4章 4話 顔合わせ

「昨日の今日でもう連絡をくれるだなんてどうしたの?」

 悠乃は他のメンバーと話し合った後、すぐに環へと連絡をした。

 今回の顔見せは忠告としての意味も持つので早いほうが良い、というのは薫子の言葉だ。

 さすが記者というべきか、環との再会は想像以上にスムーズだった。

 恐るべきフットワークの軽さである。

 集合場所は昨日会った喫茶店――エレナが働く店だ。

「環さんに、他のみんなを紹介しようと思いまして」

 別に腹の探り合いをしたいわけではない。

 悠乃は真っ先に本題へと入った。

「……無理しなくていいのよ?」

 それが環には焦っているように見えたのだろうか。

 彼女は悠乃の様子をうかがうようにそう言った。

「いえ。さっきみんなで話して、決めましたから」

「そうなの……?」

 悠乃の言葉に渋々ながらも納得したように環はそう言った。

 自分の利益のためには、決して悠乃の話は悪くないはずなのに彼女は彼の心配をしているようだった。

「では、失礼するのじゃ」

 そのタイミングでエレナが椅子を持ってきて、悠乃の隣に腰かけた。

 それを見て環は困ったような表情となった。

「え……と、すみません。今大事な話をしているんで、ちょっと席を外してもらえませんか?」

 あくまで柔らかく環はエレナの同席を拒絶した。

 本来であれば看板娘が椅子を並べるなど異常事態だ。

 しかし、今回に限ってはそうではない。

「問題ないのじゃ。妾たちの話なのじゃから」

「いえ、だから――ん?」

 エレナの口ぶりに妙なものを感じたらしい環。

「灰原エレナ。彼女は、僕たちの仲間の一人です」

 悠乃は彼女の予想が当たっていることを示すと――環は固まった。

「え、えええええええええええっ!? こんなところにッ……!?」

 まさか自分が偶然訪れた喫茶店の店員が魔法少女だったなどとは思わなかったのだろう。

 彼女はいきなり叫び声を上げ、自分の手で口を抑え込んでいた。

 環が完全に落ち着くまでたっぷりと数十秒。

 彼女は大きく息を吐くと、再び口を開いた。

「なるほど……ね。彼女がそうなら。昨日の時点で、私の情報は仲間内を回っていたわけね」

 同じ店にいたのだ。

 なんらかの方法で悠乃とエレナが情報を共有していた可能性を環は指摘する。

 そしてそれは正しい。

 おそらく彼女は、悠乃からの連絡が想像よりも早かったためその可能性に至ったのだろう。

「はい」

 当然、否定はしない。

 ここで下手な嘘を吐く理由がない。

「優しいだけじゃなくて、案外策士だったりしちゃうのかしらね」

 もっとも環も悠乃が仲間と話し合うことなど織り込み済みだったのだろう。

 彼女は驚くでも憤るでもなく紅茶を口にした。

「じゃあ、他のみんなも呼びますね」

 そう悠乃は切り出した。

 環の態度が一変している可能性も考慮して、最初は他のメンバーには店外で待っていてもらったのだ。

「もう良いよ」

 悠乃は入り口の扉まで歩くと、内側からノックする。

 すると扉が開き、待機していた他のメンバーが続々と入店する。

「右から朱美璃紗あけみりさ――マジカル☆ガーネット。金龍寺薫子きんりゅうじかおるこ――マジカル☆トパーズ。そして新しく入ったマジカル☆パールの黒白春陽こはくはるひ。マジカル☆トルマリンの黒白美月こはくみつきです」

「ちなみに妾はマジカル☆ギデオンじゃの」

 横から順に悠乃が璃紗たちを紹介し終えると、エレナはそう補足した。

 目の前に並んだ少女たちを環は興味深げに観察している。

「……学校も、年齢もバラバラね。……しかも、よりによって金龍寺」

 悠乃たちは皆、着ている制服も学年も違う。

 統一感のない面々に環は頷いた後――微妙な表情になった。

 確実に金龍寺の『曰く』を知っている顔だった。

「あ……記者たちの間で有名って本当なんですね」

「まあ。私も知っている人が何人か交通事――まあいいわね」

「良くない感じだったんですけど……!?」

 明らかにマズい話になりそうだった導入に悠乃は思わず悲鳴のような声を上げた。

の事を話しても湿っぽいだけよ。ハイ終了~」

「リアルタイムで僕の目が湿っぽくなってるんですけどぉ……!?」

 涙目である。

 悠乃が想像しているよりも社会の闇は深いようだ。

 とはいえ環にこれ以上話すつもりはないらしく、話題を変えてしまう。

「それにしても美少女に美女揃いね。魔法少女って顔も選考基準なのかしら?」

「そんなことないと……思うんですけど」

 悠乃の語気が弱くなってゆく。

 彼らを魔法少女にしたのはイワモンだ。

 5年前なら迷わず否定していたが、今のスケベな中年にしか見えないイワモンを見ていると違うと断言もできないのだった。

「環さん」

 悠乃は環の名を呼んだ。

 彼女の視線が悠乃へと戻る。

「取引のほうは、昨日の条件で問題ないですよね?」

 悠乃はそう念を押した。

 友人を紹介した以上、ここはきっちりとさせておくべきだ。

「問題ないわよ。私も悠乃君たちも魔法少女について誰にも漏らさない。そして、大きな戦いが起こりそうなときは私を呼ぶ。あと加えるのなら、私のツテが必要な時は頼ってくれて良いわ」

「ツテ?」

 悠乃は聞き覚えのない条件に首を傾げた。

「そ。私は記者だもの。知り合いだって多いし、情報だって普通の人より早く集められるわ。魔法は使えなくても、協力できることはあると思うのよね」

 正直に言えば、彼女の申し出は魅力的だろう。

 いくら魔力があっても、悠乃たちは子供だ。

 大人の協力者というのは、必要な場面もあるかもしれない。

「ありがとうございます」

「別に。私は対等な取引をしただけよ」

 そんな事を言って、二人は笑いあうのだった。



 悠乃たちと魔法少女を探る記者との一幕はこのように両者ともに悪くはない結末を迎えるのであった。

 だがそれだけでは終わらない。

 魔法少女と記者は顔合わせを経て、新しい関係を築いた。

 しかしまだ、



 環との情報同盟が成立した後、帰る方向が同じ悠乃、璃紗、薫子は三人で帰っていた。

 放課後に集まってから、さらに環との待ち合わせ。

 空はすでに暗くなり始めていた。

 ちなみに黒白姉妹は、環の提案によって彼女の車によって家へと送り届けられている。

 女子中学生二人に夜道を歩かせるわけにはいかないとのことだ。

 魔法少女にとって暴漢などなんの脅威でもないわけだが、安易に変身してしまうわけにもいかない。

 ありがたい話ということで、春陽と美月は環につれられて帰宅していた。

 そして、帰る方向が違う三人が一緒になって帰宅しているというわけだ。

「まー悪い人じゃなかったんじゃねーの?」

 そう璃紗が口にする。

 実際に環に会って、彼女が抱いたのは悠乃と同じ感想だった。

「これからを見てみなければ信用できるかは分かりませんけど、第一印象はそれほど悪くないものだったと思いますよ」

 薫子も璃紗の意見を肯定した。

 まだ付き合いが短すぎて、悠乃たちが環を正確に理解できてはいない。

 しかし彼女を憎からず思っている。

 そんなところか。

「バレる原因になった僕が言うのもなんだけど……環さんとは仲良くできたら良いなとは思うよ」

 彼女に誰かの事を想っての行動ができる人を、悪い人だと思いたくない。

 そんな気持ちが悠乃にはあった。

「それを言えば、最初に秘密を漏らしてしまったのはわたくしですし……」

 薫子はそう表情を曇らせる。

 彼女は金龍寺家のメイド長である速水氷華に対しては自分の正体を話していた。

 では、それが悠乃たちに不利益をもたらしたかといえば否だ。

「アタシたちが思っているほど受け入れがたい秘密ってわけでもねーのかもな」

「相手次第だと思うけどね」

 たとえばだ。

 もしも悠乃が両親に自分の正体を伝えたとする。

 驚きはするだろう。だが、自分を蔑ろにすることはないと悠乃は確信している。

 最終的には、誰に明かすかなのだ。

 自分の利益のために魔法少女を利用しようとする人もいるだろう。

 同時に、秘密を受け止めた上で心から付き合っていける人もいる。

 もっとも、それを見分けるのが難しいのだが。


「そういえば、以前から気になっていたのですけど」

ふと薫子が口を開いた。

「魔法少女とは……なんなのでしょうか?」

「「…………」」

 思い付きのような彼女の疑問。

 それに悠乃たちは答えを用意できなかった。

 悠乃たちは互いの事を理解している。

 しかしそれは薫子の聞きたいことの主旨とは違うだろう。

 彼女が聞きたいのは魔法少女がどういうシステムであるのかという話だ。

 そして、それは悠乃たちが気にかけてこなかったことだ。

「以前、わたくしが魔法少女に戻るために変身の練習をしていたという黒歴史はご存じですよね?」

「お、おう……」

 若干戸惑いながら璃紗が返事をした。

 自分から黒歴史を掘り返す薫子を前にして反応に困ったようだ。

「その時、ふと思ったんです。わたくしたちを魔法少女にする、、と」

 悠乃たちが魔法少女になる時は、必ずクリスタルのようなものを口にする。

 それを余すことなく飲むことで、悠乃たちは魔法少女の力を得たのだ。

「魔力の結晶……とか言ってなかったっけ?」

 悠乃はかつてイワモンから受けた説明をそのまま語った。

 これ以上の事を彼の口から聞いていないのだ。

「確かにそう聞きましたし、あれが魔力の結晶なのはわたくしも感じています」

 初見では分からないだろう。魔力が何かを理解していないから。

 しかし、魔力の存在を知った上であの結晶を目にしたのなら、あれが押し固められた高濃度の魔力であることは理解できる。

「しかしただの魔力なら……?」

「それは……」

 魔力を圧縮することは悠乃たちにも出来る。

 魔法少女が一気に使用できる魔力はあらかじめ決まっている。

 その中でより大きな効果を引き出すためには、魔力を圧縮する技術が必要不可欠だからだ。

 言い換えれば、最初から魔法少女ごとに用意された『穴』の大きさは変わらない。だから、そこから多くの物を取り出すために、中身を小さく凝縮してから取り出す。そうすれば一気に大量のものが引っ張りだせるわけだ。

 結論から言うと、技術的には悠乃たちはあの結晶が作れてもおかしくはないはずなのだ。

「魔力の含有量? それはありえません。今のわたくしたちが扱える魔力は、初めてわたくしたちが魔法少女になった時の最大魔力を凌駕しています。なら、

 もう一つの可能性。それは圧縮する技術はあっても、魔法少女としての力を目覚めさせるには内包する魔力が足りていない可能性。

 それもないのだ。

 初めて魔法少女になった悠乃の魔力を1とするのなら、再び魔法少女になった悠乃の魔力は10を越えている。

 今の悠乃の技術なら、1以上の魔力を圧縮することも可能。

 だがあの結晶にはならない。

より多くの魔力を込めているのに、人間を魔法少女に変えることはできないのだ。

「それができないということは、あの結晶は――わたくしたちが思っているよりも未知なものなのかもしれません」

 薫子はそう締めくくる。

 彼女の言う通り、あの結晶を作るためには魔力を圧縮するだけではいけないのだろう。

 そこに悠乃たちが知らない秘密がある。

 もしかすると、それこそが魔法少女という存在の本質なのかもしれない。


「あれ……?」


 少し考え込んでいた悠乃だが、視線の先に映ったものに気がついて立ち止まった。

「女の……子?」

 周囲は薄暗い。

 だが、その少女の姿はよく見えた。

 腰まで伸びたピンク色の髪。

 虚ろな瞳。

 彼女はどこか儚げで、次に目を向けた時には消えてしまっていそうな危うさがある。

 少女はゆらりと体を揺らしながら歩いている。

 よく見ると、彼女は靴を履いていない。

 服もほつれだらけで、彼女が持つ独特の雰囲気がなければ浮浪者と間違われても仕方がない格好だ。

 そんな少女は歩き続け――ついに倒れた。

「大丈夫!?」

 悠乃たちは少女に駆け寄った。

 誰かから逃げてきたのか。

 どこかを目指していたのか。

 それは分からない。

 ただ彼女が無理をしていたのは明らかだった。

「――救急車呼ぶか?」

「待って……!」

 璃紗がケータイを取り出したのを悠乃は手で制した。

 少女の姿を、纏う『衣装』を見て――一つの可能性に思い至ったのだ。

「この服……魔力で構成されてる」

 魔力で作られる服。

 それを悠乃は知っている。

 それに身を包み戦う存在を、悠乃は知っている。


「この子多分……

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