3章 エピローグ2 《逆十字魔女団》

 そこは邸宅だった。

 この屋敷は有力な政治家の別荘として建てられたものだ。

 そのため内装から調度品の一つ一つにまで惜しみなくお金がかけられている。

 一般人では、たった一室にさえ手が届かないことだろう。

 そんな部屋には4人の女がいた。

 小学生くらいの年齢の少女から、すでに成人している女性まで。

 まったくといって良いほど統一感のないメンバーだ。


 西洋騎士のような鎧を纏う高校生くらいの少女。

 黒い猫耳を生やした豊満な肢体を持つ女性。

 裸体の上から絵の具で汚れたエプロンを着用しただけの少女。

 ゴスロリ服を身につけた人形のように無表情な童女。


 あまりにもバラバラなメンバーである。

 この豪邸にいるには不釣り合いとしか思えない。

 そんな異常な空間に、さらに新しい人物が入ってくる。

「みんなぁ。副団長から動画が届いたわよぉ」

 間延びした声と共にドアが開いた。

 そこから現れたのは紫髪の女性だった。

 女性は黒いドレスを着ている。

 黒いバラがあしらわれたドレスを着こなす姿は、まるで舞踏会から抜け出してきたお姫様のようだ。

「あ。やっと来たね紫。待ち長くて寝ちゃいそうだったよ~」

 ドレスの女性――黒百合紫くろゆりゆかりに向かって猫耳の女はそう言うと大きく伸びをした。

 紫は妖艶に笑うと、小脇に抱えていたPCを机の上に置く。

「寧々子。そうは言っても、副団長がデータをすぐにくれなかったんだから仕方ないでしょぉ」

「分かってるけど~。アタシはじぃっとしてるのが苦手なの」

 猫耳の女――三毛寧々子みけねねこはそう抗議する。

 一方で、紫は彼女の言葉を意に介することもなく椅子に座った。

 紫は片目が隠れるほどに長い前髪を指で耳にかけると、手早くPCを操作し始めた。

「あ~夏は暑いにゃー」

 寧々子は着物の襟をはだけさせ、手で顔を扇いでいる。

 元から着崩して着物を身につけているため、大きな乳房がこぼれかけている。

 しかし、この場には女性しかいないからか彼女に恥じらいはないようだった。

「寧々子さん……また……『にゃー』って言ってる」

「にゃんですと!? や……やってしまった~。さすがに24で『にゃー』はキツいにゃぁ……」

 人形少女の指摘を受け、寧々子はがっくりとうなだれてしまった。

 猫耳もしなびるように倒れてしまっている。

「雲母ちゃ~ん。24になっても語尾が『にゃ~』の女ってどう思うぅ~?」

「え……えっと……わたしには…………」

 寧々子に詰め寄られている人形少女――星宮雲母ほしみやきららは無表情を崩さない。

 しかし雲母の目は上下左右に泳いでいた。

 そんな彼女の目が最後に向かったのは、裸エプロン姿で紅茶を飲んでいる少女だった。

「……リリス先輩。……わたしには、言えない」

「は? いい歳こいたオバサンが言ってたら犯罪って言えばイイだけでショ?」

 裸エプロンの少女――天美あまみリリスは興味なさげにそう言い捨てると、紅茶を飲み干した。

「……それが……わたしには……言えない……もう誰も……傷つけたくない」

「いやいやいや! もう雲母ちゃんもリリスちゃんもほとんど言ってるよねぇ!?」

 寧々子は『鬱だー』と頭を抱えながら机に突っ伏した。

 そんな彼女を見て、雲母は虚ろな目を伏せた。

「……また、わたしは友達を傷つけてしまった……。死にたい……」

「あーいや、雲母ちゃん? あえてアタシはオーバーリアクションをしただけでそんなに傷ついていないって~。ニャハハ~。ほら元気だよ~? だから小学生が死にたいなんて言っちゃダメだぞ~。ね?」

 ほの暗い目をしてブツブツと呟いている雲母を寧々子が必死にフォローする。

 それでも効果は薄く、寧々子は次第にオロオロし始めた。

 そんな彼女が救いを求めたのは――先程から優雅に微笑んでいる少女だ。

「倫世ちゃ~ん。倫世ちゃんからも何か言ってあげてよ~。小学生とのジェネレーションギャップに苦しんでるアタシを助けて~」

「うふふ……そうねぇ」

 姫騎士を彷彿とする姿をした金髪の少女――美珠倫世みたまともよは柔和な笑みを浮かべて雲母へと語りかける。

「雲母さん。友達は傷つけあって仲良くなるのよ。だから、ちょっとした失言は謝れば良いの。寧々子さんなら許してくれるわ」

「そうそう。そんなに深く考えなくて良いって~。アタシは大人なんだぞ~?」

 ここぞとばかりに寧々子は雲母に笑顔を向けた。

 それによって雲母が纏っていた陰気な雰囲気が少しだけ薄れる。

「うん……ごめんなさい。傷つけないような……上手い言い回しが思いつかなかった……」

「え……あ、うん。ゆ、許すにゃ~」

 頭を下げて謝罪する雲母。

 対して、胸を押さえて苦しみながらも受け入れる寧々子。

 それを見届けると、倫世はリリスへと話しかける。

「……ねぇリリス」

「ん……?」

 リリスは机に置かれていた茶菓子を口にする。

 彼女はクッキーを咀嚼しながら横目で倫世を見て――固まった。


「ところで――私って友達いないんだけど……今のアドバイスって間違ってないかなぁ……?」


 ――美珠倫世が涙目になっていたからだ。

 彼女は半泣きで紅茶を飲もうとしているが、手が震えて上手く飲めていない。

「超知らないんですケド! 分からないならボッチが友情論語らなきゃ良いだけじゃないかと思うんだよネッ!」

「だってぇ……もしアドバイスできなかったらぁ……私がリーダーなのにぃ」

「泣かれると超面倒臭いんだケドォ!」


「あらあら……。もう再生しても良いのかしらぁ?」


「「「「………………」」」」

 紫が尋ねたのをキッカケに、その場にいた皆が沈黙した。

 部屋が静かになったのを確認すると、紫は画面が部屋にいる全員に見えるようにパソコンの向きを変え――動画を再生した。



「ふーん。で、今のが魔法少女と残党軍ってワケ?」

「ええ。マジカル☆サファイア。マジカル☆ガーネット。マジカル☆トパーズ。マジカル☆パール。マジカル☆トルマリン。魔王グリザイユ改め――マジカル☆ギデオン。ギャラリー。キリエ・カリカチュア。トロンプルイユ。――これから戦う可能性のある全員の戦闘データよ」

 紫の言葉を聞き、リリスは目を細めた。

 そしてリリスは笑みを浮かべ。


「弱っ……これで世界の危機とか笑えるんですケド」


「ま~魔王はもう封印されてるらしいし、仕方がないんじゃないかな~」

 寧々子はリリスを嗜めているが、彼女の意見を否定するつもりもないようだった。

「雲母はどう思うワケ?」

「えっと……1対3なら……勝てないかも……でも、まだ死ねなそう……」

「全然、破滅的じゃないよネェ」

 リリスは頬杖をついて嘆息した。

「確かに、世界の滅亡というには物足りないわね」

 そんな中、倫世が立ち上がる。

 彼女は優雅に微笑むと、剣を携えてドアへと向かった。


「でも良いじゃない。世界は……


「アハハ……! それもそうだネ。リーダーさん」

 倫世の言葉を聞いて、再びリリスは楽しそうに笑う。

 その笑みは凄惨で狂気的で……破滅的だった。

「それじゃあ……行きましょう?」

 倫世が号令をかける。

 するとその場にいた全員が立ち上がり、彼女の後に続く。


「私たち――《逆十字魔女団》のお披露目よ」


 そうして彼女たち――『』たちは表舞台へと歩みだすのであった。


 すべては、世界の理を破壊するために。

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