4章 9話 孤高の魔法少女

「はぁ……はぁ……」

 物陰でギャラリーは荒い呼吸を繰り返していた。

 顔色は青白く血の気がない。

 いや。そんなことなど些事でしかない。

 ――

「ギャラリー……大丈夫?」

 悠乃はそんなギャラリーに声をかける。

 足を失った彼女をここまで運んだのは悠乃だった。

 あの時、ギャラリーはマリアを助けた。

 それが純粋な善意のものだとは思わない。

 彼女なりに思惑や矜持があって、それに従った結果なのだろうから。

 彼女自身も悠乃から礼を言われたいとは思ってもいないだろう。

 

 だが殺されそうになったギャラリーを見捨てることはできなかった。


 これもまた、悠乃自身の意地である。ギャラリーに文句は言わせない。

「両足飛んでるのに……これで……大丈夫に見えるのかしらッ……」

 ギャラリーは脂汗を流しながらそう言い返した。

 顔色は悪いが、喋れないほどの致命傷ではないようだ。

「《虚数空間スペースホロウ》」

 ギャラリーはゲートを開き、捨てて逃げたはずの両足を回収した。

 そしてそれを元の位置へと戻し、断ち切られた断面同士を重ねた。

「――《魔姫催ス大個展フィキシビジョン》」

 彼女が持つ能力――空間固定で離れていた両足を無理に固定する。

「まあ、相対位置を固定したからこれで足として使えるわね」

 痛みに顔を歪めながらもギャラリーはそう言った。

 だがあれは固定しているだけだ。

 傷は癒えていない。

 それでは長くは戦えないだろう。

「僕も戦うよ」

「は?」

 悠乃の提案にギャラリーは不愉快そうに眉をひそめた。

 その反応は予想できていた。

 だが引き下がるつもりもない。

「勘違いしないでよ。別に僕はギャラリーと一緒に戦うなんて言ってないから。そもそも彼女の狙いはマリアだ。だからギャラリーと彼女が戦っているタイミングをだけだから」

 これもまた悠乃の本心だ。

 もし倫世がマリアの命を狙っているのなら、ここで確実に倒しておくべきだ。

 またいつ襲来するのか分からないのでは手を打つにも限界があるのだから。

「……そう。勝手にしなさい」

 ギャラリーは固定した脚で立ち上がる。

 残った切れ目から血が垂れているが、彼女はそれを無視する。

「うん。勝手にする」

 ――ここに、魔法少女と《怪画カリカチュア》の共同戦線が生まれた。



「ねえイワモン。美珠倫世っていう魔法少女知ってる?」

 悠乃が最初にしたのは、イワモンへと連絡を取る事であった。

 美珠倫世は自らを魔法少女と言った。

 であれば、彼女について一番知っている確率が高いのはイワモンだ。

 彼自身でなくとも、倫世を魔法少女にした存在が彼の知り合いである確率は高いのだから。

『うむ。知っているがどうしたのかね?』

「っ! やっぱり知ってるの!?」

『ああ。有名だからね』

 アテが外れなかったことに安堵しつつ、悠乃はイワモンに助けを求める。

「イワモン! その魔法少女の情報を教えて! 魔法とか! できるだけいっぱい!」

『……どうしたのかね?』

「マリアが襲われた! その襲った奴が美珠倫世っていう魔法少女なの!」

『?』

 ケータイの向こう側でイワモンが疑問符を出しているのが目に浮かんだ。

 それもそうだろう。魔法少女が人を襲うなど――

『何を言っているのだね? それはありえないのだよ』

「だけど――」


『彼女の力は――?』


「あ……」

 イワモンの言葉で悠乃は我に返る。

 忘れていた。

 魔法少女には一つのルールがある事を。

 ――

 明らかに美珠倫世は新人魔法少女ではない。

 そんな彼女が、魔法少女であり続けていることそのものが異常ということに今さら気がついた。

『それでは悠乃嬢。今から朕は美女たちとお部屋の掃除をしてくるのだよ。また――』

「待って!」

 悠乃は必死にイワモンへと呼びかけた。

「それでも現実として美珠倫世はいるんだ! 魔法少女の力を持って! 彼女は、マリアを殺そうとしている!」

『……マリア嬢はそこにいるかね?』

「……うん」

 悠乃は横目でマリアの姿を確認した。

 命の危機に瀕したばかりだからだろう。

 彼女は両腕で自分の体を抱きしめて震えていた。

『電話をスピーカーにして、マリア嬢と代わってくれたまえ』

「うん」

 悠乃は通話の設定を変え、マリアにケータイを手渡した。

『マリア嬢』

「……なに?」

『悠乃嬢の言うことに相違はないかね?』

「多分。彼女の事は知らないけど、殺されそうだったのは……事実」

『ふむ。理解した』

 イワモンがそう言うと、少しの間沈黙が続いた。

『本来、役目を終えた魔法少女の情報は流してはいけない。理由は分かるかね?』

「うん」

 悠乃は答えた。

 簡単だ。そんなことをしては魔法少女だった者の人生が守られないからだ。

 まして魔法少女としての役目を終えたのならば魔法を失っており、自衛さえまともにできない。

 そんな状態で誰かに報復をされる可能性など考えるだけで寒気がする。

 だからこそイワモンたちは魔法少女に関する情報を制限するのだ。

『だが今回は緊急事態だ。魔法や経歴程度なら問題あるまい』

 イワモンは言葉を続ける。

『美珠倫世。使う魔法は《貴族の血統ノーブルアリア》――『武器召喚』だ。様々な武器を召喚して戦うと聞いている』

「確かに彼女は剣を使っていたね」

 悠乃は倫世の戦闘スタイルを思い出す。

 腑に落ちない部分もあるものの、確かに彼女の攻撃の多くが武器を使ったものだった。

『しかし、最大の問題は経歴だ』

「?」


『彼女は歴代魔法少女の中で唯一……。我々の間でも『最強』いわれるほどの魔法少女なのだよ』


「なッ……!」

 悠乃は驚愕することしかできない。

 一人で世界を救う。

 その事実の大きさを理解できているから。

 ――仲間がいなければ戦い抜けなかった。

 心も体も、長い戦いに耐えられなかった。

 そう悠乃は確信している。

 しかし倫世は、それを成し遂げた。

 世界を滅ぼすほどの存在を、一人で打倒して見せたのだ。

『悪い事は言わない。悠乃嬢、彼女とだけは戦うべきではない』

 そんなイワモンの忠告が、どこか遠くに聞こえていた。



「大方予想通りの展開ね」

 空間転移で悠乃とギャラリーが現れても、倫世はまったく動揺しない。

 悠乃がギャラリーを連れて逃げた時点で、二人が協力することを見越していたのだろう。

「君がマリアを狙うなら……放ってはおけないよ」

 悠乃とギャラリーが並び立つ。

「……1対2、ね」

 倫世はゆっくりと大剣を構えた。

 彼女の立ち姿には緊張も気負いも見えない。

「――問題ないわ。独りぼっちは慣れているもの」

「《魔姫催ス大個展》!」

 最初にしかけたのはギャラリーだ。

 《魔姫催ス大個展》。

 視界に捉えたものを空間ごと固定する能力だ。

 これに捕らわれたのならば一切の身動きが取れない。

 そうなればどんな強敵も無力だ。

「知っているわ」

 そんな状況で倫世は――大剣を地面に突き立てた。

 衝撃で砂埃が巻き上がる。

「ちっ……!」

 ギャラリーが舌打ちした。

 砂煙で倫世が見えなくなったのだ。

 《魔姫催ス大個展》の弱点は、効果範囲が視覚に依存すること。

 障害物の向こう側にあるものは固定できないのだ。

(知っている……?)

 しかし、悠乃が気になったのは先程倫世が発した一言だ。

(確かに今の攻撃は《魔姫催ス大個展》の対策を練ったものだった)

 すると疑問が残る。

(なぜ彼女は……ギャラリーの能力を把握しているの……?)

 まるで見てきたかのような知識。

 しかしギャラリーの反応からして倫世が彼女と出会ったことがあるとは考えにくい。

 なぜ彼女はギャラリーの能力を把握しているのか。

「ボサっとしてないで! また『見えない攻撃』が来るわよッ……!」

「う、うん……!」

 ギャラリーに警戒を促され、悠乃は氷剣を構え直した。

 ――見えない攻撃。

 それが最初の攻防でギャラリーの両足を斬り飛ばした魔法だ。

 原理は分からない。

 だが、気が付くと彼女の両脚が宙を舞っていた。

 その正体が知りたくてイワモンに意見を求めたのだが。

(どんな武器なら、あんな攻撃ができるの……!?)

 答えは見つからない。

「ぁぐッ……!」

 しかし倫世は待ってくれない。

 砂煙越しに放たれたであろう『見えない攻撃』が悠乃の氷剣を横一線に断ち切った。

 あと数十センチ奥に斬り込まれていたのなら悠乃の首が飛んでいた。

「ひぃっ……!」

 冷や汗が噴き出す。

 悠乃は倫世に背中を向けることさえ厭わずに逃げ出した。

 彼女は全力で近くのオフィスの屋上に跳びあがる。

「マジカル☆サファイア……さっきの攻撃は見えたかしら」

 そんな悠乃の隣へとギャラリーが空間転移してきた。

「ごめん無理……全然見えない」

「……アンタでも見えないのね」

 ギャラリーは諦めを込めたため息を吐き出す。

「……なら、なんとか魔法を撃たせないようにするしかないわね」

 見えないのなら使わせない。

 極論だが、それしか対策がないのも事実。

 ……今は。

「いや。あの魔法の正体は解明する」

 しかし悠乃の意見はギャラリーとは違った。

 魔法の謎を看破する。

 それこそが悠乃のとるべき手段だ。

「魔法のカラクリが分からないままに突っ込めば間違いなくやられちゃうよ。だからあの魔法の正体は絶対に解かないとダメだ」

 そう悠乃は断言する。

「でも見えてもいない魔法をどう解明するっていうのよッ……!」

 苛立たしげにギャラリーは反発した。

 彼女の表情は屈辱に染まっている。

 悔しいのだ。

 敵の魔法が見えさえしない現状が。

 正面から打ち破ることのできない今の自分が。

「大丈夫。彼女の魔法のヒントは何とか掴んだんだ」

「ヒント……?」

「見て」

 悠乃は近くの建物を指さした。

 真新しいオフィス。

 黒ずみさえない白壁が――線を引いたように抉れている。

「? あの位置は……あの魔法少女の後ろ側よね」

「そう。なのになぜか傷ついている」

 さっきの魔法は悠乃へと向けられていたものだ。

 ではなぜ、倫世の背後にも攻撃の痕跡が残っているのか。

 そこに悠乃はヒントを見出した。

「今度は僕が攻める」

 悠乃は両手に氷剣を精製した。

 倫世の魔法を見抜くには銃は不要だ。

「次の一撃で、彼女の魔法を白日の下に引きずり出す」

 そう宣言すると、彼女は屋上から飛び降りた。

 彼女が地面に降り立つのと、倫世を包む砂煙が風に流されるのは同時だった。

「見えなかったから狙いを外していたみたいね」

「……あまり悔しくなさそうだね」

「そうね」

 倫世は優雅に微笑んだ。

 それは自分が強者であるという自負故に。

「だって、次当てればいいだけでしょう?」

「――さっきので決められなかったこと、後悔させるから」

 悠乃は氷剣を下げる。

 そして大きく息を吐き出した。

 肺が空っぽになり、精神が落ち着いてゆく。

(練習したんだから……土壇場でミスらないでよね……!)

 実戦で試すのは初めてだ。

 だが、これがなければどうしようもない。

「――《花嫁戦形Mariage》!」

 悠乃はそう唱えた。

 直後、彼女が纏う衣装が弾け飛んだ。

 弾けた布は白い光となり悠乃を包み込む。

「《氷天華・アブソリュートゼロ凍結世界・レクイエム》!」

 悠乃が纏うのは純白にして潔白の衣装。

 花嫁衣裳を彷彿とする白いドレスだ。

 《花嫁戦形》。

 魔法少女が真の力を発揮した姿。

 その戦闘力は通常状態と桁違いだ。

「……その姿は」

 わずかに倫世が目を見開いた。

(できた……!)

 悠乃は内心で安堵する。

 トロンプルイユとの戦いの後、必死で《花嫁戦形》を扱う練習をしたのだ。

 今では成功率も上がっていたが、実戦で使うのは初めてということもあり不安があったのだ。

 だが、不安は払拭された。

 あとは、倫世のすべてを解き明かすだけだ。

「はぁッ!」

 悠乃は地面を蹴る。

 彼女の体がロケットのように飛びだした。

 一気に詰まる距離。

「……!」

 わずかに倫世の眉が動いた。

(来るッ!)

 悠乃は攻撃を予感した。

 人は人を攻撃しようとした時、何らかの変化がある。

 彼女がただの異常者ならばわからない。

 だが普通の精神を持つ人間なら、攻撃の直前にわずかに『力む』のだ。

 その微妙な気配の変化を――殺気と呼ぶ。

 一瞬の殺気。悠乃はそれを読み切ったのだ。

「たぁッ!」

 悠乃は両手の氷剣を――左右に振り下ろした。

 直後――

(左ッ……!)

 悠乃は左手にすさまじい衝撃を感じた。

 すぐさま彼女は地面に足をつけ、両手の氷剣で衝撃を受け止める。

「ぐぬぅぅぅ…………!」

 吹っ飛ばされそうな衝撃に悠乃は歯を食いしばる。

 腰を落とし、その場にとどまり続ける。

「くぁッ……!?」

 それでも威力を殺しきれずに悠乃は地面を滑り、建物の壁に突っ込んだ。

 悠乃が叩きつけられた勢いで建物が崩落する。

 彼女の体がガレキの山に呑み込まれた。

「ぃったぁ……」

 悠乃はすぐにガレキを押しのけて立ち上がる。

 彼女の頭からは一筋の血が流れている。

 無理な防御の反動か、彼女の左手首は青く腫れ上がっていた。

 折れてはいないようだが、捻挫くらいはしているかもしれない。

「――少し驚いたわね」

 倫世は本当に『少し』驚いた表情になる。

 まるで芸達者な犬でも見るような様子だ。

「なら……これから君は腰を抜かすくらい驚くことになるよ」

 そんな彼女に悠乃は笑いかけた。

 

「なるほど、ね――あの攻撃はそういうタネだったのか」


 悠乃は呟いた。

 不敵な笑みを浮かべて。

 怪訝そうな表情になった倫世が悠乃の視線を追い――驚愕した。

「なッ……!」

 今度こそ彼女の顔に動揺の色が映る。

 倫世の周囲――約5メートルの位置。

 そこでは

「これが君の魔法の正体だ」

 今、倫世を中心として半径5メートルの円が光で描かれている。

 7本の剣はすべて等間隔で円状に並んでいた。

 氷漬けになってなお、剣は動こうと揺れている。

 ――武器召喚という魔法から感じていた違和感。

 あの見えない斬撃の正体を遂に悠乃は目の当たりにしていた。

。それが君の魔法の正体だ」

 見えなかったのは『視界の外』から高速で迫ってきていたからだ。

 当然だ。

 戦闘中、悠乃たちが一番警戒するのは敵のいる方向。

 

 ――悠乃は建物の傷を見た時に考えていた。

 あの攻撃が、一方向に向けられたものではない可能性を。

「確かに君の魔法は速い。全力で警戒しなければ影も追えないほどにね」

 悠乃は氷剣を倫世へと向ける。

「だけど、仕組みさえ分かってしまえば……対応もできる」

 確かにあの魔法は速い。

 それは脅威だが、来る方向さえ分かってしまえば対策は可能。

 見えない攻撃は、すでに正体不明ではなくなっていた。

「……侮っていたのは認めるわ」

 倫世が微笑む。

 直後、悠乃の頭上で爆発が起こった。

 否、爆発と勘違いするほどの威力で斬撃が駆け抜けたのだ。

「なッ……!」

 今までとは違う速度での攻撃に悠乃は驚愕した。

 ここに来て彼女は攻撃スピードを引き上げたのだ。

「でも勘違いしないでちょうだい」

 倫世がわずかに目を細める。



 彼女の微笑みが、この時は酷く恐ろしいものに思えた。

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