2章 11話 決闘当日・死闘前
5年前。蒼井悠乃は《
とはいえ、最終決戦が近づいていた時期を除けば、毎日のように《怪画》が現れていたわけではない。
そして、戦いに使えそうなアイデアを閃いたからといって、なんの試行錯誤もなく実戦に転用するわけにもいかない。
だからといって堂々と街中で魔法の練習はできない。
そんな枷だらけの日常の中で、満足に経験を積めていない時期というものが悠乃たちにはあった。
その中で、悠乃たちは一つの解決策を見つけていたのであった。
「――――――――――――」
静寂。
何事も喋ることなく、悠乃は座禅を組んでいた。
彼は今、ベッドの上に座っている。
そして瞑想を経て、眠りにつこうとしている。
現在は昼間だ。
こんな時間から睡眠をとって休もうというわけではない。
明晰夢――夢であると自覚できている夢――を意図的に見ようとしているのだ。
瞑想で心を整理し、意図的に夢を用意する。
一見無茶な理屈だが、悠乃は戦いの中で研ぎ澄まされた集中力によりそれを可能としていた。
静かな心で、必要のない情報を切り捨てる。
そして、目的のために必要な情報のみを携え夢の世界へと潜ってゆく。
言い換えれば、超精密なイメージトレーニングだ。
「……久しぶりだね」
悠乃は目を開いた。
そこに現実の景色はない。
ただ黒い世界が広がる――夢の中だ。
早速変身をする悠乃。
この空間を用意した理由は簡単だ。
「少しでも全盛期に近い技術を……!」
悠乃は長いブランクの中で魔法少女としての戦闘技術の多くが劣化している。
本来であれば、実戦の中で少しずつ勘を取り戻しても良かったのかもしれない。
しかしギャラリーとの決闘が迫っていることを思えばそんな悠長な事を言っているわけにもいかない。
だからこそ、この手段を選んだのだ。
夢の中ならば、自分の望んだ環境で、誰も巻き込まずに鍛錬ができる。
「僕には一年かけて積んだ経験がある。それを取り戻さなきゃ」
悠乃にとってのトレーニングとは、身につける作業ではなく思い出す作業だ。
5年前の戦いでは、悠乃は
パワーで勝つ璃紗と違い、巧い戦い方こそが真骨頂。
一方で、その巧みさという武器が今の悠乃にはない。
一朝一夕でどうにかなるわけではない。
しかし、一度は身につけた技術だ。
一日の修行でもそれなりの効果は見込めるだろう。
だからこそ、悠乃は再びこの世界に足を踏み入れたのだ。
「時間はない。やれることをやるんだ……!」
☆
「ふぇ……」
自室のベッドで悠乃は目を覚ます。
どうやら朝まで訓練をしていたらしい。
証拠は、窓から差し込んでくる朝日である。
正直に言えば夢の中で動き回っていたせいで疲れが取れている気がしない。
もっとも、無駄だったとは思わないのだが。
「……喉渇いた」
昨日、夢の中での鍛錬のためベッドに潜りこんだのが昼。
半日以上、彼は眠りについていたことになる。
加えて戦闘による極限の緊張が続いたのだ。
彼の喉は激しい渇きを訴えていた。
「水……」
悠乃はふらつきながら部屋を出て、リビングへと向かう。
リビングのテーブルには一枚の紙が置かれていた。
そこには母の筆跡で、冷蔵庫に晩御飯が入っている旨が記されていた。
どうやら悠乃が疲れて寝ていると思い、配慮してくれていたようだ。
ここまでしてもらっておいて、朝まで食事を残しているのも失礼だろう。
それに半日以上摂取していなかったのは水分だけではない。
現在、悠乃はかなりの空腹状態であった。
彼は冷蔵庫にあった水を飲むと、冷蔵庫から晩御飯を出して温める。
そして湯気を立てる料理を持ってテーブルへと戻ると――
「あれ?」
テーブルの上には
一枚は、先程確認した母からの伝言だ。
しかしもう一枚は見覚えがない。
さっきまでは絶対になかったものだ。
紙は丁寧に折りたたまれている。
そんなものがあれば最初に気がついている。
「なんだろ?」
悠乃は料理をテーブルに置くと、新しく現れた二枚目の紙を手に取る。
そこには見慣れない字でこう書かれていた。
――マジカル☆サファイア様へ、と。
「――――――――」
そんな宛名で手紙を出すような相手は一人しか心当たりがない。
「これが果たし状ってわけか」
悠乃は紙に何も仕掛けられていないことを手早く確認すると、紙を開いた。
そこに書かれていたのは、決闘の時刻と場所のみ。
決して無駄話に興じるような間柄ではないということだろう。
「確かあそこは倉庫だったよね。邪魔が入らないよう人目につかない場所で、ってところか」
場所は分かった。
そして指定された時間は――今日の昼だ。
「……これは、途中で具合が悪くなって早退しないといけないわけか」
どうやら、悠乃の皆勤賞にまで注意を払ってはくれないらしい。
悠乃はため息を吐いた。
できれば不真面目な生徒にはなりたくはないのだが。
☆
「……どうするべきか」
食事を手早く終え、自室に戻った悠乃は悩んでいた。
彼の目の前にあるのは自身の携帯電話である。
その画面に表示されているのは、共に戦う仲間のアドレス。
決闘が今日であることは決定した。
そして、そのことを伝えるかを迷っているのだ。
「――怒られるだろうなぁ」
一人で行動し、直前になって伝えるとしたら怒られることだろう。
「でも、言わないと後でもっと怒られそう。……下手したら、連絡できないままに惨殺死体だしなぁ」
そもそも命あって帰ることができるとは限らないのだ。
「何の連絡もせずに戦って、勝手に死んだら怒られそぉ……」
友人たちの反応に想いを馳せ、悠乃は頭を抱える。
悠乃はふと自分の勉強机――その引き出しへと目を向ける。
「念のためお母さんたちには遺書を残してあるけど――どうしよ」
家に帰れば処理するつもりで、悠乃は勉強机に遺書を置いている。
――五年前、魔法少女として戦い始めてからの習慣だった。
大きな戦いに臨むときには、遺書を残す。
そして無事に帰って来られたのなら、破り捨ててゴミ箱へ。
遺書の中には日頃の感謝と、自身が魔法少女として戦っていたことを記している。
魔法少女の正体について決して口外しないで欲しいことも。
だが、仲間に遺書を残すなど初めてだ。
いつだって一緒に戦ってきたのだから。
死ぬのも、生きるのも一緒だと信じていたから。
「……時間指定して、夜に届くようにメールしとこう。生きて帰れたら、取り消せばいいだけだし」
そう結論付けると、悠乃は素早く文面を打ち込む。
蒼井悠乃は個人的にギャラリーと決闘をすること。
その経緯。
秘密にしていたことには、自分なりの想いがあったということ。
そして――生きて帰ることができなかったことへの謝罪。
「こんな感じかな? 誤字とかあったら恥ずかしいし確認しとこ」
悠乃はメールの内容を何度も読み返す。
内容には大いに問題があるが、文字の間違いはなさそうだ。
「じゃ、送信っと」
悠乃はメールを送る。
今日の日没頃には、遺書が仲間のもとへと届くはずだ。
悠乃の目標は、無事に帰還しメールの送信を取り消すことだ。
「賽は投げられたって奴だね」
悠乃はベッドに携帯を放る。
彼はパジャマを脱ぎ、制服へと着替える。
そして手鏡で寝癖がついていないを確認。
「うん。ばっちり」
悠乃は小さく手鏡に笑いかける。
「今日も頑張ろうね。――僕」
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