3章 22話 アイツを泣かせるよーな奴は、アタシが許さねー。

「――覚えとけよ。《怪画》」


 璃紗は大鎌を構える。

 彼女の肌から赤い魔力が滲みだした。


「アイツを泣かせるよーな奴は、アタシが許さねー」


「Mariage……《既死回デスサイズ・帰の大鎌リザレクション》」


 朱美璃紗はそう宣言した。

 同時に――彼女を中心として赫炎が巻き上がる。

 天井まで火柱は伸び、部屋中に火花を降らす。

「ほぅ……」

 それを見てなお玲央は動じない。

 だが、強大な魔力には感心せざるを得なかった。

 数秒間そびえ続けた火柱。それは大鎌による横一閃で内側から断ち切られる。

 炎柱が消え去れば、そこには璃紗が立っていた。

 純白にして潔白のドレスを纏って。

 ドレスのデザインは悠乃とは違ってマーメイドラインとなっている。

 しかし気配だけで分かる。

 あれは魔法少女が真の力に覚醒した姿――Mariageだと。

「なるほどな……」

 璃紗は自分の右手を見つめながら呟いている。

 そして右手を何度か開き、閉じると――彼女は笑った。

「じゃー……行くかッ!」

 朱美璃紗は

(……! 奴は右手を使えないはずッ……!)

 玲央は内心で驚愕する。

 彼はレディメイドの戦闘記録を見ている。

 そこから、璃紗の右手が戦闘には使えない状態だというのは知っていた。

 知っていたのに、なぜ彼女は両手で大鎌を握っているのだ。

「オラァッ!」

「なッ……!?」

 気が付くと、璃紗は玲央の眼前へと肉薄していた。

(速いッ……!)

 横薙ぎに振るわれる大鎌。

 玲央はそれを宙返りで躱した。

(キリエのスピードに慣れていなかったら危なかったぜ)

 璃紗の速力はあの《怪画》最速に準ずるものであった。

 そのスピードは驚異の一言。

(だけどそれ以上に――)

 玲央は空中で回転しながら背後を確認する。

 そこから彼は見た。

 

(どんなパワーしてやがるんだ……!)

「っしゃぁ!」

 璃紗はその場で一回転。

 二打目が玲央へと迫った。

 見え透いた一撃。

 玲央はそれを剣でガードする。

 しかし――

「ちっ! なんて力だよ……!」

 一撃を受け止めただけで剣にヒビが入る。

 その理不尽さに玲央は思わず毒づいた。

 そんな彼の様子に璃紗は笑みを浮かべ――

「そりゃー……両手で振ってるからなッ!」

 玲央の体が天井へと吹っ飛ばされる。

 それでも何とか体勢を整え、玲央は天井に着地した。

(奴のMariageの能力は『身体強化』か……? 覚醒によって向上する能力のほとんどをステータスに割り振った……。それが奴の能力……!)

 璃紗の基本スペックは覚醒前に比べて異常なほど上昇している。

 上昇率は悠乃を凌駕している。

 悠乃が時間停止という能力に強化リソースを多く割いたのなら、璃紗は特殊能力ではなく基本能力を重点的に強化した。

 だからこその圧倒的な速力と攻撃力だ。

「まあ本人の気質のせいか、搦め手に弱いってのは改善されなかったらしいな」

 玲央は天井を蹴りつける。

 彼は弾丸のように璃紗へと飛び込んだ。

 璃紗はゲームで例えるのなら、ステータスだけがやたらと高いキャラだ。

 一方で、特殊なスキルも、状態異常への耐性もない。

 そんな馬鹿正直なタイプ。

 つまり――

「ちっ……!」

 

 玲央が幻術によって、数十センチだけ間合いを誤認させたのが原因だ。

 しかしそれに気付かず、璃紗は早すぎるタイミングで大鎌を振り抜いたのだ。

 大鎌は重量武器だ。一度振るえば、遠心力で体が引っ張られる。

 空振りさせてしまえば、大きな隙ができる。

「終わりだ!」

「うっせぇ!」

 璃紗は大鎌を引っ張る遠心力に抵抗――しない。

 それどころか逆に、彼女は自分から体を回転させた。

 そして璃紗は玲央を狙って回し蹴りを繰り出した。

「マジかよ……!」

 回し蹴りは玲央の側頭部を正確に狙っている。

(食らったら首ごとモゲるな……)

 そう玲央は確信する。

 だから彼は左腕を持ち上げ、固く頭部をガードした。

「ぐ、ぉ」

 盾にした左腕ごと璃紗は玲央を蹴り抜いた。

 左腕が軋む間もなく折れた。

 脳味噌を左から右へと衝撃が駆け抜ける。

 だが意識を途切れさせるわけにはいかない。

 玲央歯を食いしばり、剣を振り抜いた。

 銀色の刃は――

「か……はッ……!?」

「――終わりだ」

 確実に動脈を裂いた。

 璃紗の首から噴水のように血が飛び散った。

 あれではもう死ぬのは時間の問題だ。

「が、がああああああああああああああああ!」

 最期の抵抗か。

 璃紗が獣のような咆哮を上げて大鎌を振り上げた。

「うるさい」

 玲央は璃紗を見ることもなく、剣で彼女の胸を貫いた。

「オレ、賑やかな女より清楚系が好みなんだよ」

 谷間をかき分けるように胸へと突き立てられた剣。

 傷口から血があふれ始めた。

 璃紗が力尽きて膝をつく。

「璃紗ァァッ!」

 倒れ伏していた悠乃が璃紗の名を叫ぶ。

 彼女の目は絶望に染まっていた。

 だが、いくら彼女の名を呼んでも璃紗の死は避けられない。

 はずなのに――

「う、がああああああああああああああああああ!」

 璃紗は胸の剣を引き抜くと、猛々しく叫ぶ。

 絶望からじゃない。

 純粋な――戦意からの雄叫びだ。

 璃紗の体が炎に包まれる。

 そして数秒後には――無傷で彼女は立っていた。

 首の傷も、胸の傷もない。

 すべて……治ってしまっていた。

「思い違いをしていたらしいな……」

 玲央は自らの勘違いを悟った。

「奴の能力は身体強化じゃない」

 玲央は口元を歪めた。


「――だ」


(だから後遺症のある右手が使えたってわけか。それに、異常ともいえる身体能力は『自分の体を壊しながら』限界以上の力を発揮した結果)

 思えば、璃紗は攻撃のたびに激しい叫び声を上げていた。

 あれは気合いを入れるためだけじゃない。単純に――痛いのだ。

 走るたびに、攻撃するたびに骨が折れ、筋肉が千切れていたのだから。

 ただすぐに再生していたから、身体能力が強化されているだけのように見えただけなのだ。

 彼女は最初から、痛みに耐え、限界を越えて戦っていたのだ。

「――手間だな」

 玲央はぼやく。

 そして玲央は、駆けた。

 幻影を交えて璃紗を撹乱する。

 四方。そして頭上から彼女を切り刻む。

 背中を斬った。胸を斬った。腕を斬った。腰を斬った。

 それでも璃紗は倒れない。

 それどころか、彼女の反撃は激しくなる。

(こういう奴は……やりづれぇな)

 幻術とはいわば、相手を惑わし『攻撃を当てるまでを補助する』能力だ。

 璃紗の超速再生のように『攻撃を受けてから発動する防御』には弱い。

 ガードを躱すのは容易い。

 だが、ガードを抜けても璃紗の命には届かない。

 これでは斬っても斬っても終わらない。

 その上、一度でもカウンターを食らえばこちらは危ういと来た。

 ある意味で、玲央にとって最も相性の悪い敵だ。

(1%だろうとコイツの攻撃には当たらない)

 玲央は最低限の動きで大鎌をやり過ごす。

(だが、繰り返すとマグレが起きないとも限らない)

 ――感覚を操る。

 それだけが彼女を倒せる策と玲央は判断した。

 もう一度、五感を奪う。

 体を殺せないなら、心を殺す。

 それで終わりだ。

「そうと決まれば――」

 玲央は無駄のない動きで大鎌を躱し、璃紗へと肉薄した。

 そして彼は剣を手放し、右手で璃紗の顔を掴む。

「んぐッ……!」



 数センチの距離で二人の視線が交わる。

 そのタイミングで、玲央は彼女の脳へと幻術を送り込む。

「んぁ……!」

 璃紗の膝が砕ける。

 今の彼女は、自分が立っているのか倒れているのかも認識できないだろう。

 このまま意識を飛ばせば――

「ッ……!」

 そんな玲央の思惑は盛大に外れることとなる。

 もう倒れるのも時間の問題。

 そう思っていた璃紗が、彼の肩を掴んだのだ。

「悪ぃーな。体中が痛くて、お前の目とかよく見えねーわ」

 璃紗の眼光は衰えない。

 彼女は意識を失ってなどいない。

(ちっ……オレのミスだ)

 理由には、遅ればせながら玲央は気付いた。

(五感消失による精神的な疲労に、骨折と筋肉の断裂。そんな状況じゃ、すでに意識もはっきりしてないってか)

 目が合っていても、視線が交わってはいなかった。

 視線を通じての幻覚は、彼女に届いていなかったのだ。

 予想外の激戦に焦ってしまい、そこまで頭が回らなかった。

 勝利に逸りすぎたのだ。

 あそこは時間をかけてでも嬲り続けるタイミングだった。

 璃紗の攻撃を受けるというリスクを恐れとんでもない失態を演じてしまった。

「らァッ!」

「ぐぁッ!」

 璃紗の肘鉄が玲央の腹を突いた。

 腹から背中まで貫くような衝撃。

 玲央の体は一直線に壁へと吹っ飛ぶ。

(ミスった挙句カウンターまで食らうなんてな。最悪だぜ)

 実戦経験の少なさがここで利いてきたらしい。

「おらぁぁああああああああ!」

 地面を破壊しながら璃紗が跳んでくる。

 ここで一気に勝負を決めるつもりのようだ。

 回避は……間に合わない。

(どうせ、オレの能力は絡め手だ)

 だから――


(柔よく剛を制す、といかせてもらうぜ)



「なッ……!」

 璃紗が最後の一撃を玲央に叩き込もうとした時――彼の前方で異常が起きた。

 空間に丸い穴が生じたのだ。

(ギャラリーの空間転移か……!?)

 あれには見覚えがある。

 以前に戦った《怪画》――ギャラリーが使う空間転移のためのゲートだ。

 彼女がどこかに隠れているのか。

 そんな疑問を浮かべるが、それは一瞬で消え去った。

 そのような些細な事を考えていられなくなった。

 なぜなら――

「薫姉ッ!?」

「璃紗さん……!?」

 空間門を通して現れたのは、

「持つべきは盾だな」

「てめぇッ!」

 怒りで璃紗は叫ぶ。

(やべぇッ……もう攻撃の体勢に入っちまってる!)

 ここで強制的に攻撃をキャンセルすれば、間違いなく大きな隙が生まれてしまう。

 だが、このまま攻撃をすれば薫子を攻撃してしまうこととなる。

 それでは本末転倒だ。

(アタシも結構消耗してる……この機会を逃したら……負ける)

 だが、薫子を盾にされてはどうしようもない。

 どうする。

 その問いかけが脳を駆け巡る。


「璃紗さん! それは! わたくしの『偽物』ですッ!」


「「ッッ!」」

 部屋に声が響いた。

 ――薫子の声だ。

 

(なんで二人――)

 偽物。

 薫子の言葉を反芻する。

(今、アイツが出してるのは薫姉の幻ってことか……!?)

 ゲートも薫子も。

 すべて玲央が見せた幻術なのだろうか。

(それとも……あっちが仕込みか!?)

 逆に、階段から叫んでいる薫子が偽物の可能性もある。

 璃紗の手によって仲間を殺す。

 そんな最悪のシナリオを作りだすために。

(どっちだよ! 分ッかんねぇ!)

 璃紗は勘に頼る面が大きい。

 薫子なら、どちらが本物か状況から理論的に導き出せるのかもしれない。

 しかし、それを璃紗はできない。

(もし……目の前にいるのが本物だったら――)

 このまま大鎌を振り下ろせば……自分の手で薫子を殺害することとなる。

 それ以上に恐ろしいことがあるだろうか。

(駄目だ! マジで分からねぇッ!)

 璃紗は決意する。

(分からねぇならッ!)


「面倒臭ぇ! やっちまえぇぇぇッ!」


 璃紗は大鎌を振り下ろした。

 玲央と薫子が斬り裂かれ――血を迸らせる。

 そして――薫子の姿が霞になって消えた。

「あ……当たってたっぽいな……」

 大鎌を振り下ろしたままの姿勢で璃紗は呟いた。


「そ……そんな偽物でアタシたちを騙せるかよこのヤロー!」


 璃紗は倒れた玲央に大鎌を突きつけた。

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