4章 1話 突撃インタビュー

「ねえ君。ちょっと良いかな」

 放課後。

 蒼井悠乃あおいゆのが下校しようとした時、女性に話しかけられた。

 彼女はメモ帳とペンを手に笑顔で歩み寄って来た。

「……僕ですか?」

「そうそう。君だよお嬢さん」

(お嬢さん……?)

 悠乃は内心でそう呟いた。

 いや。慣れてはいるのだ――男と気付いてもらえないのは。

 肩まで伸びた宝石のように青い髪。

 男性を感じさせない可憐な顔立ち。

 体だって筋肉がつきにくい体質のせいで華奢だ。

 その上に変声期が来ていないので声も少女と大差ない。

 ――それは蒼井悠乃が過去の行いによって受けた副作用だった。

 5年前。

蒼井悠乃は魔法少女として世界を救った。

 小学5年生という成長期の真っただ中で、一時的とはいえ女性にならなければならなかった。

 そのせいでホルモンの異常が起こってしまったのが今の悠乃の容姿の原因なのだと考えられる。

 こんな容姿ということもあり、男性に告白された経験は両手の指では足りない。

 もう女性扱いを受けることには慣れ始めていた。


「君さ、魔法少女の事って知ってる?」


「ひぅッ!?」

(なんで魔法少女ッ!?)

 女性から聞かれた質問に悠乃はうろたえる。

 魔法少女としての自分。

 それは徹底的に隠してきたことだ。

 知っているのは同じ魔法少女と、戦ってきた敵だけだ。

 ある程度親しくしている人間にも教えていないことなのだ。

(誰かが教えた……? いや、ないか……)

 仲間が秘密を漏らすとは考えていない。

 では、彼が戦ってきた化物――《怪画カリカチュア》が?

 悠乃たちの動きを制限するためにマスコミの力を利用したのか。

 そうすれば、悠乃たちも自由に動き回り辛くなる。

 正体を隠すために手間をかけねばならないからだ。

そして自ら明かしたとしても、今度は報道陣に囲まれる。

 周囲に人が多い状態で襲われたのなら、文字通り足手まといだ。

 多くの人が危険にさらされるし、悠乃たちの身も危うい。

(どっちにしても知らないフリをするしかないよね)

 一番有力なのは『偶然』だ。

 いくつもの偶然が重なり、悠乃が取材対象となってしまっただけ。

 そう考えるのが普通だ。

 ならば、知らぬ存ぜぬを通すしかない。

「魔法少女ですか……? あれすごいですよねぇ。やっぱり魔法ってあるんですかねぇ」

 無難に悠乃はやりすごす。

 男子が魔法に興味を持つのは別におかしくないはず。

「………………」

 しかし、女性は黙ったまま動かない。

 彼女はまっすぐに悠乃を見つめ続けている。

 何か引っかかることがあったのか。

(やっぱ、プロの人には嘘を吐いてるのって分かるのかなぁ?)

 急に不安になった。

 知らぬ間に妙な挙動をしていたのかもしれない。

 そう考えていると、ついに女性が口を開いた。

「ねえ君。モデルとかしてみない?」

「は?」

(どういうこと?)

 いきなり話題が変わったことで完全に話について行けなくなった悠乃。

 彼の頭は疑問符で埋め尽くされている。

「私も記者だからね。そっちの業界ともつながりがあるし『取材中に良い娘を見つけたら教えてくれ』って言われているのよ。つまり、君みたいな娘を紹介してってね」

(……スカウトされてる?)

 実を言うと、悠乃はモデルのスカウトを受けたのも一度や二度ではない。

 普段であれば一秒で断って逃げるのだが、頭が混乱しているせいで反応が後手に回ってしまっている。

「あ……いえ。そういうの興味がないですし」

 ――それに、

 悠乃はここで真実を告げることにした。

 もちろん魔法少女についてではない。


「――僕、


 彼自身の性別についてだ。

「んん……?」

 今度は女性が疑問符を浮かべる番だった。

 彼女はまじまじと悠乃を観察する。

 顔を、胸を――そして、男性用である事を示すズボンタイプの制服を。

「……マジ?」

 社会人としての言葉遣いも忘れ女性はそう言った。

「マジです」

 もちろん悠乃も肯定する。

(と、とりあえずスカウトは避けられた……)

 あとは魔法少女関連をどう誤魔化すかだ。

 返答の内容を彼が考えていると――


「イケる! 全然イケるわ! 男でもイケるわ! むしろ話題性バツグン!」


 女性は火がついたようにそう叫んでいた。

 彼女の目はさっきまでよりも強い好奇心で輝いていた。

「私は宮廻環! 君の名前は!?」

「ゆ……悠乃。蒼井悠乃です……」

 女性――宮廻環に迫られ、思わず悠乃は名乗っていた。

 彼女の顔が近い。

(ふぁ……!)

 焦っていたせいで気がつかなかったが宮廻環という女性は美人だった。

 絶世の美女と表現される派手な美しさではない。

 だが顔立ち自体は整っており、親しみやすい美人であった。

 顔が近くなったことで分かったことだが、彼女はほとんど化粧をしていない。

 それでもこれほど美人なのだから、自分でモデルをやればいいのではないだろうか。

 そう思う悠乃だが、環の興奮は鎮まらない。

「これは最高の逸材じゃない! こんなに可愛い男の娘なら、男性誌も女性誌もいけちゃうじゃないの!」

「いやぁ……本当に興味ないんで」

(みんなから見られるだなんて恥ずかしすぎるよ……)

 学校でそのことについて言及されようものなら、すぐさま教室の窓から身投げすることさえ辞さないほどだ。

 つまり、気質的に致命的なほど悠乃は向いていない。

 悠乃としてはそんな話題は早く終わらせたいわけで――

「それより、魔法少女の話でしたっけ?」

「もう魔法少女なんてどうでも良いわ! それより、あなたに興味が出てきたの!」

(えぇ……)

 自滅のリスクを取ってでも魔法少女の話に戻そうとしたのに、話を振ってきた本人がそれを一蹴してしまった。

 悲しい。

「ねぇ悠乃君。良かったら一緒にお茶しない?」

「え……」

「もちろん私の奢りよ。悠乃君とお話したくなったの」

「えーっとですね……」

「密着取材ってことで……どう?」

(よりマズいことになってしまったぁ……!)

 当然ながら《怪画》は悠乃の都合に合わせてくれはしない。

 最近は出現もかなり減ってきたが、ゼロではないのだ。

 そんな状態で環が一緒にいるというのは面倒事の匂いしかしない。

 相手は記者だ。

 ちょっとしたインタビューのはずが、今やどこかの店で話すこととなった。

 このまま誘われてお茶をしようものなら、いつまで追われてしまうか分からない。

 芋づる式に魔法少女の事まで露見しかねないのだ。

 悠乃としては絶対に避けなければならないことだった。

 背に腹は代えられない。

 ここは断固として誘いを断ることを彼は決意した。

「すみま――」


「どうかしら? 悠乃君」


「は、はいぃ……」

 しかし失敗してしまった。

 残念ながら、悠乃は他人に意見を主張するのが絶望的に下手だった。

 この後も、彼が逆転するチャンスが訪れることもなく、喫茶店に連行されることとなったのであった。



(しかも、よりによってここかぁ……)

 不運とは続くものだ。

 環に連れられた先にあった喫茶店の入り口で悠乃は途方に暮れていた。

 別に店が悪いわけではない。

 落ち着いた雰囲気で悠乃の好みだ。

 そもそも、ここは悠乃が通っている店でもある。

 だが、今だけはここに来たくなかったのだ。

 なぜなら――

「うぬ? 悠乃ではないか。いらっしゃいませなのじゃ」

 看板娘である灰色の幼女がそう悠乃たちを出迎えた。

「御二人様で構わなかったかの?」

「う、うん……」

 ドリルのようにロールした灰色の髪。

 凛とした芯のある眼差し。

 そして妙に古めかしい口調。

 彼女の名は灰原エレナ。

 ある意味で、最も環に会わせたくない友人だ。

 なぜなら、灰原エレナは偽名。

 本当の名前は――グリザイユ・カリカチュア。

 魔法少女の存在が露見するキッカケとなった『グリザイユの夜』の中心人物であり――


 ――現在は、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る