4章 13話 最悪の魔法少女

(面倒臭ぇのに当たっちまったか)

 加賀玲央は内心で嘆息していた。

 目の前にいるのは3人の魔法少女。

 暗殺者を思わせる黒い魔法少女。

 髪から衣装まで白で統一された純白の魔法少女。


 そして――絶望の瞳に宿した人形のような魔法少女。


「『世界を救わなかった魔法少女』……ね。物は言いようって奴だ」

(そんな可愛い話じゃねぇだろうに)

 玲央は以前から彼女たちの存在を察知していた。

 その構成員も、その目的も。

 理解していたうえで準備を進めていた。

 だからこそ、星宮雲母という魔法少女の経歴も知っている。

(この状況でアイツを殺すのは無理だな)

 あっさりと玲央は雲母の殺害を諦める。

 彼女の《表無し裏フェイトロット無い・タロット》を破るにはカードが足りない。

 こんな遭遇戦で破れるような魔法では――呪いではないのだ。

「まあいいか。

 玲央は視線を落とす。

 そこには、地面に倒れ伏した黒の魔法少女――黒白美月の姿がある。

「助……けて」

 必死に彼女は繰り返していた。

 加賀玲央が《怪画カリカチュア》とも知らずに。


「私はいいから……姉さんを……助けて」


 ――ただ、姉を助けてと玲央に懇願してくる。

「……そういうわけで、今日のオレは『加賀玲央』だ」

 玲央は美月へと歩み寄る。

 だが、それを認識できているものは誰もいない。

 この場にいる全員が、玲央がまだ動いていないと幻想を抱いているのだ。

「……! これが……」

 だから、雲母が玲央の行動に気がついたのは、彼が美月の眼前にまで接近してからだった。

「悪いけどな。お前の姉ちゃんを助ける気はない」

 玲央はそう美月に告げる。

「守りたきゃ、自分の手でちゃんと守りな」

 玲央は軽々と美月と春陽を抱き上げた。

 そのまま美月をお姫様抱っこで固定する。

 さらに重ねるように彼女の上へと春陽を乗せた。 

 若干、美月が押し潰されて苦しそうにも見えるが気にしない。

 人間二人を抱えての逃亡など言うほど楽な事ではないのだ。

「じゃ、姉ちゃんは自分で抱えとけよ?」

 さすがに二人に気を配って逃げられる相手ではないだろう。

 だから美月に春陽の安全は任せてしまう。

「――行くか」

 玲央は雲母に背を向ける。


 ――逃亡開始だ。


 玲央は路地裏を跳び出した。

 そのまま地面を蹴り、手近な建物の屋根へと乗る。

 それを追うようにして雲母も路地裏から飛び出し――

 彼女の体がすさまじい勢いで宙を舞う。

「なんつーか、噂以上の不幸体質だな」

 そんなことを呟く玲央だが、油断はしていない。

 確かに星宮雲母は『世界を救わなかった魔法少女』と呼ばれている。

 しかし。それは彼女が弱いことを示さない。

 ただ彼女は『世界を救うこととは別の目的で』魔法少女になっただけなのだ。

 実際の戦闘力は確実に上位に入るだろう。

「――また死ねなかった」

 事実、空中で彼女をひねり――顔面から電柱に激突した。

 撥ね飛ばされた勢いのまま電柱にぶつかった衝撃。

 それを反射して、雲母は弾丸のように飛ぶ。

 走る速度は玲央のほうが速い。

 しかし弾むようなあの移動方法を使われると距離が縮まってしまう。

 雲母は屋根に飛び移って走り――そのまま落下する。

 そして落下した衝撃を反射して加速する。

 少しずつだが着実に距離が詰まる。

「しゃあねぇな」

 玲央は背後に複数の剣を出現させた。

 それはすべて幻覚だ。

 しかし、世界を騙して生み出された幻想は実際に相手を傷つける。

 本物の剣と何も変わらない。

「タネも仕掛けもあるけど死ぬぜ?」

 玲央は後方に剣を同時射出する。

 全ての剣が雲母に当たり――跳ね返る。

「おーおー。これが確率発動の魔法だなんて信じられねぇな」

 玲央は戻って来た剣を軽く躱す。

 最初から反射されることは織り込み済みだったので動揺はない。

「にしても――幻術で見えなくしていても反射するのか……」

 先程の攻撃は、幻術を使って雲母には『剣が認識できない』ようにしていたのだ。

 それでも攻撃を反射してきた。

 つまり――

 不意打ちをすれば倒せるというわけでもないということだ。

「やっぱり、オレでも準備なしにアイツは殺せないな」

 今度こそ断言した。

 小手先のまやかしではあの魔法を――悪魔的なほどに過保護な運命を打ち破れない。

 それを確かめることができた。

(これ以上遊んでいたらこっちの二人が死にそうだな)

 まだこの二人に死なれるのは困る。

 玲央としても、トロンプルイユとしても。

 ここらが潮時だろう。

「――じゃあな」

 玲央は幻術で身を隠す。

 これでもう彼女は追って来られない。



「……逃げられた」

 玲央の姿が消えたことに気付き、雲母は歩みを止めた。

 前後左右を確認するも彼の姿はない。

 幻術にかけられたせいで見失ったようだ。

「《表無し裏無い》」

 だが、焦ることなく雲母は懐からタロットカードを取り出した。

 彼女の魔法の本質は『占い』だ。

 攻撃を受けるたびに自動で運勢を『占う』。その結果に応じて、受けるダメージが軽減、反射される。

 それこそが雲母の本来の魔法だ。

 そして占いである以上、探し人も能力の範疇だ。

「――やめよう」

 しかし雲母は占わなかった。

「どうせ占っても……結果が幻術で操られていないとは……限らない」

 タロット占いをするということは――タロットの絵柄を確認するということ。

 加賀玲央が《表無し裏無い》を読み解けるとは思えない。

 だが適当に絵柄を変えられてしまうだけでも、雲母は占いの結果を読み違えてしまう。

 そうなれば彼に騙され、意味もなく走り回る羽目になる。

「まだ……時は来ていない」

 そうまでして必死に追う時期ではない。

 まだどちらの陣営も様子見をしているだけなのだから。

「帰って……倫世さんの紅茶が飲みたい……」

 雲母は踵を返した。

 その時――視界の隅を黒い影が通り過ぎた。

「あれは……」

 黒く、身の丈ほどもある鉤爪という特徴的なシルエット。

 それを雲母は知っていた。

「あれは……キリエ・カリカチュア……」

 確か先代魔王の娘という《怪画》だ。

 彼女は高速でどこかへと移動している。

 追うべきかとも思ったが雲母は動かなかった。

「どうせ……あれでは死ねない」

 純然たる物理攻撃では《表無し裏無い》を貫けない。

 それは分かり切っている。

 いくら絶対切断でも、雲母には刃となる部分が触れることさえないのだから。

「もう……帰ろう」

 だから、彼女を追うことに意味が見いだせなかったのだ。



「アハッ……! 《花嫁戦形Mariage》してその程度なワケ?」

 リリスは嘲笑を璃紗へと向けた。

 一方で璃紗はすでに純白の花嫁衣装を纏っており、余裕があるとは言い難い。

「ちッ!」

 璃紗は地面を蹴り、一気に飛びあがる。

 すると彼女の眼下を黒霧が駆け抜けた。

「クソッ……!」

 璃紗は毒づいた。

 彼女の視線は、自分の右足へと向かっている。

 ――黒い斑点が浮かんだ自らの足へと。

「掠ってたか……!」

 璃紗は躊躇に泣く右足を大鎌で切り落とした。

 本来であれば、四肢を捨てるなど早計と思われるだろう。

 だが彼女にはそれが当てはまらない。

 彼女の《花嫁戦形》の能力は『超速再生』だ。

 失った足が元に戻るまでに数秒もいらない。

!」

 リリスは狂気的に微笑んだ。

「掠っただけで、どんどん蝕まれて細胞レベルで壊れてイク」

 彼女は恍惚とした表情で身をよじらせた。

 その頬は紅潮している。


「すっごく……破滅的だヨォ」


「ったく……裸エプロンで歩き回ってる時点で充分破滅してんだろーが。社会的によ」

 璃紗はそう言い返すも、額には汗が浮かんでいる。

 決して足を切り落としても平気はわけではないのだ。

 当然痛いし、魔力だって消耗する。

 繰り返したいとはとても思えない。

 それでも、相性に救われているのは確かなのだが。

 ほんの少し触れるだけで細胞が腐るウイルスなど、璃紗でなかったらあっという間に詰みだっただろう。

 超速再生という魔法があるからこそ、感染してからでも末端を切り落とすことで対応ができているというだけで。

「――やはりこちらにもいたのか」

「いきなり肩に乗んなイワモン」

 璃紗の肩に重みがかかった。

 視界の隅には白い毛玉――イワモンが見える。

「うむ。悠乃嬢から原因不明の魔法少女の情報があってだね。心配になったのだよ」

「原因? 正体じゃなくてか?」

「ああ。正体は分かっている。だが、何が原因で力を取り戻したのかが分からないのだよ」

「取り戻した?」

 聞き捨てならない言葉に、璃紗はそう聞き返した。

「ああ。あの魔法少女たちは全員、

「かつて? ってことは――」

「うむ。すでに魔法少女としての力は回収されているはずの少女たちだ」

「そーいうことかよ」

 璃紗はイワモンが『原因不明』と評した理由を理解した。

 もちろん、その原因がまったく想像もつかないのだが。

「戦い慣れてやがると思ったら……なるほど。納得だな」

 一度世界を救った魔法少女として、璃紗にも自負があった。

 それでもなかなかリリスたちが相手となると押し切れないのだ。

 彼女たちも昔に世界の危機に立ち向かい、世界を救った魔法少女だったのだと思えば得心がいく。

「まー……あの変態女が世界を救っただなんて信じがたいけどな」

「……天美リリス――最悪の魔法少女か」

「んだよ。知ってんのか?」

 苦々しい表情となったイワモンに璃紗は問いかける。

 明らかに彼の反応は、リリスについて知っている者がするものであった。

「――知っているのだよ」

 イワモンの声が神妙なものとなる。

「これは悠乃嬢にも言ったことだが、彼女たちと戦うべきではない」

「どーいうこったよ」

 璃紗は眉を寄せる。

 最初にしかけてきたのはリリスたちだ。

 璃紗としては、このまま引き下がるのは癪だった。

「璃紗嬢。『世界を救った魔法少女はその力を我々に返却する』という掟を覚えているかね?」

「……忘れるわけねーだろ」

 5年前から数か月前まで普通の人間として暮らしてきたのだ。

 忘れるわけがない。

「あの掟は『世界を救うほどの力を持つ魔法少女』が『個人で世界の情勢に影響を与えてしまう』ことを防ぐためのものなのだよ」

 体一つで兵器以上の攻撃を可能とする。

 そんな魔法少女が存在し続けたのならば、世界に混乱をもたらす。

 それゆえの掟だ。


「しかし


「は……?」

 思わず璃紗はそんな声を漏らした。

 前に聞いたことがある。

 魔法少女という存在自体はずっと前からいたのだと。

 だから、彼女たちが表舞台に出てこないのは『すでに力を回収されていたから』だと思っていた。

「以前は、

 それは今の考え方とは正反対のものだった。

「――結論から言うとだね」


「役目を終えた魔法少女から力を回収するという掟は――

 

 イワモンはそう語った。

 たった一人の魔法少女から魔法を奪うために、これまでの慣例を曲げ、イワモンたちは掟を作りだした。


「なぜなら天美リリスは世界を救ったが――同時に、


 そうイワモンは声を絞りだした。

 璃紗の視線の先では、ゆっくりとリリスが歩いている。

 彼女の口元には――猟奇的な笑みが浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る