4章 3話 共有と共犯

「お願いです。何でもするから堪忍してください。他のみんなの事は……詮索しないでください。全部、僕がするから……」

 悠乃が魔法少女として子供を守ってから10分後。

 環と二人きりになったと同時に、彼はベンチの上で土下座をしていた。

 もう彼が魔法少女であることは発覚してしまった。

 隠しようがない。

 であれば、彼が隠すべきことは仲間の正体だけ。

 そのためには自分を差し出すしかない。

 それで納得してもらうしかない。

 そう考えての行動だった。

「何でもする、ねぇ」

 そう悠乃の言葉を反芻し、環はにやりと笑う。

 そのまま彼女は悠乃へと顔を近づけ――

「そんなこと言ったら……大人の汚さ教えちゃうわよ?」

「ひぅ……」

(な、何でもは言いすぎたかなぁ……)

 早くも自分の発言を後悔し始める悠乃であった。

 しかし、それくらいの言葉がなければ彼女を説得できないと考え、悠乃は腹をくくることにした。

「何でも……します」

「…………はぁ」

 意外にも、環が返してきたのはため息であった。

 彼女は肩をすくめ、いかにも呆れているといった様子だ。

「まったく……子供がそういうこと言わないの」

「いてっ」

 悠乃は指で額を弾かれ、短い悲鳴を漏らした。

「じゃあ取引よ。2つの条件を飲んでくれたのなら、私は魔法少女――悠乃君を含めた全員の正体を誰にも教えないと誓うわ」

「……本当?」

「目の前の利益のために嘘を吐くのは良い社会人じゃないのよ。上手くやる社会人は、嘘を吐かずに得た信頼で長~く利益を得続けるものなの」

 そう環はいたずらっぽく笑った。

 その表情は大人の女性というより、少女のようだった。

 条件次第。

 しかし、彼女の要求に従うのならば悠乃を含めた全員の秘密が守られる。

 この取引は彼にとって破格のものだ。

「じゃあ……条件その一『悠乃君は誰にも自分の正体を喋ってはいけない』」

「……へ?」

 悠乃の口から疑問の声が漏れた。

 自分の正体――悠乃が魔法少女である事を話さない。

 それは本来、悠乃が環に頼み込むことであり、彼自身が遵守することではない。

 そもそも、言われなくとも他の人には教えないだろう。

「そして条件その二『できるだけ戦う時と場所を私に教える』よ」

「んー?」

 この条件は先程のものほど理解不能ではない。

 記者として戦いが起こる場所が知りたいというのは当然だろう。

 しかしだ。彼女はこの二つの条件と引き換えに、悠乃たちに正体を秘密にすると言っているのだ。

 取引材料が釣り合っているとは考えにくい。

「……えっと、それで大丈夫なんですか?」

 思わず不安になってしまい悠乃はそう尋ねた。

 軽すぎる代償は、かえって裏を疑わせる。

 それが自分の人生に関わるものであればなおさらのこと。

「ふふふ……悠乃君はこの条件の本質が見えていないようね」

 一方で、環は得意気にほくそ笑んでいた。

「これはちゃんと私にも利益があるのよ」

「そうなんですか?」

「一言で言うと、魔法少女の情報を私だけが独占して、小さなスクープを長く記事にし続けるってわけ」

 環はそう言った。

「独占インタビュー? 確かに、かなり売れるでしょうね。でも次回からは他の出版社――私たちのところでは太刀打ちできないような大手が悠乃君を嗅ぎまわるでしょう。そうなっちゃうと、一発屋で終わっちゃうじゃない」

「確かに……」

 大手には優秀な人材がいるのだ。

 たとえ顔を隠してのインタビューでも、わずかな情報をつなぎ合わせ、やがて悠乃の正体に行き着くだろう。

 そうなれば他の出版社も魔法少女の記事を書き始め、利益が分散してしまう。

「だから長い目で見ると、デカいの一発より、ちょっと見切れてるくらいな写真を独占的に出し続けたほうが数字も良いのよね」

 環は口元を隠して笑う。

 彼女の頭から狐の耳が見えた気がした。

 ――子供っぽく見えて、油断ならない人らしい。

「だから~悠乃君は他の記者に正体をバラしちゃ絶対ダメよ。で、良い感じの写真が撮れそうなときには私を呼ぶ! 分かった?」

「は……はい」

 悠乃は勢いに押されて頷いた。

 もっとも、言い寄られるまでもなく同意していただろうが。

 確かに彼女が言う通りなら、利益は見込めるだろう。

 しかし、それだけが理由じゃない。

 彼女がそういうやり方を選んだのは、

 それが分かっていたからこそ、断る理由はなかった。

 やはり、悪い人ではないのだろう。

「ま、インタビューなんかして下手に魔法少女と個人的なつながりがあるのを知られると、他の記者仲間に探られて面倒なのよね。その点『偶然良い写真が撮れました』を繰り返せば、多少怪しまれても逃げきれる可能性が高いわ」

 環はニヤつきを隠せていない。

 彼女の中ではすさまじい速さで利益が計算されているようだ。

「……ありがとうございます」

 悠乃は環に礼を言った。

 やはり、普通であればこんな提案をしなくても良いだろう。

 使、彼女は一時的とはいえヒーローになれる。

 その後に悠乃がどんな目に遭うかなど、彼女には関係がないのだ。

 それでも妙案を練り、悠乃の生活を守ってくれたことには感謝しかない。

「何も私は、誰かの人生をメチャクチャにしたくて記者をやっているわけじゃないのよ」

 環は優しく微笑むと、悠乃の頭を撫でた。

「さすがに高校生から搾れるだけ搾ろうだなんて言わないわよ」

 ――まあ、多少の利益はもらうけど。

 そう環は続けた。

「その代わり、悠乃君たちの秘密を守るのに私も手を貸すわよ。出来ることがあったら遠慮なく言ってくれて良いから。だって、このやり方で利益を出すには、それなりに長い期間秘密を守り通せないと割に合わないもの」

「……ありがとうございます」

 もちろん、悠乃も彼女を無条件に信じているわけではない。

 もしかすると裏では『上手くやる』ための算段をしているのかもしれない。

 秘密をどこまで守ってくれるのかなんて分からない。

 彼女を無条件に信じられるほど、彼女のことを知らない。

 だから安易に信じない。

 だが――

「じゃあ――取引成立ね」

 だが、やはり彼女が悪い人だとは思えなかった。


「うふふ……情報の独占も、情報のインサイダー取引も……バレなきゃ良いのよ。バレなきゃね」


 ……多分。



「――ってことがあったんだ」

 次の日の放課後。

 悠乃は他の魔法少女――朱美璃紗、金龍寺薫子、黒白春陽、黒白美月、灰原エレナの面々を集めて昨日の事について話していた。

 魔法少女としての正体が露見するまでの経緯。

 そして、宮廻環と交わした契約についてのすべてを隠すことなく。

「僕じゃ主観が入っちゃうからね。……あの人をどこまで信じて良いのかを決めかねているんだ」

 どこまで彼女に情報を開示するか。

 多くの情報を守ろうとするのならば、悠乃は他のメンバーとの接触を最小限に留めるべきだろう。

 逆に環の言葉を信じるのであれば、これまでと変わらないように友人と会い続けることができる。

 本音で言えば、友人と気軽に会えなくなるのは辛い。

 だが彼女たちが背負うリスクを思えば無理強いもできない。

 もしも環の言葉が嘘だった場合、悠乃と交流の深い子のメンバーは間違いなく疑われるのだから。

 悠乃たちは年齢も学校もバラバラだ。

 そんな六人が一緒に行動し続けるというのは、目には見えないなんらかの関係を推測されてもおかしくはないのだ。

「どー思う? 薫姉」

 璃紗は薫子に意見を求める。

 悠乃たちの視線も自然と薫子へと向いていた。

 こういう時、一番良い具合に物事が運ぶアイデアを出してくれるのは決まって彼女だったからだ。

「信用できるかは、わたくしには分かりませんね」

 薫子はそう意見を述べる。

 当然だ。直接会ったのは悠乃だけ。

 信じられないと突っぱねないだけ温情とさえいえる。

「ですが、信頼関係なんて不確かなものを築かなくても、裏切れない関係になることは可能ですよ」

 しかし、薫子はそう微笑んだ。

「んー?」

「そんな美味い話があるんですか?」

 首をかしげている春陽。薫子の言葉に懐疑的な視線を向ける美月。

 仕草は違えど、薫子の意図を図りかねている。

「あー。こーいう時の薫姉はえげつないこと言うパターンだな」

 一方で、内容までは想像できなくとも、経験で璃紗は彼女が次に言うであろう言葉をある程度は察していた。


「わたくしが……金龍寺薫子が魔法少女であると教えればいいだけです」


 そう薫子が口にした。

「そういえば、マジカル☆トパーズはこんな女じゃったのぅ……」

 彼女の言わんとすることを正確に理解したのだろう。

 エレナは嘆息する。

「んん? どゆこと?」

「おそらく、金龍寺の名前を利用するということなのでは?」

 美月が春陽のためにそう補足する。

 おそらく、それで間違ってはいない。

「その宮廻環という女性は記者なのですよね。なら、金龍寺家の人間を嗅ぎ回ればどうなるかは…………

「「「「「………………」」」」」

 社会の闇を見た気がした。

 この法治国家において存在してはいけない類の匂いがした。

「まあ、金龍寺家に逆らった人間がなぜかなさるのは有名ですし。わたくしがほとんど絶縁関係にあるのも考えようによっては『いくら金龍寺家に問い詰めても存在を否定されるブラックボックス』という風に解釈できますし。なにせ、戸籍上は存在しているのに、家の人間は存在を否定するのですから」

 その人間が魔法少女という秘密を抱えているのならなおさらだ。

 なおさら――暗部の匂いを感じてしまうことだろう。

「運が良ければ、魔法少女という存在そのものが金龍寺家と関係が深い。魔法少女について探ることは……うふふ……不幸な事故を避けるためにも、賢明な記者さんなら裏切れないでしょうね」

(薫姉が怖い……)

 悠乃たちを守るための策なのは分かる。

 しかし、それを差し引いても怖かった。

「というわけで、わたくしについては魔法少女であることを話してもらっても構いませんよ。どうせ恥部しかないので、記者さんもわたくしの情報なんて興味がないでしょうし。それとも、ここまで負け犬になれた人間というのはかえって物珍しいのでしょうか。言うなれば、事故現場を見てしまったみたいに。うふふ」

「か、薫姉戻ってきてよぉ~」

 悠乃はいつの間にかダークサイドに落ちていった薫子の肩を揺すった。

 しかし彼女は影のある微笑みを浮かべるだけである。

「まー……そーいうことならアタシのことも話していーか。コソコソするのも面倒臭ぇーし。いざとなったらまた考えれば問題ないんじゃねーの?」

 璃紗は薫子の意見に同意した。

 ほとんど思考放棄に近かったが。

「わたしも話しちゃっていいかなー? みんなといっぱい遊びたいもん」

「私も構いません。正体の露見を恐れて距離を取って……もしものことがあれば本末転倒ですし」

 気楽に同調する春陽。

 対して美月は思考しつつも反対はしなかった。

 前回の戦いでは彼女もかなり危うい目に遭っていた。

 連絡や連携が満足に取れないことが身の危険につながると考えたのだろう。

「妾も構わぬ。魔法少女を敵に回す可能性などというリスクを冒す者はそうおらぬじゃろうしの」

 エレナもそう続く。

 もしも環が魔法少女の事について漏らせば、多かれ少なかれ魔法少女の反感を買うことくらい予想がつくはず。

 それなれば冷静さを失った魔法少女が報復に移る可能性だって考慮するだろう。

 そんな浅慮はしないとタカをくくる?

 ――追い込まれた人間は何をするか分からない。

 すでに秘密が露見したことで平穏を奪われた人間が、どんな暴挙に身を捧げることがあるのか――記者をしている彼女のほうが悠乃たちよりも詳しいだろう。

 そう考えると、エレナが言うことも一理ある。

 話がまとまったことを確認すると、薫子は笑顔で手を叩いた。

「もしバレても安心してください。氷華さんは運転もお掃除も得意ですから」

「え? そこでなんであの人が――」

 悠乃は疑問を口にしかける。

 氷華――速水氷華は金龍寺家で働いているメイド長の名前だ。

 以前会ったが、美人で仕事ができるという完璧メイドであったと記憶している。

 しかし彼女がこの話題に登場する理由が分からない。

 それにが今の話に関係が――


 ――事故死……証拠隠滅……。


「ふわぁぁッ……!?」

 慌てて悠乃は両手で口を塞ぎ、質問を抑え込んだ。

(ヤバイ! ヤバイ! 今、絶対聞いたらいけないことを聞いてしまったッ!)

 悠乃は思わず周囲の面々の様子を盗み見る。

 反応は大きく分けて二つ。

 深く考えない系ガールズ(璃紗、春陽)――特に変化なし。

 結構考える系ガールズ(美月、エレナ)――顔が青い。

 ――どうやら悠乃は気付いてはいけないことに気付いてしまったらしい。

「かかか……薫姉?」

「はい?」

 悠乃は声を裏返らせながら薫子に問いかけた。


「ぼ、僕たち友達だよね……?」


「ええ。あ……もしかして『友達っていう割には役に立たねぇよなお前。お前が友達でこっちにメリットってあんの?』的な話ですか。わ、わたくしと友達になるメリットですか……『下には下がいることを示して安心感を周りに与えます』『長所がないので劣等感を感じる必要がありません』……あとは……えっと『腎臓は二つあるし健康です』」

「いや……うん。もういいよ薫姉」

 やはり薫子は薫子だった。

 しかし彼女は泣きそうな表情になり――

「友達解雇宣言ですかっ……!? お祈りメールですかっ……!? やっぱり体的にも将来的にもお先真っ暗な奴とお友達になっても好感度調整が面倒なだけですか……!?」

「一言も言ってないよね!?」

 

 ――結局、薫子を慰めるのに三〇分ほど使う羽目になった。

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