2章 7話 灰色の想い 

「んー? 今日は何にしようか」

 その日の夕方。

 悠乃はスーパーマーケットで今夜の献立に思いをはせていた。

 彼の両親は共働きである。

 それは彼が小学生だったころからずっとだ。

 だから、彼は家に一人でいる機会が多かった。

 そして、それこそ悠乃が魔法少女としての活動を家族にバレずに続けられた理由であり、彼が内気になった最初の原因である。

 多忙な両親に心配をかけないようにという考えから、自分の想いや不安を周囲に話すことなく抱え込む癖がついてしまったのだ。

 自分の想いを伝えない、から、、へと変わってしまい、彼は主張のできない性格へとなってしまった。

 もっとも、悪い事ばかりではない。

 家事などを積極的に行ってきたこともあり、悠乃の調理技術はかなりのものとなっていた。

 和食からイタリアンまで幅広く。味はもちろん、盛り付けにもこだわる。

 授業で料理を披露すれば「嫁にしたい」と男子に評されるほどだ。

 ……やはり悠乃にとっては悪い点だったのかもしれない。

 ともかく、このような食材の買い出しも彼の仕事であった。

「あ……今度皆を呼んだ時のためにお菓子の補充をしとかないと」

 悠乃はお菓子を作ることもある。

 薫子たちと集まって茶会を催す際には彼が作った茶菓子もテーブルに並べられている。

「チョコ、チョコ、チョコっと」

 チョコチップクッキーを作ろうか、などと考えながら悠乃はお菓子コーナーを目指す。

「あれって……」

 悠乃は立ち止まる。

 探していたチョコレートの前に先客を見つけたのだ。

 そこにいるのは三人。

 夫婦とおぼしき老人と、灰色の幼女だ。

「エレナ。好きなお菓子を買っていいよ」

「うぬ。感謝するのじゃ」

 そう言うと、幼女は棚を眺め始める。

 ドリルのように巻いた灰色の髪をツインテールにした幼女。

 そして、古めかしさを感じる口調。

 それらの符号が合致する人物を悠乃は知っていた。

 灰原エレナ――またの名を、グリザイユ・カリカチュア。

 かつて魔王として君臨した幼女で、雌雄を決するための最終決戦において悠乃が自身の手で討ち倒した因縁深い相手だ。

 彼女が実は生き延びており、老夫婦に養子として引き取られたという事実を知ったのがついこの間。

 今では敵同士という確執を踏み越え、同じテーブルの茶菓子を囲む仲となっている。

「そうじゃのー」

 エレナは腰を落とし、お菓子の棚と見つめ合っている。

 どうやら彼女は集中しているらしく、悠乃の存在に気がつかない。

 友人として語らうようになってから知ったことなのだが、灰原エレナは甘味をこよなく愛している。

 ゆえにか菓子の棚を見つめるエレナの目は輝いていた。

「……どうしよ」

 想定外のタイミングで知り合いと遭遇したことで動揺する悠乃。

 このまま言葉を交わすのか。

 灰原エレナは現在、両親と共に喫茶店の看板娘をしている。

 店で会うことも、プライベートで会うことも多い。

 しかし、こんな突発的な出会いは初めてだ。

 悠乃の心臓が激しく脈動する。

「ちょ、ちょっと別のから買おうかなー」

 とりあえず別の場所に移動してやり過ごそうと悠乃は考える。

「うぬ。これが良いのじゃ」

 悠乃が戸惑っているうちに、エレナは立ち上がる。

 彼女が手にしていたのはチョコレートであった。

「うふふ。エレナはチョコが好きだねぇ」

「うむ。じゃが、妾が一番好きなのは母上と父上が作ってくれたお菓子じゃ」

「ははは。嬉しいことを言ってくれるのぅ」

 血のつながりがないとは思えないほどに仲睦まじくエレナたちは笑う。

 先代魔王の遺志を継いで命の限り戦ったエレナ――魔王グリザイユ。

 命のすべてを民草のために捧げた少女。

 そんな彼女が、当たり前のような愛情のある家庭で暮らしている。

 その事実に悠乃は胸を温かくしていた。

 ――身を隠すという決意を忘れて。


「「…………」」


 偶然だったのだろう。

 エレナはわずかに老夫婦から視線を外し――悠乃を発見した。

 おそらく、悠乃が温かい目をしていたことから……察したはずだ。

 ――先程のやり取りを悠乃が見ていたことを。

「ッ!? ッ~~~~~~!? ち、違うのじゃ!」

 エレナは顔を真っ赤にして弁解する。

 やはり、知り合いに家族団欒の場面を見られるというのは気恥ずかしいのだろう。

 少なくとも、悠乃も彼女と同じ反応をする自信がある。

 そして、この場を上手くフォローできるような器用さは悠乃にない。

「あ、あー。気にしなくていいんじゃないかなぁ……。エレナが家族を大事にしてることなんて、話を聞いていれば分かることだし……」

「それとこれは別じゃぁ! お主だって、いくら誰にも恥じることない恋人であろうと、他人の前で接吻などせぬじゃろう!? それと同じじゃ! 話すのと、実際に見られるのでは別なのじゃぁ!」

 エレナは涙目で掴みかかりながらそう叫んだ。

 敵同士であった時には絶対に見られなかった光景だ。

「そ、それはそうだけどぉ……」

 彼女の考えには同意するが見てしまったものを忘れることはできない。

 悠乃はどうすることもできずに目を回す。

「あら、いつも来てくれる蒼井ちゃんじゃない」

「うちのエレナと仲良くしてくれとるようで良かった」

 エレナの背後では、そんな呑気な会話が続いている。

 とはいえ、彼女に体を前後へと揺すられている悠乃はそれどころではなく。

「ちょっとエレナ許してよぉ……! そんなにガクガクしたら死んじゃうってぇ……!」

「忘れるのじゃ、忘れるのじゃぁ!」

「忘れた! もう忘れたからぁ!」

「今見たものをもう忘れるわけがないじゃろうがぁ!」

「じゃあこの言い合いは無駄じゃないかなぁ!?」


 ――エレナに解放されるころには、悠乃は前後不覚となっているのだった。

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