4章 世界の重さを知る少女たち

4章 プロローグ 始まりの少女

「……ここは、どこなの……?」

 少女は口を開いた。

 腰まで伸びたピンクの髪を揺らして歩く。

 裸足でアルファルトの道路を歩いてゆく。

「わたしは……誰なの……?」

 少女には記憶がなかった。

 どこで暮らしていたのか。

 自分の名前さえ分からない。

 ただ無意識に歩き続けていた。

 ――誰かに導かれるように。

 目的地なんて分からない。

 だが、どこかを目指しているような気がする。

「いつか至る……そういう、運命だから」

 意識はどこかぼんやりとしていて、何を考えているのかが自分でも分からない。

 自分が自分のようでいて、自分でないようでもある。

 自分の中で、誰かが自分を操っているような不思議な気持ち。

 それこそが彼女を導く運命の姿なのか。

「わたしが必要なら……わたしはそこに至れるはず」

 自分が誰かも分からない。

 自分の存在価値が、分からない。

「だから、教えて」

 彼女は惹かれてゆく。

 誘蛾灯に誘われる羽虫のように。

 彼女の存在を証明するための場へと、引き込まれてゆく。

「――わたしが生まれた意味を……教えて」



 とある学校前。

 そこには女が一人いた。

 年齢は二十代中盤から後半くらいか。

 ワイシャツにタイトスカートという一般的なOLを思わせる服装。

 それだけならば彼女を不審に思うことはないだろう。

 しかし時間帯は昼。

 校門前に大人の女性がいるような時間ではない。

 女――宮廻環みやめぐりたまきは雑誌記者である。

 彼女はとにかく雑食であり、求めるネタのジャンルは問わない。

 基準は彼女にとって面白いかどうかだけ。

 政治家の汚職。芸能人のゴシップ。そして、都市伝説。

 今の彼女が興味を引かれているのは、都市伝説――それも魔法少女だ。

 5年前。

 グリザイユの夜事件が発生した日から、環は一年ほど魔法少女を追いかけていた。

 しかし環だけでなく、記者仲間の誰もが魔法少女の尻尾さえつかめない。

 そのまま魔法少女の存在はみんなの記憶から薄れていった。

 読者たちの関心が薄くなれば追わなくなるのが記者というものだ。

 結局のところ社員の一人でしかない環も、給料のために話題性のあるネタを追うようになった。

 心残りから目を逸らして。

 そんな環に変化が訪れたのが今年の4月。

 記者仲間の一人が魔法少女――マジカル☆サファイアらしき人物の写真を撮ったのだ。

 同時期に化物のようなものが出現しているという報告も入っている。

 5年前と同じだ。

 環はそう確信した。

 いる。確実にいる。

 今も魔法少女はこの町のどこかで世界を守るために戦っているのだ。

 追いたい。

 環がそう思うのは無理からぬことだろう。

 そして、そう思ったならどこまででも追いかけるのが記者という生き物だ。

 そういう経緯で、宮廻環が次に追うネタは魔法少女で決まったのだった。

「魔法少女……どうやって探そうかしら」

 鼻と唇の間にペンを挟み環はぼやいた。

「そもそも、魔法少女が人間かどうかよね~」

 魔法少女が異星人のようなものだったなら、探しようがない。

 それこそ戦いの現場に居合わせるくらいしか方法がない。

 もっとも、異星人がわざわざ地球を守るメリットも思いつかないので、きっと魔法少女は人間なのだと仮定する。

 そう考えないとどうしようもない。

「グリザイユの夜が起こった時、まだ魔法少女たちは小学生くらいの年齢だったわね」

 環は考え込む。

「5年経っているのなら、今ごろ中学生か高校生よね」

 大体それくらいの年齢のはずだ。

「今も目撃情報があるのならこの町の学校に通っているはず」

 そうやって魔法少女の生活エリアを絞ってゆく。

 もっとも最後は根気の勝負なのだが。

「昼休みね」

 生徒たちの声が聞こえ始めた。

 昼休みが始まり、生徒がグラウンドに出てきたのだろう。

 環はさりげなく運動場にいる生徒たちの姿を確認する。

 ――さりげなく見ているとはいえ、校門の前に一人でいること自体が不審者一直線なのだが。

「あんな激しい戦いを続けているとすると、運動神経は良いはずよ。スポーツの経験があってもおかしくないわ」

 校庭を観察する。

 しかし女子生徒そのものが多くない。

 多くは校舎内にとどまっているのだろう。

「さてさて。待っていなさいよ魔法少女ちゃんたち~」

 とはいえ校内に侵入するわけにもいかない。

 環は生徒観察に集中するのであった。




 宮廻環はまだ知らない。

 この学校に魔法少女が一人在籍していることを。

 そして、


 ――その魔法少女が……

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