2章 20話 チェックメイト
「ぎがァッ!?」
額に光刃をぶち込まれ、ギャラリーはのけ反る。
床と平行になるほど上半身を反らしたまま、彼女は微動だにしない。
噴き出す赤い鮮血。
ギャラリーは動かず、額から赤い噴水を上げた。
「や、やった……!」
喜色を浮かべる春陽。
それを見て薫子は微笑んだ。
――ここまでの一連の流れはすべて薫子が描いた筋書き通りだ。
もちろん最初の連携で狩れたのなら良かった。
だがそれに期待せず、全員が固定された場合の対処も考えていたのだ。
それが功を奏し、ギャラリーの額に光刃を撃ちこんだ。
あの魔法はかなり強力な切断力を持つ。
頭部に撃ちこまれたのなら後頭部まで貫かれて即死だろう。
ゆえにギャラリーは「――危なかったわ」
「「「ッ!?」」」
聞こえたのは、もう死んだとばかり思っていたギャラリーの声。
思わず薫子たちは目を見開いた。
体が固定されていなければすでに臨戦態勢を取っていたことだろう。
しかし、この場で動けるのはギャラリーだけだ。
「本当に……危なかったわ。攻撃が速すぎて固定が間に合わなかったときは死ぬかと思ったわ。いえ、本来なら死んでいたわね。
ゆっくりとギャラリーは身を起こす。
額の裂傷は深く、多くの血を流している。
それでも彼女は生きていた。
「最後の攻撃。事前に春陽さんの魔法を止めることはできなかった。だから、
薫子がそう結論付けると、ギャラリーが得意気に笑う。
「深手は負ったけれど、アタシは死んでいないわ。最後まで諦めることなく、夢への一歩を踏み出したわ」
「そんな……」
茫然とした表情で薫子はそう漏らす。
もう春陽がしただまし討ちは通用しない。
出せる手札は出し切った。
これが、戦いの結末だ。
「そんな……そんな……」
絶望する薫子を見て、ギャラリーは笑みを深めた。
そしてギャラリーは勝ちを確信した表情で、悠乃を殺すため振り返りながら勝利宣言を――
「これで邪魔者はもういない……! アタシの勝ちよ! これでトドメ――」
「そんな……都合の良い話があるわけないですよね?」
先程まで失意に暮れていたはずの薫子は――演技をやめた。
彼女が浮かべているのは、真の勝利を確信した者の笑み。
直後、ギャラリーの全身から血飛沫が弾けた。
「え……?」
中途半端に振り返った姿勢のままギャラリーは間抜けな声を漏らした。
彼女の体は赤い茨に貫かれていた。
何箇所も何箇所も。
赤い氷で作られた茨で、貫かれていた。
「え……?」
きょとんとした表情のままギャラリーは薫子を見る。
そして次に、背後へと視線を向け……事態を理解する。
「――思えば、最初から勝負は決まっていましたね。わたくしが投げたナイフを躱してしまった時点で」
ギャラリーの視線の先にいたのは――
立ちつくすギャラリーへと向けられた悠乃の手首からはドピュリドピュリと心臓の鼓動に合わせて大量の血が流れだしている。
流れ出した血は途中で凍りつき、ギャラリーの体に突き刺さっていた。
「戦いに向けて魔力を節約するためか、空間固定をする部位を限定していたのが仇になりましたね。だから固定されている手首を斬り捨てれば、残った腕を動かすことができてしまう」
その証拠に、空中では悠乃の手首が浮かんだままだ。
切り落とされた手首が空間ごと固定されたまま留まっている。
「わたくしが投げたナイフはあなたを攻撃するためのものではなく、悠乃君の腕を切り落とし、その血飛沫をあなたに振りかけるためのものだったんです」
降り注ぐ血液を凍らせたのなら、即席の鎗の完成だ。
そのまま、薫子たちに集中しているギャラリーの無防備な背中を貫くだけの簡単な作業でしかない。
これこそが薫子が描いた作戦の全貌である。
「大人しくナイフで片目を潰されていてくださったら、こんな目に遭わなくて済んだかもしれないのに……残念でしたね」
それも嘘だ。
そこで片目になっていれば、次の前後からの連携攻撃で命を落とした。
この戦いは、最初から勝者が決まっていたのだ。
「ぞん……なぁ」
ギャラリーは血を吐きながらそう嘆いた。
顔をぐしゃぐしゃに歪め、両目から無念の涙を流す。
「ごんな……ごんなどころで……死ぬだなんて……!」
「安心してください。好きなタイミングで死ねるのは自殺者だけですので」
悲痛な声で泣くギャラリーを薫子は冷たく突き放す。
結局のところ、彼女にとってギャラリーは敵でしかない。
決闘を受けたくらいだ。悠乃にとっては特別な相手だったかもしれない。
でも、自分には関係ない。
「死なんて、誰にとっても理不尽だらけなものなのですから」
ただ消しておかなければならないだけの相手なのだ。
薫子は視線で悠乃に合図する。
「――《咲いて》」
悠乃は告げた。
するとギャラリーに絡んでいた茨にバラの花が咲き、彼女の体を氷の棺へとしまい込んだのであった。
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