2章 19話 黄金の描く一手

「でも案外さ――」


「そういうこと言ってると――来ちゃうんだよね」


「――僕たちの姉さんはさ」


 悠乃言い終わるのと同時だった。

 突如、倉庫の扉の向こうで爆発音が響いた。

 その爆風は鉄扉を吹っ飛ばす。

 おもちゃのように吹っ飛んだそれは、そのままギャラリーへと飛来する。

「《魔姫催ス大個展フィキシビジョン》」

 しかし、ギャラリーが目を細めるだけで鉄扉は空中で静止する。

「やっと来たのね」

 体力温存のために腰を下ろしていたギャラリーは緩慢な動作で立ち上がる。

 彼女の視線は大きく開いた倉庫の入口へと向いている。

 すると、それを待っていたかのように何かが倉庫へと転がり込む。

 金属で作られたそれはカランカランと音を鳴らして床を移動した。

 その形はまるで――手榴弾。

「ッ」

 ギャラリーも物体の正体に気付いたのだろう、

 それの正体が――であることに。

 見た物を固定するギャラリーには天敵といえる武器。

 視界を塗り潰す、光の奔流だ。

「くっ」

 ギャラリーは腕で目を隠し、後ろへと跳んだ。

 炸裂する閃光弾。

 放たれた光はギャラリーをも呑み込んだ。



「一瞬目を潰したくらいで調子に乗らないで……!」

 ギャラリーはそう言葉を吐き出した。

 腕で目を隠していたためギャラリーの目は無事だ。

 すでに、これから来るであろう少女へと意識を向けている。

 そしてその瞬間は――来た。

「覚悟してください!」

 ギャラリーの視力が戻ると、そこには駆け込んでくる少女見えた。

 まだ視界には斑点が残っているが、迫ってくるのがマジカル☆トパーズであることは判別できた。

「一瞬で終わらせます」

 走りながら少女――金流寺薫子は背中に手を回す。

 彼女の能力から、再び閃光弾を使ってギャラリーの目を潰そうという算段なのだと判断。

「《魔姫催ス大個展》!」

 だからこそギャラリーは爆弾を投げられるよりも早く空間を固定するために動く。

 このタイミングなら、薫子が爆弾を投げた直後――炸裂よりも先に固定してしまうことが可能だ。

 しかし――薫子が投げたのは爆弾ではなかった。

「ぬをぉぉッ!?」

 彼女が投げたものは白い毛玉だった。

「な、何よッ!?」

 想像とは違い過ぎる投擲物にギャラリーは動揺の声を上げた。

 彼女はそのまま反射的に飛来物ごと空間を固定する。

 静止した物体。それはイワモンだった。

 彼はすさまじい形相のまま固定されている。

「……うふん?」

「ッ! 邪魔!」

 だが、そんなことを気にしている暇はない。

 現在、ギャラリーの視界はイワモンの体で埋め尽くされている。

 薫子はイワモンの陰に隠れてしまい、固定できなかったのだ。

 ――おそらく、これは薫子の策だ。

 イワモンを壁に使うことで、自らを空間固定の範囲内から外したのだ。

ギャラリーは急いで横へと体を傾け、イワモンの後方に隠れている薫子を視界に収める。

「なッ!?」

 直後、ギャラリーの眼前にはナイフが迫っていた。

 ナイフは回転しながらもまっすぐに飛んできている。

「はぁぁッ!」

 ナイフを投げたのは薫子だ。

 彼女はギャラリーがイワモンを避けるように動くことを予測してそこにナイフを投げ込んでいたのだ。

 ナイフは正確にギャラリーの眼球を狙っている。

 そのナイフは一般的に店で売られているようなもので、それほど質の良いものではない。

 だが眼球に刺さって無事に済む道理もなかった。

 あと数ミリで尖った刃先は彼女の目玉を抉りだすだろう。

 これでは空間固定の発動は間に合わない。

「――っアァ!」

 ギャラリーは全力でさらに横に跳んだ。

 ナイフの刃が頬を斬り裂いた。だが、致命傷を負うことは回避した。

 とはいえ、着地を考慮しない捨て身の行動だったため、ギャラリーは体勢を崩して地面に倒れ込む。

「危なかったわ……でもアタシの勝ちよ!」

 ギャラリーの能力の長所は、狙いを定める必要がないこと。

 そして、どんな体勢からでも発動することだ。

「《魔姫催ス大個展》!」

 身を起こしたギャラリーは目だけを薫子へと向けた。

 すでに薫子は一メートルの間合いにまで近づいている。

 だが、もう間に合わない。

「がっ……!」

 薫子の体がガクンと不自然に動かなくなる。

 だが、すでに彼女の拳はギャラリーの鼻先へと触れていた。

 もし一瞬でも固定が遅れていれば、そのまま殴り飛ばされていただろう。

「これで貴女たちは全滅――」


「まだだよー!」


 声が聞こえた。

 軽快な声が薫子の背後から響く。

 ギャラリーは失念していた。すさまじい速さで移り変わる戦況のせいで見落としていた。

 イワモンの陰に薫子が隠れた。

 なら、薫子の陰に隠れていた人物がいてもおかしくはないことに。

「――4人目っ……?」

 ギャラリーが呟くと同時に、何者かが薫子の背中を踏み台にして跳び出してきた。

 それは白髪の少女だった。

 ワンピースのような衣装を纏っているが……確信した。

 あれは魔法少女だと。

「まだ……いたのねっ!」

 ギャラリーは薫子から白髪の少女――黒白春陽へと目を移す。

 春陽が掲げた人差し指には光が灯っている。

 おそらく何らかの攻撃の予備動作なのだろう。

 だが、距離は一メートル。充分に間に合う。

 近づいてくる春陽。

 しかしなぜだろうか。

 彼女の影が彼女の動きと連動して移動し、

「っ――!」

 研ぎ澄まされたギャラリーの感覚が警告した。

 ――命の危機が迫っているぞ、と。

「――悟られましたか」

「っ!?」

 何者かが、ギャラリーの耳元でささやいた。

 視界の端に映るのは――黒。

 影のような黒だ。

 推測だが、彼女の能力は――影。

 おそらく

 薫子はイワモンの陰に隠れ。

 春陽は薫子の陰に隠れ。

 黒の少女は、春陽のに隠れていた。

「――5人」

 ギャラリーは思い違いをしていた。

 確かに、グリザイユが魔法少女と戦った際、彼女たちは三人組だった。

 ゆえに、今もまだ三人で活動していると思い込んでいたのだ。

 その末路が、二人の魔法少女に挟まれた現状だ。

「この距離、前後にいる二人を固定することは不可能ですよね」

 黒の少女――黒白美月はそう断言した。

 当然のことだが、ほとんどの生物は前方しか目視できない。

 視界こそが攻撃範囲であるギャラリーにとって、背後とはまさに死角だ。

「終わりだよー!」「終わりです」

 黒白姉妹は宣言と共に腕を振るう。

 どちらを固定しても、もう一方がギャラリーの命を絶つだろう。

 この状況を呼び込んだ時点で、彼女は詰んでいたのだ。

「ふざけ、ないでっ!」

 だが諦めない。

 ここで諦められるわけがない。

「――《虚数空間スペースホロウ》」

 彼女の声に呼応し、彼女の顔半分が黒霧に包まれる。

 ゲートをつなげた先は、背後だ。

「ふぅん。そんな顔をしていたのね」

「なっ――」

 黒霧に包まれた左目が背後にいる美月を捉える。

 ギャラリーと目が合うとは思わなかったのだろう。

 美月に動揺が走る。

「これなら、前も後ろも同時に見れるわね」

 ギャラリーの右目は春陽を。左目は美月を見ている。

 視界に収めるという条件は満たした。

「トドメよ食らいなさい! 《魔姫催ス大個展》!」

「きゃっ」「姉さん!」

 姉を庇おうとしたのか、とっさに美月は春陽に向かって影を伸ばした。

 影は広がって春陽を覆い隠そうとするが間に合わない。

 彼女の片腕が隠れる頃には、二人とも影ごと固まっていた。

「くッ……!」

 美月は悔しげに表情を歪める。

 当然だ。

 これで魔法少女は全員ギャラリーによって固定されたのだから。

 空間固定を受けた者に為す術はない。

 全員が行動不能に陥った時点でギャラリーの勝利は確定したのだ。

「……これで、アタシの勝ちね」

 ギャラリーは脂汗を流す。

 勝つには勝ったが、消耗が激しすぎたのも事実。

 空間固定の連続使用と大量出血による眩暈でふらつきつつギャラリーは立ち上がった。

「これでアタシは……マジカル☆サファイアを――」


「ねぇ」


 待ちに待った悲願の成就を目の前にして笑みを浮かべていたギャラリーへと声がかけられる。

 声の主は先程固定したばかりの白い少女――黒白春陽だった。

「? なにかしら」

「まだ、終わってないよ?」

 さも当然のように春陽はそう言った。

「……そう言えば、あなたの片腕はまだ固定していなかったわね。でも、肩は固定しておいたからどうせ手を振ることもできないわ。充分終わりよ」

 最後の一瞬、美月は影を伸ばし春陽の腕を空間固定から逃がした。

 だからギャラリーは春陽の肩を固定していたのだ。

 たとえ片腕が自由であろうとも、肩を固められては戦いようがないからだ。

 できても肘を曲げられる程度であり、ギャラリーを攻撃することはできない。

 今、二人の間には固定された影がある。

 さっきは空間固定から春陽を守った影が、今度は彼女の攻撃を阻む壁として立ちふさがるのだ。

 腕の自由が利かない以上、影を回り込んでギャラリーを攻撃するような芸当は無理だ。

「……わたし、ここに来てから一回もまばたきしてないんだー」

「?」

「だから、すっごく目が乾いているんだよ」

 春陽が言いたいことを理解できず、ギャラリーは眉を寄せた。

 それでも彼女の口は止まらない。

「目が乾くと涙が出てくるの。そうすると――」

 春陽の目は潤んでいた。

 その様子はまるで――

、でしょ?」

 次の瞬間、春陽の腕を包んでいた影から光刃が飛びだした。

 神速で伸びたそれは……春陽の眼球に直撃する。

 訳の分からない行動。

 ギャラリーは困惑するが、考える間もなく答えは提示された。

 

 おそらくあの光刃は光のように鏡で反射するという性質を持つのだろう。

 それを利用し、涙を使って光刃を反射させ、影が邪魔で直接攻撃できない位置にいるギャラリーへと魔法を向けたのだ。

「いっけぇぇ!」

 春陽が叫ぶ。

 迫る光刃。それは速く、目で追えない。

 目で追えないものをピンポイントで固定などできない。

(間に合わないッ……!)


 光刃は防がれることなくギャラリーの額へと吸い込まれた。

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