2章 9話 決闘

「だから――もう妹としてのギャラリーはお終い」


 ギャラリーの雰囲気が一変する。

 先程までのグリザイユに見せていた優しさや弱さは消え、戦士としての気迫を纏っていた。

「今からは《前衛将軍アバンギャルズ》としての話をするわ」

 直後、ギャラリーの手にマスケット銃が出現する。

 幼さの残る美貌に白いゴスロリ服。

 まるで西洋人形のような姿をした彼女と古式銃は驚くほど様になっていた。

「………………」

 彼女は悠乃たちに反応する隙さえ与えず、銃口を彼へと向ける。

「ッ」

 変身する間もなく銃口を突きつけられ、悠乃は身を固くした。

 今、ギャラリーが軽く指を曲げるだけで、彼は死ぬ。

 ここから変身していては反応が間に合わない。

 つまり、現在の悠乃は彼女に生殺与奪の権利を握られているというわけだ。

「――別に今撃とうだなんて思っていないわ。これはあくまで宣戦布告よ」

 エレナと対峙していた時とは一転、ギャラリーの目を酷く冷たい。

 あまりにも激しい温度差に、悠乃は困惑し動くこともできない。

「お姉様の説得はじっくりと後ですればいいもの。今日一番の目的はあなたよ……マジカル☆サファイア」

「…………」

 悠乃は答えない。

 正直、自分の正体がバレている可能性は考えていたが、実際に告げられてしまうと衝撃的だ。

「まずは魔法少女を殺すのが先。だって、戦争をしながらお姉様を迎えるだなんて不敬だもの」

 ギャラリーが銃を下ろす。

「マジカル☆サファイア。アタシはお前が嫌いよ」

 視線を逸らすことなく彼女はそう断言した。

「五年間、お姉様を殺した存在として憎んできた。お姉様が生きていたと知った時に、お前がお姉様の友達だと知ってもっと嫌いになったわ」

 ギャラリーは隠すことなく憎悪を吐き出す。

 それは悠乃の精神を蝕むために脚色した言葉などではなく、自身の心を端的に表したものだ。

 心から憎く、妬ましい。そう偽りなく彼女は語る。

「だから、これは個人的な宣戦布告よ。《前衛将軍》ギャラリーが、個人に対して向ける宣戦布告」

 魔法少女と《怪画カリカチュア》が戦うのは必然。

 しかしギャラリーは、魔法少女ではなく、との戦いを望んだ。

 当然のことなのかもしれない。

 彼女にとって悠乃は、自分の大切な人を奪い、独占しているのだから。

 それこそ彼女が語る通り、どこまでも個人的な戦いなのだろう。

「僕は戦うのは嫌いだ」

 悠乃は口を開く。

 しっかりとギャラリーを見つめながら。

 普段はロクに人の目も見ることができない悠乃だが、彼女からは目を逸らしてはいけないと思った。

「でも…………違うと思う」

 ギャラリーの恨みは悠乃にとって的外れなものではない。

 逆の立場なら、自分の似た感情を抱いた可能性はあると思う。

 だから、無関係を決め込むのは違う気がした。

 魔法少女と《怪画》というつながりを度外視しても。

 それこそ、蒼井悠乃の個人的な気持ちであり、戦いだ。

「だからといって僕も、君の恨みの捌け口になるつもりはない。自分の身だって守るし、隙があれば反撃だってする。もちろん死ぬつもりなんてない」

「当然よ。無抵抗の人間を弄ぶだなんて、お姉様が絶対に許さないもの」

 悠乃の回答が気に入ったのかギャラリーは高飛車な態度を崩さないながらも笑みを浮かべていた。

 もっともそれは人形のような彼女に似合う可愛らしい微笑みなどではなく、宿を前にした獰猛な笑みだったのだが。


「――今日は帰るわ」


 そう言い残し、ギャラリーは背を向ける。

 本当に今日は戦うつもりではなかったらしい。

「お姉様なら、決闘の結果どちらが死んでも、生き残った者を責めることはないと思うわ。だって、《怪画》と魔法少女が戦うのは必然。戦えば、一方が死ぬのもまた必然。それを嫌でものがお姉様だもの」

 ギャラリーは虚空を指さす。

 すると指先から空間に亀裂が広がり、やがて門となった。

 《怪画》が出現する時の門に似ているが見た目が微妙に違う。

 察するに、彼女専用のゲートだ。

「――でも、それを知っているアタシだからこそ。決闘の結果が――アタシかあなたの死であるなら、その姿をお姉様に見せたくはない。家族か友人か。どちらかは知らないけれど、近しい人間が死ぬところをお姉様には見せたくない。大衆の上に立つ者として、お姉様は多くのことをわきまえて――平気な顔をしているけれど……誰も見ていないところで傷ついている人だから」

 背中しか見せないギャラリーだが、なぜか悠乃には彼女が泣いているように見えた。

 深い、懺悔の涙を流しているように見えた。

 ギャラリーは分かっているのだ。

 自分の持ちかけた決闘は、必ずエレナを苦しめる。

 たとえどんな幕引きになったとしても。

 だけど引けない。

 分かっていても、心の奥底の激情が抑えきれない。

 それが、今の彼女なのだ。

「だから、決闘は別の場所。生き残ったほうが、。それで構わないでしょう?」

 そう宣言するギャラリー。

 悠乃はエレナへと目を向ける。

 先程のギャラリーの言葉は、悠乃ではなくエレナへと向けたものだと感じたからだ。

 この戦いは、どう転んでもエレナの心に消えない重荷を残す。

 だからこそ、この戦いを最後に許可するのはエレナなのだ。

 そうでなくてはいけないのだ。

 これは蒼井悠乃とギャラリーの個人的な争い。それでもエレナの承諾なしには引き金を引くことの許されない戦いなのだから。

 悠乃にとっても、ギャラリーにとっても彼女は大切な存在だから。


「……うぬ。委細承知した。妾はお主らの戦いを止めぬ。お主らの戦いを見ぬ。戦いの結末がどうであろうと……


 エレナは言わなかった。

 戦いの結末がどうであろうと『気にしない』とは。

 それこそギャラリーの言う通り、平気な顔をして傷つき続けるのだろう。

 正直な話、ギャラリーとの戦いは骨肉の争いになるだろうと悠乃は予感している。

 できるのなら、彼女を殺すことなく戦いを終えたい。

 だが、そんなことを考えながら戦えば、死ぬのは悠乃だ。

 だから、決闘においてはすべての柵を忘れて全力を投じることになるであろう。

 その結果がどうなろうとも。

「……決定ね。果たし状は、後日送ってあげるわ。それまでに身辺整理でもしていなさい」


 その言葉を最後に、ギャラリーはゲートの向こうに消えた。

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