4章 8話 裏切りの魔法少女

「あなたと同じ――魔法少女よ」

 金髪の少女――美珠倫世はそう微笑んだ。

 彼女は腰まで伸びた髪を揺らしながら悠乃たちのもとへと歩いてくる。

「――あなたは確か……マジカル☆サファイア……だったわね?」

 倫世は悠乃の名を呼んだ。

 マジカル☆サファイアの名前はグリザイユの夜の際に有名になってしまっている。

 だからマジカル☆サファイアの名前を知っているのは分かる。

 分からないのは――今の悠乃は変身していない姿ということだ。

 多少の面影はあれど性別さえ違うのだ。

 何の前情報もなく悠乃の正体に辿りつけるわけがない。

「随分、《怪画カリカチュア》と仲が良さそうなのね」

「なッ……!」

 悠乃は否定しようとしたが上手く言い返せなかった。

 この状況。

 客観的に見て、悠乃とギャラリーが険悪な関係には見えないと自分でも思ってしまったからだ。

 そもそも敵対している二人が普通に話している状況が異常なのだ。

「――別にこいつと仲良くなんてしていないわ」

 真っ先に否定したのはギャラリーだった。

「で、どうするのかしら? 人間のためにアタシと戦うってわけ?」

 ギャラリーは手中に銃を召喚した。

 その銃口が狙うのは――倫世の額だ。

「なら、アタシが相手になってあげるわ」

 ギャラリーは悠乃と倫世の間へと割り込むように位置取った。

 倫世の視線はギャラリーに遮られ悠乃に届かない。

「あら。優しいのね。巻き込みたくないのかしら?」

「そういうことじゃないわ。こいつがアタシと仲が良いだなんて邪推を認めるわけにはいかないだけよ」

「そう……」

 倫世は目を閉じて、右手を地面へとかざした。

 彼女の手元へと光の粒子が収束する。

 形のない光が形を成し、魔力が剣となる。

 気が付くと、彼女の手には大剣が握られていた。

 装飾は多くはない。しかし、あしらわれた金色の紋様は高尚な美を放つ。

 その姿はまさに戦乙女。

「ッ!」

 ギャラリーは引き金に指をかけた。

 だが倫世の余裕は崩れない。

 ――いつの間にか周囲にいた人たちが消えている。

 おそらくギャラリーが銃を取り出した時点で逃げていたのだろう。

 そのため、すでにここは戦うには充分な舞台となっていた。

「まあ……

「……どういう意味よ」

 ギャラリーが放つ空気がどんどん険悪なものへとなってゆく。

 次の一秒で戦端が開かれてもおかしくない状況だ。

「どういう意味……ね」

 わずかに倫世が膝を曲げる。

 そして――動いた。


……


 すさまじいスタートダッシュを見せる倫世。

 彼女が目指す先にいたのは――

「マリアッ……!?」

 悠乃は想定外の事態に動き始めるのが遅れた。

 ――倫世が狙っていたのは世良マリアだったのだ。

 こちらに向かってくると思っていたが故に、完全に別方向へと動き始めた倫世に反応できなかった。

 しかも位置が悪い。

 マリアは悠乃とギャラリーのやり取りに無関心だった。だから彼女はいつの間にか彼から離れた位置に移動していたのだ。

 それだけではない。

 これが最大にして最悪の要因。

 ――悠乃は、

 すでに倫世はマリアへと斬りかかっている。

 今から変身して倫世を止めるなんて不可能だ。

(マリアには特別な事情があるかもしれないって思っていたのにッ……!)

 最悪の場合は命にかかわる可能性も想定していた。

 なのに、肝心なところで警戒がおろそかだった。

 自分たち以外の魔法少女という存在に心が浮足立っていた。

 これでは何のために自分がいるのか分からないではないか。

「マリアァッ!」

 悠乃はマリアへと走る。

 だが間に合わない。

「あ……」

 すでに倫世は、マリアの眼前へと詰め寄っている。

 大剣が天に掲げられた。

 あんなものを振り下ろされたのなら、人体など脳天から真っ二つだ。

「――さようなら」

 倫世は一瞬の躊躇いさえ見せず、大剣を振り下ろした。

 衝撃で砂煙が巻き上がり二人の姿が見えなくなる。

「ぁ……ぁ……」

 走っていた悠乃の足が止まった。

 すでに変身はしている。

 だが、遅すぎた。

 悠乃は――守れなかったのだ。


「……何、やってんのよ」


 悠乃が絶望に座り込んだ時、ギャラリーの声が聞こえた。

 だがおかしい。

 彼女の声が聞こえた方向は――

 砂煙が晴れてゆく。

 そこには

「――さすがに手加減しすぎたかしら」

 姿

 彼女は二丁の銃を交差させ大剣をガードしていた。

 だが攻撃の威力を殺すことはできなかったようで二丁の銃は断ち切られ、大剣はギャラリーの両腕に深くめり込んでいた。

 あの深手だ、おそらく刃は骨にまで達しているだろう。

「なんで人間がッ……同じ人間を殺そうとするのよッ……!」

 苦痛に顔を歪ませながらもギャラリーはそう叫んでいた。

 彼女の表情は怒りに染まっている。

 しかし倫世は意に介さない。

「立場や思想が違えば殺し合う。それが人間なのよ」

「ッ……!」

 ギャラリーが歯噛みした。

 同じ種族の姉を愛し続ける彼女には。

 たとえ立場が変わっても、慕い続ける姉がいる彼女には。

 ……その考え方は、絶対に許容できないのだ。

「そう――」

 ギャラリーは両腕を振るって大剣を弾いた。

 それに合わせるようにして倫世もバックステップで距離を取る。

 ギャラリーが両腕を広げる。

 すると異空間のゲートが開き、彼女へと新たな銃が送り届けられる。

 ギャラリーはそれをしっかりと握り込むと、銃口を倫世へと突きつけた。

「本当に人間って――」

 静かな怒りを胸にして、ギャラリーは引き金を引く。


「――業が深いのね」


 その姿はまるで、強い覚悟を決めて人間のように見えた。



 丘の上にある広場。

 そこからは街を一望することができ、美しい景色を楽しむことができる。

 ましてベンチに座り、美味しいものを食べながら眺めるとなればそれは格別の贅沢である。

「うん。確かにこれはおいしいね」

 少女はタコ焼きを頬張ってそう言った。

 黒い髪。黒い服。

 全体的に黒で統一された服装に、アクセントのように白い髑髏が浮かんでいる。

 銀の十字架なども身につけられており、彼女の装いはロックファッションとでも評すれば良いのだろうか。

「うん。おじちゃん。もしこの世界が滅んでも、アタシが君の事は生かしておいてあげても良いよ」

「はいはい。嬢ちゃんは若いんだからこんなオッサンより自分の身を守りな。ま、世界が滅ぶなんでないだろうがね。……5年前ならともかく」

 屋台でタコ焼きを売っていた中年男性は、少女――キリエ・カリカチュアの前にタコ焼きを一パック追加した。

「ほれサービスだよ。ここまでウチのタコ焼きで嬉しそうにしてくれたら、サービスしないわけにはいかねぇからな」

「サービスというからにはお金はいらないのかな?」

「いらねぇよ。取ったら詐欺じゃねぇか」

「なるほど。うん。それもそうだ」

 納得したようにうなずくと、キリエは追加されたタコ焼きを口にする。

 作りたてのタコ焼きは熱い。

 だが、だからこそ美味しい。

 穏やかな風に吹かれながら絶景を眺め、美味しいものを食べる。

 なかなかに悪くない。

「うん。人間の文化も馬鹿にはできないね。そうだ。アタシが魔王になった暁には、人間の料理人だけは生かしておいてやろう。それが良い」

 キリエは何度も頷く。

 人間は家畜だ。

 しかし、家畜の文化の中にも自分を楽しませられるものがある。

 なら、だ。

 どうせ誰を食べても同じならば、自分を楽しませられる奴は生かしておくべきだ。

 食料は別の場所で確保すれば良いだけなのだから。

 そういう意味では、このタコ焼きは発見だった。

 元来、人間の食事は《怪画》たちにとって意味がない。

 《怪画》の栄養源は人間そのものなのだから。

 しかし、《怪画》にも味覚はある。舌が合うのなら、人間の食事を楽しむことができるのだ。

 ただの娯楽にすぎないが。娯楽は多ければ多いほど良い。

「うん。気に入ったよ。これは良いものだ」

 キリエはそう呟くと、最後のタコ焼きを取ろうと手を伸ばす。

 その時――爆音が鳴り響いた。

 音に驚いたのか鳥が一気に飛び立ってゆく。

 それに伴い羽がいくつも広場に舞い降りてきた。

 そしてその内の一枚が――タコ焼きのパックに入り込んだ。

「……………………」

 キリエは青筋を立てた。

 だがそれも一瞬で、次の瞬間には彼女の表情からはすべての感情が抜け落ちていた。

 彼女は無表情のままに最後のタコ焼きに乗った羽を外してから食べる。

「まさか……こんな屈辱を味あわされるとはね」

 キリエはクツクツと笑う。

「王の食卓に唾を吐くだなんて……弁えろよ人間」

 キリエは立ち上がる。

「おじちゃん。美味しかったよ。また見かけたら世話になるとしようかな」

「おう。また来てくれ」

 トロンプルイユから預かっていた金で会計を済ませる。

「――ああ。そうだ。ねぇ、おじちゃん?」

 キリエは男性に背を向けたまま、口元を三日月のように吊り上げた。

 その表情はまるで血に飢えた獣のようだ。

「もう少し、そこで店をしてから帰ったほうが良いよ」

「あ? もう材料使いきっちまったよ。ここにいたって意味ねぇだろ」

「まあ、そう言わないでおくれよ」


「今から――

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