3章 21話 復讐の燭台に嫉妬の炎を灯す

「すっトロいなぁ妹ちゃん! ブランクで弱くなったのかい!?」

 縦横無尽にキリエが駆け回る。

 彼女のスピードは途轍もないの一言だ。

 エレナの目を以ってなお、彼女の動きは断片的にしか掴めない。

「《敗者の王グランド・グレイ》!」

 エレナは流れるような動作で銃弾を放つ。

 その数は一息で10発以上。

 しかし魔弾すべてを置き去りにしてキリエは駆け抜けた。

 明らかに追いかけきれていない。

 銃弾が的外れな場所にばかり着弾する。

(最速の名……いまだに衰えてはおらぬの)

 むしろ成長さえしている。

 最高速は確実に5年前を凌駕していた。

「はぁッ」

 エレナは再び引き金を引いた。

 だがさっきまでとは違う魔弾だ。

 エレナが作りだした灰色の炎弾は弾けて拡散する。

 魔力製の散弾といったところか。

 一発一発は矮小だが、命中率は他の魔弾とは比べ物にならない。

「無駄ァ!」

 だが、キリエは直角に方向転換することで散弾をすべて回避した。

 彼女は一気に距離を詰めてくる。

 そして高速でエレナの隣をすり抜けた。

「ぐぬぅ……!」

 エレナの肩から血が飛ぶ。

 すれ違いざまに肩を斬られたのだ。

 とっさに身を引いたおかげで致命傷ではない。だが、浅いともいえない。

「まだじゃ!」

 次に撃つのは

 灰色の魔弾が彗星のように光の尾を伸ばしてキリエに迫る。

「アハッ」

 キリエはそれを一笑に付すと、両腕を広げてその場で回転した。

 絶対切断の鉤爪を広げ、《怪画》最速のスピードで回転する。

 その姿は黒い竜巻のようにも見えた。

 あらゆる攻撃を斬り裂き、触れる者すべてを斬殺する死の竜巻だ。

「せいやァッ!」

 回転を止めると、すぐさまキリエが腕を一振りした。

 すると爪の残像が刃となりエレナへと飛来する。

「そんな技もあったのじゃな……!」

 エレナは跳び上がってそれを躱す。

 彼女が知る限り、キリエは近距離特化型だった。

 遠距離へと届く技など記憶にない。

「うん。妹ちゃんの実力は大体分かったかな」

 キリエは猟奇的に微笑む。


「だから……


 キリエがエレナの

 一瞬にして肉薄されたのだ。

 想定外の接近。

 エレナは考えるよりも速く迎撃しようとして――

「……ぬ?」

 バツン。

 そんな音がした。

 それは張り詰めたゴムが千切れるような音。

 気が付いたときには、エレナの目線が一気に下がっていた。

「なん……じゃ……?」

 エレナは困惑する。

 意志に反し、いつの間にか床に座り込んでいたからだ。

 立ち上がろうとするも、なぜか崩れ落ちてしまう。

 それに、足首が熱い。

 エレナは熱の正体を確かめ、理由を理解した。

 彼女の両足首からおびただしい血が流れていた。

 足に力が入らない。

 

「これで妹ちゃんはもう動けない」

 足を奪われた。

 その事実にエレナは歯噛みする。

 キリエと相対するにあたって、足が使えないなど致命傷だ。

 いくらエレナの武器が拳銃とはいえ、キリエのスピードなら容易く弾幕をすり抜けて彼女の首を落とすだろう。

「ボーっとしてどうしたのかな? 蝶々でも見つけたのかな?」

「!」

(しまッ……!)

 負傷に動揺し、注意がおろそかになっていた。

 エレナが我に返った時には、目の前にキリエが立っていた。

 死。

 無残に引き裂かれる自分の姿を幻視する。

 だがキリエが選択したのは回し蹴りだった。

 一瞬にしてエレナの視界が黒く塗り潰される。

「ぐぬぅ……!」

 顔面を蹴り抜かれ、エレナは背後の壁に叩きつけられる。

 飛びかける意識。

 エレナは壁に寄りかかるようにしてその場に座り込む。

(……すぐに次の攻撃がッ……!)

 エレナの息の根を止めるために接近してくるであろうキリエを撃ち倒すため、彼女は自分自身を鼓舞する。

 しかし彼女が体勢を立て直すよりもキリエの追撃は速い。

「ぬぁぁ……!」

 高速で迫ってきたキリエはエレナの腹を踏みつけた。

 ほとんどタックルに近い勢いで鳩尾を踏みつけられ、エレナは耐える間もなく胃液を噴き出した。

「どうしたのかな妹ちゃん。もう終わりなのかな」

 キリエはエレナを嘲笑う。

 そして彼女は鉤爪をエレナの衣装に引っ掛けると、散り散りに破り裂いた。

「妹ちゃんの体は発育不良みたいだね。うん。まだ女の体にはなっていないね。人を食べていないから、成長が止まっちゃったのかな?」

 エレナの未成熟な体を覗き込んでキリエはそう言った。

(確か……この場所……じゃの……)

 エレナはキリエから視線を外し、拳銃を強く握る。

 彼女は勝利のための思考を放棄などしていない。

 だから分かった。

 彼女の記憶が正しければ、この場所で間違いない。

 運が良かったのだ。

 おかげで、逆転の目は生まれた。

「……姉様」

「なんだい妹ちゃん」

「姉様は……強い」

「うん。知ってる。そんな当然の事を言ってアタシをおだてようだなんて、妹ちゃんは太鼓持ちの才能がないんだね」

 キリエは微笑む。

 弱者をいたぶる……自分を強者と思い違いした者の目だ。

「じゃが……姉様には弱点がある」

「……ハァ?」

 キリエが不愉快そうに眉を寄せた。

 無欠と考えている自分の力を否定されたことに苛立っているようだった。

 だがそれを無視してエレナは――銃口を床に押し付けた。


「姉様の弱点は……強すぎることじゃ」


 銃口から大量の炎が射出される。

 その炎は大火力を以って床を貫通した。

 それに伴い、床が大きく崩落する。

 足場を失い、エレナとキリエは空中に投げ出された。

「なッ……!」

 突然の出来事にキリエは驚愕した。

 重力に引っ張られ二人は階下に落下してゆく。

「なにを考えているんだい。空中戦なら、自分に勝機があるとでも思うのかな?」

「思うてはおらぬよ」

 エレナはキリエの言葉を否定する。

 彼女なら落ちてゆくガレキを足場にして自由に動き回ることだろう。

 それくらいで彼女を捉えられるなどと思ってはいない。

「覚えはないかの? この部屋に――」

「覚え……?」

 エレナの言葉にキリエは怪訝な顔を浮かべる。

 そして彼女は下へと視線を移し――気付いた。

「ここは……!」

 二人の下に広がっていたのは――暗闇。


「そう……大穴のトラップじゃ」


 彼女たちの眼下にあったのは、

 二人は底のない闇へと呑まれてゆく。



「ふざけるなぁぁあああああああああああああッ!」

 部屋の正体に気がついたとき、キリエの行動は早かった。

 彼女は壁に鉤爪を突き立て、落下速度を落とそうと試みる。

 だが――

(スピードが……落ちていない……?)

 まったく減速していない。

 その事実にキリエは困惑し――凍りついた。

 原因に思い当たってしまったのだ。

「クソッ…………! 《挽き裂かれ死ねカット&ペースト》の……!」

 ブレーキの本質は摩擦力だ。

 物体と物体の間で働く摩擦力が減速を促しているのだ。

 しかし、それは彼女の絶対切断には通用しない理屈だ。

 彼女の能力なら『何の抵抗もなく』物体を切断できるのだから。

 今キリエがしていることは、壁に深く長い傷をつけているだけなのだ。

(マズい、マズい、マズい! このままじゃトロンプルイユの幻術に取り込まれて死ぬッ……!)

「トロンプルイユゥゥゥ! 幻術を解除しろォォ!」

 キリエは焦燥にかられて絶叫する。

 しかしその声がトロンプルイユの耳に届かない。

 彼は二階も上にいるのだから聞こえるわけがない。

(……グ、グリザイユは……!)

 キリエは周囲に視線を走らせる。

 彼女の妹もこの穴に落ちたはずなのだ。

 キリエはエレナの姿を探す。

(妹ちゃんを足場にすれば、アタシは地上に戻れる……!) 

 そしてキリエは彼女の姿を見つけた。

 ……

「なッ……」

 エレナは二つの銃口から炎を噴射して滞空していた。

 穴を落下しているのは……キリエだけだったのだ。

「終わりじゃ。姉様」

 エレナは魔弾を無数に射出した。

 あんな遅い弾、すべて見切れる。

 躱すのなんて簡単だ……普段なら。

 しかし、壁を滑り落ちているキリエには回避する手段がない。

 大量の魔弾が次々にキリエの体へと着弾した。

「ぐ、がぁあああああああああああああああ!」

 痛みにキリエは叫ぶ。

(あいつッ……! アタシを穴に落とすつもりかッ!)

 魔弾を受けた反動で、キリエの落下速度がさらに上がった。

 このまま奈落の底まで彼女を落としてしまうことこそがエレナの狙いだったのだ。

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなァァァ!」

 キリエは怒り狂う。

 このまま自分が殺されるだなんて屈辱を認められるわけがない。

「アタシを……舐めるなァァ!」

 キリエは絶叫すると、思い切り壁を蹴りつけた。

 反動で彼女は斜め上へと跳びあがる。

 そしてさらに壁を蹴る。

 その繰り返し。三角跳びの要領でキリエは穴を上ってゆく。

 エレナは魔弾を連射するが、キリエの動きを捉えきれない。

「残念だったね妹ちゃん! 君の策は失敗だ! 震えて待っていなよ! アタシが戻った時! 妹ちゃんは終わりだよ!」

 キリエは高笑いをあげる。

 だが、それも一瞬のこと。


「……ハ?」


 キリエは呆けた声を漏らした。

 彼女の視線の先に見えたのは、二つの銃口を揃えてこちらを狙うエレナの姿だった。

 二つの銃口からは巨大な火球が二つ。

 並んだ火球は一つへと融合し、さらに大きなものへと成長する。

「――この一撃は

 エレナは告げた。

 絶望的な言葉を。


「いくら速くても……逃げ場などないのじゃ」


 そして、エレナは灰色の閃光を撃ち出した。

 滅びの光は彼女の言う通り穴全体を埋め尽くした。

 キリエがいくら速くとも、逃げる場所がなければ躱しようがない。

「ぎ、ぐがああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 キリエは悲鳴と共に灰色の光に呑まれて消えた。



「はぁ……はぁ……これで……やったのじゃ」

 エレナはゆっくりと床に着地する。

 大穴からキリエは出てこない。

 あのまま銃撃で撃ち落とせたのだろう。

 エレナは両手をついて座り込み、息を整える。

 最後の一撃にはかなりの魔力を込めた。

 それに足は使い物にならない。

 勝つには勝ったが、死力を尽くした戦いだった。

「姉様……妾は――」


「何……かなぁ……妹ちゃん」


「ッ……!」

 エレナの言葉を遮った声。

 その正体に彼女は目を見開いた。

 エレナは目の前にぽっかりと開いた穴へと目を向ける。

 そこからは何かを擦りつけるような音が聞こえていた。

 そしてついに、穴の縁に手がかけられた。

「うん。これは、アタシの勝ちだよね」

 キリエは穴から這いだすと、そう笑った。

 もちろん無傷ではない。

 全身は火傷だらけで、服も大部分が焼け落ちている。

 それでも彼女は生きていた。

 垂直の壁をよじ登り、ここへと舞い戻ったのだ。

「くっはぁ……痛いなぁ」

 よろめきながらもキリエは立ち上がる。

 エレナも応戦するために立とうとするも、足に力が入らずにその場で転がるだけだ。

 キリエは鉤爪を顕現させる。

 エレナの拳銃は、魔力の限界で片方が消滅してしまい一丁しか残っていない。

 肩から流れる血はいまだに止まらず、腕を持ち上げるのも辛い。

 優劣は明白だった。

「じゃあ。うん。これでお別れだ」

「……そうじゃの」

 二人の視線が交錯する。

 エレナの目から見て、キリエの体も限界が近いはず。

 彼女が十全に動けるのも次が最後。

 となれば、つぎの一撃が戦いの終わりとなるのは必然。

 キリエの速力が早撃ちのごとくエレナを討ち取るのか。

 エレナの読みがそれを覆すか。

 それにかかっていた。

「「ッ……!」」

 動いたのは同時だった。

 消えるキリエ。

 それを確認すると同時にエレナは自身に許された最速の動きで――

「はぁッ」

 ――背後を撃った。

「がぁッ!?」

 エレナが弾丸を撃つと同時に、弾道に飛び込むようにキリエが出現した。

 魔弾がキリエの太腿を撃ち抜く。

 高速で動く相手の足を寸分違わず撃つという神業。

 本来であれば不可能な所業だ。

 できるとしたら、見えていたか……知っていたか、だ。

「姉様の弱点は強すぎることじゃ」

 キリエは足のダメージによって崩れ落ちる。

 そんな彼女をエレナは冷静に見つめていた。

「姉様の爪は鋭すぎるがゆえに攻撃にしか使えない」

 絶対切断という性質上、切断しか絶対にできないのだ。

 だから先程のようにブレーキとしての役割を任せることもできない。

「速すぎるがゆえに……『自分の反射速度が追いつかない』」

 これこそがキリエが抱える最大の弱点。

 彼女は速い。だが、それに他の感覚が追いつけないのだ。

 だからこそ、致命的な弱点が一つ。

「姉様は自覚しておらぬのかもしれぬが、姉様には昔から癖があった」

「癖……どういう意味かな……?」

「姉様は自分の感覚が追いつかないほど高速で動くとき『決められたいくつかのパターン』でしか動かないということじゃ」

 エレナの指摘にキリエは目を丸くする。

 きっと自覚がなかったのだろう。

 多分、動きのパターンは意識して作ったものではない。

 スピードを追求するあまり、他が――多彩な動きがおろそかになっていただけだ。

 そうやって速力を鍛え上げ、さらに感覚が置いていかれる。

 だから、とっさの時には慣れた軌道での移動しかできない。

 一つの習慣として確立された動きなら、感覚が追いつかなくても簡単に実行できるから。

 そうして、キリエの動きにはいくつかの『型』が生まれ――はまり込んでしまった。

「姉様はその力ゆえ、それでも勝ててしまった」

 エレナは重厚をキリエへと向けた。

「何度も戦えば敵も姉様のパターンに気が付いたじゃろう。しかし、

 ――だから、型を逆手に取ってくる相手と戦った経験がないのじゃ。

 そうエレナは続けた。

「姉様のパターンを知っているのは味方だけ。じゃが、姉様が味方と戦うことはない。その結果として、姉様は自分の弱点に気が付く機会を得られなかった」

 考えてみれば、彼女は憐れなのだ。

「もしも姉様に……忠言をしてくれる部下が――本当の意味で信頼できる部下がおったのなら……その弱点にも気付けたのじゃろうがの」

 ……結局のところ、キリエは忠臣に恵まれなかったのだ。

 キリエのことを真に思い、彼女にとって耳の痛い言葉を言ってくれる部下に出会えていたのならば。

 そんな優秀な部下がついていれば、今ごろキリエは自らの弱点を克服していたことだろう。

「そうか……。うん。分かったよ……」

 キリエは顔を伏せたままそう漏らす。

「優秀な部下。真にアタシを思っている部下。確かに、そういったものには恵まれていなかったのかもしれないね」

 歯ぎしりの音が聞こえた。

「――でも、お前に言われる筋合いはない」

 キリエが顔を上げる。

 その表情は憤怒に染まりきっていた。


「玉座も。忠臣も。アタシから奪ったのはお前じゃないかァァッ!」


 キリエは怒りのままに鉤爪を振りかぶった。



 ――なんでだろうか。

 キリエには分からなかった。

 なぜ自分が魔王にはなれなかったのか。

 選ばれたのがなぜ妹――グリザイユだったのか。

「アタシのほうが強い! アタシのほうがお父様を尊敬してる! アタシのほうが先に生まれた!」

 キリエは血を吐くように叫んだ。


「――アタシなら、王族としての運命から逃げなかったァッ!」


 魔王グリザイユが破れた時、確かにキリエたちは敗走した。

 だが強く胸に再起を誓ったのだ。

 そしてその誓いは、自らの手で現実にした。

 キリエは残党軍を組織し、再び《怪画》の栄光を手にするために戦った。


「たかが一回負けたくらいで王族の責務から逃げるような奴が――なんでアタシを飛び越えて魔王になったんだよォ!」


 キリエの慟哭は止まらない。

 積年の想いをぶちまけ続ける。

「アタシは生まれた時からずっと王になりたかった!」

 キリエは知っていた。気付いていた。

 自分の妹が、魔王としての座に執着していないことを。

 グリザイユにとって大切なのは《怪画》であって、自分の立ち位置ではなかったことを。

 民が望むなら、彼女は王でも家臣でも良かったことを。

 

「アタシのほうが王になりたいのに……! なんで、グリザイユのほうが王にふさわしかったのさ……!?」


 キリエが望んだ責務。

 それは、その重みを望まないグリザイユに与えられた。

 キリエが望んだ未来。

 それは、グリザイユを望まぬ未来に縫い止める枷となった。


 キリエが喉から手が出るくらいに欲しかったもの。

 それをグリザイユは、責任感だけで背負い込んでいた。

 キリエは王の責務を背負いたかったのに……グリザイユは王の責務を背負わされた。


 キリエはグリザイユが嫌いだ。

 嫌いだから、ずっと見てきた。

 だから知っている。

 ――自分の妹は王の資質があった。

 ――自分の妹は王になんてなりたくなかった。

 だから、あの戦いが終わった後、グリザイユは責任感の呵責に悩まされながらも普通の人間として生きる道を選んだのだろう。

 それが、魔王グリザイユではなく、ただのグリザイユの願いだから。

 ――それを知っていたから、グリザイユが灰原エレナを名乗っていると知っても、それほど驚くことはなかった。


 ただ……少しだけ嬉しかった。

 グリザイユがいなければ、魔王の血族は自分一人。

 なら、魔王にふさわしいのも自分一人だから。

 やっと魔王になれる。そう喜んだ。

(そうか……)

 ここで、やっとキリエは自分の感情の正体を悟った。

(アタシは――)

 グリザイユが――エレナが『自分は王にふさわしくなかった』と言った時、妙に腹が立った。


「アタシが魔王なんだァッ!」


(アタシは――グリザイユが羨ましかったんだ)

 

 みんなに慕われていて、才能もあった。

 キリエが望んだものを、望むこともなく手に入れた。

 自分では勝てない相手なのだと……どこかで察していた。

 

 キリエはグリザイユが嫌いだ。

 嫌いなのに、彼女を妹と呼び続ける。

 きっとそれは、自分が姉なのだと――自分が上なのだと言い張りたいだけのちっぽけな虚栄心だったのだろう。


 無限に思えるほどに引き伸ばされた時間の中でキリエはこれまでの感情に次々と答えが提示されてゆくのを感じた。

 彼女は全力を込めて爪を振るう。

 だがそれよりも、グリザイユの魔弾のほうが速くて――


「さよならじゃ。姉様」


 キリエの眉間が、撃ち抜かれた。


(また……勝てなかった)


 地面に倒れるよりも早く、キリエの意識は途絶えた。

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