー種田恵が睨んでるからな。」


 昨日のインタビューで真白はこう答えていた。チームメイト達が証人である。



 朝刊の〇〇県版のページには波乱、第一シード浦学3回戦敗退。

 公立の超ダークホース現る。


 その中のインタビュー記事も掲載されているのだが……


 個人名こそ伏せられていたが、校内新聞と同じ事が掲載されていた。


――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 試合を書くと1話丸々使っちゃいます。

 これでも大分端折ってます。

 試合はもう少し短くしないと飽きるだろうし。


 フラグを立てたのでこれでプールの件も問題なし。 

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